人間の皮膚には、指先だけでなく腕、手のひら、足、顔、胴体まで、接触、圧力、振動、温度、痛みなどを捉える感覚が広がっている。ロボットにも同じように多数の触覚点を持たせようとすると、すぐに別の問題が現れる。センサーそのものではなく、それらをつなぐ配線だ。

国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)のセンシング技術研究部門は、ロボットスキンの実装で問題になる「配線数の爆発的な増加」を抑える高次元センシング技術を研究している。産総研グループの株式会社AIST Solutionsは9月14日、日下靖之(くさか・やすゆき)研究グループ長と栗原一徳(くりばら・かずのり)主任研究員が、10月6日と8日のオンラインセミナーで技術の考え方と実験成果を紹介すると発表した。[1][2]

公式説明によると、研究の特徴は、製造時に生じるセンサー素子のばらつきを排除するのではなく利用することにある。複数のセンサー信号をそれぞれの特性で変調し、重ね合わせて少ない配線で取り出し、人間が一つ一つを圧力値などに復元する従来型の設計ではなく、AIが識別に使える高次元信号として直接扱うという。[1]

ただし、9月14日に公表されたのはウェビナーの予告であり、技術論文そのものではない。センサー数、配線削減率、認識精度、回路方式、学習データ規模などの定量値は公表文には示されていない。Japan.co.jpは以下、確認できた技術概念と関連研究の歴史を分けて記述する。

「ばらつき」は普通、センサー製造では誤差として嫌われる。今回の発想は、その違いを信号を見分けるための“個性”として使おうとする。

なぜロボットの皮膚は配線問題になるのか

ロボットの指先に数個の力センサーを付けるだけなら、各センサーから個別に配線を引いても大きな問題にはなりにくい。だが、手のひら、前腕、上腕、胴体まで数百、数千の感覚点を広げれば、電源、信号、選択回路の接続は急速に複雑になる。

AIST Solutionsは、多点化が重量、断線、取り回し、形状自由度を損なうと説明する。柔らかいロボットスキンでは、硬い基板と多数のケーブルを増やせば、皮膚が曲がるという本来の利点そのものが薄れる。[1]

この問題は新しくない。東京大学の染谷隆夫教授らは2004年、柔軟な有機トランジスタと感圧ゴムを組み合わせた大面積の人工皮膚を報告した。その論文は、数千の圧力センサーを備える皮膚には柔軟なスイッチングマトリクスが必要になることを、20年以上前に課題として挙げていた。試作では32×32の圧力センサー配列を8センチ角に形成し、曲面でも動作させた。[3]

9月14日に公表された高次元センシングの考え方
項目公表された内容
対象ロボットスキン、多点触覚センシング
実装上の課題センサー増加に伴う配線、重量、断線、取り回し、形状自由度
着眼点製造時に生じる素子ごとのばらつきを利用
信号処理複数信号を変調・重畳し、少ない配線から高次元データを取得
利用方法各信号を人間が理解しやすい物理量へ完全に復元するより、AIが識別に使える信号として直接利用する方向
未公表具体的な削減率、素子数、分類精度、回路構成、耐久性、量産コスト

「ばらつきを消す」から「ばらつきを使う」へ

電子デバイスの製造では、同じ設計の素子でも抵抗、しきい値、感度、応答速度などにわずかな違いが生じる。一般的な計測機器では、こうした違いは校正で小さくし、同じ入力に同じ出力を返すことが理想とされる。

しかし、ばらつきが十分に安定していれば、別の使い方ができる。栗原主任研究員はこれまで、フレキシブル有機回路の製造ばらつきを「Physical Unclonable Function(PUF)」として利用し、個体ごとに異なる物理特性を認証に使う研究を報告している。2023年の日本印刷学会誌の論文では、デバイス固有の製造ばらつきを複製困難な識別情報として活用する考え方を説明した。[4]

今回のロボットスキン技術はセキュリティとは用途が違うが、「同じものを作ったのに微妙に違う」という現象を邪魔者ではなく情報資源として見る思想には連続性がある。

産総研のセンサインテグレーション研究グループも、研究方針として「個別素子特性に基づく秘匿化データ流通技術」や、異種の入出力デバイスを統合して知能処理のループを作ることを掲げている。[2]

重ねた信号を、人間ではなくAIに読ませる

多点センサーでは普通、どの位置で何ニュートンの力が加わったか、どこが何度か、といった物理量へ変換することを目指す。そのためには、各センサーの信号を選択して読み出す回路や、多重化しても個別値を復元できる設計が必要になる。

