炭素削減効果は原材料の係数だけで断定できない
捨てられる貝殻が、建物の表情を変える
日本の海で育ったホタテの貝殻が、建物を包む塗膜へと生まれ変わる。大林組は10月15日、廃棄予定の貝殻を粉砕した粉末を配合する水性ふっ素樹脂塗料「スキャロップペイント®」の開発を発表した。すでに技術研究所の実験棟など3カ所に適用した。海産物の副産物を建材に使う発想は以前からあるが、今回の焦点は、外壁に求められる耐候性を維持しながら材料由来の環境負荷を下げられるか、という実務上の課題にある。
発表で確認できたこと
同社によれば、塗料に配合したホタテ貝殻由来のバイオマスフィラーは20%。石灰石由来の炭酸カルシウムに代わる充てん材として使う。適用先は、東京都清瀬市の大林組技術研究所「オープンラボ3(OL3)」の内装、横浜シンフォステージの3Dプリンター製ベンチ、新丸山ダムの仮設建物に設置された3Dプリンター製擁壁である。3カ所への適用は確認できるが、一般向けの量産・販売が始まったという発表ではない。製品化は今後検討する段階だ。
北海道の海から建築現場へ
ホタテは日本の漁業と水産加工業を代表する産品の一つだ。食べられる部分を取り出した後の殻は、大量に集まれば保管、運搬、処理が課題になる。主成分の炭酸カルシウムは不燃性で、殻そのものも容易には分解されない。大林組が着目したのは、こうした処理負担を抱える素材が、塗料では意図的に添加される鉱物粉末と近い化学組成を持つ点だ。貝殻を乾燥・粉砕し、粒子の性質を調整して塗料の充てん材にすることで、廃棄物を資材として再利用する道が開く。
何が新しいのか――「白い顔料」ではなく充てん材
塗装を白くするだけの話ではない。水性ふっ素樹脂塗料は、樹脂、顔料、充てん材などの組み合わせによって塗膜を形成する。炭酸カルシウム系の充てん材には、塗膜の体積や物性を調整する役割がある。今回の貝殻粉末は、その一部を代替する。従って「塗料全体の20%が海から来た」という数字は重要だが、塗料の樹脂成分まで自然由来に置き換わったわけではない。水性であることと、製造から廃棄までの全段階で低炭素であることも別問題だ。
「30年相当」の試験をどう読むか
同社は約5500時間の促進耐候性試験を実施し、実環境で約30年使用した場合に相当する条件で、従来の貝殻粉末を含まない水性ふっ素樹脂塗料と同程度の光沢保持率と色差ΔEを確認したとしている。光沢保持率は表面の艶がどれだけ残ったかを示し、色差は塗膜の色の変化を数値化する指標だ。ただし促進試験は、日照、雨、温度差、下地条件が複雑に重なる実際の建物で30年経過したことを意味しない。汚れ、塩害、施工条件を含む長期の追跡が、今後の信頼性を左右する。
2024年のシーリング材が出発点
今回の技術は突然生まれたものではない。大林組とセメダインは2024年6月21日、貝殻粉末を使った2成分形変成シリコーン系シーリング材「スキャロップシール®」を発表した。従来の炭酸カルシウムの約30%を貝殻由来粉末に置き換え、大阪・関西万博の「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」の建設工事で使った。同社は2024年4月にJIS認証を取得したとも発表している。このシーリング材から塗装材へ用途を広げたのが今回の展開だ。目地を埋める材料と、建物の表面に広がる塗膜では、求められる性能も施工範囲も異なる。
炭素の数字は慎重に扱う
大林組は従来の石灰石由来炭酸カルシウムについて、原料1キログラム当たり0.0879キログラムCO₂、ホタテ貝殻についてはマイナス0.44キログラムCO₂という排出係数を示す。貝殻はホタテの成長時に海水中の炭素を取り込んで形成される。ただしこの数値だけを比較し、「建物を塗れば二酸化炭素を吸収する」「塗料そのものがカーボンネガティブ」と断定することはできない。養殖・加工・乾燥・粉砕・輸送、樹脂製造、施工、改修、廃棄まで、どこを計算範囲とするかで結果は変わる。貝殻の炭酸塩に固定された炭素を長く保持する可能性と、新たな大気中CO₂の正味除去は区別すべきだ。
3つの現場が示す用途の広がり
技術研究所のOL3は、建材の再利用と低炭素化を試す実験棟だ。同社によると建物自体は2026年6月に完成し、既存部材の再利用やリサイクル材の採用など、循環型建設を実践している。横浜では人が触れる3Dプリンター製ベンチ、新丸山ダムでは仮設設備に用いる3Dプリンター製擁壁へ塗布された。内装、都市空間の設備、土木工事の仮設構造物という違う条件で使われたことは、単なる展示品にとどまらない実績だ。一方、総塗装面積や塗布量、各現場の追跡結果は今回の発表からは分からない。
普及への分岐点は価格と供給網
廃棄貝殻を価値ある材料として取り込むには、漁港や加工場から安定して回収し、洗浄・乾燥・粉砕して品質をそろえ、塗料工場まで運ぶ仕組みが必要だ。粒径や水分、塩分、不純物の管理が安定しなければ、塗装の作業性や品質保証に影響しうる。一般的な材料と比べた価格、必要な供給量、採用可能な施工仕様、品質管理の責任分担も、広い市場へ出す前に示されるべき項目となる。
循環型建設を測る本当の尺度
建物の脱炭素化は、コンクリートや鉄骨のような大量に使う素材だけの問題ではない。補修や塗り替えを繰り返す仕上げ材にも、累積する資源使用と排出がある。耐候性を損なわずに貝殻粉末を取り込めれば、捨てる側の負担と新たに採る資源の量を同時に減らせるかもしれない。だが社会全体での効果を見極めるには、実際に何トンの殻を使い、製品1キログラムや塗装面積1平方メートル当たりの排出がどれほど変わり、維持補修周期がどうなるか、比較可能な実績が必要だ。
白い壁の向こうにある問い
海の副産物が都市の壁や設備に姿を変える。その意外性は確かに魅力的だ。しかし本当の革新は、見た目の物語ではなく、従来品と同じ仕事をしながら採掘資源、廃棄物、排出を着実に減らすことにある。スキャロップペイントは実験を現場へ進めた。次に問われるのは、寿命を通じた環境効果、価格、第三者が比較できるデータである。
