同じ「黒澤明賞」に選ばれた二人だが、その映画人生はほとんど正反対の場所から始まった。

三重県出身の呉美保(お・みぽ)は、スクリプターとして映画制作の現場へ入り、家族、子ども、社会の片隅で生きる人々を長く見つめてきた。イラン南部シーラーズ出身のモハマド・ラスロフは、検閲、製作禁止、収監、出国禁止と向き合いながら映画を撮り続け、2024年には禁固刑を受けた後にイランを離れた。

第39回東京国際映画祭(TIFF)は9月29日、2026年の黒澤明賞をこの二人に贈ると発表した。選んだのは山田洋次監督、李相日監督、撮影監督の芦澤明子、市山尚三TIFFプログラミング・ディレクターの4人。

黒澤明賞とは: 東京国際映画祭が、黒澤明監督の業績を後世へ伝え、世界の映画界に貢献した映画人と、これからの映画界を託したい映画人を顕彰する賞。2022年、14年ぶりに復活した。
2人2026年受賞者は呉美保とモハマド・ラスロフ。
20年呉美保が『酒井家のしあわせ』で長編デビューしてからの節目。
14年ぶり黒澤明賞は2022年に長い休止を経て復活した。

一見、共通点の少ない二人

呉美保の映画は、国際政治の大事件を前面に出すタイプではない。家庭、学校、地域社会。人間関係の小さなひずみの中から、社会の不均衡を見つける。

ラスロフの映画は、国家権力、検閲、死刑制度、政治的抑圧といった巨大な制度を直接扱う。

それでも、TIFFの授賞理由を読むと、二人の接点が見える。

呉について選考委員会は、「社会の片隅に生きる人々を善悪で判断せず、多面的に見つめる」と評価した。ラスロフについては、抑圧する側の人物も単純な悪として処理せず、「一人の市民」として描く人間的視点を挙げた。

制度のスケールは違っても、「人間を簡単な善悪に切り分けない」という方法が二人を結ぶ。

呉美保は、現場の「記録係」から監督になった

呉美保は大阪芸術大学芸術学部映像学科を卒業後、大林宣彦事務所を経てスクリプターとして映画界へ入った。

スクリプターは、撮影されたカット、俳優の動き、衣装、小道具、せりふ、画面の連続性などを記録する仕事だ。監督や俳優ほど表には出ないが、映画の「つながり」を支える。

その経験を経て、初の長編脚本『酒井家のしあわせ』がサンダンス・NHK国際映像作家賞を受賞。2006年、同作で長編映画監督としてデビューした。

2026年は、その長編デビューからちょうど20年になる。

『オカンの嫁入り』で、新藤兼人賞

2010年の『オカンの嫁入り』で、呉は新藤兼人賞金賞を受賞した。

今回の黒澤明賞受賞コメントで、呉自身がこの賞を振り返った。「映画を作り続ける大きな支えとなりました」と述べている。

新人監督にとって、一本目、二本目を撮れたことは、その後も監督を続けられる保証にはならない。日本映画では企画、資金、キャスティング、配給が揃わなければ次回作へ進めない。

呉が「牛歩」と表現した20年は、映画監督という仕事の断続性そのものでもある。

『そこのみにて光輝く』が世界へ出た

2014年の『そこのみにて光輝く』は、呉のキャリアの大きな転換点だった。

佐藤泰志の小説を原作に、北海道・函館を舞台として、社会の底辺に近い場所で暮らす男女を描いた作品。モントリオール世界映画祭ワールド・コンペティション部門で最優秀監督賞を受賞し、TIFFによれば国内外で60もの映画賞を獲得した。

日本から第87回米国アカデミー賞外国語映画賞部門の代表作品にも選ばれた。

派手な救済物語へせず、貧困や家族の問題を抱える人物を「かわいそうな人」として単純化しなかった。その姿勢が今回の授賞理由にもつながっている。

『きみはいい子』――子どもを「テーマ」にしない

2015年の『きみはいい子』では、虐待、学校、家族、孤立が描かれる。

モスクワ国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞した。

ここでも呉のカメラは「問題のある家庭」を説明するためだけに子どもを置かない。子どもは社会問題の記号ではなく、予測不能に動き、笑い、怒り、他人と関係を作る主体として存在する。

TIFFが今回、特に『きみはいい子』『ぼくが生きてる、ふたつの世界』『ふつうの子ども』を挙げ、「子供たちをありのままに描く演出」を評価したのは、その一貫性に注目したものだ。

