ドローンで最も目立つ部品は、プロペラでもカメラでもない。飛行中、加速度センサーやジャイロ、気圧計、測位情報などを読み、機体がどちらへ傾いているかを計算し、各モーターへ指令を出し続けるフライトコントローラーだ。数センチから十数センチの基板が、機体全体の安定と飛行判断の土台になる。
Terra Drone株式会社(本社・東京都渋谷区、代表取締役社長・徳重徹=とくしげ・とおる)は9月14日、防衛用ドローン向けの国産フライトコントローラー「Terra DFC」を自社開発し、量産体制を構築したと発表した。防衛省向けに納入予定の「汎用型防衛ドローン」への搭載を前提とし、姿勢制御、モーター制御、センサー処理、飛行制御を担う機能を一枚の基板へ集約したという。[1]
同社は、小型化、量産性、改修性、国内での品質管理を重視したとしている。ただし、9月14日の公表資料には、プロセッサーの型式、搭載センサーの構成、ファームウェア、暗号方式、通信プロトコル、冗長化方式、単価、月産能力、国産部品比率は記載されていない。「国内開発・国内量産」の意味を部品一個単位まで確認できる資料は現時点では公開されていない。
Terra DFCは何をする基板なのか
マルチコプターは、複数のプロペラの回転数を絶えず変えながら姿勢を保つ。風に押されれば傾きを検知し、機体が目標姿勢へ戻るよう各モーターへ細かな補正を出す。操縦者や自律制御ソフトから「前へ進む」「高度を保つ」と指示されれば、それをモーター出力へ翻訳する。
経済産業省の2026年方針は、フライトコントローラーを「モータ、加速度センサ等の各種部品からの情報を演算して機体の姿勢制御を行う基盤」と定義している。有人航空機用の制御装置を技術的に転用することは可能でも、製造・評価に時間がかかり、価格も高いため、無人航空機の実用的な代替にはなりにくいとも指摘する。[2]
Terra DroneはTerra DFCについて、必要な制御機能を一つの基板へまとめ、機体仕様に応じた改修やセンサー・通信機器との連接をしやすくしたとしている。[1]
| 項目 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 用途 | 防衛用ドローン向け。防衛省向け「汎用型防衛ドローン」への搭載を前提 |
| 機能 | 姿勢制御、モーター制御、センサー処理、飛行制御 |
| 設計方針 | 小型、シンプル、量産性、改修性、価格抑制を重視 |
| 供給 | Terra Droneは「量産可能な体制を整えた」と発表 |
| 将来用途 | 偵察、重要インフラ防護など複数の防衛用無人機への展開を想定 |
| 未公表 | CPU、IMU構成、ファームウェア、通信方式、冗長性、価格、生産能力、国産部品比率、第三者認証 |
「国産フライトコントローラー」は今回が初めてではない
Terra DFCを「日本初」と呼ぶことはできない。日本では2020~21年、NEDOの「安全安心なドローン基盤技術開発」で、ACSL、ヤマハ発動機、NTTドコモが政府調達を想定した標準機体とフライトコントローラーの開発に取り組んだ。その成果は2021年12月、ACSLの小型空撮ドローン「SOTEN(蒼天)」の商品化につながった。[3]
NEDOは当時、フライトコントローラーを含む標準基盤とAPIを整備し、飛行データや撮影画像の抜き取り、機体乗っ取りへの対策を含めてシステム全体を評価した。主要部品の大部分に国産品を使い、クラウドも国内サービスを利用したとしている。[3]
現在は日本航空電子工業が「Flight Brain JFBシリーズ」を国内生産し、JFB-200ではArduPilotやPX4の搭載、複数IMU、耐環境設計、国内自社工場での製造・試験を掲げる。NTT e-Drone Technologyもフライトコントローラーを含め基板設計から部品選定まで自社で行うと説明している。2026年7月にはアトラックラボもArduPilot対応の国産小型FC「AT_FC01」を発表した。[4][5][6]
Terra DFCの新しさは、「国産FCが存在する」ことではない。Terra Droneが防衛調達と自社ドローン量産を背景に、自社の重要部品としてFCを内製化しようとしている点にある。
日本は1980年代、無人機の先行国だった
日本には無人航空機の産業利用で長い歴史がある。1983年、農林水産航空協会が農薬散布用無人ヘリの開発をヤマハ発動機へ委託。1987年には産業用無人ヘリコプター「R-50」が完成し、同年末にモニター販売が始まった。1989年に本格販売へ移った。[7]
