ソニーが2027年1月のCESを見送る。9月28日、ブルームバーグはソニー広報担当者の確認として、ソニーグループと関連会社がCES 2027に出展しないと報じた。日本経済新聞が先に報じた内容を、ソニー側が認めた形だ。[1]
このニュースを「家電メーカーが展示会を一つ休む」と読むと、ソニーの変化を見誤る。CESは長年、テレビ、オーディオ、映像機器などソニーの技術を世界に示す舞台だった。だが現在の経営方針でソニーが繰り返す言葉は、家電ではなく「エンタテインメント」「IP」「クリエイション」だ。2026年度経営方針でも、ゲーム、音楽、映画、アニメと、それを支えるテクノロジーを成長軸に据えている。[2]
だからCES不参加は、突然の路線変更ではない。むしろ、十数年かけて進んできた事業ポートフォリオの変化が、象徴的な形で会場から見えなくなる出来事だ。
まず訂正すべき歴史――「1967年から出展」ではない
今回の海外報道の中には「1967年からの参加に終止符」と表現するものがある。しかし、ソニー自身が2023年に公開したCES史によれば、1967年の第1回CESではソニー製品が出品されたものの、ソニーとして初めて正式に出展したのは1977年6月、シカゴで開かれた夏季CESだった。[3]
この違いは細かく見えて重要だ。2027年の不参加は、ソニー製品とCESの関係では約60年、ソニー自身の正式出展という意味では約50年に及ぶ歴史の一区切りになる。
1982年の夏季CESでは、発売直前の世界初CDプレーヤーや、電子スチルカメラの先駆けとなる「マビカ」試作機を展示した。CESは、ソニーが「次に何を作る会社なのか」を世界に示す場所だった。[3]
1990年、盛田昭夫はすでに「Creative Entertainment Show」と語っていた
皮肉なことに、現在のソニーの方向性はCESの歴史の中にも刻まれている。1990年、当時の会長・盛田昭夫は日本人として初めてCESで基調講演を行った。ソニーの公式回顧によれば、盛田はConsumer Electronics Showの頭文字であるCESを、将来は「Creative Entertainment Show」と読み替えてもよいのではないか、という趣旨を語った。[3]
当時のソニーはすでに、ハードウェアだけの会社ではなくなりつつあった。1968年にはCBSとの合弁でレコード会社を設立し、1988年にはCBSレコードを買収。1989年にはコロンビア・ピクチャーズを買収した。1994年には初代PlayStationを発売した。ソニーの会社沿革を見ると、エレクトロニクスとコンテンツの二本立ては突然生まれたものではなく、数十年をかけて形成されている。[4]
「エンタテインメント中心」は今や経営方針そのもの
2025年度経営方針で、社長CEOの十時裕樹は、長年にわたるエンタテインメントへの軸足移動がソニーグループの変革と業績に寄与してきたと説明した。同資料では、ゲーム&ネットワークサービス、音楽、映画のエンタテインメント3事業が連結売上の60%超を占めるとしていた。[5]
2026年度経営方針ではさらに明確だ。ソニーは「エンタテインメント、IP、コンテンツクリエイションおよびリアルタイム・クリエイション技術」を軸とした事業進化を掲げた。アニメを重要な成長領域と位置付け、Crunchyrollの有料会員が2026年3月末時点で2,100万人を超えたと公表した。[2]
投資先も同じ方向を向く。バンダイナムコホールディングスとの戦略的業務提携、Peanuts Holdingsへの追加出資、Pink FloydやQueenの音楽カタログ取得など、IPの保有と活用に資本を振り向けている。[2]
それでも「技術をやめた」わけではない
CES不参加を、ソニーの技術離れとみるのも正確ではない。2026年度経営方針でソニーは、次世代イメージセンサーの開発・製造でTSMCとの戦略的提携を検討し、熊本県合志市の新工場を活用する方向を示した。モバイル向けイメージセンサーでは微細プロセスと積層技術による高性能化を続ける。[2]
変わったのは技術の役割だ。2025年度経営方針では、エンタテインメント・テクノロジー&サービス(ET&S)分野の商品・サービスを「コンテンツクリエイション」に寄せる方針を明記した。α(Alpha)カメラのエコシステム、スポーツデータ、リアルタイムVFX、空間コンテンツ制作など、技術を「何を売るか」ではなく「誰の創作をどう支えるか」に結びつけている。[5]
