一本のカーボンナノチューブは、自分を生み出した触媒が同じ姿であり続けることを必要としなかった。炉の温度を上げると、鉄の触媒粒子は粗大化し、炭素の筒が伸びる速さも変わった。温度を元へ戻しても、成長速度は元へ戻らない。ところが、筒を形づくる炭素原子の巻き方は、多くの場合、最初に決まったままだった。
東京大学大学院工学系研究科の大塚慶吾(おおつか・けいご)助教、研究当時に修士課程だった藤原隆二氏、丸山茂夫(まるやま・しげお)研究当時教授らは、単層カーボンナノチューブの成長中に炭素同位体の標識を埋め込み、成長後の一本一本から時間履歴を読み出した。研究成果は2026年9月1日付の『Nature Communications』に掲載された。
「同じ炭素」でも、巻き方で別の材料になる
単層カーボンナノチューブは、炭素原子が六角形に並ぶ一枚のグラフェンを、直径およそ数ナノメートルの筒へ丸めたような構造を持つ。ただし、どの方向へ巻くかによって、筒の周囲に並ぶ原子の配列が変わる。その巻き方をカイラリティと呼び、二つの整数(n,m)で表す。
この違いは外見上の細部ではない。1992年、浜田典昭、澤田信一、押山淳の理論研究は、直径と炭素六員環のらせん配置によって、ナノチューブが金属にも半導体にもなり得ることを示した。半導体回路をつくるつもりで金属型が混ざれば、スイッチを切っても電流が流れる経路になり得る。光デバイスでは、発光や吸収の波長が構造ごとに異なる。一本ごとの「巻き方」を揃えることは、材料を選別する工程ではなく、物性そのものを設計することに近い。
ナノチューブ自身を、成長の記録媒体にする
成長している触媒粒子を、炉の中で一本のナノチューブと対応づけながら追い続けるのは難しい。そこで研究グループは、完成したナノチューブの内部に時間の目印を残した。
実験では、r面カットの水晶基板上に、リソグラフィーで配置した鉄触媒からアルコール化学気相成長法でナノチューブを伸ばした。炭素源はエタノールである。成長途中に、通常の炭素12より重い炭素13を含むエタノールを10秒ずつ導入した。炭素13の割合を33%、67%、100%に切り替え、それぞれを「0」「1」「区切り」に見立てた3ビットの符号を30秒間隔で刻んだ。
重い炭素13が入った部分では、原子の振動周波数が下がる。完成後にチューブの軸方向をラマン分光で走査すると、標識の位置を見分けられる。隣り合う標識の距離が、その30秒間に伸びた長さである。こうして一本の筒が、いつ、どれだけ速く伸びたかを自ら記録する。
同じラマンスペクトルからは、直径を反映する径方向呼吸モードや、金属型・半導体型を見分けるGモードの特徴も読める。つまり、一本のナノチューブについて、成長速度の履歴と構造の履歴を重ねられる。研究グループは成長速度を触媒寸法の間接指標として用い、成長中に見えない触媒の変化を逆算した。
温度は戻った。速度は戻らなかった
炉温は800度から873度へ上がり、再び800度へ下げられた。もし成長速度が温度だけで決まるなら、同じ温度では同じ速度に戻るはずだ。実際には履歴依存性、すなわちヒステリシスが現れた。降温時には、同じ温度でも昇温時より速く伸びるチューブがあり、代表例では速度差が約2倍に達した。
研究チームは、温度上昇で鉄触媒がオストワルド熟成を起こし、小さな粒子から大きな粒子へ物質が移って粗大化したと解釈した。触媒の表面積が増えれば、炭素の取り込みと成長速度も上がる。温度を下げても、いったん大きくなった粒子は元の大きさには戻らない。そのため、同じ温度でも成長速度が異なる。
ただし、速ければ長くなるとは限らなかった。高温域では成長停止が増え、昇温時より降温時の生存確率が低かった。成長速度が上がる一方、伸び続ける寿命は短くなる。最終的な長さは、速度と寿命の積み重ねで決まり、単に温度を高くすれば収量が増えるという関係ではない。
二つの時計が、最終長さを決める
- 伸長速度:単位時間に何マイクロメートル伸びるか。触媒の状態と温度、炭素活量に反応する。
- 成長寿命:触媒が活性を保ち、筒が伸び続ける時間。高温化は停止を早める場合がある。
- 滞留時間:連続炉では触媒とナノチューブが反応域にいられる時間にも上限がある。
触媒が変わっても、「身元」は変わらない
動いたのは速度だけではなかった。触媒粒子も粗大化していた。それでも、チューブ#3は約30度の温度上昇で成長速度が約3.5倍になったにもかかわらず、測定範囲で同じカイラリティを保った。別の金属型チューブ#6も、最高温度から約800度まで下がる過程で、検出可能な構造変化を示さなかった。
全体では、解析した158本のうち139本、88%が、測定した全長にわたり同じ(n,m)指数を維持した。総解析長9.39ミリメートルで確認されたカイラリティ遷移は24回。長さでならすと1ミリメートル当たり2.6回、約391マイクロメートルに1回である。動的な温度変化がある条件でも、遷移頻度は定温成長の場合と同程度だった。
ここは「すべての筒が完全に同じ構造を保った」と言い換えてはならない。チューブ#7では局所的なラマンスペクトルの変化があり、構造遷移が確認された。論文はまた、共鳴条件の変化を見落とすと、維持率を高く見積もる可能性があると注意する。構造記憶は強い傾向だが、絶対的な規則ではない。
| 観察 | 示すこと | 示さないこと |
