森から木を運び出す。その仕事が生きものの暮らしにどう響くかは、伐採した本数だけでは分からない。残した林の位置、木材を集める場所、林内に開いた空間。同じ施業地でも、昆虫にとっての環境は一様ではない。

京都大学が9月15日に発表した研究は、ルリクワガタ類の捕獲記録を地図上の位置と結び付け、広葉樹林業の現場を評価する試みだ。用いたのは、雌誘引型衝突板トラップ(F-FIT)。通称は「ハニートラップ」だが、蜂蜜で誘う仕掛けではない。同種の未交尾のメスを誘引源に、飛来するオスを捕らえる。[1][2]

研究を進めた時任美乃理(ときとう・みのり)京都大学大学院農学研究科助教らが問うのは、木材を利用する森林の中に、生息環境の違いを読み取る手掛かりを持ち込めるかということだ。時任氏の読みと職名は大学の研究者情報で確認した。[3]

数えたのは、27地点に飛来したオス

発表資料によると、対象はトウカイコルリクワガタ(Platycerus takakuwai)。岐阜県飛騨市の広葉樹施業実証試験モデル林で、成虫の活動期の1日に、状態の異なる27地点を調べた。捕獲数は林縁から内部へ向かうほど多くなる傾向があり、立木密度との関係には場所による違いが示された。論文は『Forest Ecology and Management』に掲載された。[1][2]

ここでいう捕獲数は、その場所と時間、方法で得た観測値だ。森にいる全個体を数えたものでも、森林全体の生物多様性を点数化したものでもない。捕まったオスが多い場所から何を読み取れるかを考えるには、対象の生態と、調査の仕組みを一緒に見る必要がある。

朽木と樹上をつなぐ暮らし

ルリクワガタ類は幼虫期に広葉樹の朽木を利用し、成虫は樹上の新芽を利用する。大学は、この生活史を広葉樹林の環境を評価するうえで注目する理由として挙げている。[1] 幹の太さや本数だけを調べる場合とは違い、生きものの反応を通じて森を見ることになる。

この視点からすると、地面に残る古い木と、上に伸びる生きた木は、別々のものとして扱い切れない。林業では出荷する材の状態を確かめる一方、生息環境を考える際には、商品にならない部分も検討の対象となる。

ただし、この昆虫が利用する条件を満たすことと、すべての生きものに良い森林をつくることは同義ではない。異なる生物は異なる資源を必要とする。指標生物の価値は、一種だけで森のすべてを説明できることではなく、従来の調査に新しい観察の窓を加えられることにある。

2021年、探す技術から比較する方法へ

F-FITの研究は今回始まったわけではない。淺野悟史、時任美乃理、西前出の3氏は2021年、『環境情報科学論文集』で雌個体を使う衝突板トラップの定量調査を報告した。従来の新芽をすくう方法との比較に加え、誘引に使うメスの交尾状況や、種の違いにも注意を向けていた。[4]

昆虫を見つける技量と、環境の違いを比較するための調査法は、重なる部分があっても同じではない。採集に熟練した人が多く見つけられるとしても、別の人が翌年に同じ場所を調べた結果と、そのまま比べられるとは限らない。

一定の方法で調査する意味は、この比較の土台をつくることにある。誰が調べても全く同じ数になるという保証ではなく、結果の違いを説明するうえで、調査の条件を整理しやすくする。2021年の方法研究と今回の林業地での応用をつなぐのは、その考え方だ。

捕獲数には、見つかりやすさも含まれる

調査結果を読む際には、生息数と捕獲数を区別したい。仮に同じ数の昆虫がいる場所でも、活動の程度や誘引への反応が違えば、トラップで得られる数は変わり得る。ゼロという記録も、その調査条件では捕獲できなかったことを示すのであって、必ずしも不在の証明にはならない。

したがって、調査日、設置場所、稼働時間、誘引源の状態などを記録することが、後の比較を支える。これは本稿の調査法に関する考察であり、今回の結果が特定の要因によって誤っていたという指摘ではない。

同様に、1日の27地点の違いを調べた結果を、27年分の変化や27地域での再現性と取り違えてはいけない。空間的な比較は、どこで追加調査を行うかを考える材料になる。個体群が長期的に減った、ある管理が回復をもたらした、と判断するには別の時間軸の証拠が要る。

捕獲記録から何を読むか

分かること: 定めた調査条件で、各地点に捕まったオスの数。
検討できること: 位置や森林の状態との関係。
それだけでは決まらないこと: 総個体数、長期的な増減、森林全体の生物多様性。

広葉樹を使う歴史と、飛騨の選択

日本の広葉樹林には、薪炭や農業資材を得るために繰り返し利用されてきた歴史がある。林野庁の令和6年度森林・林業白書は、里山林での伐採や落葉採取が明るい環境を保ち、燃料革命などによる利用の縮小が林内環境を変えてきたと整理する。[5]

その歴史は、すべての広葉樹林に同じ手入れを施す理由にはならない。集落周辺の里山と、今回対象となった山地の森林を同一視せず、それぞれの利用史と現在の生息環境を確かめる必要がある。

飛騨市が進める「広葉樹のまちづくり」は、小径木を含む広葉樹の価値を高め、その利益を森林へ戻す仕組みを目指している。市の事業サイトは、木材の用途や流通とともに、伐採後の更新を確認する取り組みも紹介している。[6] 木が売れることと、森が望ましい状態で続くことを、どう結び付けるかという地域の課題がある。

ここに生物の調査を加える意味は、経済的な成果と環境面の成果を別々に確認できるようにすることだ。木材の付加価値が上がっても、それだけでは昆虫の生息環境が改善した証拠にはならない。反対に、ある昆虫の捕獲数だけで林業経営全体の良しあしを判断することもできない。

地図に載せると、作業の配置が見えてくる

今回の研究が促す実務上の問いは、伐採量に加えて、作業をどこに配置するかを見ることだ。たとえば、同じ面積の林を扱う二つの計画でも、残る林と開けた場所の並び方が異なるかもしれない。捕獲地点と作業図を重ねれば、次に比較すべき場所を具体的に話し合える。

丸太を置く場所や搬出設備のための空間を、単なる作業上の余白として扱わず、森林全体の配置の中で検討する。そうした考察は可能だが、この調査から全国共通の「何メートル残せばよい」という基準を作ることはできない。地図に数字が載っていても、その精密さと結論の確かさは別である。

森を傷めず、調査を続けるために

朽木を壊して中を探す方法では、知りたい生息場所そのものを変えてしまう。F-FITは、その問題に向き合う方法として位置付けられる。一方、捕獲調査である以上、昆虫や誘引に使う個体の扱い、調査の規模も考える必要がある。「非破壊」という言葉を、影響が一切ないという意味に広げるべきではない。

現場に必要なのは、毎回大きな数字を得ることより、後から比較できる記録を積み重ねることだろう。同じような活動期に調査し、施業履歴と合わせて結果を共有する。その情報から次の問いを立て、必要なら計画を見直す。

小さな甲虫は、森林管理の答えを一つで示してくれるわけではない。それでも、木材を運び出す側の地図に、生きものが反応した場所を書き加えることはできる。森を使い続けるための判断を、見える木だけでなく、そこで暮らす生きものの記録からも考える。その入口となる研究である。