日本の「特殊詐欺」は、もう高齢者に電話をかけて「オレ、オレ」と息子を装う犯罪だけではない。2026年7月末までに警察が認知した特殊詐欺は2万6,051件、被害額は2,108.1億円。前年同期より件数で16.6%、被害額で42.9%増えた。単純平均では、7カ月間に毎日およそ9億9,000万円が失われた計算になる。最も大きいのはSNS型投資詐欺で881.2億円。次いでニセ警察詐欺617.1億円、SNS型ロマンス詐欺293.2億円だった。

統計を読む前の重要事項: 警察庁は2026年から分類を変更し、急増していた「ニセ警察詐欺」を独立した手口にし、それまで別集計だったSNS型投資詐欺とSNS型ロマンス詐欺を「特殊詐欺」の一手口へ組み入れた。したがって、2026年の総額を2025年以前の旧定義の「特殊詐欺」だけと直接比較すると実態を誤る。本稿では警察庁が示す前年同期比較か、旧区分を明示した数字を使う。
2,108.1億円2026年1〜7月の特殊詐欺被害額(暫定値)
881.2億円SNS型投資詐欺。前年同期比88.6%増
617.1億円ニセ警察詐欺。件数は減っても被害額は25.7%増

一番怖い数字は「件数」ではなく、一件の大きさだ

2026年上半期の警察庁資料では、特殊詐欺全体の既遂1件当たり被害額は840万円。SNS型投資詐欺は1,362.5万円、ニセ警察詐欺は1,163.9万円、SNS型ロマンス詐欺は984.1万円だった。昔の振り込め詐欺が「数十万円を急いでATMから振り込ませる」犯罪だったイメージは、現在の主要手口には合わない。

犯人側は、数日、数週間、ときには数カ月かけて被害者を囲い込む。投資詐欺なら、著名人を無断で使った広告からSNSへ誘い、投資グループに入れ、サクラが利益報告を重ねる。偽サイトでは口座残高や運用益が増えて見える。少額の出金を一度だけ許し、信用させた後に入金額を大きくすることもある。最後は「税金」「保証金」「出金手数料」と名目を変え、さらに送金を求める。

ロマンス詐欺は投資詐欺と技術基盤を共有する。SNSやマッチングアプリで関係を作り、「二人の将来」を理由に暗号資産や偽投資へ誘導する。警察庁によると2026年上半期は、40〜60代がロマンス詐欺被害の約8割を占め、当初接触の約9割がダイレクトメッセージだった。

2026年、警察庁は統計そのものを作り替えた

分類変更は単なる役所上の整理ではない。犯罪の構造が変わったことの反映である。2025年まで、警察庁は従来型特殊詐欺、SNS型投資詐欺、SNS型ロマンス詐欺を大きく分けて公表していた。2025年確定値では、旧定義の特殊詐欺が2万7,832件・1,423.1億円、SNS型投資詐欺が9,523件・1,288.0億円、SNS型ロマンス詐欺が5,645件・546.4億円だった。

三分類を単純に足せば2025年だけで4万3,000件、3,257.5億円になる。2026年にSNS型を特殊詐欺へ含めたことで、電話、SNS広告、メッセージアプリ、暗号資産、ネットバンキングを横断する「非対面の信用犯罪」を一つの政策対象として見やすくした。

同時にニセ警察詐欺を独立分類した。2025年にはこの手口だけで1万1,014件、1,005.0億円。旧分類では多くがオレオレ詐欺の中に入っていたが、被害構造が大きくなりすぎて独立させる必要が生じた。

特殊詐欺の中心は「家族になりすます声」から、「警察・投資家・恋人・有名人・金融サービスになりすますデジタルな信用」へ広がった。

ニセ警察詐欺は、権威と孤立を同時に使う

ニセ警察詐欺では、携帯電話に警察官を名乗る電話がかかり、「あなた名義の口座が犯罪に使われた」「逮捕状が出ている」「捜査に協力しなければならない」などと告げる。そこからLINEなどのビデオ通話へ移し、偽の警察手帳や、被害者の実名が書かれた偽逮捕状を画面で見せる。電話番号の表示自体を実在する警察署の番号に偽装する例も警察庁が確認している。

本物らしさを作った後、犯人は「捜査内容を誰にも言うな」と孤立させる。資金の潔白を確認するという名目でネットバンキング送金を求める。金地金を購入させて引き渡させる例もある。警察庁が2026年6月に公表した集計では、金地金被害のうちニセ警察詐欺は163件、58.2億円だった。

