就職フェアの会場で、最も小さなブースを想像してみる。その会社には全国CMも、丸の内のガラス張り本社も、大勢の新卒採用担当者もいない。社名は和歌山の一つの谷を出れば誰にも通じないかもしれない。それでも折り畳み机の向こうには、工具の音で精度のずれを察知する技能者、規格外の柑橘を売れる商品に変えた農園チーム、観光客が帰った後も町の暮らしを支える家族企業がいるかもしれない。
通常の求人票は、その豊かな現実を給与、勤務地、休日、職務、経験という欄に押し込む。どれも契約の骨格であり、欠かせない。しかし多くの会社が「やりがいのある仕事」「アットホームな職場」「成長できる環境」と同じ言葉を並べれば、小さな会社は固有の魅力がないからではなく、説明が誰とでも同じだから見えなくなる。
和歌山県の2026年度「中小企業採用ブランド構築支援事業」は、その状態を変えようとしている。6月のセミナー、6月末と7月初めのワークショップを経て、8月に実践プログラムへ入った。最大7社が2027年3月まで約半年間、8回程度の面談、電話・メール対応、参加企業同士の交流という無料支援を受ける。
ワークショップの言葉に、事業の考え方が表れている。AIを活用して「自社の解像度」を上げ、対話を通じて理想の人材像を立ち上げ、採用コンセプトを考え直す。SNSへの投稿回数を増やすだけではない。事業の目的、経営、職場の実態、候補者への伝え方を一本につなぐ仕事である。
ここが重要だ。普通だが誠実な仕事に美しく正確な物語を与えれば、候補者は初めてその価値に気づける。低賃金、恣意的な管理、無理な勤務表に美しい物語を貼り付ければ、それは罠になる。採用ブランドが力を持つのは、語った内容が会社の守れる約束であり、働く人の現実的な予告になっている時だけだ。
和歌山県が2026年度に提供するもの
事業は6月4日、和歌山城ホールとZoomでのキックオフセミナーから始まった。登壇したむすび株式会社代表の深澤了氏が掲げたのは、「なぜ採用できないのか」「採用ブランディングとは何か」「業種・規模・地域を超えた成功事例」「採用が変われば経営が変わる」という四つの論点だった。最後の命題が要である。誰を必要とし、なぜその人が残るのかを会社が説明できないなら、問題は広告より経営戦略の側にあるかもしれない。
6月29日の会場開催、7月2日のオンライン開催では、自己理解、人材像、採用コンセプトの順に作業した。AIの導入は2026年らしいが、材料を出し、生成された言葉を問い直し、何を約束できるか判断するのは人間である。
8月から2027年3月までの実践プログラムは、原則としてセミナーとワークショップの参加企業が対象だ。参加費は無料、定員は7社で、応募多数なら選考する。半年で「8回程度」という面談回数は、一度相談して標語を受け取るのではなく、仮説、取材、試作、検証、修正を重ねる設計だと読める。
| 段階 | 時期・会場 | 確認できた内容 | 生み出せるもの |
|---|---|---|---|
| キックオフ | 6月4日、和歌山城ホール+Zoom | 採用できない理由、採用ブランド、事例、採用と経営の関係 | 共通の問題認識と経営者の関与 |
| ワークショップ | 6月29日会場、7月2日オンライン | AIで自社理解を深め、人材像を定義し、採用コンセプトを再考 | 具体的な言葉、人材仮説、社員に聞くべき問い |
| 実践支援 | 2026年8月~2027年3月 | 最大7社、面談約8回、電話・メール支援、交流会、無料 | 雇用主としての提案、証拠、発信経路、検証方法、社内責任者 |
| 成果評価 | 採用保証の規定なし | 応募数・採用数・定着率の保証は公表されていない | 露出だけでなく、適合度と定着を測る必要 |
