地震の揺れは数分で終わる。だが、地形の変化はその後も続く。石川県輪島市門前町の八ヶ川(はっかがわ)では、2024年1月1日の令和6年能登半島地震で海岸が一気に持ち上がった結果、河口に「滝」のような急流区間が生まれ、その急な段差が洪水のたびに上流へ移動していった。
東北大学災害科学国際研究所の高橋尚志助教を責任著者とする研究チームは、地震直後から八ヶ川河口約1キロの区間を繰り返し測量した。ドローンによるレーザー測量(UAV-LiDAR)、写真測量(SfM-MVS)、地震直後の合成開口レーダー(SAR)画像、国土地理院の航空写真を組み合わせ、河床がどこで、どれだけ削られたかを3次元で追跡した。成果は9月14日、Communications Earth & Environmentに掲載された。[1] [2]
そこで捉えたのは、地震後1年で最大約2メートルの河床低下と、主要な遷急点の770メートルの遡上だった。研究グループは、地震後の河岸段丘形成をこれほど高精細に追跡した例は世界で初めてだと説明している。[1] [2]
川に何が起きたのか――海が「3.5メートル下がった」のと同じ
河川の縦断形は、最終的に水が流れ込む海面などの「侵食基準面(base level)」に強く支配される。海岸が持ち上がれば、海そのものが下がらなくても、川から見れば出口の基準面が相対的に下がったことになる。
八ヶ川河口周辺では、地震による隆起によって相対的な基準面が約3.5メートル低下したと研究チームは算定した。河口の外側にあった浅い海底まで陸化し、川は新しい海岸線まで流れる必要が生じた。その結果、従来の緩やかな河床と新しい低い海面の間に急な落差が生まれた。[2]
国土地理院は能登半島西部で最大4.10メートルの隆起を現地測量で確認している。輪島市門前町鹿磯では、産総研の調査でも、地震前の海面付近に付着していたカキやカンザシゴカイ類などの高さから3.8〜3.9メートルの隆起が測定された。八ヶ川河口は、この巨大な地殻変動のすぐ近くに位置する。[4] [8]
地震から7時間以内に現れた最初の段差
研究では、河口近くに複数の遷急点を区別して追った。KP-1と呼ぶ遷急点は、地震から約7時間後の1月1日23時10分に撮影されたSAR画像ですでに形成が確認できる。研究チームは、津波が河川を遡上した影響もKP-1の形成に関係した可能性を指摘している。[2] [3]
ただし、最も大きく上流へ移動したのはKP-2だ。地震前の河口付近から始まったとみられ、2024年9月上旬までの約8か月で約350メートル遡上した。そして9月20〜22日の奥能登豪雨で一気にさらに約420メートル進み、合計770メートルに達した。[2]
興味深いのは、侵食が一定速度で進んだのではないことだ。KP-2の平均移動速度は地震後を通じておよそ1〜3メートル/日だが、研究チームが区間ごとに算出した値は約1〜8.4メートル/日まで変化した。水位が上がる時期に動きが速くなり、平水時にはほとんど止まるという「間欠的」な後退だった。[2]
地震が段差をつくり、豪雨がそれを押し上げた
能登では2024年9月20日から22日にかけて前線と低気圧による記録的な大雨が発生し、21日には輪島市、珠洲市、能登町に大雨特別警報が発表された。気象庁はこの豪雨を災害時気象報告としてまとめている。[7]
八ヶ川では、研究論文によると9月21日の最大流量はおよそ100立方メートル/秒に達した。この洪水が遷急点の遡上を急加速させ、川底をさらに掘り下げた。下流部では河道が広がり、一部では60メートルを超える幅になった。[2]
つまり、地震と豪雨は別々の災害として並んだだけではない。地震が川の縦断形を急激に変え、その9か月後の豪雨が新しい地形条件のもとで侵食を進めた。地震による「初期条件」と、その後の洪水という「駆動力」が重なって、河川地形を作り替えたことになる。
人工の堰が、遷急点を一度止めた
豪雨時、KP-2は地震後の河口から約1キロ上流にある人工堰に達し、そこでいったん移動を止めた。堰がなければ、研究チームは遷急点がさらに上流へ進んだ可能性が高いとみている。[2]
しかし「止まった」は「終わった」を意味しない。2025年8月の大雨では、堰の脇が洗掘され、別の遷急点KP-3がさらに上流へ移動した。論文に掲載された最新の地形データは2025年10月29日までを含み、研究チームは人工構造物が破損・洗掘されれば遷急点の遡上が再開し得ると指摘している。[2]
この点は防災上重要だ。堰や橋脚、護岸は固定物だが、周囲の河床高は固定ではない。川底が1〜2メートル下がれば、橋脚の基礎が露出したり、護岸の足元が洗掘されたり、堰の左右から水が回り込んだりする。論文は八ヶ川ですでに護岸の損傷や橋脚周辺の洗掘が観察されていると報告している。[2]
川底が粗くなると、侵食は逆に遅くなる
河床は無限に同じ速度で削れ続けるわけではない。研究チームは、侵食が進む過程で細かい砂礫が先に流され、より粗い粒子が河床表面に残る「河床の粗粒化(armoring)」が進んだとみている。
粗い礫が表面を覆うと、下にある細かい堆積物を水流から守る「鎧」のように働く。これによって2025年には一部で下刻速度が抑えられ、縦方向に深く削るより、河岸を横方向へ削って川幅を広げる変化が目立つようになった。[2]
このため、最初の1年に770メートル動いたからといって、毎年同じ距離が遡上すると考えることはできない。上流ほど勾配や地質、人工構造物、流量条件が変わり、侵食速度は通常低下すると研究チームはみる。
河岸段丘は、何千年も待たなくてもできる
