10m × 10m推定地図の1画素
1年成長速度の推計単位
2026.10.20JST発表日
JAXA公開済み蓄積量地図の共同研究

炭素を「蓄えた量」と「1年で増えた量」は同じではない。

森は毎年、どれだけ炭素を増やしているのか

日本の森林は、そこに立つ木の量だけで評価できない。杉林も広葉樹林も成長し、ときに枯れ、伐採され、台風に倒される。炭素の貯蔵量は一時点の「残高」だが、気候変動対策や森林経営に必要なのは、一定期間にどれほど増減したかという「収支」だ。北海道大学の研究者が10月20日に提示した新技術は、この厄介な時間の問題に挑む。

科学技術振興機構(JST)と北海道大学が開いたオンラインの新技術説明会で、北海道大学大学院農学研究院の加藤知道(かとう・ともみち)教授は「衛星と機械学習を利用した森林バイオマス成長・炭素吸収速度の広域・高解像度計測」を紹介した。公開資料によると、航空機レーザー測量による情報、衛星観測データ、機械学習を組み合わせ、森林の地上部バイオマスが1年でどれだけ増えたかを推計する。地上解像度は1画素につき10メートル四方をうたう。

蓄積量と成長速度は、別の数字

従来の森林地図では、樹木が現在どれだけの量の幹や枝などを持つかを推定する。地上部バイオマス(above-ground biomass)とは、地表より上にある生きた植物体の乾燥重量に関する指標だ。その中の炭素量を推定できる。しかし蓄積量が大きい森林が、今も速く成長しているとは限らない。成熟した森林と若い人工林では、炭素を蓄えてきた歴史と当年の増加速度が異なる。

今回の技術の新規性としてJSTが掲げたのは、蓄積量の地図から一歩進み、年間の「成長速度」を扱う点である。毎年の増加量を地域ごとに推定できれば、森林管理や木材資源の把握に新たな判断材料が生まれる。ただしこの説明は技術発表者による概要であり、独立した全国規模の精度評価が公表されたことを意味しない。

空からの写真だけで木の重さは分からない

光学衛星は樹冠の色や季節変化を捉え、合成開口レーダー(SAR)は電波の散乱から森林の構造に関係する情報を得る。しかし衛星画像の画素に「炭素量」がそのまま書き込まれているわけではない。樹種、樹高、枝葉の密度、地形、季節、観測条件によって信号は変わる。そこで、航空機からレーザー光を照射して森林の高さや立体構造を調べるLiDAR(レーザー測量)の情報と突き合わせる。

現地に近い観測を基準情報にし、多数の衛星観測との対応関係を機械学習で学ばせる。広い範囲へ推定を展開できる一方、学習に使った森林と未知の森林がどれだけ似ているかで結果の信頼性は変わる。北海道の針葉樹林でよく働くモデルが、温暖な西日本の複雑な広葉樹林でも同じ精度とは限らない。

JAXAがすでに公開した地図という足場

この研究には前史がある。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の地球観測研究センターは、加藤教授を研究代表者とする共同研究から、日本全国の森林地上部の炭素蓄積量、バイオマス、材積、樹高を推定した高解像度のデータセットを公開している。JAXAの「だいち2号」(ALOS-2)と欧州宇宙機関のSentinel-2などの観測に、航空機レーザー測量と機械学習を組み合わせた。

ここで注意したいのは、公開済みの全国「蓄積量マップ」と、10月20日に加藤教授が説明した「年間成長速度の推計」は同一の製品ではないということだ。前者の公開実績が後者の全国的な精度まで証明するわけではない。研究の基盤と、新たに示された能力は分けて見る必要がある。

10メートル四方に森林の運命を託せるか

10メートル×10メートルは面積100平方メートル。管理区画内のばらつきや伐採跡地、林縁の変化を考えるうえで魅力的な細かさだが、解像度の数字は誤差の小ささを保証しない。狭い画素ほど位置ずれや林縁の影響を受けやすく、年ごとの変化量が推定誤差より小さければ「成長」と「測定上の揺れ」を区別しにくい。