さらに深刻なのは、金銭被害にとどまらないケースである。警察庁は、身体特徴を確認すると称して裸になるよう要求したり、入浴やトイレ中まで常時ビデオ通話を続けるよう命じたりする性的被害を伴う事案を確認し、2025年中の発生分として247件の報告を受けたとしている。未遂・相談事案も含む数字だが、詐欺が心理的支配へ変わっていることを示す。

警察庁の注意喚起は明快だ。本物の警察官は、電話で突然「捜査対象だ」と伝えたり、メッセージアプリで連絡したり、警察手帳や逮捕状の画像を送ったり、個人のスマートフォンへ突然ビデオ通話をかけたりしない。番号表示が本物に見えても、それだけで信用してはいけない。

若い人も「ニセ警察」に狙われる

特殊詐欺は「高齢者犯罪」と説明されがちだが、手口ごとの差が大きい。2026年上半期の全体被害では60代が最も多く、被害額で見ると50代以上が約8割を占めた。一方、2025年上半期のニセ警察詐欺を電話種別で分析すると、携帯電話にかかってきたケースでは20〜30代が50.9%を占めた。

固定電話中心だったオレオレ詐欺では、家にいる高齢者へ狙いを定めることが合理的だった。スマートフォン、国際電話番号、ビデオ通話へ移ったニセ警察詐欺では、就労世代や若者も「犯罪容疑」「口座凍結」「逮捕」といった恐怖で動かせる。年齢で安全圏を考えること自体が危険になった。

「+」から始まる電話番号が犯罪インフラになった

警察庁によると、2025年に特殊詐欺へ利用されたとして報告された電話番号の約75.5%が国際電話番号だった。+1、+44など日本以外の国番号を持つ番号が、低コストで大量発信でき、発信元の追跡や規制を難しくする。

ニセ警察詐欺では、末尾に「0110」を含めて警察署らしさを演出する例もある。発信者番号を偽装し、実在する警察本部の代表番号を表示させたケースさえ警察庁は公開した。

対策も固定電話の留守番電話だけでは足りない。警察庁は2026年から、犯行利用番号や国際電話への警告・遮断機能を持つ民間アプリを「警察庁推奨アプリ」として認定する制度を展開している。7月末までの累計ダウンロード数は、同ページに掲載された複数アプリ合計で約190万件規模に達している。

SNS投資詐欺は「詐欺電話」ではなく、偽の投資体験を作る

SNS型投資詐欺は、電話一本で金を要求する犯罪とは違う。犯人は被害者に「投資家になった」と感じさせる環境を作る。入り口はInstagram、Facebook、X、YouTubeなどの広告やDM。著名な経済評論家や投資家を無断で使った画像、動画、生成AIコンテンツが信用の入口になる。

被害者はLINEなどの投資グループへ移される。グループ内では他の参加者が利益を報告するが、その人物自体が犯人側のサクラである場合がある。偽の取引サイトやアプリには利益が積み上がって表示される。数字は画面上だけ存在し、実際の金融商品を保有していないことがある。

2026年上半期、SNS型投資詐欺は5,893件、797.9億円。前年同期から被害額は444.9億円増えた。20〜50代が認知件数の約6割を占める一方、被害額では60代が最多だった。広告から始まる被害の金額は前年同期比で大幅に増え、警察庁はInstagramやXでの被害増加を指摘している。

消費者庁は、SNSで勧誘された投資話をまず疑うこと、振込先に個人名義口座を指定された場合は詐欺として振り込まないことを呼びかけている。2026年8月には警察庁、金融庁、デジタル庁、総務省、法務省、経済産業省とともに、大規模SNS事業者へなりすまし詐欺広告への対策強化を要請した。

ロマンス詐欺は「恋愛」と「投資」の境界を消す

SNS型ロマンス詐欺の特徴は、最初の要求が金ではないことだ。会話、共感、将来の約束を積み重ね、被害者が関係を失いたくない状態を作ってから経済的要求へ移る。警察庁が紹介する典型例には、「二人の将来のために投資しよう」「日本に行くために資金が必要」「暗号資産で利益を作ろう」といった誘導がある。

偽投資プラットフォームと組み合わさると、ロマンス詐欺と投資詐欺は実務上ほとんど同じインフラを使う。2025年確定値では、ロマンス詐欺のうち実質的な被害金交付が暗号資産だったものは、認知件数の40.4%、被害額の48.6%を占めた。

2026年上半期の被害は2,509件、246.6億円。40〜60代が約8割を占め、70代の被害も増加傾向だった。孤独や恋愛感情だけを利用する犯罪ではない。オンライン関係の信頼を、暗号資産口座、偽サイト、国際送金へ接続する金融詐欺である。