9年の空白は「映画をやめた9年」ではない

『きみはいい子』の後、呉の長編監督作には9年の間が空いた。

TIFFの公式プロフィールは、その間に二児を出産したことを記す。2024年、『ぼくが生きてる、ふたつの世界』で長編映画へ本格復帰した。

五十嵐大介のエッセーを基に、ろう者の両親を持つ聞こえる息子の成長を描く。上海国際映画祭コンペティション部門に選ばれた。

ここで重要なのは、「復帰」を成功談だけにしないことだ。育児や家族生活と映画制作をどう両立できるかは、個人の努力だけでなく、日本の映画産業の働き方とも関わる。

『ふつうの子ども』が、20年目の現在地になった

2025年の『ふつうの子ども』は、呉の最新長編。

ズリーン国際映画祭コンペティション部門に選出され、各地の国際映画祭で上映が続く。

「ふつう」という題名自体が、呉の映画に通じる。子どもを理想化したり、「問題児」「被害者」「天使」といった大人側の役割へ押し込めたりせず、矛盾した存在として見る。

黒澤明賞の選考委員会は、その演出を将来性まで含めて評価した。

今年のTIFFポスターを作った監督が、同じ映画祭から賞を受ける

2026年の東京国際映画祭では、呉美保は受賞者になる前から重要な役割を持っていた。

9月11日に発表された第39回TIFFの公式ポスターを監修したからだ。

今年のテーマは「CONNECT ― 映画が繋ぐ、その先の世界」。映画によって政治、経済、文化、宗教、性別などの分断の「壁に穴を開ける」という考え方を掲げている。

その映画祭が、同じ年に呉とラスロフを黒澤明賞へ選んだことには象徴性がある。二人の映画は方法こそ異なるが、「自分とは違う人間の内側へ観客を連れていく」という映画の働きを重視している。

ラスロフは「映画を撮ること」が制度との衝突になった

モハマド・ラスロフはイラン南部シーラーズ生まれ。社会学を学んだ後、ドキュメンタリー制作へ入り、2000年に初の長編映画を作った。

その後のキャリアは、作品史と法的・政治的な制約の歴史を切り離せない。

TIFFとカンヌ国際映画祭の公式資料によると、ラスロフは2010年に映画制作中に逮捕・収監され、出国禁止や製作禁止などを経験した。その後も秘密裏の撮影を含む方法で制作を続けた。

ここで重要なのは、彼の作品を「反体制映画」という一語へ縮めないことだ。作品が問うのは、制度が抑圧的な時、その制度を日常的に動かしている普通の人はどう選択するのか、という倫理である。

『悪は存在せず』は「悪人」の映画ではない

2020年、『悪は存在せず』はベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した。

イランの死刑制度を背景に、命令に従う人、拒否する人、逃げる人、その選択で家族や人生を変える人を複数の物語で描く。

タイトルが示すのは「悪がない」という単純な主張ではない。制度的な暴力が、怪物ではなく普通の人間の選択を通じて実行されるという問いである。

第33回東京国際映画祭でも上映され、日本の観客とラスロフの作品にはすでに接点がある。

『聖なるイチジクの種』は、家族を国家の縮図にした

2024年の『聖なるイチジクの種』は、ラスロフのキャリアをさらに世界へ押し広げた。

物語の中心は、テヘランの予審判事と妻、二人の娘。社会で大規模な抗議運動が起きる中、家の中から拳銃が消え、父親の疑念が家族へ向かっていく。

国家権力という巨大なテーマを、家庭の食卓と部屋の中へ持ち込む構造だ。

カンヌ国際映画祭2024のコンペティション部門で上映され、特別賞を受賞した。

2024年、ラスロフはイランを離れた

カンヌの公式記録によると、ラスロフは2024年に禁固刑を受けた後、秘密裏にイランを出国した。

その後カンヌへ到着し、『聖なるイチジクの種』を自ら紹介した。

TIFFのプロフィールは8年の禁固刑判決と説明している。カンヌ側も、当時少なくとも5年の服役を伴う判決に直面していたと記録する。

こうした法的状況は、映画の評価とは別に、確認可能な経歴として報じる必要がある。一方、イラン政府の個別判断の意図や、ラスロフに対する全ての法的手続きの現在状況については、公表資料だけで断定できない部分もある。

