舞台にいたのは、エジプトやアラブ首長国連邦の政府関係者、水と災害に向き合う国際機関の代表、そして国内外の専門家たちだった。客席の最前列で天皇陛下はメモを取り、国際協力を求める発言に拍手を送った。会合後には「水と災害に関するハイレベルパネル(HELP)」議長の韓昇洙元韓国首相らと懇談した。案内者によれば、陛下はこれからも水への関心を持ち続けたいとの趣旨を述べたという。
光景だけを切り取れば、専門会議に熱心な皇室の一日である。だが、この午前には半世紀の時間が折り畳まれていた。日本が8月1日を「水の日」と定めたのは1977年。同じ年、アルゼンチンのマル・デル・プラタでは初の国連水会議が開かれ、世界は水危機の到来を警告された。2026年、日本の水の日・水の週間は第50回を迎え、12月にはアブダビで3回目の国連水会議が開かれる。
もう一つの時間軸は、陛下自身のものだ。出発点は気候外交ではなく、歴史の中を荷物と人がどう動いたかという問いだった。中世の瀬戸内海、18世紀のテムズ川、江戸の運河と河岸。水を「資源」や「災害」と呼ぶ前に、水を「道」として見た。その道が、飲み水と衛生、洪水と津波、都市と文化、国境を越える協力へと伸びた。
会場で見えた「多すぎる水」と「足りない水」
シンポジウムの公式な主題は、治水、利水、環境を含む包括的な水管理だった。言葉は行政的だが、対立は生活そのものにある。洪水に備えるならダムの水位は低い方がよい。発電や渇水への備えには高い方がよい。川を直線化して水を速く海へ流せば都市は守りやすくなるかもしれないが、湿地や魚の生息地、地下水の涵養は損なわれ得る。上流の森林、農業用水、都市の蛇口、工場、下水、河口の干潟は一つの水循環でつながるのに、制度と予算は別々に分かれてきた。
エジプトやUAEの登壇者が説明した水不足は、日本の聴衆に遠い砂漠の問題を示したのではない。水は量だけでなく、いつ、どこに、どの品質で届くかが問題だからだ。豪雨の直後に断水することがある。水田と都市と発電が同じ貯水を必要とする。人口が減れば水道料金の収入は減るが、長い管路を更新する費用は消えない。雨の多い国にも「使える水の不足」はある。
世界では、WHOとユニセフの2025年推計で21億人が「安全に管理された飲み水」を利用できず、34億人が安全に管理された衛生サービスを欠く。106百万人は未処理の地表水を直接飲む。これは蛇口の有無だけではなく、水源が敷地内にあり、必要な時に利用でき、汚染されていないという基準である。水危機は自然の不足だけでなく、貧困、紛争、差別、地方と都市の格差、維持管理の失敗によって作られる。
1977年、二つの出発点
日本政府は1977年の閣議了解で8月1日を「水の日」、8月1~7日を「水の週間」とした。夏は水使用量が増え、水への関心も高まるためだった。当時の日本は、高度成長を支えるダム、導水路、水道、下水道を拡張し、公害と渇水にも対応していた。「水の大切さ」と並んで「水資源開発の重要性」を国民に伝えることが制度の中心にあった。
同じ1977年、国連加盟国はマル・デル・プラタに集まった。初の国連水会議は、水供給と衛生、農業、都市、環境を世界的な政策課題として扱った。それから次の主要な国連水会議まで46年を要した。2023年のニューヨーク会議を経て、2026年12月8~10日、UAEとセネガルが共同主催する会議がアブダビで開かれる。目的はSDG 6――すべての人に水と衛生を確保し、持続可能に管理する――の実施を加速することだ。
50年の変化は標語に表れている。2026年の日本の共通テーマは「次世代に引き継ごう『健全な水循環』~治水・利水・環境の調和~」。開発する水から、循環を守り、異なる目的を調整する水へ。2014年には水循環基本法が施行され、「水の日」は法律上も位置付けられた。2024年の水循環基本計画は「流域総合水管理」を前面に出した。