2003年の「オレオレ」から何が変わったのか

警察白書によると、オレオレ詐欺が目立ち始めたのは2003年5月以降だった。息子や親族を装い、「交通事故の示談金が必要」「借金を返さなければならない」と電話し、動転した被害者に口座へ振り込ませる。2003年は6,504件、被害約43.2億円だった。

2004年にはオレオレ、架空請求、融資保証金、還付金などを含む「振り込め詐欺」が2万5,667件、約283.8億円に達した。金融機関のATM利用限度額引き下げ、窓口での声掛け、犯罪利用口座対策、携帯電話対策が進み、2009年には件数・被害額とも2004年の約3分の1まで減った。

しかし犯人側はATMから離れた。2011年以降、現金を自宅などへ取りに来る「現金手交型」が増え、未公開株や社債を装う金融商品詐欺も拡大した。金融機関の制御が強くなると、犯罪は人を直接動かす方法へ変わった。

2020年代にはその「人を動かす」場所がスマートフォンへ移った。偽の警察署、偽の投資教室、偽の恋人、偽の著名人が同じ端末の中に現れる。犯罪組織は被害者へ物理的に近づかなくても、ビデオ通話、グループチャット、暗号資産、ネットバンキングで高額資産まで操作させられる。

2003年:オレオレ詐欺が目立ち始める。6,504件、被害約43.2億円。

2004年:振り込め詐欺2万5,667件、約283.8億円。

2008年:振り込め詐欺救済法施行。犯罪利用口座の残高を被害回復へ回す制度が始まる。

2010年代:現金手交、キャッシュカード、金融商品名目などへ手口が拡散。

2024〜25年:ニセ警察詐欺、SNS型投資詐欺、ロマンス詐欺が急増。

2026年:警察庁がSNS型投資・ロマンス詐欺を特殊詐欺に統合し、ニセ警察詐欺を独立分類。

銀行口座を止めれば終わる時代ではない

2008年6月に施行された「振り込め詐欺救済法」は、犯罪に利用された預貯金口座を凍結し、残高を原資として被害者へ分配する手続きを定めた。現在は、振込を利用したSNS型投資・ロマンス詐欺も対象になり得る。

ただし被害金がすでに引き出されたり、暗号資産へ交換されたり、複数口座を経由したりすれば、回収は難しくなる。被害者が見ている偽サイト上では資産が「1億円」に増えていても、現実の資金は送金直後に別口座や暗号資産へ移されていることがある。

このため現在の対策は、銀行だけでなく通信会社、SNS、アプリストア、暗号資産交換業者まで広がる。警察庁は2026年、Meta、TikTok、LINE WORKSなどへ犯行利用アカウント情報を提供する通達を出し、8月にはLINEアカウント等に関する情報提供の仕組みも進めた。犯罪インフラが分散した以上、防止側も分散連携しなければならない。

2026年7月末:主要手口

手口認知件数被害額前年同期比(被害額)
SNS型投資詐欺6,566件881.2億円+88.6%
ニセ警察詐欺5,422件617.1億円+25.7%
SNS型ロマンス詐欺3,037件293.2億円+5.3%
架空料金請求詐欺3,688件86.5億円+14.1%
オレオレ詐欺2,350件84.2億円+7.0%
特殊詐欺全体26,051件2,108.1億円+42.9%

被害者を責めると、犯人側が得をする

詐欺被害を「なぜ気付かなかったのか」で語ると、仕組みを見誤る。犯人側は個人の知能を試験しているのではない。恐怖、権威、希少性、恋愛、利益期待、孤立、時間制限など、人間が持つ普通の心理を組み合わせる。

ニセ警察は「逮捕される」と脅す。投資グループは周囲の全員が利益を得ているように見せる。ロマンス詐欺は「この人との関係を守りたい」という感情を作る。どれも、被害者が第三者へ相談する瞬間を遅らせる設計になっている。

だから防止策も「もっと注意する」だけでは弱い。国際電話を自動で遮断する、銀行が高額・異常送金を止める、SNS広告の本人確認を厳しくする、偽アカウントを迅速に削除する、暗号資産の移転先を追跡する、といった構造的な摩擦が必要になる。

「警察」「投資」「恋愛」に共通する一つの質問

詐欺の入り口は違っても、最後には同じ動作を求められることが多い。今すぐ送金する。誰にも言わない。別のアプリへ移る。指定された口座や暗号資産アドレスへ資金を動かす。出金するためにさらに払う。

その瞬間に最も有効なのは、相手が用意した通信経路から一度離れることだ。電話を切り、警察なら自分で調べた警察署や#9110へ連絡する。投資なら金融庁の登録情報や金融機関へ確認する。消費者トラブルなら188へ相談する。家族や同僚に話す。「誰にも言うな」という指示自体を危険信号にする。

