7―4という決勝のスコアだけでは、東京ヴェルディBSの強さは語り切れない。9月13日、兵庫県の明石市大蔵海岸で行われたJFA第21回全日本ビーチサッカー大会の決勝で、東京ヴェルディBSはレーヴェ横浜を破り、2年連続、通算7回目の優勝を果たした。砂の上で何度も状況が変わる競技で、再び最後まで勝ち残った。[2][11]

その勝利を支える日常の拠点は、海辺ではなく東京・立川にある。選手が練習を重ねる場所、子どもが初めてボールに触れる場、女子や若い世代のチーム。今回の連覇は、一つのクラブの実績を伝えると同時に、日本のビーチサッカーがどのように続き、広がっていくのかを考える入口になる。

決勝で先行し、追い上げを振り切る

JFAの公式記録によると、決勝では茂怜羅オズが1分と12分に得点し、東京Vが第1ピリオドを2―0で終えた。第2ピリオドは互いに2点を加え、最終ピリオドを前に4―2。第3ピリオドも東京Vが3点、横浜が2点を挙げ、7―4で決着した。オズとマテウス・ロペスがそれぞれ2得点を記録している。[2]

序盤に作った差を、相手が追い上げる中でも保ち、さらに得点を重ねた。試合記録から読み取れるのは、攻撃を止めずに勝ち切った姿だ。ただし、得点の多さだけで守備の出来を判断することはできない。シュートの状況や相手の攻め方まで見て初めて、何を防ぎ、何を許したかが分かる。

準決勝は、さらに厳しい局面を含んでいた。JFAの大会報告では、ソーマプライア沖縄が25分に4―3とリードした後、東京Vが逆転したとされる。大会後、オズはJFAに対し、チームや若手、支えてくれる人々を意識してプレーしていると説明した。個人の活躍を、次の世代につなげようとする姿勢がうかがえる。[1]

4試合、3日間の全国大会

大会は9月11日から13日まで、16チームによるノックアウト方式で行われた。出場枠は9地域の代表を基本に、開催地や前年の成績などに応じた枠を加えている。東京Vは2日目に準々決勝と準決勝を戦い、翌日に決勝を迎えた。[3][4]

東京ヴェルディBSの勝ち上がり(JFA公式結果)
ラウンド・対戦相手東京Vの結果
9月11日・1回戦/青森スタリオンズ13―0
9月12日・準々決勝/ハレクティオ岡山14―3
9月12日・準決勝/ソーマプライア沖縄7―4
9月13日・決勝/レーヴェ横浜7―4

4試合のスコアを合計すると、東京Vは41得点、11失点だった。これは公式結果をJapan.co.jpが集計した数字で、1試合平均では10.25得点となる。[3] ただ、大差のついた序盤2試合と、準決勝以降の競り合いを一つの平均値で説明することはできない。相手の強さや試合展開が違うからだ。

短期決戦では、1試合に力を注ぐことと、次の試合でも動ける状態を保つことの両方が必要になる。交代で入った選手が流れをつなぎ、失点後に役割を確認し直す。こうした継続性を見ると、優勝は決勝の一場面だけでなく、大会を通じた仕事だったことが分かる。これは日程と競技特性を踏まえた本紙の分析であり、チーム内部の調整方法を取材したものではない。

「砂の上のサッカー」が変える判断

ビーチサッカーは1チーム5人でプレーする。今大会の試合時間は12分ずつの3ピリオド、計36分。時間内に決着しなければ3分間の延長戦を行い、それでも同点ならPK戦で勝敗を決める。11人制のサッカーとは、人数も時間の区切りも異なる。[4]

さらに、足元の砂がプレーを変える。JFAのルール解説は、不規則な地面のため浮き球を使う場面が多いこと、オフサイドがないこと、靴を履かずに競技することを紹介している。ボールを浮かせてつなぎ、空中で処理してシュートへ持ち込む技術は、見栄えだけを狙うものではない。転がるボールが思いどおりに進まない環境に対応する方法でもある。[8]

観戦するときは、華やかなシュートの一つ前に目を向けたい。ボールを受ける高さや向きはどうだったか。味方はどこに立ち、次のパスを出せる場所を作っていたか。ゴールキーパーがボールを持ったとき、前の選手がどう動き出したか。空中のプレーも、選手同士の準備と判断の積み重ねとして見ることができる。

オフサイドがないからといって、守備を無視して前へ出ればよいわけではない。少ない人数で攻める分、ボールを失った後の空いた場所も大きくなり得る。攻めるための位置取りと、失った場合への備えを同時に見ると、派手な得点場面の背後にある駆け引きが見えてくる。

7度の優勝は、途切れない7連覇ではない

全国大会の歴史は、東京Vの創設より古い。JFAの記録では第1回は2006年に沖縄で開かれ、レキオスFCが優勝した。東京Vの優勝年は2017、2018、2019、2022、2023、2025年で、今回が7回目となる。2020年と2021年の大会は中止されている。[5][11]

2024年はレーヴェ横浜が優勝し、東京Vは準優勝だった。2025年に東京Vがタイトルを奪い返し、今年はそれを守った。[5] 「連覇」の2文字には、勝ち続けた歴史だけでなく、一度失った王座を取り戻した経緯も含まれている。

同じクラブが繰り返し頂点に立つことは、競技の看板を育てる。一方で、追う側が勝ち方を探し、実際に優勝することも大会を豊かにする。東京Vの実績と横浜の挑戦を合わせて見ることで、単独の強豪紹介を超えた国内競争の輪郭が浮かぶ。

海のない立川に、日常の砂のピッチ

クラブの説明によると、東京ヴェルディのビーチサッカーチームは2017年、茂怜羅オズと東京ヴェルディクラブによって設立された。立川を拠点とし、その後、女子の東京ヴェルディプライアナBSやU-23カテゴリー、アカデミーへと活動を広げてきた。[6]

ホームピッチのタチヒビーチは、クラブによると2018年から練習や公式戦の拠点となっている。所在地は立川市泉町。海への旅行と結び付きやすい競技を、都市の生活圏で続けるための場所だ。[7]

ここに、競技普及を考える上で重要な点がある。印象に残る大会を一度開くことと、毎週通える場所を確保することは、役割が違う。前者は競技を知るきっかけになり、後者は技術を身に付け、人間関係を作り、続けるための土台になる。立川の拠点が何人の新規参加者を生んだかを示す統計は確認できていないが、日常的に参加できる仕組みがあること自体は、クラブの案内から確かめられる。

見る人が、プレーする人になるには

立川校の案内には、幼児・小学生向けのクラスに加え、中学生以上が対象の「個ビーチ」が掲載されている。いずれも水曜日にタチヒビーチで行う枠があり、初回・2回目の参加者には、希望日やクラスなどを添えて申し込むよう求めている。参加を考える場合は、実施日や料金、受け入れ状況を最新の公式案内で確認したい。[9]

トップチーム、女子チーム、若い世代、初心者向けの場は、それぞれ目的が異なる。全員が代表や全国優勝を目指す必要はない。競技として高みを目指す人も、週に一度体を動かしたい人も、身近な選手を応援したい人もいる。その違いを受け止められることが、競技を長く支える条件になる。

今回の7度目の全国制覇は、東京Vの力を示す確かな結果だ。次に問われるのは、その強さを見た人が、もう一度試合を見る、砂の上でボールを蹴る、地域のチームを支えるといった行動へ進めるかどうかだ。明石で掲げた優勝の先に、立川をはじめ各地で続く日常がある。日本のビーチサッカーの厚みは、その両方から生まれる。