大きな声と険しい面に目を奪われると、その家がなぜ訪問者を迎え、酒や料理でもてなすのかを見落としてしまう。男鹿のナマハゲを知る手掛かりは、怖さの先にある。男鹿市の文化財解説は、ナマハゲを怠け心を戒め、家の厄を祓い、無病息災や実りをもたらす来訪神として説明している。[1] 訪れる側だけでなく、迎える家と集落があって初めて成り立つ行事だ。
大晦日の家々への訪問、伝承施設での実演、冬の観光まつり。いずれもナマハゲに出会う機会だが、それぞれの場には異なる役割がある。9月の男鹿を紹介する今回の特集では、年末の行事が今まさに行われているかのように描くのではなく、その背景と継承の仕事をたどりたい。
戒めと祝福を携えて来る神
なまはげ館は、ナマハゲを真山・本山に鎮座する神々の使者とする信仰を紹介している。大晦日に家庭を巡る来訪神は、悪事を戒めるとともに、豊作や豊漁などをもたらす存在とされる。[2] 子どもを驚かせる場面だけを切り取ると、この祝福の意味が伝わりにくくなる。
名称については、囲炉裏に長くあたっていると手足にできる火斑を「ナモミ」と呼び、それを剥ぐ「ナモミハギ」が語源といわれる。[1] ここで語られるのは、冬の暮らしと働くことへの戒めが重なった説明である。語源の言い伝えを、そのまま行事の成立年代や唯一の起源と受け止めることはできない。
厳しい言葉と丁重なもてなしが同じ場にあることが重要だ。迎える人はただ驚かされる観客ではない。訪問者と受け答えをし、家の側から行事に関わる。面の迫力を入り口に、そのやり取りまで目を向けると、ナマハゲの見え方は変わってくる。
真山では、家に入る前に確認がある
男鹿真山伝承館が紹介する真山地区の習俗では、角のない面を着けた二人が一組となる。「先立(さきだち)」と呼ばれる役の人が、ナマハゲを入れてよいか家の主人にあらかじめ確認する。入った後にも所作があり、四股を踏む回数は、入室時が七回、膳に着く前が五回、立ち上がる際が三回と説明されている。[3]
この順序から読み取れるのは、激しい動きの中にも約束事があるということだ。ただし、七・五・三の所作や角のない面は、真山の例として理解する必要がある。男鹿全体で同じ台本を使っているわけではない。
一つの顔にそろえない
男鹿市は、面、衣装、持ち物、所作が地区ごとに違うことを大きな特徴に挙げる。面の素材も木彫りだけではなく、木の皮や、ざるに紙を貼ったものなどがある。[1] 市の文化遺産紹介では、わらの衣装を「ケデ」といい、別の呼び名もあると説明している。[4]
なまはげ館には、市内各地で実際に使われた150枚を超える面が展示されている。[5] その数は、現在行事を行う集落数を示すものではない。それでも、多様な面を見比べることは、一つの観光用イメージでは捉え切れない文化に近づく方法になる。どの地域で使われ、どんな人が作り、誰が受け継いだのか。面の表情から、その背後の暮らしへ関心を進めたい。
伝説と記録を分けて、歴史を見る
起源をめぐっては複数の説や伝説がある。なまはげ館は、鬼たちが一晩で千段の石段を築こうとし、九九九段で鶏の鳴きまねに驚いて去ったという話を紹介する。[2] 土地で伝えられてきた物語として味わいたいが、歴史上の出来事として確認された話ではない。
一方、市の文化遺産紹介は、菅江真澄の『牡鹿乃寒かぜ』に、1811年の正月十五日に宮沢で見たナモミハギの記述と絵があるとする。[4] 少なくとも江戸時代に記録された行事であることと、その年に始まったということは別だ。いつから、なぜ男鹿に根付いたかという問いには、なお分からない部分が残る。
行事の時期も変化してきた。市の紹介では、かつて小正月に行われ、現在は大晦日に行われると説明されている。[4] 古い記録の正月十五日を、そのまま現代の西暦1月15日の観覧予定に置き換えることはできない。変化を含めて受け継がれてきた歴史を見る必要がある。
世界に知られても、集落の仕事は残る
「男鹿のナマハゲ」は1978年5月22日に国の重要無形民俗文化財に指定された。[1] 2018年には、全国の十行事をまとめた「来訪神:仮面・仮装の神々」の一つとして、ユネスコ無形文化遺産に登録された。[6] 建物や景観を対象にする世界遺産とは区別して伝えたい。
評価される対象を面だけに限れば、複製を残すことでも目的は達したように見えてしまう。しかし、行事には面を用意する人、所作を覚える人、家で迎える人がいる。国際的な知名度が高まっても、その関係を地域で維持する仕事まで代わってくれるわけではない。
秋田県が2025年10月に公開した取材記事は、担い手と訪問先の減少によって継続が難しくなる集落があると伝えている。[8] 面を着ける人数だけではなく、迎える家庭があるかどうかも継承の条件になる。知名度と地域での実施状況は、分けて見なければならない。
2026年の支援は、地域の面を修復するところから
男鹿市が9月10日に更新した保存・継承費補助金の案内は、行事を実施する、または再開予定の市内の町内会や団体を対象としている。面、衣装、持ち物の補修・新調にかかる対象経費の二分の一を補助し、過去の資料や写真を参考に地域固有の面を修理・復元制作する場合は、その面について五分の四とする。申請期限は2027年1月29日で、事前相談が必要。予算に達した場合には終了することがある。[9]
地域固有の面に手厚く支援する仕組みは、継承の方向を具体的に示す。どこでも通用する一つの顔にそろえるのではなく、その地域の記憶を確かめながら直すという考え方だ。古い写真や資料も、過去を眺めるものにとどまらず、次に使う面を作る手掛かりになる。
学ぶ人を増やす、伝える言葉を増やす
男鹿市観光協会の「ナマハゲ伝導士認定試験」は、歴史やしきたりを学び、保存伝承への理解を広げる取り組みだ。公表された日程では、次の試験は2026年12月6日、続いて2027年3月7日に予定されている。施設見学、講義、筆記試験を組み合わせる。[10]
知識を学ぶ機会と、集落で行事を担う経験は同じではない。それでも、見たものの意味を自分の言葉で説明できる人を増やすことには意義がある。怖い面を見せるだけでなく、どの地域の習俗なのか、迎える人が何をしているのかまで伝える人が、文化への理解を支える。
訪ねるなら、三つの場の違いを知っておく
なまはげ館は面や映像などから学ぶ展示施設で、隣の男鹿真山伝承館は、真山地区の習俗を知るための学習講座を行う。[3][5] 秋に男鹿を訪ねる人にも、年末の行事を理解する入り口がある。
一方、真山神社を会場とする「なまはげ柴灯(せど)まつり」は、神事「柴灯祭(さいとうさい)」とナマハゲを組み合わせた冬の観光行事だ。実行委員会によると、1964年に北浦湯本の星辻神社で始まり、後に真山神社へ移った。[7] 大晦日の集落行事と、施設の実演、冬まつりを区別することは、どれかの価値を下げるためではない。それぞれが誰に向けて、どのように文化を伝えているかを知るためだ。
家々を訪ねる年末の行事を見る機会がある場合も、家や地域の了承を前提にしたい。次の世代に残したいのは、迫力ある姿だけでなく、その姿を迎える関係である。ナマハゲの未来を考えることは、面の向こうの人々が、来年も行事を続けられる条件を考えることでもある。