初期R-50には高度な姿勢制御がなく、操縦は難しかった。ヤマハは1990年代に高さ制御やジャイロ・加速度センサーを使う姿勢制御を加え、1997年のRMAX、2000年代のGPS自律飛行へ発展させた。[8]
つまり日本は「無人機を作れなかった国」ではない。農業用大型無人ヘリでは世界に先駆けた。その後、スマートフォン向けセンサー、小型モーター、電池、量産電子部品、画像伝送、民生ソフトを組み合わせた小型マルチコプターの巨大市場で、海外メーカーが速度と規模を獲得した。
2020年、政府調達で「どこにつながる機体か」が問題になった
転機の一つが2020年だった。内閣官房は同年9月、ドローンのセキュリティリスクへの対応方針を示した。外部データセンターとの飛行・撮影情報のやり取り、意図しないプログラム更新、情報漏洩、機体制御の乗っ取りなどをリスクとして挙げ、重要業務での新規調達ではサプライチェーンリスクの少ない製品を採用する方向を打ち出した。[9]
ここで問題になったのは、機体の原産国表示だけではない。飛行ログがどこへ送られるか。更新プログラムを誰が署名し、誰が配布するか。クラウドへ接続しなくても飛べるか。脆弱性が見つかったとき、自国側で修正できるか。
フライトコントローラーは、この問いの中心にある。センサーを読み、モーターを動かし、異常時の動作を決めるコードが走る場所だからだ。
2022年、レベル4は「飛べる」から「認証できる」へ
2022年12月5日には航空法に基づく機体認証、操縦者技能証明などの制度が始まり、有人地帯で補助者なしの目視外飛行を行う「レベル4」が制度上可能になった。第一種型式認証は、カテゴリーⅢ飛行を前提に量産機の設計と製造過程を審査する。[10]
2023年3月には、ACSLの機体が国内初の第一種型式認証を取得した。[11]
認証制度が重要なのは、飛ぶかどうかだけでなく「同じ設計の機体が同じ品質で繰り返し作られるか」を問うからだ。フライトコントローラーの変更は、飛行特性や安全性に直接関わる。部品を内製すれば変更しやすくなる一方、変更管理と検証の責任も自社へ戻ってくる。
2026年、無人航空機が「特定重要物資」になった
2026年3月、経済産業省は経済安全保障推進法に基づく無人航空機の安定供給確保方針を公表した。背景には、世界市場で特定国製が大きなシェアを持つことと、国内に量産基盤が十分にないことへの危機感がある。[12]
経産省の産業基盤強化資料は、2030年の国内需要を約14万台と推計し、そのうち点検、物流、防犯など、安定供給と情報セキュリティが特に必要な約8万台について国内供給基盤を整える目標を示す。8万台の機体生産には、フライトコントローラー8万台、通信モジュール8万台、バッテリー最大40万個、モーター・ESC最大48万個が必要と整理した。[13]
2025年度補正予算では、無人航空機と重要部品の研究開発・設備投資を支援する事業に139億円を計上した。対象にはバッテリー、モーター、フライトコントローラー、映像伝送モジュールが明記されている。[14]
「約9割海外製」は何を意味するのか
Terra Droneは9月14日の発表で、経産省資料を基に「国内の産業用途ドローン市場の約9割を海外製が占める」と説明した。[1] 一方、経産省が公表する別の基盤強化資料では、2023年の世界市場でDJIが72.7%を占めたデータが示され、日本でも国産量産基盤が弱いことが問題視されている。[15]
市場シェアの算出方法は資料によって異なるため、「日本で常に9割が同じメーカー」という意味には読まない方がよい。それでも、機体だけでなくバッテリー、モーター、ESC、FC、映像伝送などを海外へ依存しているという政策上の問題認識は一貫している。
Terra Droneは2026年に防衛事業へ急速に入った
Terra Droneは2016年設立。測量、点検、農業、運航管理(UTM)など民生分野を中心に事業を拡大してきたが、2026年3月に防衛装備品市場への本格参入を発表した。[16]
5月8日には防衛装備庁の一般競争入札で「モジュール型UAV(汎用型)教育用」300式を1億1,543万4,000円で受注したと公表した。納期は9月30日。[17]
この300式とTerra DFCの関係には注意が必要だ。9月14日のTerra DFC発表は「防衛省向けに納入予定の『汎用型防衛ドローン』への搭載を前提」とするが、5月の300式すべてにTerra DFCが搭載されると明記してはいない。Japan.co.jpは両発表を同一ロットと断定しない。
7月は電池、9月は制御系