ただし、理念が変われば現場が自動的に変わるわけではない。河川、農業、水道、下水、森林、エネルギー、土地利用は異なる組織が担う。上流の選択が下流の利益や損失になる。50周年の価値は祝賀ではなく、半世紀前の仕組みが次の半世紀に耐えるかを点検することにある。
「道」から始まった水のライフワーク
天皇陛下の水への関心を、一般的な環境保護への好意だけで説明すると本質を失う。研究の核は交通史だった。学習院大学で中世瀬戸内海の海上交通を研究し、1983年から約2年間オックスフォード大学に留学した。テーマは18世紀テムズ川の水運。河川改修、閘門、輸送物資、船運業者を通して、産業革命とロンドンの拡大を水上交通がどう支えたかを調べた。成果は1989年に英語の著書『The Thames as Highway(交通路としてのテムズ川)』となった。
2003年の京都の第3回世界水フォーラムでは京都と地方を結ぶ水路を、2006年のメキシコの第4回フォーラムでは「江戸と水運」を語った。江戸を巨大都市にした河川と運河は、食料や燃料を運ぶ物流網であると同時に、洪水と闘い、用途の衝突を調整する制度でもあった。テムズ川の閘門をめぐる製粉業者と船運業者の対立も、水を一つの目的だけに独占できないことを示していた。
交通史から始めたからこそ、陛下の水の語りは自然と人間を別々に置かない。水路は技術であり、商業であり、権力であり、日々の労働であり、文化を運ぶ回路だ。洪水防御も、単に水を押さえ込む工事ではなく、都市が誰をどの水準まで守り、どの土地をどの用途に残すかという社会の選択になる。
1983~85年ごろ オックスフォード大学で18世紀テムズ川の水運を研究。
1989年 『The Thames as Highway』刊行。
2003年 第3回世界水フォーラムで京都と水運を講演。
2006年 第4回世界水フォーラムで「江戸と水運」を基調講演。
2007~15年 国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁。
2021年 第5回国連水と災害に関する特別会合で「災害の記憶」を講演。
2024年 英国のテムズバリアを訪問。第10回世界水フォーラムへビデオ講演。
2025年 第7回国連水と災害に関する特別会合で協力とパートナーシップを強調。
2026年 オランダの水研究機関デルタレスを視察し、東京の国際シンポジウムを聴講。
治水・利水・環境を一枚の地図に戻す
国土交通省が掲げる「流域総合水管理」は、従来の流域治水を捨てる考えではない。洪水被害を最小化することに、水利用の恩恵と水でつながる環境の最大化を重ね、流域のあらゆる関係者が利益相反を調整する枠組みである。全国109の一級水系への展開が目標とされるが、地形、産業、人口、歴史が違う以上、同じ処方箋を複製するだけでは機能しない。
例えば、雨の前にダムを事前放流すれば洪水を受け止める空間が増える。しかし予測が外れて雨が降らなければ、農業、上水、発電に使う水が減る可能性がある。遊水地は洪水を一時的に受け止め、生物の生息地にもなり得るが、土地利用の合意が要る。上流から自然流下で取水すればポンプのエネルギーを減らせるが、取水区間の流量と生態系への影響を考えなければならない。
つまり「統合」は、すべてが同時に良くなる魔法ではない。誰の利益が増え、誰がリスクや費用を引き受けるのかを見えるようにし、補償、データ、合意形成を設計する作業だ。シンポジウムがHELP、国土交通省、東京都、国連地域開発センターなどを同じ主催者欄に並べたのは、その難しさを象徴している。
| 流域で同時に解く課題 | 目標 | 衝突し得る点 |
|---|---|---|