この深さが、支援社数を絞る理由でもある。県は8月8日に新大阪で30社規模のUIターン就職・転職フェアを開いた。多数の企業と求職者を一日に結ぶ場も必要だ。しかしブランド構築は会社の内側へ入らなければならない。創業者と新人に話を聞き、離職の理由を見て、強みをめぐって議論し、ときには経営陣と社員が別々の物語を語っている事実に向き合う。
公的支援は能力格差を埋める。大企業なら労働市場調査、動画制作、採用管理システム、専門会社を購入できる。20人の工場では、総務担当者が給与、法令対応、採用をすべて兼ねているかもしれない。無料伴走は、単独では常設できない調査・編集機能を一時的に地域企業へ渡す。
求人倍率1倍未満の「人手不足」
単純な説明は、和歌山には仕事が多すぎ、人が少なすぎるというものだ。だが6月の数字はそれを許さない。和歌山労働局による季節調整済み有効求人倍率は0.94倍で、前月から0.02ポイント低下。有効求人数は1万4,315人、有効求職者数は1万5,222人だった。正社員の原数値はさらに低い0.81倍で、求人6,708人に対し求職者8,239人である。
労働局は、雇用情勢について「持ち直しの動きに弱さ」があり、一部に厳しさが見られるとした。有効求人は5か月連続減少。原数値の有効求人は前年同月比11.2%減り、有効求職者は4.7%増えた。県全体では、全企業が働き手を奪い合っている状況ではない。
しかし県全体の倍率が、左官、看護職、運転手、生産技術者を採ってくれるわけではない。6月の新規求人は建設業とサービス業で前年同月より増えた一方、運輸・郵便、宿泊・飲食、生活関連サービス・娯楽、医療・福祉で大きく減った。求職者が多い県でも、地域、職種、勤務時間、資格、雇用主ごとにマッチングが極端に難しい場所は残る。
一か月の景気変動は、人口の長期方向も消さない。2026年7月1日の県推計人口は85万5,330人で、前月から642人減った。2024年10月までの一年では1万2,003人、率にして1.35%減少。出生4,650人、死亡1万4,722人で自然減は1万72人。県外転入1万4,034人に対し転出1万5,965人で、社会減も1,931人あった。
ここには二つの時計がある。景気の時計は今年の求人を減らす。人口の時計は数十年かけて将来の働き手を減らす。企業は前者に対して求人を止められるが、後者には仕事の再設計、人材育成、採用対象の拡大、少数の候補者から選ばれる理由づくりで向き合うしかない。
採用ブランドはその地図の中で働く。資格者を生み出したり、工場を大阪へ移したりはできない。だが情報の非対称性は減らせる。地方工場は単純作業だと思っていた人が、ロボット、海外顧客、熟練者との徒弟的学習を知るかもしれない。逆に合わない人が早く辞退することも、3か月で退職する採用を避けるなら成果である。
新聞の求人広告から「雇用主のブランド」へ
日本の近代的な採用情報産業は、いまの情報過多とは逆の問題から始まった。リクルートの社史によると、1960年に大学新聞の求人広告を扱う会社として創業し、1962年には大学生向け採用情報を一冊に集約した『企業への招待』を発行した。私的なつながりの外にも機会を見せることが革新だった。
紙の一覧はデータベースになり、検索エンジンになった。リクルートは1996年に求人情報誌をデジタル化した。数千件の求人を検索し、比較し、即時に配信できる仕組みは情報不足を解消した。同時に新しい問題をつくった。誰でも掲載できるなら、知名度、検索順位、有料枠、情報の質によって見え方が決まる。
同じ1996年、英国の研究者ティム・アンブラーとサイモン・バロウは『Journal of Brand Management』に「The Employer Brand」を発表した。雇用を、企業と結びついた機能的・経済的・心理的な便益の束として捉えた。職場を清涼飲料のように売るという意味ではない。候補者は期待をつくり、社員は期待が真実か経験し、その関係には評判が生まれるという洞察である。