AIST Solutionsの説明は、そこから一歩違う方向を示す。素子ごとの応答差を使って信号を変調し、複数の出力を重畳する。その混合信号を、AIが接触状態や物体の特徴を分類するための入力として使うという考え方だ。[1]

たとえば人間が聞く和音も、複数の音が重なっている。楽譜に戻さなければ価値がないわけではなく、「この響きは何か」を直接分類することはできる。高次元センシングも、元の物理量をすべて完全復元するのではなく、混合信号に残る特徴を機械学習で利用する方向と理解できる。

ただし、この比喩は概念説明であり、産総研が公表した具体的な回路方式を表すものではない。9月14日の公開資料だけから、周波数分割、時分割、抵抗ネットワークなど特定の実装方式を断定することはできない。

AI時代は「きれいなセンサー値」が絶対条件ではない

機械学習の普及は、センサー設計の常識も変えつつある。従来は、温度センサーなら温度、力センサーなら力を、校正済みの明確な数値として出すことが重要だった。AIでは、個々の値の意味を人が完全に解釈できなくても、入力パターンが状態を安定して区別できれば役に立つ場合がある。

これは世界的にも見られる流れだ。2022年にMITなどの研究チームが報告したグラフェントランジスタのイオンセンサーでは、デバイス間のばらつきを持つ200個超のセンシング素子から多次元情報を収集し、機械学習を使って複数イオンの分類精度を高めた。ばらつきを完全に消すのではなく、冗長性と学習を組み合わせる発想だった。[5]

産総研の新しい提案が同じ回路を使うわけではない。しかし、「センサーの個体差を前提にし、AIを含むシステム全体で価値ある情報へ変換する」という設計思想は、センシング技術全体で重要になりつつある。

日本の電子皮膚研究は20年以上の蓄積がある

2004年の東京大学の人工皮膚研究は、柔軟な圧力センサーを大面積化する一つの転換点だった。翌2005年には同グループが圧力と温度を同時に測る柔軟センサーネットワークを報告し、皮膚が単一の感覚ではなく複数のモダリティを持つ方向へ進んだ。[6]

2014年には、栗原一徳氏も共著者となった東京大学の研究で、人体やラットの心臓表面に貼り付き、生体電気信号を測れる柔らかなシート型センサーが報告された。粘着ゲルと柔軟電子回路を組み合わせ、動く組織の表面でも安定した計測を狙うものだった。[7]

ロボットスキンと医療用ウェアラブルは目的が違う。しかし、大きな曲面に電子回路を広げ、変形しても壊れず、皮膚や機械に違和感なく密着させ、多数の信号を取り出すという課題は重なっている。

圧力だけでは「触った」とは言えない

人間の触覚は、単純な押し圧だけではない。物体が滑り始めたか、表面が粗いか、柔らかいか、指のどこに接触しているか、どの方向に力が流れているかを組み合わせて判断している。

ロボットも同じだ。カメラでコップをつかんでいるように見えても、実際には指の中で滑り始めているかもしれない。差し込み作業では、穴と部品の位置が見えていても、最後の数ミリで生じる接触力を使わなければ正確な挿入が難しい。

そのため研究の中心は、単一の圧力値から、接触面の形、せん断、振動、滑り、温度、材質推定などを含む多次元触覚へ移っている。

VLAからTLAへ――触覚がAIの行動モデルに入る

AIST Solutionsは今回のセミナー説明で、ロボットAIがVision-Language-Action(VLA)から、触覚を扱うTactile-Language-Action(TLA)へ広がる流れに言及している。[1]

TLAはまだVLAほど確立した一般用語ではないが、実際に研究は始まっている。中国科学院などの研究チームは2026年1月、触覚の時系列データと言語指示から動作を生成するTLAモデルを査読付き論文として発表した。シミュレーションで2万4,000組の触覚・行動・指示データを構築し、穴への挿入作業で未学習形状への一般化を検証した。[8]

さらに2026年4月には、視覚も加えたVision-Tactile-Language-Action(VTLA)モデルの研究が公表され、接触の多い挿入作業で視覚と触覚を統合する方向が示された。[9]

こうしたモデルが本当に広がるなら、触覚センサーは単なる安全スイッチではなく、AIが世界を理解するための大規模データ源になる。そこで再び、配線、重量、消費電力、データ量が問題になる。

情報量が増えれば、通信量も演算量も増える

センサーを増やせば、ロボットが得る情報は豊かになる。一方で、毎秒何百、何千点の信号を高い周波数で読み出せば、通信帯域、A/D変換、演算、電力、発熱も増える。

この課題に対しては、世界で複数の方向が試されている。カメラで柔らかい皮膚内部の変形を見る光学式触覚センサーは、個々の圧力素子を大量配線しない方法の一つだ。北陸先端科学技術大学院大学などの研究では、柔軟スキン内部のカメラでマーカー変位を読み、近接覚と触覚を切り替えて測る方法が報告されている。[10]