| 治水 | 洪水、高潮、土砂災害の被害を小さくする | 貯水位、遊水地、土地利用、下流への負担 |
| 利水 | 飲み水、農業、工業、発電を安定させる | 渇水時の配分、料金、地域間の公平 |
| 環境 | 水質、生物多様性、地下水、河口・海を守る | 取水、河道改修、汚染、維持流量 |
| 暮らし | 災害時も衛生と医療を維持し、誰も取り残さない | 高齢者、離島、過疎地、低所得世帯への費用 |
| 気候・エネルギー | 適応と脱炭素を同時に進める | ダム容量、ポンプ電力、設備投資の優先順位 |
水が多い国の「不足」――地中の老朽化
日本の水政策を語るとき、雄大なダムや堤防は見えやすい。だが、次の危機は道路の下にある。国土交通省の検討会によると、2021年度末時点で法定耐用年数40年を超えた水道管は約17万キロ、全体の約22%。更新ペースなどを前提にすると10年後には約41%、20年後には約66%に達する見込みだ。これは40年を超えた瞬間に破裂するという意味ではない。しかし、更新需要が一斉に膨らむ警告である。
同じ資料は、2023年度末に上下水道の接続管路の双方が耐震化されていた重要施設は約9%にとどまったとする。取水施設、浄水場、配水池、下水処理場のどれか一つが動いても、途中の管が切れればサービスは届かない。2024年の能登半島地震では最大約14万戸が断水し、基幹施設の被害と地形、道路寸断が復旧を長引かせた。その年9月には豪雨が重なり、陛下自身が「複合災害」「二重被災」に言及した。
人口減少は問題を難しくする。利用者が減る自治体でも管路の距離はすぐには短くならず、専門職員も不足する。料金を抑えれば更新財源が足りず、値上げすれば低所得世帯や小規模事業者に負担が集中する。広域化、官民連携、センサーによる漏水検知、施設の統廃合、分散型の給水を組み合わせる必要があるが、どれも地域の選択を伴う。
「水の豊かな日本」という自己像は、蛇口から水が出る仕組みを自然の恵みだけで説明してしまう。実際には、取水、処理、電力、薬品、管路、技術者、料金、自治体間の応援が毎日つながって初めて成立する。水不足は貯水池が空になる時だけではない。維持する人、資金、部品、迂回路が足りなくなる時にも起きる。
堤防の外側にあるレジリエンス
気候変動は設計の前提を動かす。国土交通省の治水検討資料は、世界平均気温が2度上昇するシナリオで、治水計画に使う降雨量を多くの地域で約1.1倍、洪水流量を約1.2倍、洪水発生頻度を約2倍とする計画上の試算を示す。北海道の一部と九州北西部では降雨倍率を1.15倍とする。これは現在の観測値が全国一律にそうなったという意味ではなく、将来の不確実性を計画へ織り込むための倍率だ。
堤防を高くし、ダムを強くすることは必要である。しかし構造物だけに頼れば、想定を超えた時の損失が大きくなる。流域で雨を一時的に受け止める田畑や湿地、浸水を許容する公園、危険地への新規開発を抑える土地利用、建物のかさ上げ、避難情報、病院と福祉施設の電源・給水、近隣の見守りまでが防御の層になる。
- 灰色のインフラ:ダム、堤防、管路、浄水・下水処理、耐震化。
- 緑と青のインフラ:森林、湿地、遊水地、田んぼ、自然な河岸と地下水涵養。
- 予測とデータ:雨量・流量観測、洪水予測、漏水検知、公開されたリスク地図。
- 制度:流域を越えない縦割りを越え、自治体、企業、農家、住民が決める場。
- 社会:避難訓練、語り部、要支援者の名簿、地域の相互扶助。
- 公平と財源:更新費、保険、低所得層への支援、将来世代へ先送りしない料金設計。
レジリエンスとは「壊れない」ことだけではない。壊れる可能性を認め、重要機能を止めず、止まっても早く、公平に回復できることだ。洪水から守られた地区の地価が上がる一方、別の場所が遊水地になるなら、便益と負担をどう分けるか。デジタル予測が高度になっても、警報を受け取れない人や避難できない人をどう守るか。技術の性能を社会の性能へ翻訳しなければならない。