ドイツ代表としてアカデミー賞へ

『聖なるイチジクの種』は2025年、ドイツ代表として米国アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた。

イラン出身の監督が、イラン社会を描いた作品でドイツ代表になる。この事実そのものが、映画制作と国籍、亡命、共同製作の現代的な複雑さを表している。

ラスロフの映画は「イラン映画」であると同時に、国境を越えた製作・配給・映画祭ネットワークによって成立している。

2026年黒澤明賞 二人の歩み

呉 美保モハマド・ラスロフ
出身三重県イラン・シーラーズ
長編デビュー2006『酒井家のしあわせ』2000年
主な近作『ぼくが生きてる、ふたつの世界』『ふつうの子ども』『悪は存在せず』『聖なるイチジクの種』
大きな国際賞モントリオール世界映画祭 最優秀監督賞ベルリン金熊賞、カンヌ特別賞
TIFF選考理由の核心人を善悪で単純化しない多面的視線抑圧する側も市民として描く人間的視点

黒澤明の名前を冠する意味

黒澤明は1998年に88歳で亡くなった。

『羅生門』『七人の侍』『生きる』『用心棒』『乱』などの作品は、日本映画の国際的な受容を大きく変えた。ヴェネチア国際映画祭の『羅生門』金獅子賞以降、世界の映画人へ与えた影響は世代を越えている。

東京国際映画祭が黒澤明賞を設ける狙いは、黒澤作品に似た映画を作る監督を選ぶことではない。

むしろ、映画を世界へ開き、映画の可能性を次へ渡す人間を選ぶことにある。2022年に14年ぶりに復活したのも、その役割をもう一度映画祭の中へ置くためだった。

ラスロフが語る黒澤は「倫理的選択」の監督

ラスロフは受賞コメントで、黒澤映画を「危機に直面したときに私たちが迫られる倫理的な選択」についての深い考察だと述べた。

その読み方は、ラスロフ自身の作品に近い。

『悪は存在せず』で問われるのは、国家の命令へどう応じるか。『聖なるイチジクの種』では、権威を与えられた父親が恐怖の中で家族をどう扱うか。

黒澤の『生きる』も、一人の役人が制度の中で最後に何を選ぶかを描く映画だった。

作品の政治状況は全く違っても、「制度の中にいる個人の選択」という線で接続できる。

呉美保が語るのは「映画を続けられたこと」

呉の受賞コメントの中心は、大きな理論ではない。

初監督作から20年。新藤兼人賞が支えになったこと。スタッフ、キャスト、観客への感謝。そして家族への感謝。

映画監督のキャリアは、代表作だけを並べると一直線に見える。しかし実際には、作品と作品の間に生活があり、制作できない時間があり、映画以外の仕事がある。

呉が自分の歩みを「牛歩」と呼んだことは、その現実をよく表している。

2026年TIFFのテーマ「CONNECT」と二人

第39回東京国際映画祭は10月26日から11月4日まで、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区などで開かれる。

テーマは「CONNECT ― 映画が繋ぐ、その先の世界」。

呉は今年のポスター監修にも参加している。映画祭側は、分断の時代に映画が他者の痛みや喜びを観客自身の感情へ変えられる、と説明する。

その理念を、二人の受賞者は違う角度から体現する。

呉は、身近すぎて見えなくなる人間を見直す。ラスロフは、ニュースで「体制」と一括りにされる社会の内部を、家族や個人の選択へほどいていく。

「黒澤明の愛した映画」も上映

TIFFは黒澤明賞に合わせ、「黒澤明の愛した映画」と題した上映も行う。

チャールズ・チャップリン『サーカス』(1928)、黒澤自身の『姿三四郎』4Kデジタルリマスター版(1943)、『生きる』4Kデジタルリマスター版(1952)、そしてアッバス・キアロスタミ『友だちのうちはどこ?』(1987)の4本。

ここでも面白いのは、黒澤自身の映画だけを並べていないことだ。チャップリンとキアロスタミを含めることで、「黒澤に影響を受けた世界」だけではなく「黒澤が影響を受けた/愛した世界」を見せる。

