2026年11月5日査読論文と研究発表
30 mK超伝導電流の測定温度
約100 nm二つのAl電極間の長さ
最大20%超伝導ダイオード効率
東京大学の日本語発表と査読付き原著論文に基づく文書取材。実験者への独自インタビューは行っていない。磁気近接効果の機構や実用化は確定していない。

超伝導電流を「調節する」という難題

電気抵抗がゼロになる超伝導は、電力を損失なく運ぶ理想の仕組みに見える。しかし電子回路に組み込むと、別の難しさが顔を出す。流れる電流を必要に応じて増減し、その振る舞いを制御しなければ、便利な素子にはならない。磁石の性質を持ち込めば制御の手段は増える一方、電子が対を作って流れる超伝導そのものを壊しかねない。

東京大学と米国ニューヨーク大学の共同研究チームは、この相性の悪い二つの性質を同じ半導体チャネルに働かせ、超伝導電流を外から加える電圧で調節する素子を試作した。研究成果は2026年11月5日、査読付き学術誌『Communications Materials』で公開された。重要なのは、完成した量子コンピューターを発表したのではなく、制御が難しかった現象を実験で調べる新たな土台を作った点にある。

上から超伝導、下から磁性

研究の主役は、電子が動きやすい半導体のインジウムヒ素(InAs)である。その上には低温で超伝導になるアルミニウム(Al)、下には鉄を添加して磁石の性質を持たせたガリウムアンチモン(Ga,Fe)Sbを配置した。性質の異なる物質を重ね合わせた「ヘテロ接合」で、InAsを流れる電子に二方向から影響を与える。

ここで使う鍵が「近接効果」だ。隣の物質の性質が界面付近の電子の振る舞いを変える。アルミニウムからは超伝導の相関が、強磁性半導体からは磁気的な影響がInAsに及ぶと考えられる。InAsそのものが常温で強磁性体と超伝導体を兼ね備えた、という意味ではない。三つの材料をどう接触させたかが研究の核心となる。

空気に触れさせず積み重ねる

超伝導電流は材料の境目に敏感だ。界面に汚れや欠陥があれば電子の運動が乱れ、測定したい現象が弱まる。研究チームは超高真空中で材料の薄い層を積み上げ、途中で大気にさらさない方法を採った。透過型電子顕微鏡では、アルミニウムと半導体の境界が清浄で、原子レベルで急峻であることを確認した。

加工した素子では、二つのアルミニウム電極の間に長さ約100ナノメートル、幅5マイクロメートルのInAsチャネルを残した。超伝導体の間を別の物質でつなぐ「ジョセフソン接合」の一種である。数値は小さいが、この短い通路を設計通り作ることが、後に現れる不思議な電流を観測する前提となった。

絶対零度に迫る30ミリケルビン

試作素子を測定した温度は0.03ケルビン、すなわち30ミリケルビン。絶対零度よりわずか0.03度高い極低温である。ゲート電極を持たない接合では、最大約3.00マイクロアンペアの超伝導電流を観測した。一定の電流までは電圧が生じず、臨界値を超えると抵抗のある状態へ移る。したがって「どれほど大きな電流でも無損失で流せる」という結果ではない。

別のゲート付き素子では、外から負のゲート電圧をかけるとInAs内の電子数が減り、抵抗ゼロを保てる電流の上限も低くなった。半導体トランジスタでおなじみの電圧制御を、超伝導電流に対して実証したのである。ただし、室温で動く一般的なシリコン製トランジスタと同列には扱えない。実験は極低温での基礎研究だ。

磁場を往復させると、結果が変わる

研究者らは素子に垂直方向の磁場を加え、電流が抵抗ゼロを保てる限界を調べた。最大の超伝導電流は磁場の強さによって周期的に増減する。回折現象に似た形から「フラウンホーファーパターン」と呼ばれる振る舞いだ。今回さらに、磁場を強めるときと弱めるときで、その模様の位置がずれた。

過去にどちらの方向へ磁場を変化させたかが現在の測定結果に残る「ヒステリシス」である。複数の素子で再現されたことから、下側の強磁性層が超伝導電流に関わっている可能性を裏付ける。もっとも、InAs内部の磁気状態を直接すべて解き明かしたわけではない。磁気近接効果の詳しい機構は、今後の研究で見極める必要がある。

電流の向きによって違う「超伝導ダイオード」

もう一つの特徴は、電流を正方向へ流す場合と逆方向へ流す場合で、超伝導状態を保てる最大電流が異なることだ。ある大きさの電流なら、一方向では電圧が生じないのに、逆方向では抵抗が現れる。研究チームはこれを「超伝導ダイオード効果」と呼ぶ。外部磁場を加えた条件で観測し、向きによる臨界電流の違いを示す指標は最大20%に達した。