Terra Droneは7月27日、円筒形セルを用いる高出力ドローン向けバッテリーパックについて、国内量産体制を構築すると発表した。提携先の社名は公表せず、Terra Droneが仕様を定義し、提携先が設計、組立、検査、品質保証を担う枠組みだと説明している。[18]
そして9月にFCの内製化を発表した。電源系と制御系という二つの重要部品を国内供給へ寄せることで、機体メーカーから「部品供給網を持つ企業」へ事業領域を広げようとしている。
ただし、バッテリーでもTerra DFCでも、セルや半導体、MEMSセンサー、コネクタ、無線チップなど全てが日本製とは公表されていない。国内で設計・組立・品質管理を行うことと、全構成部品を国内原産にすることは別である。
「ブラックボックス」を減らす価値
Terra Droneが挙げる国産FCの利点は、改修、ログ管理、センサー連携、セキュリティ確認、代替調達を自社で行いやすくすることだ。[1]
この価値は防衛だけに限られない。送電線、化学プラント、港湾、橋、災害現場などで使うドローンも、詳細な地形、設備形状、施設の運用状況を取得する。飛行ログには位置、高度、機体状態、通信状況などが残る。
外部ベンダーがファームウェア更新を止めれば、ユーザーは脆弱性を直せないかもしれない。部品が終売になれば、同じ性能を維持できないかもしれない。自社で制御基板とソフトウェアを理解することは、こうした「技術的な主権」を持つことにつながる。
ただし、内製化すれば安全になるわけではない
国内製であることは、サイバーセキュリティの証明ではない。安全性は、ソースコード管理、署名付き更新、アクセス制御、脆弱性対応、ログ保護、暗号鍵管理、サプライヤー監査、製造検査などの積み重ねで決まる。
また、フライトコントローラーはソフトウェアだけでなく慣性センサーの精度、温度変化、振動、電源ノイズ、電磁環境に左右される。日本航空電子のJFBシリーズが耐環境試験や品質保証体系を強調しているのは、このためだ。[4]
Terra DFCについて、同等の第三者試験規格、故障率、冗長設計、長期耐久試験の詳細は9月14日時点では公表されていない。
量産できることと、量産したことは違う
Terra Droneは「量産可能な体制を整えた」と発表した。[1] しかし、公表文には月産・年産能力、製造拠点、歩留まり、主要サプライヤー、量産開始台数は示されていない。
国が目標とする8万台規模は、試作機を数十台作る産業とは違う。部品調達、実装基板、検査治具、校正、自動試験、製造履歴、交換部品、修理、ソフト更新まで標準化する必要がある。
無人機では、量産の速さと品質保証が緊張関係になる。安価で多数を作るほど、一枚の基板不良が fleet 全体へ広がる危険も大きい。国内生産の価値は、問題が起きないことではなく、問題の原因を追い、設計へ戻して修正できる距離を短くすることにある。
オープンソースか専用ソフトか
日本の国産FCには複数の思想がある。日本航空電子のJFBシリーズやアトラックラボのAT_FC01は、ArduPilotやPX4といったオープンソースの飛行制御ソフトウェアを使えることを明示する。[4][6]
オープンソースは、世界中の開発者が検証し、多数の機体へ対応できる利点がある。一方、防衛や重要インフラでは、どのコードを採用し、誰が更新し、独自変更をどう管理するかが重要になる。
Terra DFCがオープンソース系を使うのか、独自ファームウェアなのか、両方に対応するのかは公表されていない。この選択は、開発速度、監査性、エコシステム、輸出、保守のあり方を大きく左右する。
「国産」の次は、相互運用性が問われる
国内各社がそれぞれ独自FCを作れば、供給源は増える。しかし、センサー、通信機器、地上局、UTM、AIコンピューターとの接続方式が閉じれば、別の形のロックインが生まれる。
NEDOの2020~21年事業がMAVLink対応やAPI公開を重視したのは、フライトコントローラーを一社だけの機体に閉じない考えがあったからだ。[3]
今後の日本の供給網に必要なのは、複数社が作れることと、機体メーカーが部品を切り替えられることの両方だ。完全互換は難しくても、通信、ログ、周辺機器、運航管理との接続を標準化できれば、供給途絶への耐性は高まる。
防衛で量を作り、民生へ戻せるか
政府の2026年投資ロードマップは、小型無人航空機について、防衛需要と民生需要を一体で考える「防民一体」の産業基盤づくりを示している。民生分野で2030年に8万台の機体・重要部品の供給力を持ち、その基盤を防衛でも活用する構想だ。[19]