1960年 — リクルートが大学新聞の求人広告から出発。
1962年 — 『企業への招待』が新卒採用情報を集約。
1996年 — 日本の求人メディアがオンライン化。同年、雇用主ブランドの代表的論文が発表される。
2015年 — 若者雇用促進法が、若者向け職場情報とマッチング政策を強化。
2023年 — 中小企業庁が経営戦略と人材戦略をつなぐ「人材活用ガイドライン」を公表。
2024年 — 和歌山県がPROPELの名称で支援を開始。第1期実践プログラムは6社。
2025年 — 第2期の7社が事業に取り組み、2026年3月に成果を報告。
2026年 — AIによる自社分析と人材像の具体化をワークショップに導入。
行政の政策も変わった。若者雇用促進法や「ユースエール認定」は、若者にとって良い中小企業の質を見えるようにする試みだった。中小企業庁が2023年に公表し2026年に改定した「人材活用ガイドライン」は、経営課題から出発し、必要なのが中核人材か業務人材か、採用するのか育てるのか、活躍できる組織は何かを問う。
和歌山の事業も、この長い転換の延長にある。求人票は「席が空いている」と知らせる。採用ブランドは、その席がなぜあり、何を学び、何を決められ、どう評価され、なぜ今いる人が残るのかを説明する。前者は配信であり、後者は検証可能な提案である。
誰にも知られていない地域企業
小さな会社は、知られていないことを、魅力がないことと取り違えやすい。両者は別だ。企業間取引の専門会社は世界の供給網に不可欠でも、5キロ先の住民には知られていない。創業者から受け継いだ社名だけでは技術も顧客も分からない。高校生が毎日工場の前を通っても、中で何が起きているか知らないことは珍しくない。
大企業は求人を出す前から候補者の頭に入っている。商品、広告、卒業生、給与水準が親しみを蓄える。小さな会社は、注目を求める瞬間に文脈から説明しなければならない。だから具体性が武器になる。「社会に貢献」は弱い。「食品包装ラインの停止を直し、1年目は先輩と故障診断へ行く」なら、場面、目的、学び方が見える。
土地も同じ精度で語る必要がある。海辺の観光業、紀南の林業、和歌山市のオフィス、有田の果樹園では、通勤も共同体もキャリアも違う。すべてを「自然豊かな環境」にまとめると、移住世帯が知りたい交通、住居、学校、配偶者の仕事、繁忙期、研修へのアクセスが消える。
最良の材料はすでに社内にある。失敗の後も顧客が戻った理由、危険作業を教える上司の手順、パート社員の改善提案、一人で任されるようになった瞬間。こうした出来事は形容詞より文化を証明する。同時に矛盾も明らかにする。「自主性を歓迎」と言いながら全ての決定が社長に戻るなら、社員取材で分かる。
だから良い物語は聞くことから始まる。経営者より先に最近の入社者へ聞く。退職者がなぜ去ったか確かめる。公開求人と最初の90日を比べる。普通の仕事を朝から引き継ぎまで追う。魅力だけでなく不便も記録する。現実的な仕事予告は応募を減らすかもしれないが、適合を良くできる。
PROPELの最初の2年間
県は2024年度、この政策を「PROPEL」の名称で始めた。英語で「推進する」「押し出す」を意味する言葉だ。事業サイトは、規模や雇用条件、立地だけで競うのではなく、自社の理念、未来、固有の魅力を明確にして発信し、選ばれる会社をつくると説明する。おしゃれなウェブサイトや広告を展開することがブランド構築なのではなく、一連の過程にうそがない状態をつくるのだと明記している。
第1期は6社で、2024年8月から2025年3月まで個別の伴走支援を受けた。2025年度のワークショップでは、経営マネジメントシステム、社内への浸透・文化醸成、求職者に与えるイメージという三領域を扱った。外への発信は三分の一にすぎず、残りは会社の運営と社員の経験である。
