ハワイ島のマウナケアは、熱帯にある山なのに雪が降る。標高4,000メートルを超える山頂部では冬季に積雪し、条件がそろえば春から夏まで雪が残る。そのわずかな雪の上に、赤く染まる微生物の世界がある。
山梨大学総合分析実験センターの瀬川高弘講師、千葉大学大学院理学研究院・環境リモートセンシング研究センターの竹内望教授、大阪工業大学工学部の松﨑令講師、広島大学大学院統合生命科学研究科の米澤隆弘教授らの国際研究チームは、マウナケア山頂部の残雪で雪氷藻類を確認し、その遺伝的系統を解析した。論文は2025年9月5日、The ISME Journalに掲載され、千葉大学は同年10月1日に共同リリースを出している。
「赤い雪」は血ではなく、光合成微生物
雪氷藻類は、雪や氷の上で繁殖する寒冷環境適応型の光合成微生物である。細胞内にアスタキサンチンなどの赤い色素を蓄積し、強い紫外線から身を守る。大量に増殖すると雪面が赤やピンクに見える「赤雪」を引き起こす。
雪が赤くなる現象は世界各地の高山や極地で知られているが、マウナケアは特に特殊だ。周囲を海に囲まれ、他の恒常的な雪氷圏から非常に遠い。「世界で最も孤立した雪氷圏の一つ」と研究チームが呼ぶのはそのためである。
2023年、雪が7月まで残った
研究の決定的な条件になったのは、2023年の異例に長い残雪だった。論文によると、マウナケアの雪は通常5月初めまでに消えるが、2023年は強いラニーニャ条件と結びついた気象のもと、7月末まで残った。過去50年で残雪が7月まで確認されたのは1975年、1989年、1990年、2023年の4回だけで、少なくとも33年ぶりの長期残雪だった。
7月には残雪面積が約350平方メートルまで残り、藻類が増殖する時間が生まれた。2023年3月・4月の試料では赤色藻類は検出されなかったが、6月・7月には確認された。2021年にも4月試料から赤色藻類が見つかっている。
遺伝子解析で見えた二つの旅
チームは核リボソームDNAのITS2領域を使って系統解析を行い、主に二つのグループを確認した。
一つは世界各地に分布するSanguina(サングイナ)属の広域分布系統。もう一つはChloromonadinia snow groupに属する、ハワイ島で長く独自進化してきた系統群である。
広域分布型のSanguinaは、現在の気候条件でも他地域からハワイへ到達している可能性が示された。一方、ハワイ固有のChloromonadinia系統は複数回の古い移入を示し、最大クレードは約25万~13万年前にハワイ島へ到来したと推定された。
25万年前の到来は、マウナケアの氷河期と重なる
約25万~13万年前という推定時期は、マウナケア山頂部が氷河で覆われていたポハクロア氷期、海洋酸素同位体ステージ6(MIS 6)と重なる。
現在のマウナケアでは雪が数週間から数カ月で消える年が多い。しかし氷河期には、より長く安定した雪氷環境が存在した。研究チームは、その長期的な生息地が、遠くから到来した雪氷藻類を定着させ、島内で独自の系統へ進化する時間を与えたと考えている。
どうやって海を越えたのか
研究は、雪氷藻類が長距離移動できることを系統関係から示すが、個々の細胞がどの経路でハワイへ到達したかを直接観察したわけではない。
考えられる経路には、大気中の風による輸送や渡り鳥など生物を介した移動がある。しかし今回の論文は「どの経路が主役だったか」を確定していない。
Sanguinaは「今」、固有系統は「過去」を語る
二つのグループは、生態戦略も異なる可能性がある。
研究では、6月にはハワイ固有のChloromonadinia系統が優勢だった地点で、7月にはSanguinaの比率が高まった。Sanguinaのような広域分布型は、まれに長く残る雪という現在の気候窓を利用して増殖する一方、固有Chloromonadiniaは短く不規則な積雪環境に長期適応してきた可能性がある。
同じ赤い雪の中に、最近到来した可能性のある系統と、氷河期以来の進化史を持つ系統が混在している。
雪が消えると、藻類はどうするのか
千葉大学の解説によれば、雪氷藻類は生息条件が悪化すると厚膜胞子を形成し、環境が改善するまで休眠する。
マウナケアでは、雪がない年もある。雪が毎年安定して残る場所ではない。だからこそ、固有系統がどう生き延び、どこで休眠し、次の積雪時にどう再び雪面へ現れるのかは重要な生態学的問題になる。
「温暖化で赤雪が増える」と単純には言えない