テレビ事業も、所有からパートナーシップへ
家庭用テレビは、ソニーの歴史を象徴する事業の一つだ。1960年に小型・軽量のポータブルトランジスタテレビを発売し、1968年にはトリニトロンカラーテレビを送り出した。[4]
しかし2026年3月、ソニーとTCL Electronics Holdingsはホームエンタテインメント分野の戦略提携について最終契約を締結した。BRAVIAのテレビ、業務用ディスプレイ、プロジェクター、ホームオーディオなどの事業を新会社に承継し、TCLが51%、ソニーが49%を保有する合弁会社とする計画だ。開発・設計から製造、販売、物流、顧客サービスまでが対象になる。[6]
BRAVIAブランドが消えるわけではない。それでも「ソニーが自社で広範な家電事業を抱える」という従来像からは、大きく離れている。
金融も切り離し、資本を「クリエイション」に集中
ポートフォリオ再編は家電だけではない。2025年、ソニーはソニーフィナンシャルグループ株式の80%超を株主に現物配当するパーシャル・スピンオフを実行した。ソニー自身は目的について、「クリエイションを軸とした事業ポートフォリオに特化」し、エンタテインメント3事業とイメージセンサー事業にキャピタルアロケーションを集中すると説明している。[7]
一つ一つの取引を見ると別々のニュースに見える。金融のスピンオフ、テレビ事業の合弁化、音楽IPへの投資、アニメの拡大、CES不参加。だが並べると、ソニーが何を自社の中心に残し、どこに資本を置こうとしているかが見える。
AFEELAが消え、CESに残る理由も一つ減った
2026年のCESではソニー自身の大規模な単独ブースはなく、Hondaとの合弁会社ソニー・ホンダモビリティ(SHM)の「AFEELA」が存在感を担った。しかし、その計画も春に大きく変わった。
ソニーとHondaは3月25日、Hondaの四輪電動化戦略見直しとEV市場環境の変化を受け、AFEELA 1と第2弾モデルの開発・発売中止を発表した。4月21日には、既存の枠組みのまま短中期に製品・サービスを市場投入することは難しいとの判断を公表した。[8][9]
AFEELAは、モビリティを「動くエンタテインメント空間」として見せる意味でもCESと相性が良かった。EVそのものの開発・発売中止によって、2027年のCESにグループとして大型展示を行う必然性がさらに薄れた、と見ることはできる。ただし、ソニーはCES不参加の理由をAFEELA中止だけに求めてはいない。ブルームバーグに示した説明は、各事業の優先順位に応じてイベントとコミュニケーションを戦略的に評価する、というものだった。[1]
「見本市で発表する会社」から「自分の観客を持つ会社」へ
PlayStationは、製品を売るだけでなく、PlayStation Networkを通じて世界のユーザーと直接つながる。Crunchyrollはアニメファンを継続的な会員として抱え、音楽事業はアーティストとカタログを、映画事業はフランチャイズと映像IPを保有する。これは家電メーカーの流通モデルとは違う。
かつて新製品を世界のバイヤーや記者に見せるため、巨大な見本市は不可欠だった。現在のソニーには、自社配信、ゲームプラットフォーム、ストリーミング、SNS、ファンコミュニティがある。発表の場そのものを自分で設計できる。
その意味で、CESから姿を消すことは「ソニーが小さくなる」話ではない。ソニーがどの市場で自分を定義するかが変わったという話だ。
CESを離れても、盛田昭夫の言葉には近づいている
1990年、盛田昭夫がCESを「Creative Entertainment Show」と読み替えた発想から36年。2026年のソニーが掲げる長期ビジョンは「Creative Entertainment Vision」である。[10]
もちろん、これは一直線の物語ではない。ソニーはテレビもカメラもセンサーも作り続け、ハードウェアを捨てたわけではない。ゲーム機も映像機器も、体験を生み出す物理的な入口として重要だ。
ただ、会社の中心を示す言葉は明らかに変わった。かつてCESの巨大ブースで最新の機械を並べたソニーは、いまIP、クリエイター、ファン、プラットフォームをどう結び付けるかを経営の中心に据えている。
CES 2027にソニーの看板がないことは、その変化を最も目に見える形で示すことになる。