第2期の最終成果報告会は2026年3月16日に開かれた。発表企業は、eatabell、高木彫刻、木本産業、酒直、菖蒲谷、早和果樹園、仁インターナショナルの7社。食品、製造、サービスなどにまたがり、1社20分で取り組みの経過、成果、今後を報告する構成だった。
ただし、この社名一覧は参加した証拠であって、各社の採用課題が解決した証拠ではない。公開された事業案内からは、共通の定着期間、比較対象、採用単価を用いた評価は確認できない。採用が短期に発生しなくても、参加企業が学び、有用な材料をつくり、経営を改善することはあり得る。事例発表と政策効果の検証は分けなければならない。
2026年度の県ページはPROPELではなく一般名称を使い、登壇者やAI中心の演習も変わった。それでも方法は連続している。会社を診断し、必要な人を定め、提案を設計し、少数社に伴走する。公的事業はロゴの継続ではなく、設計と成果の記録によって評価されるべきだ。
「本当の採用物語」に必要なもの
採用物語には主人公が必要だが、すべての場面で創業者を主人公にしてはいけない。候補者が知りたいのは、自分が何をし、何になり、何に影響できるかである。会社は舞台と課題を提供し、社員はその道のりを証明する。
まず経済的な事実から始める。給与幅、勤務時間、残業の扱い、勤務地、出張、契約形態、福利厚生を比較に耐える言葉で示す。次に仕事を説明する。顧客の課題、道具、判断、身体的・感情的負荷、普通の日と難しい日の違い。成長は「成長できる」ではなく、実際の到達点で見せる。
文化は行動で書く。「風通しが良い」は、品質問題があれば誰でもラインを止められる週次会議になる。「家族的」は安心にも干渉にもなり得るので、休暇の承認者や社長に反対できるかを説明する。「地域貢献」は、名前のあるサービス、顧客、地域への結果に置き換える。
| 主張 | 候補者が確認できる証拠 | 危険信号 | 有用な測定 |
|---|---|---|---|
| 「技能が身につく」 | 研修順序、指導者、独り立ち時期、資格支援 | 無償で見て覚えるだけ、忙しい一人に依存 | 到達項目と指導時間 |
| 「提案を歓迎」 | 最近の提案例、決定経路、予算、回答期限 | 若手提案を採用・却下した具体例がない | 試した提案数と判断までの日数 |
| 「地域を支える」 | 顧客事例、地域調達、災害・繁忙期の役割 | 求人広告で土地が景色としてしか登場しない | 地域顧客・取引先への結果 |
| 「ここで暮らせる」 | 給与幅、予測可能な勤務、休暇、通勤・移住情報 | 使命感を理由に条件の話を避ける | 内定承諾、休暇取得、12か月定着 |
| 「改善中」 | 課題名、責任者、期限、社員の意見経路 | 願望を現在の事実として語る | 約束した改善の期限内完了 |
良い物語は摩擦も含む。果樹園には暑さと収穫期がある。製造には反復、騒音、厳密な品質規則がある。宿泊業には週末勤務と感情労働がある。それを隠せば架空の仕事に人を集めるだけだ。機械化、交代制、手当、防護具、回復時間など、どう管理しているかを示せば、困難は経営能力の証拠になる。
キャンペーンより先に「証拠の束」をつくるとよい。社員の出来事を10件、顧客への結果を3件、1年目の学習経路、最近の勤務・残業データ、給与の考え方、退職理由を2件、未解決の弱点を1件。この材料があれば、ウェブ、説明会、学校訪問、短い動画に合わせて表現を変えても、人格を作り直す必要がない。
ワークショップに加わるAIと、新しい危険
生成AIは作業の一部と相性が良い。抽象語を具体例に変えるよう経営者へ問い、取材メモを分類し、求人票と社員証言を比べ、候補者の質問をつくり、競合各社が同じ表現を使う場所を示せる。書く時間の少ない会社の生産性を高められる。