また技術紹介にいう「無料で利用可能な衛星データ」は、必要な観測データの費用に関する説明だ。航空レーザーの元データ、現地検証、モデルの更新、計算環境まで必ず無料で調達できるという意味ではない。企業が導入費用を見積もるには、各工程の費用を確かめる必要がある。

炭素吸収とクレジットの間にある長い距離

森林が成長し幹や枝の炭素量が増えれば、大気中の二酸化炭素に由来する炭素が植物体に固定されたことを示す重要な手掛かりとなる。だが、地上部の生体量増加と、森林生態系全体の正味の炭素吸収は同じではない。根、枯死木、土壌、有機物の分解、伐採・搬出、自然災害、土地利用の変化まで含めると収支は複雑だ。

カーボンクレジット制度では、どの活動がなければどうなっていたかという追加性、実際の変化の測定・報告・検証、長期的な維持、他地域への排出の移転なども問われる。高精度の地図だけでクレジット発行が自動的に認められることはない。JSTは用途の一つにクレジット算定を挙げるが、これは将来の利用可能性を示したもので、認証取得や売買の成立を発表したものではない。

「だいち4号」と森林観測の次の時代

JAXAの先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)は、前任機の「だいち2号」から観測幅を広げ、Lバンドのレーダーで森林の量や変化の把握を支援することが期待される。衛星運用と地上の計算能力が進むほど、広域観測は継続的な森林管理の道具に近づく。ただしJSTの今回の技術概要は、ALOS-4のデータを必ず使用したと明示するものではない。

国際的には、国連食糧農業機関(FAO)とJAXAが2026年4月に森林モニタリング分野の協力を延長した。気候対策のための観測は一国だけで完結しない。世界の森林で地上調査の人手が不足する地域ほど、衛星と現地観測を組み合わせる意味は大きい。

森林所有者と自治体に何が変わるか

人工林の手入れを検討する自治体や森林所有者にとって、年ごとの成長を地図で追えることは有用だ。間伐、再造林、災害後の回復、材積の見通しなどの判断に、現地調査とは別の情報層を加えられる可能性がある。森林が多く人口減少も進む地域では、広範囲を歩いて測る人員を常に確保できるとは限らない。

一方で地図の数字に責任を持つ仕組みが必要になる。誰が測定し、誰が誤差を確認し、林業事業者がどう異議を申し立てられるのか。もし経済的価値がクレジットに結びつくなら、小規模所有者にも利点が届く制度設計かを問わなければならない。

次に確かめるべきこと

公開資料だけでは、推計の検証地域、比較した年数、樹種ごとの誤差、災害後の反応、推計に要する計算費用、公開される年間成長マップの時期まで確定できない。こうした数値を埋めないことが、研究の価値を正しく伝える第一歩だ。今後、実測と独立比較した結果や第三者評価が示されれば、事業化の判断はずっと具体的になる。

森に入らず森を理解するのではない。森で得た実測と、宇宙から得た大量の観測をつなぐことで、人が現地を調べる意味を広げる。加藤教授が示した研究の可能性は、「どれだけ木があるか」という静止画像から、「どう変わっているか」という時間の地図へ視線を移した点にある。

出典・参考資料

本稿は2026年10月20日のJST発表とJAXA資料に基づく。研究者への独自取材や精度の追試は行っていない。蓄積量と年間成長、地上部と生態系全体の炭素収支を区別している。

  1. 科学技術振興機構・北海道大学 新技術説明会(2026年10月20日)
  2. JAXA・国内森林地上部炭素蓄積量データセット
  3. JAXA「だいち4号」公式資料
  4. JAXA・FAOとの森林モニタリング協力
  5. JAXA・高解像度バイオマスマップ(英語)
  6. JAXA「だいち4号」森林分野の説明