原子3個分ほどの薄い半導体では、表面を走る音の波が光の色と明るさを揺らす。その変化は数ナノ秒で一周するため、通常の測定では平均されて見えにくい。慶應義塾大学と理化学研究所の研究チームは、音響波とレーザーの時計をそろえ、同じ周期を少しずつ異なる位相で測ることで、発光の超高速な動きをストロボ撮影のように再構成した。
試料は、厚さ約0.7ナノメートルの単層セレン化タングステン(WSe₂)である。光を当てると、電子と、電子が抜けた穴に相当する正孔がクーロン力で結び付いた「励起子」ができる。励起子が再結合すると光が出るため、その発光エネルギー、強度、スペクトルの線幅、減衰の時間変化を調べれば、材料内部の電子状態と散乱過程を読み取れる。
研究には、慶應義塾大学大学院理工学研究科の高橋悠太博士課程1年、研究当時修士課程2年だった山本拓海氏、神澤英寿修士課程2年、同大学理工学部物理学科の藤井瞬(ふじい・しゅん)専任講師、理化学研究所光量子工学研究センターの加藤雄一郎(かとう・ゆういちろう)チームディレクターらが参加した。藤井氏は理研の客員研究員、加藤氏は理研開拓研究所の主任研究員も務める。
論文は8月21日付の米科学誌「Science Advances」に掲載され、日本時間では22日の公開となった。題名は「Multidimensional spectro-temporal imaging of exciton dynamics under propagating acoustic strain in two-dimensional semiconductors」。著者は8人で、論文の利益相反欄は競合する利益なしとしている。
くし形電極が、固体表面に音の波をつくる
表面弾性波は、固体の表面付近に集中して伝わる機械的な波である。研究チームは圧電基板にくし形電極を作り、高周波電圧を加えて377MHzの波を発生させた。その上に単層WSe₂を配置すると、波の山と谷が通るたび、材料は周期的に引っ張られたり圧縮されたりする。
ひずみは結晶の原子間隔をわずかに変え、価電子帯と伝導帯の位置、すなわち電子が取り得るエネルギー構造を動かす。励起子発光の光子エネルギーもそれに応じて変わる。ただし今回のひずみは0.1%未満と小さく、表面弾性波に伴う圧電電場や高周波加熱の影響も重なる。時間平均のスペクトルだけでは、どの効果がどの瞬間に働いたのかを分けにくかった。
そこで研究チームは、532ナノメートルのフェムト秒パルスレーザーの繰り返しと表面弾性波の周波数・位相を同期した。音響波に対するレーザー照射の位相を順にずらして測定し、2.65ナノ秒の各瞬間を復元する。同時に、安定化した光干渉計で基板表面の微小な上下動を測り、光の変化を実際の波形と対応付けた。
引っ張ると低エネルギーで明るく、圧縮すると高エネルギーで暗く
位相分解した測定では、表面弾性波の山に対応する引っ張りひずみが強いとき、励起子発光は低エネルギー側へ移り、強度が増した。反対に圧縮ひずみが強い位相では、高エネルギー側へ移り、暗くなった。スペクトルの線幅も周期に沿って変わった。
発光エネルギーの振れは約±2.2ミリエレクトロンボルトだった。研究チームは、既知のひずみ応答と干渉計で得た表面変位を合わせ、動的ひずみの最大値を約0.045%と見積もった。小さな変形でも、原子層材料のバンド端と励起子の光学特性をナノ秒で動かせることを示す。
さらに、時間分解フォトルミネッセンスで光励起後の減衰曲線を測ると、発光強度の時間変化も2.65ナノ秒周期で変調されていた。論文のモデルは、ひずみによってK谷とQ谷のエネルギー差が変わり、励起子が異なる電子状態の間を移る「谷間散乱」の速さが変化すると説明する。発光が弱くなるまでの間、励起子は複数の音響周期にわたって応答し続けた。
