「海外に売る」を、具体的な商談に変える
愛媛県のものづくり企業が、ベトナムやインドネシアの顧客へ近づくための仕組みが動き始めた。県が9月に公表した二つの事業は、単なる海外視察ではない。現地の候補企業を探し、商談を調整し、終了後も追跡する。人口が減る地域で、技術を持つ工場の売上と雇用をどう維持するか。海外市場への挑戦は、地方経済の持続性を問う試みでもある。
ベトナムとインドネシア、各4社程度
県の募集要項では、ベトナムとインドネシアの商談支援事業はいずれも募集企業数が各4社程度、参加負担金が5万円で、渡航費などは企業負担。申込期間は2026年9月2日から25日まで、訪問型商談は同年11月から2027年2月を予定する。公募枠が小さいのは、参加企業ごとに相手先選定からフォローまで個別に支援する設計だからだ。ただし、定員が埋まったか、どの会社が採択されたか、受注が成立したかは資料からは確認できない。
2026年1月の覚書が意味すること
インドネシア向け事業の背景には、愛媛県、愛媛県商工会議所連合会、インドネシア商工会議所(KADIN)が2026年1月に交わした経済交流に関する覚書がある。県はKADINのネットワークを商談先の発掘に活用する。覚書の存在はアクセスを広げる可能性を示すが、製品認証、輸入手続き、品質保証、代金回収まで保証するものではない。商談は商談であり、契約ではない。
海の交通から育った工業県
愛媛の製造業は、瀬戸内海に向き合う地理と切り離せない。今治では海運と造船を中心とする海事産業が集積し、四国中央市では紙・紙加工が地域の産業を形づくった。新居浜の鉱工業は別子銅山の開発に歴史的な起点を持ち、化学や機械などへ裾野を広げた。現代の海外展開は突然始まった流行ではない。海路で材料を運び、技術と製品を外へ送り出してきた産業の延長線上にある。
大企業の海外展開と小規模工場の違い
大手企業なら海外の営業拠点、法務、通関、与信管理を自社で抱えられる。少人数のものづくり企業は事情が違う。技術力が高くても、現地で本当に必要とされる仕様や価格帯を知らなければ見積もりの段階で止まる。英語のパンフレットをつくるだけでは不足する。故障時の修理、部品供給、設置教育、取引相手の信用評価まで含めた事業計画が必要だ。
「相手国」の次は「相手地域」を選ぶ
県は9月8日、インドネシアの新市場開拓調査を公告した。環境分野や食品加工分野との親和性が高い州・エリアを調べ、産業集積、インフラ、現地需要を分析する。委託料上限は194万4000円、応募期限は10月9日。人口の大きな国を一つの市場と捉えるのではなく、製品を採用する工場や自治体がどこにあるかを見極める姿勢が読み取れる。
ベトナムとの接点は一度きりではない
県によると、これまでベトナムへ経済交流ミッション団を5回派遣してきた。2026年度の現地商談事業では、受託候補者としてGLOBAL ANGLE Pte. Ltdが選ばれたと公表されている。商談を継続させるには、訪問のたびに相手が変わらない関係と、商談後に課題を詰める担当者が要る。県が今回、事後フォローまで事業内容に含めたことは重要だ。
インドも別の成長市場として視野に
愛媛県は2026年度、インド向けビジネスマッチング支援事業の委託手続きも進め、受託候補者として株式会社Doooxを公表した。東南アジアの2国だけに賭けるのでなく、複数の成長市場を比較する方針が見える。ただし委託契約や支援体制が整ったことと、企業が売上を獲得したことは別の指標である。成果公表を待つ必要がある。
海外販路と外国人材は別の課題
県内の人口減少と人手不足は、国内の生産体制に影を落とす。海外に販売先を確保しても、受注に応じる技能者を確保できなければ生産量は増やせない。一方、海外で生産することが国内雇用を守るとも限らない。問われるのは、高度な工程や開発、保守を地元に残し、働く人の待遇と技能継承に再投資できるかだ。販路開拓政策と人材政策は、互いに補完しなければならない。
輸出が増えても利益が出るとは限らない
為替は採算を左右するが、円安ならすべての企業が得をするという単純な話ではない。輸入原材料、エネルギー、国際輸送、現地代理店の手数料、取引通貨でコストは変わる。取引条件、保守対応、売掛金回収まで精査して初めて継続輸出が可能になる。地域の金融機関や商工団体にも実務面の役割がある。
「成約何件」だけでは足りない
政策効果を測るなら、商談件数のほか、見積もり提出、試験採用、継続受注、粗利益、国内での雇用維持、輸出先の集中度を追いたい。県の支出と参加企業の自己負担に見合う成果かも重要である。行政の発表をそのまま成功物語にせず、1年後、3年後の数字で評価することが、ものづくり企業への最良の支援になる。
工場の技術を次の世代へつなぐために
造船、紙、化学、機械。愛媛の産業は土地に根を下ろしながら、外の世界との接続で育ってきた。今、県が始めた小規模で実務的な商談支援は、その歴史の現代版といえる。ただし成功を決めるのは覚書の写真でも渡航回数でもない。顧客が技術を選び、対価を払い、その利益が県内の人材と設備に還元されるかどうかである。
出典・参考資料
- 愛媛県「令和8年度インドネシアにおけるビジネスマッチング支援事業」
- 愛媛県「令和8年度ベトナムにおけるビジネスマッチング支援事業」
- 愛媛県「令和8年度インドネシアにおける新市場開拓調査事業」
- 愛媛県「令和8年度ベトナム事業受託者の募集・審査結果」
- 愛媛県「令和8年度インド事業受託者の募集・審査結果」
- 愛媛県産業政策課・貿易振興と商談会
- 愛媛県産業政策課・海外企業向けの支援施策
- 株式会社フォーバル・インドネシア支援事業の受託発表
確認基準日:2026年10月9日。商談は2026年11月~2027年2月に予定されており、応募結果、受注額、雇用創出については公表資料で確認できません。歴史・経営上の評価は記事の分析です。
