1億2000万年前福井県勝山市・北谷層
4点分析した植物化石
GC–MSガスクロマトグラフィー質量分析
DNAではない変化を経たテルペノイド類
化石に残った有機化合物の分析であり、DNAの検出ではない。推定構造の一部は今後の検証が必要。

恐竜の足元にあった森から、分子の痕跡

恐竜化石で知られる福井県勝山市の北谷。骨や足跡を探す場所として語られてきた露頭が、今回は植物の「化学」を物語る舞台になった。北海道大学、福井県立大学、福井県立恐竜博物館の研究グループは、約1億2000万年前の植物化石4点を調べ、針葉樹と絶滅した植物群で異なる有機化合物の特徴を見つけた。研究成果は9月25日に国際誌「Organic Geochemistry」でオンライン公開され、10月28日に共同発表された。木の葉の形だけでは見えない古代の植物のつながりを探る成果だ。

約1億2000万年前、北谷層という時間の窓

化石が見つかったのは手取層群の北谷層で、前期白亜紀の河川に関連する堆積環境を記録している。現在の福井県とは地形も植生も大きく異なる時代だ。福井県立恐竜博物館などによる北谷での発掘は1989年に始まり、複数期にわたる調査から恐竜、植物、貝類など多様な生物の手掛かりが得られている。恐竜の種類だけでなく、何が生え、どのような景観が広がっていたのかを知ることが、生態系の再現には欠かせない。

なぜ葉だけでは分からないのか

現生植物を分類するとき、花や果実、種子といった生殖器官は重要な情報を与える。しかし化石には葉や枝だけが残ることが多い。姿が似ていても近縁とは限らず、長い地質時間のなかでは形の特徴が失われることもある。研究チームが試したのは、化石のなかに残った有機分子の組み合わせを、生物の分類に関するもう一つの手掛かりとして利用する方法だ。形態観察を否定するのではなく、別の物差しを重ねる試みといえる。

4点の化石と、周りの岩石を比べる

分析にはガスクロマトグラフィー質量分析法(GC–MS)が使われた。化石から抽出した有機成分を分離し、それぞれの質量スペクトルを調べることで、含まれる化合物の種類や構造上の特徴を推定する。研究者らは化石4点に加えて周囲の母岩とも比較し、化学成分が後から混ざった汚染物だけではなく、化石に由来する可能性を検討した。古い化石から何かが検出されたという事実だけでは、元の植物の成分だと断定できないため、この対照比較は重要だ。

ブラキフィルムに残った針葉樹の手掛かり

枝葉の化石として調べたブラキフィルム(Brachyphyllum)では、四環性ジテルパンと呼ばれる化合物群が特徴的に多かった。長い側鎖を持つとみられる関連化合物も報告されている。大学の説明では、現代では主に南半球に分布するナンヨウスギ科の仲間と共通する特徴が見られ、前期白亜紀の日本にそのような針葉樹が生育していたことを支持する。ただし化合物だけで現生属や種を一対一に確定したわけではない。

絶滅したベネチテス類に、松脂に似た化学

もう一つの主役はタイロフィルム(Ptilophyllum)と呼ばれる葉の化石だ。ベネチテス類に属する絶滅した裸子植物で、白亜紀末までに姿を消した。ここではピマラン型ジテルペノイドが多く見つかった。これは針葉樹の樹脂に関連する化学的特徴と似ている。ベネチテス類と針葉樹類の近縁性をめぐる議論に、化学成分からの新しい根拠を加えることになった。ただし一つの化学的類似性が系統関係の最終決着を意味するわけではない。

シダ類には少ない――検出量にも差

研究対象の裸子植物化石では、直鎖アルカンやジテルペノイドの濃度がシダ類の化石より高かった。シダ類ではテルペノイドは微量にとどまったという。これは当時の植物が一様な化学組成を持っていたわけではないことを示す。同時に、検出量は生物のもとの成分だけでなく、埋没後の温度、岩石の性質、保存条件や分解過程に左右される。違いをそのまま植物の繁栄度や個体数に読み替えることはできない。

分子は1億2000万年のあいだ変化する

研究が見つけたのは、生きた植物が作った分子をそのまま冷凍保存したようなものではない。ジテルペノイドの一部は、埋没後に熱や化学反応を受けてできた生成物と考えられる。論文は熱的アルキル化などの過程を想定し、一部の構造同定は暫定的だと明記する。熱成熟を示す指標は石油生成帯に相当する状態を示しており、長い地質変化を経ても植物群ごとの情報が残り得る点に意味がある。DNAの発見ではなく、植物に由来する化学成分の痕跡を読み解いた研究だ。

恐竜研究に、植物という欠かせない登場人物

恐竜の骨格標本は目を引く。しかし森林を構成した針葉樹やベネチテス類、シダ類を理解しなければ、その時代の食物網や景観は描けない。北谷で植物の化学的特徴が分かったことは、古環境復元の材料を増やす。とはいえ、この4点だけで北谷全体の植生比率、気候、恐竜の食性を確定することはできない。大切なのは、別の植物化石や花粉、堆積物、動物化石と照らし合わせる次の研究につながる点だ。

福井の発掘史と、分子古生物学の広がり

北谷の発掘が蓄積してきた成果は、恐竜の新種発見にとどまらない。2026年10月には、東京大学など別の研究グループが北谷層の淡水二枚貝化石からキチンの保存を報告した。ただしこれは今回の植物テルペノイド研究とは異なる試料と分析手法による独立した成果で、混同してはならない。異なる物質が残る理由を比較することは、化石の保存条件そのものを理解するうえで価値がある。

次に確かめるべきこと

原著論文は、四環性ジテルパンとピマラン型の一部の構造について追加の確認が必要だとする。二次元ガスクロマトグラフィー質量分析など、さらに分離能力の高い手法や、より多くの試料を用いた比較が望まれる。現生植物との対応関係を広げ、岩石中の成分との違いを繰り返し検証することも必要だ。今回の成果を「1億2000万年前のDNAで植物を復元した」と言い換えるのは誤りである。

見えない森の輪郭が少しだけ鮮明になった

福井の北谷に立つと、目に見えるのは岩壁と発掘された化石だ。そのなかに残るわずかな分子から、針葉樹や絶滅した植物群の特徴を読み取ろうとするのが今回の研究である。恐竜の時代を本当に知るには、巨大な動物だけでなく、森をつくった植物の歴史も必要だ。4点の化石が示したのは、その森の全貌ではない。けれど、葉の形の奥に隠れていたもう一つの証拠を、科学が手にしたことは確かだ。

出典・調査方法

一次発表、学術論文の公開要旨、福井県の地質・発掘資料に基づく文書取材。現地取材、著者への直接インタビューは行っていない。構造が暫定的な化合物や試料数の限界は本文で明示した。

  1. 北海道大学理学部:北谷の植物化石から恐竜時代の植物の分子を検出
  2. 北海道大学大学院理学研究院:研究発表・英文要旨
  3. 原著論文:Organic Geochemistry 222, 105314
  4. 福井県:勝山市北谷の発掘・地質説明
  5. 福井県:ナンヨウスギ科の植物化石の発表資料
  6. 東京大学:北谷層の淡水貝化石にキチンを検出した別研究