全国初は「採用実績」ではない。3自治体が動き始めるのは11月、成果を決めるのはその後だ。
船員の仕事を、港町が自ら結び直す
瀬戸内海を進む貨物船や離島と本土を結ぶ船を日々動かしているのは、地域で暮らす船員たちだ。その人材を集める仕事に、自治体が新たに加わる。国土交通省は10月23日、長崎県佐世保市、三重県鳥羽市、長崎県から、無料の船員職業紹介事業を始める旨の通知が全国で初めて届いたと発表した。これまでの制度では自治体が通常の職業紹介と同じように船員の雇用を仲介することには制限があった。2025年の法改正で道が開けたが、各地の事業は発表時点ではまだ始まっていない。
開始日は11月2日、4日、8日
同省の別紙には3つの開始予定日と対象範囲が明記されている。佐世保市は11月2日、鳥羽市は11月4日、長崎県は11月8日。対象者も同一ではない。佐世保市は市内の求人者と、市内事業者で働きたい求職者を結ぶ。鳥羽市の求人者は三重県内とし、求職者は鳥羽市内の人、居住予定者、鳥羽市の事業所で働く希望者に限定する。長崎県は県内に本店・支社・支店を置く企業と、そうした企業への就職希望者を対象とする。県外からの応募が全くできないと決めつけることも、市内に住む人しか使えないと一括りにすることも誤りだ。
「無料」は、なぜ重要なのか
新制度が設けるのは、自治体が求人と求職の申し込みを受け、船員の雇用関係の成立をあっせんする仕事だ。「無料」とは、紹介行為を通じて手数料、謝礼その他の財産上の利益を受けないことを指し、船員の賃金や生活費が無料になるという意味ではない。公平・中立の原則も掲げられている。船員職業安定法では紹介業務に一般の民間事業者が自由に参入する仕組みではなく、今回の改正は地域行政の新たな役割を明確にした。
法律が変わり、港の自治体に選択肢が生まれた
背景にあるのは「船員法等の一部を改正する法律」(2025年法律第32号)による船員職業安定法の改正である。同法は1948年に制定された船員の雇用をめぐる特別な制度で、陸上の一般職業紹介と完全に同じ扱いではない。長年の制度が持つ安全性や適正な就業の確保という目的と、地方の人材需要をより細かくつなぐ必要性。その間を埋めるのが今回の制度変更だ。ただし法律上できるようになったことと、採用人数や定着率が改善したことは別である。効果は今後の数字で確かめる必要がある。
国内貨物の約4割を運ぶ内航海運
なぜ船員の不足は港だけの問題ではないのか。国土交通省資料によると、内航海運は2024年度、国内貨物輸送活動量の約4割を担う。トンキロは貨物の重量と輸送距離を掛け合わせた指標であり、運ばれた個数の比率とは違う。石油製品、鉄鋼、セメントなどの産業基礎物資では船の役割がさらに大きい。大都市に届くエネルギーや建設資材も、港を出入りする船とそこで働く人に支えられている。
船員は減り続けているのか――統計の読み違いを避ける
「船員不足」と聞くと、すべての船員数が毎年減っているように思える。しかし国交省の統計では2024年の内航船員は約2万8700人で、2010年の約2万8200人から一方的に減り続けてきたわけではない。一方、外航船員は2024年に2095人、漁業船員は1万4256人と、船種・就業分野ごとに動きが大きく異なる。各統計は外国人を含むかどうかなど集計条件にも注意が必要だ。求人と応募の地域的な不一致、資格や経験の要件、長い乗船期間も、人手不足を生みうる。単純な総数だけで需給を断定できない。
高齢化だけでは語れない、海の労働市場
2024年の内航船員で50歳以上は4割強を占めるが、別の国交省資料は30歳未満の割合が2019年の19.2%から2024年には20.2%に増えたとも示している。若い船員が全く入っていないわけではない。とはいえ、ベテランの退職に備え、船舶運航や機関の技術を次の世代に引き継ぐ必要はある。採用の難しさは賃金、休暇、船内通信、家族と過ごせる時間、資格取得費用、職場の安全、進路情報の見つけやすさと切り離せない。自治体の窓口が求人を紹介するだけで十分なのか、問われるのはそこだ。
佐世保――海運と造船の集まる土地
佐世保では港湾・造船・海上交通が地域の産業と結びついてきた。求人対象を市内の事業者に絞る設計は、地元企業の採用活動を支える意図と読める。ただし対象となる船の種類、紹介窓口の運用体制、利用する企業数は、今回の中央政府発表だけでは分からない。市の担当者と企業に確かめるべきは、船員志望者がどこで情報を得て、どの段階で資格・経験の壁に当たるのかである。
鳥羽――海と暮らしが近い地域の試み
三重県鳥羽市は伊勢湾に面し、島々との交通や観光、海の仕事を身近に抱える。今回の職業紹介は求人者を三重県内としながら、求職者については鳥羽に住む人だけでなく居住予定者や鳥羽市内の事業所で働こうとする人を含める。地域への定住や移住ともつながり得る制度設計だ。ただし雇用が生まれた結果として移住が増えるかどうかはまだ分からない。求人票の業務内容や船員資格、住宅支援策は個別に確認する必要がある。
長崎県――市を越えて働き手を探す
長崎県の窓口は、県内に本店、支社または支店を置く事業者の求人を扱う。同じ県の佐世保市による制度とどう分担するのか、応募者にとってどちらの窓口が便利なのかは今後の運用に左右される。市の行政単位をまたぐ転職・就職希望者をつなげれば、船主や運航会社の選択肢が広がる可能性がある。一方、事業者の所在地と実際の就航海域、船上での勤務条件が必ずしも同じではないことには注意したい。
物流の転換期、航路を支える人をどう確保する
国内の長距離輸送では運転手の労働時間規制を受け、トラックから船舶・鉄道へのモーダルシフトが議論されてきた。だが船に貨物を移せば自動的に輸送力が増えるわけではない。船員が必要で、港の荷役体制、定期航路、荷主との取引条件も重要だ。国土交通省は2026年3月、内航海運の適正な運賃・用船料に関する算出の考え方も公表した。採用と同時に、雇用の原資をどう確保するかを考える必要がある。
最初に見るべき成果は「登録数」ではない
3自治体の挑戦を評価するなら、求人票の掲載数だけでは足りない。紹介された人数、実際に就職した人数、半年・1年後の定着状況、求職者の年齢・資格や募集職種の偏り、応募しやすさを継続的に調べたい。行政窓口に置くことによる信頼感や地域教育機関との連携が利点となるかもしれないが、現時点で実証された成果ではない。船員本人、企業、家族の声を聞いて初めて、制度の価値は具体的になる。
海を支える仕事を、地域の仕事として見せる
日本の物流を語る時、道路や港湾設備には目が向くのに、船内で当直を続ける人の姿は見えにくい。佐世保、鳥羽、長崎県が始めようとしているのは、地域の窓口でその仕事を可視化し、採用につなげる仕組みだ。船員不足をひとつの制度で解決することはできない。それでも港町が、船の上の雇用を自分たちの将来と結びつけて考え始めた点に、今回の改正の意味がある。
出典・確認資料
2026年10月23日の国土交通省発表、別紙の開始予定日・取扱範囲、海事局統計に基づく。11月の事業実施や採用実績は未確認。3自治体、企業、船員本人への独自インタビューは行っていない。統計の定義が異なる資料を無条件には比較していない。