記憶はインフラである
陛下の水に関する活動で独特なのは、歴史資料を防災の中核に置く点だ。2021年の国連「水と災害に関する特別会合」では、災害の記録と被災者の体験を社会の共通財産として共有する必要を語った。東日本大震災の語り部、津波碑、震災遺構、1771年の明和大津波の古文書と津波石を取り上げ、世代を越える「記憶の襷」と表現した。
記憶は感傷ではない。石碑に刻まれた到達点は避難の高さを伝え、古文書に残る死者、浸水、復旧の記録は、地質調査や津波シミュレーションと結びつく。過去の災害がどこで、誰に、なぜ偏って被害を与えたかを知れば、ハザードマップや避難計画を修正できる。学校の訓練、近隣の声掛け、水と食料の分配、復興時のつながりも、コンクリートとは別のインフラになる。
ただし記憶には寿命がある。体験者は減り、標識は風景に溶け、データ形式は古くなる。保存するだけでなく、読み直し、地域の新しい人口構成と結び直さなければならない。外国人住民、観光客、聴覚・視覚障害者、高齢者に同じ警告が届くか。夜間や停電時にも機能するか。記憶を運用する仕組みまで含めて初めて、未来を守る。
天皇は水政策を決めない。それでも意味はある
ここには明確な線を引く必要がある。日本国憲法の下で天皇は国政に関する権能を持たず、ダムの予算も水道料金も国際交渉の立場も決めない。シンポジウムへの臨席を政策支持や政治的指示として読むべきではない。今回も公表されたプログラムに陛下の演説はなく、報道されたのは聴講、拍手、懇談である。
それでも臨席には三つの意味がある。第一は継続性だ。閘門と水運の歴史研究から40年以上、皇太子時代から即位後まで、同じテーマを学び続けてきた。第二は接続である。歴史学、工学、衛生、災害、文化、外交という別々の話を、一つの「水」の物語に置く。第三は公共的な注意だ。専門家だけの会議に社会の視線を向け、短い政策周期より長い時間を持ち込む。
この役割には限界もある。皇室への敬意が、政策の失敗や利害対立を見えにくくしてはいけない。「陛下が関心を持つ水」という物語だけで満足すれば、管路更新の財源、流域の合意、貧困層の負担、環境損失という難題から逃げることになる。象徴が開く注意を、政府、自治体、企業、研究者、市民が検証可能な行動へ変えられるかが本当の評価である。
12月のアブダビへ――会議を行動に変える物差し
2026年国連水会議には、「人々のための水」「繁栄のための水」「地球のための水」「協力のための水」「多国間プロセスにおける水」「水への投資」という六つの対話テーマがある。日本とエジプトは準備過程で「地球のための水」の共同議長を務め、氷河から海までの生態系、気候レジリエンス、防災を議論してきた。東京のシンポジウムは、その国際過程へ日本の50年を持ち込む前室でもあった。
だが、会議の成功を宣言や参加者数で測るべきではない。目標に期限と財源があるか。老朽化した設備の維持管理を新規建設と同じ重さで扱うか。洪水、渇水、水質、生態系を流域単位で結ぶ制度があるか。水を集める負担が女性や子どもに偏る現実、紛争地や農村、先住民、低所得地域の格差を測れるか。観測データを公開し、約束の進捗を次の会議まで追えるか。これらが物差しになる。
日本にも同じ問いが返ってくる。109水系での流域総合水管理は、参加者名簿ではなく具体的な利益相反を解けるか。水道の広域化は小さな地域の声を失わずに専門性を補えるか。料金改定は更新の必要性と支払い能力を両立できるか。気候倍率を計画に入れるだけでなく、危険な土地利用を変えられるか。災害の記憶を展示するだけでなく、避難行動へ変えられるか。
| 約束を測る質問 | 弱い答え | 強い答え |