地形学で「河岸段丘」と聞くと、長い地質時代をかけて形成された階段状の地形を想像しやすい。実際、日本各地の段丘は数千年から数万年単位の地殻変動や気候変動の記録として研究されてきた。
八ヶ川で起きたことは、その時間感覚を縮めて見せた。川が新しい低い河床へ切り込み始めると、それまで氾濫原だった平坦面が高い位置に取り残される。研究チームは、こうして地震後1年以内に新しい河岸段丘が形成される過程を直接捉えた。[1] [2]
しかも能登半島の海岸側には、別の種類の段丘である「海成段丘」が何段も残る。産総研は、鹿磯周辺で過去約6,000年以降に形成されたと考えられる3段の低位海成段丘を確認しており、2024年の隆起で「4段目」に相当する新しい面ができたと説明している。これは、能登の海岸が過去にも地震性隆起を繰り返してきた可能性を示す。[8] [9]
海岸では海成段丘、河川では河岸段丘。同じ2024年の隆起が、海と川の両方で「新しい段」を作ったことになる。
八ヶ川はどこまで削り直されるのか
論文では、地震前後の縦断形を比較すると、八ヶ川の下流約12キロが1メートル以上持ち上がったと推定される。川が最終的に地震前と似た「平衡に近い縦断形」へ戻ろうとするなら、下刻の影響は現在の約1キロ地点からさらに10キロ以上上流へ及ぶ可能性がある。[2]
研究チームは、最初の1年に観測した移動速度が維持されたとしても、新しい縦断形に落ち着くまで10年以上かかると試算する。実際には、上流ほど移動速度が下がることや、複数の堰・橋・河川構造物があるため、さらに長くなる可能性が高い。[2]
もう一つの変数が豪雨の頻度だ。最初の1年の大きな遡上は主に増水時に起きたため、今後の進行速度は強い雨がどの程度の間隔で来るかに左右される。地震後の河川変化を予測するには、地殻変動だけでなく、気象条件まで含める必要がある。
復旧工事そのものが「動く川」を相手にする
この研究が2026年の能登復旧と重なる理由はここにある。石川県は令和6年奥能登豪雨を受けた緊急治水対策で、八ヶ川を含む9河川について、復旧にあわせて堤防・護岸のかさ上げや河道掘削などを進めている。八ヶ川水系の流域治水プロジェクトには、災害復旧、河道掘削、樹木伐採、堤防強化、浚渫、流木除去などが並ぶ。[10] [11]
さらに県は、地震による地形変動を踏まえ、八ヶ川を含む能登外浦の河川について洪水浸水想定区域を見直した。地震で土地の高さそのものが変われば、同じ雨量でも「どこに、どれだけ水が広がるか」という前提が変わるからだ。[12]
ここに、地形学の研究と土木の実務が直接つながる。設計時に使う河床高や水位条件が、地震後も動き続ける可能性がある。復旧とは、壊れたものを地震前と同じ形に戻せば終わりではない。変わった地形の上で、これから変わる川を想定する必要がある。
- 下刻で橋脚基礎や護岸の根入れが露出・不安定化する可能性
- 人工堰が一時的に遷急点を止めても、側方洗掘で迂回される可能性
- 河床低下後に川幅が広がり、護岸への作用位置が変わる可能性
- 豪雨のたびに地形変化が段階的に進むため、単発の測量だけでは追いにくい
- 地震後の新地形を反映した洪水想定・復旧設計が必要
「地震のあと」を観測する意味
令和6年能登半島地震は、2024年1月1日16時10分、石川県能登地方の深さ16キロで発生したM7.6の地震で、最大震度7を記録した。国土地理院は輪島市西部で最大約4メートルの隆起を検出した。[5] [6]
この数字は地震直後から知られていた。だが、「4メートル隆起した」という事実だけでは、その後の川の挙動までは分からない。八ヶ川の研究が示したのは、地殻変動が新しい地形の出発点にすぎないということだ。
土地が持ち上がる。川に段差ができる。雨が降る。段差が上流へ移動する。河床が下がる。古い氾濫原が段丘になる。粗い礫が河床を覆い、今度は横方向の侵食が強くなる。人工堰が止め、次の豪雨がその脇を削る。
地震は瞬間的な出来事だった。しかし八ヶ川では、その瞬間につくられた高度差を埋め直す仕事を、川がまだ続けている。
- 東北大学「能登半島地震の隆起でできた『滝』の遡上を観測―河川構造物に10年以上影響する可能性も明らかに―」2026年9月16日
- Takahashi et al., “Rapid fluvial response to meter-scale coseismic coastal uplift during the 2024 Noto Peninsula earthquake,” Communications Earth & Environment, 2026
- 高橋尚志ほか「能登半島北西部,八ヶ川河口付近における2024年能登半島地震後1年間の地形変化」日本地理学会2026年春季学術大会
- 国土地理院「令和6年能登半島地震 現地緊急測量の結果」
- 国土地理院「だいち2号観測データの解析による令和6年能登半島地震に伴う地殻変動」
- 気象庁「気象業務はいま2024 特集2 令和6年能登半島地震」
- 気象庁「低気圧と前線による令和6年9月20日から9月22日にかけての大雨等」
- 産総研 地質調査総合センター「2024年能登半島地震の緊急調査報告(海岸の隆起調査)」
- 産総研 地質調査総合センター「長期的な隆起を示す海成段丘と2024年能登半島地震の地殻変動」
- 石川県「流域治水協議会」—八ヶ川水系・奥能登地区緊急治水対策プロジェクト
- 石川県「八ヶ川水系流域治水プロジェクト」
- 石川県「地震による地形変動を踏まえた洪水浸水想定区域の見直しについて」
- 国土交通省「川の防災情報」八ヶ川(はっかがわ)観測所情報