|---|---|---|
| 同じ温度で成長速度が最大約2倍 | 触媒状態が不可逆に変化し、成長速度に履歴がある | 触媒粒子を同一チューブ上で連続直接撮影したわけではない |
| 139本/158本でカイラリティ維持 | 動的環境でも構造が高い頻度で保たれた | 100%の維持、あらゆる直径・条件での保証ではない |
| ラマン信号が軸方向に連続 | 測定範囲で直径・電子型・(n,m)が連続する証拠 | 数百µmを原子分解能で全長撮影したことではない |
| 触媒を大きくする分子動力学計算 | 粗大化してもカイラリティを保てる機構を支持 | 実験条件すべての定量的再現や工業炉の実証ではない |
五角形と七角形が、壁になる前に消える
カイラリティを途中で変えるには、炭素六員環だけでできた壁へ五員環や七員環などの欠陥を組み込む必要がある。研究チームの分子動力学計算では、鉄触媒へ原子を追加して粒子を大きくしながら、(8,7)、(13,0)、(10,5)の単層ナノチューブへ炭素を供給しても、カイラリティは維持された。
論文が示す説明は、成長端で一時的に生じた非六員環構造が、その後の反応を進みにくくし、壁へ固定される前に触媒表面で取り除かれるというものだ。言い換えれば、触媒との境界は形を変えながらも、誤った配列を残しにくい。論文はDNA複製の校正との類似を概念的に挙げるが、もちろん生体の酵素反応と同一の仕組みを主張しているわけではない。
この機構は有力だが、限界の定量化はこれからである。論文も、異なる直径、炭素供給速度、温度を広く変えた系統的な計算が必要だとしている。どこまで触媒を変えても構造が保たれるのか、境界条件はまだ決まっていない。
主実験は「工業炉の中」ではない
この成果は、工業的に使われる浮遊触媒化学気相成長法、FCCVDの問題を念頭に置く。FCCVDでは触媒粒子を原料ガスとともに反応管へ流し、連続的にナノチューブをつくる。触媒は入口から出口へ移動する間に温度、ガス組成、炭素活量が変わり、互いに衝突して大きくなる。量をつくりやすい一方、一本の触媒と一本の筒を追跡しにくい。
ただし、同位体標識で時間履歴を復元した主実験は、動く触媒を工業炉内で追ったものではない。鉄触媒を固定した水晶基板上のアルコールCVDで、FCCVDに特有の温度変化などを制御して再現したモデル実験である。
研究グループは補完的にFCCVDでもナノチューブを合成し、個々の筒に沿うラマン信号の連続性を調べた。800~950度の四つの条件でも平均直径の変化は小さく、950度でも平均1.2ナノメートル未満だった。この結果は構造が核生成時に決まりやすいという解釈と整合するが、FCCVDの一本ごとの成長履歴を30秒刻みで直接読んだわけではない。
核生成と伸長を、別の工程として設計する
研究の工業的な意味は、一本の記録より工程の分割にある。カイラリティが核生成時にほぼ決まり、その後の成長速度と寿命が別に動くなら、構造を揃える条件と、長さ・生産量を稼ぐ条件を同時に一つの温度へ押し込む必要がなくなる。
反応管の入口では、温度勾配や原料濃度を使って核生成が起こる領域を狭くし、触媒サイズの分布を限定する。構造が決まった後の伸長領域では、炭素活量や温度を別に最適化し、既に決まった直径を乱さず長さを伸ばす。論文が提案するのは、このような二段階・多段階の設計原理である。
しかし、論文はその工場を完成させたわけではない。半導体用の単一カイラリティを連続炉から高収率で得た実証でも、ウェハー上へ必要な位置と向きに並べた実証でもない。核生成域を狭めると本当に分布がどこまで細くなるのか、伸長域で長さと寿命をどこまで両立できるのかは、次の装置実験に残る。
Japan.co.jpの整理:量産へ進むための五つの段階
- 核生成:狙った(n,m)を高い選択率で生む触媒と条件をつくる。
- 伸長:構造を崩さず、成長速度と寿命を両立して長くする。
- 純度:金属型、異なるカイラリティ、欠陥、触媒残渣を用途基準まで減らす。
- 配置:必要な密度、向き、間隔で基板上へ置き、電極と低抵抗で接続する。
- 再現性:大面積・多数ロットで同じ分布、歩留まり、費用を保つ。
1991年から続く、「巻き方」をめぐる研究
1991年:飯島澄男が、アーク放電で得た多層のグラファイト状微小管を『Nature』で報告。現代のカーボンナノチューブ研究が急速に広がる。
1992年:浜田典昭、澤田信一、押山淳が、直径とらせん配置によって金属型・半導体型が分かれると理論予測。
1993年:飯島澄男と市橋鋭也が、直径約1ナノメートルの単層カーボンナノチューブを報告。
2002年:丸山茂夫らが、エタノールを炭素源とする低温・高純度のアルコール触媒CVD法を発表。
2013年:カーボンナノチューブ・トランジスタだけで構成した機能的なコンピューターが報告される。
2018年:大塚慶吾らが、一本ごとの成長を追跡するデジタル同位体符号化法を発表。
2019年:1万4,000個を超えるカーボンナノチューブ・トランジスタによる16ビット・マイクロプロセッサーが報告される。
2026年:同位体履歴と温度変調を組み合わせ、触媒が進化してもカイラリティが高頻度で保たれることを示す。
35年の歴史は、材料の発見から「どの筒をつくるか」という製造問題へ重心が移った過程でもある。回路が動くことは既に示されている。残る難題は、研究室で選んだ筒を使うのではなく、必要な筒だけを大量に、配置可能な形で供給することだ。