同時に、AIは磨かれた凡庸さをつくるのが得意だ。豊かな事実なしで採用メッセージを求めれば、目的、成長、チームワーク、挑戦を文法的に心地よく組み合わせる。専門的に聞こえても、見つけるべき固有性を薄める。
存在しない福利厚生を補い、未整備の制度を推測し、経営者の願望を現在形に変えることもある。「理想の人材」に関する経営者の偏見を増幅し、仕事に必要な条件を年齢、性別、性格、家族状況の代用指標にしてしまう危険もある。履歴書、面談記録、人事上の苦情を管理されていないサービスへ入れれば、個人情報と機密保持の問題が生じる。
- AIは質問、整理、比較に使い、社員の発言や職場の事実を創作させない。
- 記録から氏名と不要な個人情報を除き、データ条件が分かる承認済みアカウントを使う。
- 人材像は職務と習得可能な能力で定義し、属性や性格の固定観念を使わない。
- 願望は正直に区別する。「改善中」と「すでに実現」は違う。
- 仕事内容は社員が確認し、契約に関わる主張は責任者が承認する。
- 採用判断は一貫した職務基準に基づき、人間が記録を残して行う。
最も価値あるプロンプトは原稿作成ではなく反証かもしれない。「この主張を信じられるようにする証拠は何か。何があれば矛盾するか」と聞く。懐疑的な候補者が尋ねるべき質問をつくらせれば、AIは説明責任の練習相手になる。
経営者、社員、候補者の意見を比較し、機械に勝者を決めさせない使い方もある。経営陣が何度も「自律性」と言い、社員が承認の渋滞を語るなら、その差そのものが成果だ。採用プロジェクトは修理すべき運営問題を見つけたことになる。
ブランドは悪い仕事を修理できない
使命感だけでは家賃を払えない。日本商工会議所が2025年に3,042社を調べた賃金改定調査では、69.6%が賃上げを実施または予定し、正社員の平均賃上げ率は4.03%だった。従業員20人以下では実施・予定が57.7%、平均3.54%。地方の小規模企業は3.55%で、都市部の4.37%を下回った。
この差があるからこそ、地域の仕事を美化する言葉には注意が要る。候補者に、感動的な創業物語と引き換えに大幅に弱い条件を受け入れさせ続けることはできない。住居費などの違いも非金銭的価値もあるが、生活できる提案でなければならない。大企業の給与に届かないなら、総報酬を説明し、予測可能な勤務、技能形成、決定権、人間的な管理、昇給への道など制御できる要素を改善する。
2025年版中小企業白書は、製造、小売、サービス、運輸、建設などの現場職で人手不足が強いことを示す。同時に、賃上げと定着の関連を示し、人手不足を訴えない企業ほど採用者の高い定着率を実現する傾向も報告している。採用と定着は別の制度ではない。入口を満たしても裏口から人が出れば、人材問題は解けていない。
白書は経営力も重視する。中小企業は日本の雇用のおよそ7割を支える一方、労働分配率が高く、投資、生産性向上、価格転嫁なしに賃金を上げ続ける余地が小さい企業も多い。長期的な答えは、採用改善に加え、設備、技能、工程再設計、適正価格、事業の選択を組み合わせることだ。日商は、省力化、育成、多様性を地域の支援機関と組み合わせる「少数精鋭」と「地域共創」のモデルを提案している。
ブランドづくりが役立つのは、会社に選択を迫るからだ。「熟練」を物語の中心にするなら指導時間に予算を付ける。「柔軟性」を約束するなら勤務決定の権限を変える。「社員の提案」を掲げるなら回答手続きをつくる。UIターン人材を求めるなら、住居だけでなく配偶者の仕事にも答える。物語は義務を生む。
弱い事業なら、7社に見栄えの良い採用ページが残る。強い事業なら、7社に明確な戦略、改善された実務、支援者が去った後も真実を語り続ける力が残る。
物語が経営システムになる時
