到達点を正確に: 査読論文は光子数識別の原理実証を報告した。実測応答は445ナノ秒で、サブナノ秒は磁束量子の速度を別材料の値から仮定した推定である。高速・高効率・多光子識別を同時に備えた実用器が完成したわけではない。

極低温の小さな正方形に光が届く。直径ではなく、一辺8マイクロメートル。厚さ20ナノメートルのチタンと10ナノメートルの金を重ねた超伝導膜だ。そこへ通信波長帯の1526ナノメートルのレーザーパルスを入射すると、電圧は滑らかな山ではなく、ほぼ一定の間隔を持つ階段として現れた。

国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)の福田大治(ふくだ・だいじ)首席研究員、鶴田哲也(つるた・てつや)主任研究員らは、この階段を光子が作った磁束量子の運動として読み解いた。論文は2026年9月2日、米国物理学会の査読誌Physical Review Appliedに掲載され、Editors’ Suggestionに選ばれた。

著者は上土井猛(じょうどい・たけし)、平山文紀(ひらやま・ふみのり)、鶴田哲也、菊地貴大(きくち・たかひろ)、福田大治の5人。上土井は東京大学大学院工学系研究科にも所属し、全員が産総研に研究基盤を置く。研究費には科学技術振興機構(JST)のムーンショット型研究開発事業目標6などが入った。

8 µm × 8 µmチタン/金の検出領域
128 mKデバイスの臨界温度
445 ns今回実測した信号時定数
76%論文記載の検出効率

光が「渦」をほどく瞬間

超伝導では多数の電子が一つの量子的な波として振る舞い、その波には位相がある。光子が膜に吸収されると、超伝導が局所的に弱まる「ホットスポット」ができ、電流を流している膜の位相勾配が不安定になる。そこで互いに反対向きの渦と反渦、すなわち渦・反渦対が生まれる。

電流に押された磁束量子が膜を横切るたび、位相は2πだけ変わる。これが位相スリップだ。ジョセフソン関係によれば、その際の電圧を時間で積分した値は磁束量子Φ0=h/2eの整数倍になる。研究チームが測った最小パルスの積分値は、実験条件を変えても約2.07×10−15ウェーバという磁束量子に近かった。

ここで重要なのは、パルスの高さだけではない。高さは読み出し回路やバイアス電流の影響を受けるが、電圧―時間積分は位相の変化量を記録する。磁束量子が一つ横切れば一単位、複数なら整数倍になる。目に見えない渦の横断を、電気的な「刻印」として数えたのである。

光子そのものをつかむのではない。光子が超伝導の位相に残した、消えない量子単位の足跡を読む。

数えられる条件、数えられない条件

量子化した信号が見えれば、自動的に光子数が分かるわけではない。一個の光子が作る渦・反渦対の数は、バイアス電流や温度によって揺らぐ。研究チームは二次相関関数を使って揺らぎを調べ、1パルス当たり平均1光子、温度98ミリケルビン、バイアス電流3マイクロアンペア付近で、渦の統計が安定する条件を選んだ。

10万回の事象を解析すると、復元された光子数分布はレーザー光に期待されるポアソン分布と整合し、二次相関関数は0.972だった。発表資料は離散ピークをn=0、1、2、3、そして4以上の光子事象として示す。これが「光子数識別」の根拠である。

ただし、同じ論文は条件が外れると磁束量子の発生数が揺らぎ、光子統計を直接反映しないと明記した。今回の成果は、広い温度・電流範囲で常に一光子が一つのパルスになる単純な計数器ではない。光子から渦への変換を統計的に較正し、適切な動作点を見つけて初めて数が読める。

実験で示されたことまだ示されていないこと
光子誘起の位相スリップを磁束量子単位の電圧積分として観測別研究機関による独立再現と量産デバイスでの再現性
特定の温度・電流で光子数分布を復元広い動作領域、波長域、光子数域での識別精度
同一素子のTESモードより約10倍速い445ナノ秒を実測サブナノ秒応答の実測、連続計数率、ジッター
論文記載の検出効率76%99%級効率と高速・高光子数分解能の同時達成

TESとSNSPDの間に開く第三の道

光子数分解検出器には、単に光が来たかではなく、一個、二個、三個と数を区別する役割がある。単一光子源の評価、量子通信、光子を情報単位として計算するボソニック量子コンピューティングでは、この差が結果の正しさに直結する。

代表的な超伝導転移端センサー(TES)は、超伝導から常伝導へ移る境界で使う高感度温度計だ。光子のエネルギーを熱へ変え、温度上昇から数を読む。産総研は2026年に検出効率99%、30光子以上を測れるTESを報告したが、熱が逃げて素子が戻るまで次の測定を待たなければならない。

産総研の仕事には、日本の計量標準機関としての系譜もある。検出器の効率を語るには、実際に何個の光子が届いたかを国家標準へつながる方法で確かめなければならない。同研究所は2025年、光通信Cバンドの1530〜1565ナノメートルで出力を単一光子レベルまで正確に制御できる標準量子光源を発表し、「光子のものさし」と位置付けた。

今回使った1526ナノメートルは、その発表が示すCバンド範囲のすぐ外側であり、新研究自体も校正標準の開発ではない。それでも、量子的な位相運動を波長、光パワー、効率、不確かさ、時間という監査可能な量へ結びつける計量の蓄積は、量子機器を研究室から産業へ移す際の土台になる。