| 測定量 | 何を表すか | 一周期で得た結果 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 発光エネルギー | 発光の色に対応 | 引っ張り側で低下、圧縮側で上昇。変動は約±2.2 meV。 | 可視色が肉眼で大きく切り替わるという意味ではない。 |
| 発光強度 | 検出された光の明るさ | 引っ張り側で増え、圧縮側で減る周期変化。 | 強い駆動では圧電電場による励起子解離や加熱も時間平均値に影響する。 |
| 線幅 | 発光スペクトルの広がり | 音響波の位相に合わせて周期変調。 | 単一の発光波長だけを追った測定ではない。 |
| 減衰ダイナミクス | 光励起後に発光が弱まる時間過程 | 谷間散乱の変化を反映し、複数周期にわたる応答を観測。 | 「寿命」は装置の耐用年数ではなく励起子発光の時間変化を指す。 |
圧電電場と加熱を、ひずみから切り分ける
表面弾性波を強くすると、発光強度と時間平均の発光エネルギーはともに下がった。論文は、強度低下の主因を波に伴う面内圧電電場による励起子の解離、時間平均の赤方偏移の主因を高周波駆動による加熱と解釈している。つまり、表面弾性波をかけた前後の平均値だけでは、動的ひずみの効果をそのまま読めない。
研究の要点は、位相を基準にした顕微分光と時間分解発光、干渉計による表面変位測定を同じ時計で結んだことにある。表面の山と谷がどこにあるかを測り、その位相と発光エネルギー、強度、線幅、減衰を並べることで、周期的なひずみに同期する成分を直接比較した。
時間とエネルギーを同時に捉える測定では、励起子が減衰している最中にも発光ピークが2.65ナノ秒周期で動いた。これは、ひずみが単に平均的なスペクトル位置を変えるだけでなく、発光過程の途中で瞬時のバンドギャップを変調している証拠になる。
光の「寿命」は何を意味するのか
大学発表の副題は「発光の色・明るさ・寿命の超高速変化」と表現する。本文と論文で直接測ったのは、レーザーパルス後にフォトルミネッセンスがどう減衰するかという時間分解曲線である。研究チームは、その位相依存性をひずみによる谷間散乱の変化を含む連立レート方程式で再現した。
したがって、ここでいう寿命は半導体素子が壊れるまでの期間ではない。励起子が発光性の状態にとどまり、放射再結合などを通じて光を出す過程の時間尺度である。今回の測定は、単一の寿命定数だけを示すより広く、減衰曲線そのものが音響波の位相でどう変わるかを可視化した。
この区別は応用を考えるうえでも重要だ。光源やセンサーでは、光子をいつ、どのエネルギーで、どれほどの確率で出すかが機能を決める。材料の耐久性や量産性は別の評価であり、今回の論文の対象ではない。
- 単層WSe₂の励起子発光を、表面弾性波の位相、位置、エネルギー、減衰時間に沿って対応付けた。
- 最大約0.045%のひずみと、約±2.2 meVの発光エネルギー変調を結び付けた。
- 発光強度と減衰の変化を、ひずみ依存の谷間散乱を含むモデルで説明した。
- 量子光デバイスの性能、室温動作、長期安定性、量産工程は実証していない。
- 一回限りの非周期現象を単発で撮像する方法ではない。
次の課題は、音で光子の流れを設計すること
表面弾性波は、周波数、振幅、位相、伝搬方向を電気的に設計できる。原子層材料と組み合わせれば、静的に曲げた試料ではできない、移動するひずみ場による励起子の運搬や発光タイミングの制御へつながる可能性がある。
研究チームは、より長寿命の励起子や量子発光体と組み合わせ、励起子輸送デバイス、高感度ひずみセンサー、単一光子発生源などへの展開を見込む。ただし、今回の成果は測定・制御手法の基盤である。用途ごとに必要な温度、光子純度、損失、電力、再現性、材料品質を検証する工程が残る。
今回の多次元観測が与えたのは、平均値に埋もれていた一周期の設計図だ。発光の色、強度、線幅、減衰を同じ音響位相に並べることで、極小のひずみが励起子のエネルギーと散乱をどう動かすかを一つの像として捉えた。音で原子層材料の光を操る研究は、まずその時計を正確に読む段階へ進んだ。