2000年: ラスロフが初の長編映画を制作。

2006年: 呉美保が『酒井家のしあわせ』で長編監督デビュー。

2010年: 呉が『オカンの嫁入り』で新藤兼人賞金賞。ラスロフは映画制作中に逮捕。

2014年: 『そこのみにて光輝く』で呉がモントリオール最優秀監督賞。

2015年: 『きみはいい子』がモスクワ国際映画祭最優秀アジア映画賞。

2020年: 『悪は存在せず』がベルリン国際映画祭金熊賞。

2022年: TIFF黒澤明賞が14年ぶりに復活。

2024年: 呉が『ぼくが生きてる、ふたつの世界』で長編復帰。ラスロフ『聖なるイチジクの種』がカンヌ特別賞。

2025年: 呉『ふつうの子ども』。ラスロフ作品がアカデミー賞国際長編映画賞候補。

2026年9月: 呉美保、モハマド・ラスロフの黒澤明賞受賞が決定。

二人を「勇気」と「優しさ」だけでまとめない

ラスロフには「勇気ある監督」、呉には「優しい目線の監督」という便利な言葉を当てたくなる。

だが、それだけでは作品の複雑さを失う。

ラスロフの映画は勇敢だから評価されるのではなく、権力を扱いながら、その内部にいる人間の葛藤を映画として成立させている。呉の映画は優しいから評価されるのではなく、人物へ近づきながらも簡単な免罪や断罪を与えない。

今回の選考理由が二人とも「人間を単純化しない」点へ戻ってくるのは偶然ではない。

第39回TIFFで見るべき接点

  • 10月26日〜11月4日の映画祭本体。
  • 呉美保監督監修の2026年公式ポスターと「CONNECT」というテーマ。
  • 黒澤明賞の授賞と両監督の映画史。
  • 『サーカス』『姿三四郎』『生きる』『友だちのうちはどこ?』の関連上映。
  • 2026年から強化される日本映画発信、アジア共創、女性映画人顕彰の新制度。

黒澤明の名を「過去形」にしない賞

黒澤明という名前は、映画史の教科書に置けば簡単に「巨匠」になる。

だが映画祭がその名前を賞として使うなら、過去を顕彰するだけでは弱い。

何を次へ渡すのかが必要になる。

呉美保は、日本社会の小さな場所で人間を見つめ続ける。モハマド・ラスロフは、国家権力と個人の選択が衝突する場所で映画を撮り続けた。

二人の映画は黒澤映画に似ているわけではない。

むしろ、似ていない二人を同じ賞で結べることに、この賞の現在的な意味がある。

黒澤明の遺産を守ることは、黒澤明のような映画を作ることではない。映画が人間を複雑なまま見る力を、別の時代、別の場所、別の作家へ渡していくことである。

主な出典と取材メモ

  1. 第39回東京国際映画祭「黒澤明賞 呉 美保監督とモハマド・ラスロフ監督に決定」 — 受賞者、選考委員、授賞理由、両監督の公式プロフィール・コメント、関連上映作品を確認する一次資料。
  2. 第39回東京国際映画祭「呉 美保監督監修によるポスター解禁」 — 2026年TIFFポスターを呉美保監督が監修し、映画祭テーマが『CONNECT ― 映画が繋ぐ、その先の世界』であることを確認。
  3. 第39回東京国際映画祭 開催日程 — 2026年10月26日〜11月4日、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区ほかで開催されることを確認。
  4. Festival de Cannes: The Seed of the Sacred Fig — モハマド・ラスロフ監督作品が2024年カンヌ国際映画祭コンペティション部門で特別賞を受賞した公式記録。
  5. Festival de Cannes: Mohammad Rasoulof profile — 『グッドバイ』『手稿は燃えない』『ぶれない男』『聖なるイチジクの種』などのカンヌ公式フィルモグラフィー。
  6. Festival de Cannes(2024年5月24日) — ラスロフ監督の2024年イラン脱出、禁固刑、カンヌ出席をめぐる状況をカンヌ側の一次記録として確認。
  7. 東京国際映画祭「3つの新機軸」 — 2026年TIFFの日本映画発信、アジア共創、女性映画人顕彰という制度面の方向性を確認。

本稿は2026年9月30日までの公開資料を基に作成した。呉美保監督の作品評価やモハマド・ラスロフ監督への授賞理由は東京国際映画祭の選考委員会による評価として明確に区別した。ラスロフ監督の逮捕、収監、禁固刑、出国に関する事実はTIFFおよびカンヌ国際映画祭の公開資料に基づくが、イラン国内の個別法的手続きの現在状況や当局の動機について本稿独自の推測は行っていない。授賞式の詳細な日時・出席方法は記事作成時点で公式発表から確認できなかったため記載していない。

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