2027年3月、最も見せやすい成果は、採用コンセプト、採用サイト、社員動画、SNS投稿、説明会資料だろう。どれも役に立つが、先行指標でしかない。事業の公共的価値は、伝え方がマッチングの質と持続性を変えたかで決まる。
各社は基準値から始めるべきだ。求人1件当たりの要件適合応募者、応募経路、面接から内定への率、内定承諾率、採用までの時間と費用、早期辞退理由、6か月・12か月定着率、社員紹介の比率、入社後に「話と違った」と判明した点。小さい数字は複数の採用周期で解釈する必要があるが、数字がなければ逸話しか残らない。
候補者体験も測れる。求人は本当の疑問に答えたか。面接は一貫していたか。不採用者へ迅速に連絡したか。入社90日後、良い意味と悪い意味で何が予想外だったか。現実的な仕事予告の成功は「完璧な会社だった」という回答ではない。重要な条件が聞いていた通りだったという回答だ。
県は個人情報を出さずに企業横断で学べる。共通指標、集計変化、行った介入を公表し、アウトプットとアウトカムを区別する。「7社が支援を修了」はアウトプット。「要件に合う応募が増え、12か月定着が維持された」はアウトカム。「事業が変化を起こした」と言うには、さらに時間比較や比較対象が要る。
参加企業間の交流が、最も長く残る資産になる可能性もある。面接質問、移住情報、学校との接点、研修先、失敗した試みを共有できる。自社に合わないが隣の会社に合う候補者を紹介することもできる。孤立した奪い合いを地域の人事インフラへ変える考え方であり、全国の経済団体が提案する「地域共創」にも通じる。
最後の試験は個人的だ。物語を読んだ候補者が会社の扉を開く。会った上司が約束を知っている。勤務表は説明に近い。動画に映った指導が実際に行われる。未解決の弱点は示した期限で直されている。数か月後、社員が台本なしで同じ物語を自分の言葉で語れる。
7社の物語で人口減少を逆転することはできない。それでも和歌山県は、小さいが必要な仕事をできる。隠れた仕事を見えるようにし、曖昧な会社を具体的にし、広告する会社と人が暮らす会社の距離を経営者に直視させる。良い物語が中小企業を競争させるのは、その企業が語った物語そのものになる覚悟を持つ時である。
取材注記・主要資料
本稿は2026年8月11日午前8時06分(日本時間)までの公開情報を確認した。「物語」は、自社分析、採用コンセプト設計、証拠に基づく発信を要約する編集上の表現である。確認時点で、2026年度実践プログラムの選定企業と成果は主要な県資料に公表されていなかった。労働市場と人口の数値は特定時点のもので、予測ではない。
- 和歌山県:2026年度中小企業採用ブランド構築支援事業の日程、内容、定員、支援条件
- PROPEL:事業理念、採用ブランド構築の定義、事業の流れ
- ミテモ:和歌山県の支援事業の沿革と2024年度第1期
- 和歌山県労働政策課:2025年度PROPELキックオフと第1期事例紹介
- わかやま産業振興財団:2026年3月成果報告会と第2期発表7社
- 和歌山県調査統計課:2026年7月1日推計人口
- 和歌山県:2024年の推計人口、自然増減、社会増減
- 和歌山労働局:2026年6月の求人、求職、倍率、産業別動向
- リクルートホールディングス:大学新聞からオンラインまでの採用情報史
- Ambler and Barrow:“The Employer Brand,” Journal of Brand Management, 1996
- 中小企業庁:人材活用ガイドライン(2023年公表、2026年改定)
- 中小企業庁:2025年版中小企業白書、人手不足・採用・定着
- 中小企業庁:2025年版中小企業白書概要、雇用、賃金、経営力
- 日本商工会議所:2025年度中小企業の賃金改定調査
- 日本商工会議所:「少数精鋭」×「地域共創」労働政策レポート
- 和歌山UIターン就職・転職フェア:2026年8月8日、新大阪で30社