|---|---|---|
| 誰が何をいつまでにするか | 協力を促進する | 主体、期限、地域、対象人口を明示 |
| 誰が払うか | 投資を呼び込む | 公費、料金、民間資金と低所得者保護を設計 |
| 何を測るか | 事例を共有する | 水質、停止時間、被害、回復、格差を継続公開 |
| 自然をどう扱うか | 保全に配慮する | 必要流量、生息地、地下水、河口まで目標化 |
| 失敗した時どうするか | 想定外とする | 冗長性、代替給水、避難、検証と計画更新を用意 |
水を「治める」から、水と共に選ぶへ
日本科学未来館を出た後も、問題は会場に残らない。東京の水は山地の雨、ダム、河川、浄水場、道路下の管、家庭、下水処理場、東京湾を巡る。見えない経路のどこかが切れれば、巨大都市の日常は数時間で変わる。逆に、上流の森や農地、古い管を直す技術者、避難所の給水計画のような目立たない選択が、次の災害の被害を小さくする。
天皇陛下が最初に研究した水は「道」だった。道は二地点を結ぶが、誰が通れるか、何を運べるか、誰が維持するかを常に問う。現在の水問題も同じである。蛇口と水源、都市と農村、現在の利用者と将来世代、災害の記憶と次の避難、国内政策と国際協力を結ぶ。
20世紀の水管理は、しばしば自然を制御し、必要な場所へ大量に届ける能力で進歩を測った。その成果は寿命、衛生、食料、都市、産業を支えた。次の50年は、その遺産を更新しながら、限界と衝突を引き受ける時代になる。水を完全に支配するのではなく、どのリスクを減らし、どの恵みを分け、どの環境を残し、誰を先に守るかを共同で選ぶ。
7月28日、陛下が客席でメモを取ったこと自体は政策ではない。しかし、歴史を調べる者の姿勢――流れをたどり、対立の理由を探り、記録を次へ渡すこと――は、水の未来を考える方法を示している。50周年が意味を持つとすれば、祝うからではない。1977年に始めた問いを、気候が変わり、設備が老い、社会が縮み、世界の格差がなお深い2026年に、もう一度問い直すからだ。
取材ノートと主要資料
本稿は2026年7月29日午前11時30分(日本時間)までに公開された資料に基づく。シンポジウムの日時・主催・目的は第50回「水の日・水の週間」実施方針、会場での陛下の様子と約200人の参加は毎日新聞の配信記事に依拠した。公開プログラムに陛下の講演は記載されていない。気候倍率は観測済みの全国平均ではなく、治水計画のための将来試算として記述した。老朽管の「耐用年数超過」は直ちに使用不能を意味しない。
- 第50回「水の日・水の週間」実施方針(PDF)
- 毎日新聞配信:天皇陛下が水問題のシンポジウムを聴講
- 毎日新聞写真:シンポジウム会場へのご到着
- 国土交通省:「水の日」・「水の週間」
- 国土交通省:第50回関連行事の発表
- 宮内庁:天皇陛下のご研究など
- 宮内庁:皇太子時代の水関連活動と国連諮問委員会名誉総裁在任歴(英文)
- 宮内庁:第4回世界水フォーラム「江戸と水運」
- 宮内庁:第5回国連水と災害に関する特別会合「災害の記憶を伝える」
- 宮内庁:天皇陛下お誕生日に際し(令和7年)
- 宮内庁:天皇陛下お誕生日に際し(令和8年)
- 国土交通省:これからの「流域総合水管理」の推進(PDF)
- 国土交通省:降雨量変化倍率の設定(PDF)
- 国土交通省:強靱で持続可能な上下水道に向けた第1次とりまとめ(PDF)
- WHO・ユニセフ:世界の飲み水、衛生、衛生習慣の最新推計
- 国連:2026年国連水会議
- 国連:会期、会場、SDG 6の実施目的
- UN-Water:国連世界水発展報告書2023
- 日本水フォーラム:2026年国連水会議アジア太平洋地域準備会合
- Deltares:天皇陛下の2026年視察