この考え方には合理性がある。防衛だけでは需要が年度ごとに変動しやすい。点検、物流、防災、農業で同じ部品の量を作れれば、単価を下げ、技術者と生産設備を維持しやすい。
一方、防衛仕様と民生仕様では、耐環境性、セキュリティ、認証、価格要求が異なる。Terra DFCが将来、産業用機へ展開されるのか、専ら防衛向けに残るのかは発表されていない。
日本が取り戻そうとしているのは「機体」より「設計能力」
1987年のR-50から約40年。日本は無人機の歴史が浅い国ではない。それでも現在、小型ドローンの量産市場で海外依存が大きいのは、技術の有無だけではなく、部品調達、価格、製品更新の速度、ソフトウェア、販売規模までを一体で回す力が不足したためだ。
Terra DFCは、その構造への一つの回答になる。基板そのものが世界最高性能かどうかは、公開情報だけではまだ判断できない。重要なのは、自社が仕様を決め、設計変更を行い、製造し、必要ならソフトを修正できる能力を社内へ戻そうとしていることだ。
Japan.co.jpの分析では、2030年の「8万台」という政府目標の本質も同じである。8万枚の基板を作ることだけがゴールではない。10年後に新しいセンサーが出たとき、自分たちでつなげられるか。脆弱性が見つかったとき、修正できるか。供給国が輸出を止めたとき、代替設計へ移れるか。
ドローンの競争は、空の上より基板の上で始まる
飛行するドローンを見ると、競争は速度、航続時間、積載量のような機体性能に見える。だが、その性能を作る判断の多くは、フライトコントローラーとソフトウェアの中で毎秒何百、何千回と繰り返される。
Terra Droneが9月14日に発表したのは、小さな基板だ。しかし、日本の政策がそこへ8万台分の供給能力を求め、防衛調達が自前の制御系を求め、複数の国内企業が相次いで国産FCを出している状況を見ると、その基板は産業政策の縮図でもある。
「国産化」が成功したかを測るのは、国旗の印刷でもプレスリリースの数でもない。安定して飛び、必要な数を作り、故障を解析し、設計を更新し、別の機体へつなぎ、何年後も保守できるか。日本のドローン産業が本当に取り戻そうとしているのは、部品そのものより、その循環を自分で回す力である。
出典・参考資料
- Terra Drone「防衛用ドローン向け国産フライトコントローラー『Terra DFC』を自社開発、量産体制を構築」2026年9月14日
- 経済産業省「無人航空機に係る安定供給確保を図るための取組方針」2026年3月
- NEDO「安全安心なドローン基盤技術の取り組み成果が商品化に結実」2021年12月7日
- 日本航空電子工業「Flight Brain JFB-200」
- NTT e-Drone Technology「国産ドローン」
- アトラックラボ「ArduPilotをもっと身近にする国産フライトコントローラー AT_FC01」2026年7月23日
- ヤマハ発動機「産業用無人ヘリコプター『R-50』の開発」
- ヤマハ発動機「3つの技術を集約する産業用無人ヘリコプター」
- 内閣官房「ドローンに関するセキュリティリスクへの対応について」2020年9月14日
- 国土交通省「無人航空機レベル4飛行ポータルサイト」
- 国土交通省「無人航空機のレベル4飛行に係る第一種型式認証を行いました」2023年3月13日
- 経済産業省「無人航空機」経済安全保障・安定供給確保
- 経済産業省「無人航空機の産業基盤強化の目標」
- 経済産業省「経済安全保障の確保に資するサプライチェーンの強靱化事業(無人航空機)」
- 経済産業省「無人航空機産業の現状」
- Terra Drone「防衛装備品市場へ本格参入」2026年3月23日
- Terra Drone「防衛装備庁よりモジュール型UAV(汎用型)教育用300式を受注」2026年5月8日
- Terra Drone「ドローン向け国産バッテリー事業に本格参入」2026年7月27日
- 内閣府「戦略17分野における主要な製品・技術等の官民投資ロードマップ(案)」2026年6月24日
資料確認の基準日:2026年9月14日。Terra DFCについて、CPU、IMU等の部品構成、ファームウェア、通信プロトコル、暗号方式、冗長設計、単価、月産・年産能力、国内部品比率、第三者認証は公表資料で確認できない。また5月に受注した「モジュール型UAV(汎用型)教育用」300式すべてにTerra DFCが搭載されるとは公表されていないため、本文で同一ロットと断定していない。『量産体制を構築』はTerra Droneの発表に基づく。分析部分はJapan.co.jpによる。