半導体への近道ではなく、設計図の一枚
シリコンに代わる、あるいは補完する電子材料として、カーボンナノチューブには細いチャネル、優れた電気輸送、低電圧動作への期待がある。通信波長帯の単一光子源など、光・量子デバイスへの研究も進む。だが、構造記憶が見つかったからといって、半導体製造の課題が一つに消えるわけではない。
今回の成果が減らすのは、触媒が成長中に変化すれば、筒の構造も必ず追随して崩れるのではないかという不確実性である。むしろ、最初の核生成が想定以上に重要だと示した。成長後の触媒とチューブの直径を一枚の顕微鏡像で比較し、その静止画だけから成長時の因果関係を読むことにも警告を与える。触媒は、筒が生まれた後も変わり続けるからだ。
この意味で、構造記憶は「完成品」のニュースではない。どの瞬間を制御すべきかを絞り込んだニュースである。品質は誕生時に決め、量はその後に稼ぐ。もしその分業が実際の連続炉で成立すれば、カイラリティ制御と生産性を同じ条件で妥協させてきた設計を変えられる。
次に見るべき実験
第一は、より広い直径、カイラリティ、炭素供給速度、温度範囲で、構造記憶が破れる境界を測ることだ。第二は、触媒粒子の時間変化と一本のチューブの履歴を、可能な限り同時に観察すること。第三は、FCCVDの連続流の中で、核生成域と伸長域を分けた装置が本当に直径分布を狭め、最終収量を増やすかを試すことである。
さらに半導体・光デバイスへの橋渡しには、得られた材料の電子型純度、欠陥密度、長さ分布、配向、接触抵抗、デバイス歩留まりを測る必要がある。構造記憶はその全てを解決しない。それでも、一本の筒が変化する炉の中で自分の「身元」を守るという事実は、製造工程を考える順序を変える。
触媒は成長し、炉は揺れ、速度は変わる。ナノチューブは、その変化に適応しながら、最初の巻き方を多くの場合保つ。次の問いは、材料が記憶を持つかではない。その記憶を、工場がどこまで利用できるかである。
資料・出典
- 東京大学大学院工学系研究科「カーボンナノチューブは構造を記憶して伸び続ける」(2026年9月1日)
- Otsuka K., Fujiwara R., Maruyama S., “Isotope-labeled growth histories reveal persistent chirality in individual carbon nanotubes despite catalyst evolution,” Nature Communications 17, 8898(2026年)
- Otsuka K. et al., “Digital Isotope Coding to Trace the Growth Process of Individual Single-Walled Carbon Nanotubes,” ACS Nano 12, 3994–4001(2018年)
- Iijima S., “Helical microtubules of graphitic carbon,” Nature 354, 56–58(1991年)
- Hamada N., Sawada S., Oshiyama A., “New one-dimensional conductors: Graphitic microtubules,” Physical Review Letters 68, 1579–1581(1992年)
- Iijima S., Ichihashi T., “Single-shell carbon nanotubes of 1-nm diameter,” Nature 363, 603–605(1993年)
- Maruyama S. et al., “Low-temperature synthesis of high-purity single-walled carbon nanotubes from alcohol,” Chemical Physics Letters 360, 229–234(2002年)
- Shulaker M. M. et al., “Carbon nanotube computer,” Nature 501, 526–530(2013年)
- Hills G. et al., “Modern microprocessor built from complementary carbon nanotube transistors,” Nature 572, 595–602(2019年)
- 東京大学大学院工学系研究科・理化学研究所「清浄な架橋カーボンナノチューブに量子欠陥を導入」(大塚慶吾、丸山茂夫の氏名読み確認)
日本語版は英語版の翻訳ではなく、東京大学の日本語一次資料と原著論文を基礎に独自に構成した。「構造記憶」は電子情報の記憶機能ではなく、核生成時に決まった直径・カイラリティの維持を指す。139本/158本、24遷移/総解析長9.39 mmという原著の値を用い、完全な構造維持とは表現していない。主たる同位体追跡は水晶基板上の担持鉄触媒で行われ、工業規模のFCCVD連続炉を直接追跡した実験ではない。
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