一方、超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SNSPD)は高速、低雑音、高効率に強みを持つ。ただし一般的な一素子の信号は「光子が来た」ことを知らせる性格が強く、数を分けるには複数素子や特別な構造・読み出しが必要になる。今回の渦ベース検出器(VBD)は、熱平衡後の温度でも、巨視的な抵抗状態でもなく、吸収直後の位相ダイナミクスを信号源にする。

同じ素子を従来の電熱フィードバックTESモードで動かすと、実効時定数は条件により4.82〜29.1マイクロ秒だった。VBDモードの445ナノ秒はこれより約一桁速い。ただし現在の信号は回路帯域で頭打ちになっており、装置全体としての速度、復帰時間、最大計数率を比較するには追加測定が要る。

445ナノ秒と800ピコ秒の距離

論文が将来の高速性を論じる根拠は、渦が幅8マイクロメートルの膜を横断する時間にある。ニオブ炭素系超伝導体で報告された毎秒約104メートルという速度をチタン/金膜にも仮定すると、横断は約800ピコ秒になる。だが、チタン/金での速度は未測定であり、研究チーム自身が推定と断っている。

実際に観測した445ナノ秒は、9.8ナノヘンリーのインダクタンスと21.4ミリオームのシャント抵抗が作る約458ナノ秒の電気時定数とよく一致した。つまり、測った速さは量子現象そのものより読み出し回路に制限された可能性が高い。広帯域化すれば速くなる余地はあるが、そのときにも信号対雑音比、識別誤差、発熱、配線、SQUIDの多重化を保てるかが問われる。

「熱応答に依存しない」は「熱が一切関係しない」と同義でもない。光子吸収は局所的に超伝導を弱める非平衡領域を作り、論文はその回復と位相の不安定性を扱う。研究上の違いは、温度が平衡へ落ち着いた後の抵抗変化を測るのではなく、位相スリップの離散信号を直接利用する点にある。

速度を評価するために必要な次の指標
  • 広帯域回路で測った実際の立ち上がり・減衰時間。
  • パルス間のデッドタイムと最大持続計数率。
  • 光子到着時刻の揺らぎを示すタイミングジッター。
  • 高速化後の光子数誤判定率、暗計数、検出効率。
  • 多数素子を並べた際のSQUID読み出しと低温配線の負荷。

量子検出の百年、その先端

光を粒として数える思想は、1905年のアインシュタインによる光量子仮説にさかのぼる。超伝導は1911年、カメルリング・オンネスが水銀の電気抵抗消失を観測して開いた。1962年にはブライアン・ジョセフソンが超伝導体の位相と電圧を結ぶ効果を予言し、今回の電圧積分を磁束量子へ結びつける物理の土台となった。

1990年代以降、TESは微弱な光やX線のエネルギーを高精度に測る検出器として発展した。2001年には超伝導ナノワイヤによるピコ秒級の単一光子検出が報告され、量子通信を支える技術へ育った。その間、光子が作るホットスポットと渦が検出にどう関与するかは理論と間接証拠で議論されてきた。

今回の新しさは、光子誘起の渦・反渦対の横断を、磁場画像として撮ったことではない。位相スリップが生む量子化電圧を測り、磁束量子の運動を動的に直接捉え、その計数から光子数分布まで復元した点にある。「直接観測」という表現は、この電気的観測の意味で理解する必要がある。

1905年 — アインシュタインが光量子仮説を提示。

1911年 — オンネスが超伝導を発見。

1962年 — ジョセフソンが位相と電圧を結ぶ効果を予言。

2001年 — 超伝導ナノワイヤによるピコ秒単一光子検出を報告。

2026年9月 — 産総研チームが渦・反渦対計数による光子数識別を査読誌で報告。

「原理」から「部品」へ

大規模な光量子コンピューターでは、多数の光モードを処理し、損失や演算誤りを検出して訂正する必要がある。光子がゼロか一個かだけでなく、想定外の二個、三個を高速に見分けられる検出器は、状態生成の確認や誤り兆候の読み出しに役立ち得る。量子通信や精密計測にも応用余地がある。

しかし研究室の一素子から計算機の部品までには、効率、数分解能、速度、暗計数、ジッター、動作安定性、低温負荷、製造歩留まり、集積読み出しという連立問題がある。臨界温度128ミリケルビンの今回の素子には希釈冷凍機が必要で、常温機器へ簡単に組み込めるものではない。素子を増やしたときの熱侵入と配線数も無視できない。

研究チームは検出効率と識別精度を上げ、高速動作を実測し、集積化に向けた構造を最適化する方針を示す。波長依存性とダイナミックレンジも原著論文が挙げた次の課題だ。2026年の成果が持つ意味は、競争の勝者を宣言したことではなく、「光子→磁束量子→位相スリップ→量子化電圧」という別の信号経路が実験で読めると示したことにある。

微かな光を一個ずつ数える技術は、量子計算の成否を最後に判定する目になる。今回、その目に新しい網膜の候補が加わった。だが視力を決めるのは、最も美しい一枚のデータではない。広帯域回路、異なる波長、多数の素子、長時間運転という現実の中でも、同じ整数の階段が崩れずに見えるかどうかである。

取材・一次資料