2003年のオレオレ詐欺は、電話の向こうの一人を家族だと信じ込ませた。2026年の詐欺は、スマートフォンの中に警察署、投資市場、恋人、著名人、銀行まで一式を偽造できる。被害額が膨らんだ理由は、犯罪者が人間の弱さを新しく発見したからではない。信用を演出する道具が、かつてないほど安く、速く、精密になったからだ。

日本の特殊詐欺対策も、それに合わせて変わる必要がある。次の防波堤は「だまされない人」を作ることだけではない。だましの電話が届かず、偽広告が掲載されず、異常送金が止まり、犯罪口座と暗号資産への出口がすぐ閉じる社会を作れるかどうかである。

資料・出典

  1. 警察庁「特殊詐欺の認知・検挙状況等について」 — 2026年からの手口分類変更と、7月末暫定値への公式入口。
  2. 警察庁「令和8年7月末における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)」 — 認知件数26,051件、被害額2,108.1億円、手口別認知件数・被害額、検挙状況、被害金交付形態の最新統計。
  3. 警察庁「令和8年上半期における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)」 — 年代別傾向、SNS型投資詐欺・ニセ警察詐欺・SNS型ロマンス詐欺の特徴と1件当たり被害額。
  4. 警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(確定値)」 — 2025年確定値。ニセ警察詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺の年間規模と接触手段。
  5. 警察庁「ニセ警察詐欺に注意!」 — 偽装番号、ビデオ通話、偽警察手帳・逮捕状、警察からの公式な注意点。
  6. 警察庁「ニセ警察詐欺の特異な手口」 — 性的被害を伴う手口、金地金をだまし取る手口の警告。
  7. 警察庁「SNS型投資詐欺」 — SNS広告・DMからLINE等へ誘導し、偽利益や追加手数料で送金を重ねさせる典型手口。
  8. 警察庁「SNS型ロマンス詐欺」 — マッチングアプリ・SNSから恋愛感情や親近感を形成し、投資・送金へ誘導する典型手口。
  9. 警察庁「国際電話詐欺 #みんとめ」 — 2025年に特殊詐欺に利用された電話番号の約75.5%が国際電話番号だったとの警察庁集計。
  10. 警察庁「警察庁推奨アプリ」 — 国際電話番号や犯行利用番号の警告・遮断など、2026年に進める携帯電話対策。
  11. 警察庁「平成16年警察白書:いわゆるオレオレ詐欺」 — 2003年5月以降にオレオレ詐欺が目立ち、2003年に6,504件、約43.2億円の被害が確認された初期史。
  12. 警察庁「平成26年警察白書:振り込め詐欺を始めとする特殊詐欺」 — 2004年の25,667件・約283.8億円、ATM対策後の減少、現金手交型や金融商品詐欺への変化。
  13. 警察庁「令和6年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺(確定値)」 — 2024年の従来定義の特殊詐欺21,043件、718.8億円など。
  14. 金融庁「振り込め詐欺救済法の施行について」 — 2008年6月21日施行。犯罪利用口座の停止・失権と残高を原資にした被害回復分配の制度。
  15. 金融庁「振り込め詐欺等の被害にあわれた方へ」 — 振込利用詐欺の被害回復分配金制度と、現在はSNS型投資・ロマンス詐欺も対象となり得ることを確認。
  16. 消費者庁「SNSなどを通じた投資や副業といった『もうけ話』にご注意ください」 — 著名人なりすまし、個人名義口座、SNS勧誘への注意喚起。
  17. 消費者庁「SNS等におけるなりすまし詐欺広告に関する対策強化のための7府省庁合同要請」 — 2026年8月7日、大規模SNS事業者へ対策強化を求めた政府の最新対応。

本稿は2026年9月3日午前2時24分(日本時間)までに確認できた公開資料を照合した。統計・手口名は警察庁の日本語一次資料に従った。2026年から警察庁がSNS型投資詐欺・SNS型ロマンス詐欺を特殊詐欺の一手口に組み入れ、ニセ警察詐欺を独立分類したため、2025年以前の旧定義の『特殊詐欺』総額とは単純比較していない。2026年7月末値は暫定値であり、今後訂正される可能性がある。性的被害247件は2025年中発生分について2026年4月末までに警察庁へ報告された未遂・相談を含む件数。記事中の一日平均は2,108.1億円を2026年1月1日〜7月31日の212日で単純除算したJapan.co.jp計算で、警察庁の公表指標ではない。

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