「20%」を省電力率と読み替えてはならない。論文で用いる値は、正逆の臨界電流の差を両者の和で割った比率であり、家庭用電力を2割節約したという数字ではない。一般のダイオードと同じく電流の向きが重要になるが、完全な一方向通行を室温で実現したわけでもない。どの磁場・温度・電流で成り立つかを示して初めて、この現象の技術的な意味が見えてくる。

1911年の発見からジョセフソン接合へ

超伝導研究の歴史は長い。1911年、オランダのカメルリング・オンネスが水銀の電気抵抗が極低温で消える現象を発見した。1957年にはバーディーン、クーパー、シュリーファーによるBCS理論が、電子が対を作る仕組みを説明する重要な道を開いた。1962年、ブライアン・ジョセフソンは、二つの超伝導体を薄い障壁で隔てても超伝導電流が流れることを理論的に予言した。

この仕組みは高感度の磁気計測器や超伝導量子回路へつながった。やがて研究者は、絶縁膜の代わりに金属や半導体を挟み、その性質を電気的に調節する方向へ進んだ。今回の研究は歴史の延長線上にある。ただし違いは、電圧で電子状態を変えられる半導体のすぐそばに、強磁性半導体を組み込んだことだ。

「仲が悪い」二つの量子現象

普通の超伝導では、反対向きのスピンを持つ電子同士が相関を作り、クーパー対として振る舞う。一方、強磁性は電子のスピンを同じ方向にそろえようとする性質だ。磁気的な相互作用はクーパー対を壊し、超伝導を弱める場合がある。だから「磁石を足せば超伝導回路が便利になる」と単純には言えない。

材料研究で問われるのは、互いに影響を及ぼす距離、界面の乱れ、電子の移動しやすさ、磁気状態の安定性などである。東大・NYUの素子は、対立する性質を力ずくで同一物質に押し込んだのではなく、層の配置を工夫した。測定可能な形で両者の関係を引き出したことに価値がある。

東大とニューヨーク大学を結ぶ実験

論文の共同筆頭著者は東京大学の原拓嵩氏とニューヨーク大学のLukas Baker氏。東京大学側には三浦真元氏、石原奎太氏、田中雅明教授、レ・デゥック・アイン准教授らが、米国側にはJavad Shabani教授らが参加した。研究の企画から試料成長、微細加工、極低温測定、データ解析に至るまで、専門の異なる研究者が力を合わせた。

東京大学の日本語発表によれば、原氏のニューヨーク大学での研究滞在や実験は財団・大学の支援を受けた。論文には科学研究費助成事業や科学技術振興機構(JST)の研究支援も記されている。極低温量子デバイスの競争力は、目新しい材料の発見だけでは決まらない。試料を精密に作り、別の説明が可能かどうか確かめる測定の積み重ねが不可欠だ。

省エネ回路、量子計算への距離

ジョセフソン接合は、すでに多くの超伝導量子回路を構成する基本素子である。電圧で調節でき、磁気的な履歴にも応答する接合が安定して作れるなら、将来は新しい切り替え機能や位相制御につながる可能性がある。研究チームも、省エネルギー電子回路や誤りに強い量子コンピューターの基盤技術として期待を示している。

しかし今回、量子ビットの動作、計算誤り率の改善、不揮発メモリーとしての耐久性、冷却装置を含めた総消費電力の削減が実証されたわけではない。素子は30ミリケルビンで動き、超伝導ダイオード効果には外部磁場を用いた。実験室で原理を見せることと、製品として利用できることの間には、まだ長い検証がある。

成果の大きさは、限界を示してこそ分かる

今回の研究を「超伝導と磁性の矛盾を完全に解決」と書けば、かえって成果の本質を見誤る。研究者が示したのは、強磁性半導体を隣接させた半導体ジョセフソン接合で、超伝導電流の電圧制御と、磁性の影響を示唆する測定、電流方向による臨界値の違いを同時に観測できるということだ。

残る問いは明確である。磁気的な振る舞いの起源をどこまで特定できるか。材料の品質や素子間のばらつきをどこまで改善できるか。磁場や冷却条件への依存を減らせるか。そして回路を多数集積しても同じ制御性を保てるか。競い合う二つの量子現象を、一つの細い電子の通り道で測定し、動かせるようにした。その着実な一歩こそ、11月5日の研究発表が伝えるニュースである。

出典・取材方法

東京大学大学院工学系研究科の日本語発表、英文発表、査読付き原著論文を確認した。実証された現象と今後の応用可能性を区別し、測定条件および用語を原資料に照らした。

  1. 東京大学大学院工学系研究科(2026年11月5日、日本語研究発表)
  2. 東京大学大学院工学系研究科(英語発表)
  3. 原拓嵩・Lukas Bakerら、Communications Materials 7, 279 (2026)、査読付き原著論文
  4. 論文 DOI 10.1038/s43246-026-01393-6