小さなボルトに、ロボットの未来がかかる
人の動きを学ぶロボット、自律飛行を目指すドローン、工場で人と並んで働く協働ロボット。技術の話題は人工知能の判断力に集まりがちだ。しかし現実の機械を支えるのは、締結部品、軸、関節、組立工程である。可動部に繰り返し力がかかり、振動や温度変化が続けば、計算上は優秀な機械も信頼できる製品にならない。岐阜県可児市の青山製作所可児工場が、そこに商機を見いだしている。県が11月4日に発表した「ぎふオープンイノベーションプログラム(Gifu-OI)」のテーマは、自動車で培った「締結×組立」をドローン・ロボットなどのフィジカルAIハードウェアの量産につなぐというものだ。これは新型ロボットの完成を知らせるニュースではない。大量生産を前提にした機械の設計へ、部品メーカーが参画しようとする意思表示である。
「締結」は何を守っているのか
締結とは、ボルト、ナット、ねじなどで部品を所定の位置と力で保持する技術をいう。適切な締付け軸力、摩擦、部材の変形、振動による緩み、温度変化、組立作業のばらつきが品質を左右する。重量を削れば飛行時間や動作効率に利点が生まれる可能性がある一方、部材の強度や耐久性には厳しい要求が残る。車のように多数の部品を一定品質で組み立てる領域では、この地味な技術の積み重ねこそ競争力となった。ロボットも、試作品が一度動いたことと、何千台もの製品が整備可能な状態で長く使えることの間には大きな隔たりがある。青山製作所の構想は、その隔たりを埋めようとしている。
1950年の愛知から、1986年の可児へ
青山製作所は1950年11月、愛知県江南市で設立された。本社は現在も岐阜県内ではなく愛知県丹羽郡大口町にある。企業史によると、1968年に本社・工場を大口町へ移し、1970年に現在の中津川市に当たる地域で恵那工場を稼働、1974年に現在の郡上市に当たる地域で岐阜工場を設けた。可児第1工場の稼働は1986年。第2工場は1988年、第3・第4工場は1990年と続く。会社概要では、自動車用のボルト、ナット、樹脂製品に加え、航空宇宙部品の製造販売も事業に掲げる。2025年の売上高は2,139億円、従業員数は5,495人と公表するが、これらは会社全体の数値で、可児工場だけの数字ではない。
可児工場が持つ「量産」の経験
会社の国内事業所案内によれば、可児工場の所在地は可児市長洞1000番地の1。生産品目には高機能ボルト、特殊多段ボルト、M8ボルトが並ぶ。多段形状や高機能の締結部品を安定して製造することは、金属を精密に加工できるだけでなく、工程管理、検査、材料、納期、トレーサビリティーまで含む仕事になる。自動車のサプライチェーンでは不良や組立ミスが安全に直結するため、設計者の図面と工場の工程設計は切り離せない。フィジカルAIという新しい呼び名の下でも、寸法精度や締付けの再現性といった古典的な問題は消えない。
開発課題① ドローンに必要な軽さと耐振動性
Gifu-OIの募集ページが示す第一の方向は、振動に強い軽量締結部品と国内生産を組み合わせ、ドローン・無人機の迅速な現地組立と安定供給を目指す共同開発だ。飛行機体では重量と信頼性の両立が欠かせない。軽いだけのねじでは足りず、繰り返し振動する環境で緩みにくく、点検時に交換しやすいことも重要になる。ただし、どの機種で使うのか、実現した軽量化率、試験回数、認証の状況は公表されていない。安全性を評価するには実機での振動・疲労・締結試験が必要だ。現時点で示されたのは用途と共同開発の目標である。
開発課題② 部品点数を減らし、修理しやすいロボットへ
第二の方向は、自律移動ロボット、協働ロボット、サービスロボット向けに、部品点数や組立工数を減らし、保守性を高める締結部品を共同開発することだ。製造時に一本のボルトを締める時間が短くなるだけでも、台数が増えれば組立費に差がつく。さらに、現場での修理に特殊工具や長時間の分解を要する構造なら、導入企業にとって停止時間が費用となる。部品共通化には調達の利点がある一方、機体ごとの荷重、振動、材質の違いに対応する設計上の検討が要る。『部品を少なくする』ことは安全余裕を削ることではない。整備と交換を含む製品寿命全体で判断する必要がある。
開発課題③ ヒューマノイドの関節を量産設計する
第三の方向は、ヒューマノイドの関節に部品を高密度に搭載しつつ、高速・自動組立を両立させる締結構造の構築である。人型ロボットの腕や手首、脚の関節には、駆動部、配線、センサー、冷却などが密集しやすい。設計が複雑になるほど、手作業でしか組み立てられない工程が増えるおそれがある。大量生産には、機能だけでなく組み立てる順序、工具の進入方向、検査のしやすさ、故障時の交換性が重要となる。青山製作所が求める相手は、フィジカルAIハードウェアを開発するスタートアップなどだ。しかし、人型ロボットを量産している事実や特定メーカーとの契約を示す公表はない。
日本のロボット政策と、部品メーカーの位置
政府の2026年版ものづくり白書は、AIとロボティクスを製造業の多角化に関わる重要領域として扱う。NEDOは同年9月、国産汎用ロボット開発コンペティションの成果公開について発表し、試作機の評価を経て改良、さらに量産体制の構築へ進む段階的な構想を説明した。これは青山製作所の案件とは別の取り組みだが、試作と量産を区別する点で示唆的である。知能モデル、半導体、センサーが高度化しても、製品品質を左右するのは材料、加工、組立、試験、保守を含む総合力だ。国内に残る自動車部品の製造基盤が、新分野の成長を助けられるかが問われている。
募集はまだ準備段階――次に何を確かめるか
岐阜県の11月4日発表では、5社のうち岐阜新聞社、太平洋工業、ワイ・ケー・ピー工業は同日からスタートアップ募集を開始。青山製作所とトコロは順次開始とした。運営サイトでも、青山製作所の募集詳細は公開準備中と案内されていた。対象は設立おおむね10年以内のスタートアップで、全国から応募できる。県は12月から翌年2月にかけてマッチングと事業化支援を行い、2027年2月17日に成果報告会を予定する。今後の判断材料は、提携先の公表、試作品の仕様、振動・耐久試験、品質保証、実際の製造費と整備費、採用企業の評価だ。県の発表を受けて量産成功を宣言することはできない。
ロボットの競争力は「見えない部分」で決まる
青山製作所の構想が示すのは、AI時代のものづくりが必ずしも新しい企業だけの舞台ではないということだ。自動車の大量生産を支えた締結技術には、部品を一つずつ確実に止めるという長年の知見が蓄積されている。その経験がドローンや人型ロボットの量産につながるかは、これからの共同開発と実証にかかっている。人工知能が次の行動を選ぶとき、その動きを実際に支える関節は何でできているのか。可児の工場が投げかけた問いは、小さなボルトから始まっている。
出典と取材方法
県の事業発表、運営者の募集ページ、会社の一次資料、NEDOと経済産業省の公表資料をもとに検証。資料内の計画と、実証済みの成果は区別した。