雪氷藻類は雪面を暗くし、太陽光の吸収を増やして雪や氷の融解を速めることがある。千葉大学の竹内研究室は、月山での季節変化、北極圏の氷河、藻類へ寄生するツボカビなどを通じ、微生物と雪氷融解の相互作用を長く研究してきた。
しかし、マウナケアの今回の結果を「温暖化で赤雪が増える」と単純に言い換えるのは正確ではない。赤雪が出るには、そもそも雪が十分長く残る必要がある。温暖化で積雪量や残雪期間が減れば、雪氷藻類が増殖できる時間窓そのものが失われる可能性もある。
2023年の赤雪は、雪が異例に長く残ったから観察できた。したがって気候変動は、単に藻類を「増やす」のではなく、雪氷生態系が存在できる時間と場所を変える。
雪氷藻類は融解を速める
赤や緑の色素が雪面を暗くすると、反射率(アルベド)が下がり、太陽光をより吸収しやすくなる。その結果、雪や氷の融解が進むことがある。
このフィードバックは、グリーンランドや山岳氷河で重要な研究テーマになっている。藻類が増えることで融解が進み、液体の水が増えてさらに微生物活動が変化する可能性がある。
一方、竹内教授らの2023年研究では、雪氷藻類に寄生するツボカビが藻類を死滅させ、結果的に氷河融解を抑える可能性も示された。雪氷上の生物相は「藻類が黒くして融かす」という単一方向の仕組みではない。
月山研究との対照
竹内教授らは山形県の月山でも雪氷藻類の季節変化を調べた。月山では5月に低標高の森林域で緑色雪が現れ、季節の進行とともに高標高へ広がり、6~7月には上部で赤雪が増えた。
その研究では、落葉樹の芽鱗など植物由来の栄養塩が藻類の増殖と関係していた。つまり日本の豪雪山地では、森林生態系が雪上微生物を支える。
対してマウナケアは、森林から離れた火山性高山環境で、雪自体が非常に不規則だ。同じ雪氷藻類でも、生態系を支える条件は大きく違う。
孤立した山が「世界の微生物交通」を見せる
島嶼生物学では、遠く離れた島に生物がどう到達し、独自進化するかが古くから重要なテーマだった。ダーウィンがガラパゴスの動物を観察した時代から、島は進化を考える自然実験場として使われてきた。
雪氷藻類の研究は、その考え方を微生物へ広げる。目に見えないほど小さい生物でも、地理的隔離は進化を作る。しかし小さいからこそ、風や鳥などに乗って大陸間を移動できる可能性もある。
マウナケアは「孤立しているのに世界とつながっている」ことを同時に示す。
遺伝子だけで25万年前をどう推定するのか
研究チームは、ITS2配列の違いと系統関係から各グループの分岐時期を推定した。これは化石のように到来年を直接記録する方法ではなく、遺伝子の変化速度を使う分子系統解析である。
そのため約25万~13万年前という値には推定幅がある。研究は「25万年前のある日に藻類が到着した」と示したのではない。最大のハワイ固有クレードの分岐時期が、MIS 6の氷河化時期と整合するという意味である。
なぜ遺伝的多様性の保全が必要なのか
マウナケアの固有系統が本当に長期間独自に進化してきたなら、その遺伝的多様性は他地域で代替できない。
温暖化で長期残雪がさらにまれになれば、雪の上でしか増殖できないChloromonadinia snow groupの生息機会は減る可能性がある。休眠できても、次の増殖機会が来なければ個体群の維持は難しくなる。
研究チームが強調するのは、赤雪という珍しい見た目ではなく、「短期間しか存在しない雪氷生態系にも固有の進化史がある」という点である。
これは2025年の研究である
本稿で扱う研究は2026年の新発表ではない。論文は2025年9月5日掲載、千葉大学の共同リリースは2025年10月1日である。
2026年10月の千葉県版で取り上げる意義は、千葉大学が継続してきた雪氷生物研究を、マウナケアという極端な孤立環境を通じて振り返る科学特集として読むことにある。速報として扱うべき内容ではない。
赤い雪が教えるのは、「生き物の分布」は気候の履歴だということ
マウナケアの赤雪に含まれる二つの系統は、別々の時間を記録している。
Sanguinaは、現在も起こる長距離分散と、まれに訪れる長期残雪を利用する能力を示す。ハワイ固有のChloromonadinia系統は、氷河期に成立した長期的な生息地と、その後の隔離進化を示唆する。
雪は毎年同じ場所に同じ期間あるわけではない。気候が変われば、生物が移動できる「道」と、定着できる「家」の両方が変わる。
マウナケアの赤雪は、ほんの数百平方メートルの夏の残雪に見える。しかし遺伝子を読むと、そこには数十万年にわたる地球規模の移動と気候史が残っている。