2026年のAPCOTでも、東京大学の下山勲名誉教授は、多数の力センサーをロボットの脚や身体に組み込みつつ、製造コストだけでなく計算・通信コストを下げるため、センサー情報を局所処理する必要性を論じている。[11]

産総研の高次元センシングは、この問題に「信号を混ぜ、AIで読む」という別の角度から挑む。

少ない線にまとめることと、情報を失わないことは両立するか

技術的な核心はここにある。配線を減らして複数センサーの出力を一本または少数の経路へ重ねれば、普通は情報が混ざり、元の状態を区別しにくくなる。

もし素子ごとのばらつきが、それぞれ異なる変調の“指紋”として機能し、接触パターンごとに再現性のある高次元信号が生まれるなら、AIはそこから状態を学べる可能性がある。配線削減と識別性能を両立できれば、ロボットの広い表面をセンサー化する設計自由度が大きくなる。

一方で、製造ばらつきは時間とともに変化する可能性もある。温度、湿度、材料疲労、曲げ、摩耗、接着状態で応答がずれれば、学習済みモデルの性能が落ちる。個体ごとの再学習や校正が必要なら、量産時のコストに跳ね返る。

AIST Solutionsも、今後の課題としてリアルタイム処理、チップ化、製造技術を挙げている。[1]

「触覚信号を直接AIへ」は、説明可能性との取引になる

センサー値を「3.2ニュートン」「28.5度」のような物理量に直せば、人間は意味を確認しやすい。安全規格、故障診断、品質保証でも、測定値のトレーサビリティを作りやすい。

一方、AIだけが識別できる混合信号を使えば、配線や回路を簡素化できる可能性がある代わりに、「なぜこの接触を危険と判断したのか」を説明しにくくなる場合がある。

介護ロボットや人協働ロボットでは、この違いは重要だ。作業認識にはAI向けの高次元信号を使い、安全停止には校正済みの独立した力センサーを使うなど、用途ごとにセンシングを分ける設計も考えられる。現時点で産総研がどの安全アーキテクチャを想定しているかは公表資料からは分からない。

介護、ロボット、生体センサーへ

AIST Solutionsは応用先としてロボットや介護分野を挙げるほか、柔軟センサー、生体センサー、インプラントセンサーへの関心も示している。[1]

配線が少ないことは、腕や身体全体を覆うロボットだけでなく、装着感を抑えたいウェアラブルや体内デバイスでも価値がある。ケーブルが少なければ重量と機械的負担を下げやすく、断線点も減らせる可能性がある。

ただし、インプラントへの応用には、生体適合性、長期安定性、滅菌、封止、電源、安全性など別の規制・技術課題が加わる。セミナー案内が対象候補に挙げていることと、医療機器として実用化できることは別である。

国のフィジカルAI戦略とも重なる

経済産業省は2026年6月、NEDOと「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」を開始し、Noetra株式会社と産総研のコンソーシアムを採択した。政策は、言語だけでなく画像、動画、音声、センサーデータ、物理特性などの実世界情報を扱う国産基盤モデルを作ることを目指す。[12]

同じ月に公表されたAIロボティクス戦略では、2040年に約1,000万台のロボット導入を掲げ、18分野での社会実装を進める方針が示された。[13]

ロボットのAIだけが高度化しても、現実世界から入ってくる感覚が乏しければ、行動の精度には限界がある。逆にセンサーを増やしすぎて配線とデータ処理が破綻すれば、実装できない。この接点にロボットスキンの課題がある。

産総研の研究組織も「センサー単体」から統合へ

産総研は2025年4月、センシング技術研究部門を軸にセンシング技術・次世代パッケージングコンソーシアム「SenTePack」を立ち上げた。日下研究グループ長は、センシングと半導体後工程・実装技術を組み合わせ、センサーを作るだけでなく社会実装できるパッケージへつなげる必要性を説明している。[14]

ロボットスキンにも同じ構造がある。感圧材料の感度が高いだけでは不十分で、曲面へ貼れるか、信号をどう集めるか、断線に耐えるか、演算チップへどうつなぐか、交換・修理できるかまで設計しなければ、研究室を出られない。

10月のセミナーで確認したい数字

Japan.co.jpが今後の技術評価で確認したいのは、まず配線削減の実測値だ。何個のセンサーを何本の線で読み、従来方式に比べて重量や実装面積がどこまで減るのか。

次に、識別できる触覚状態の種類と精度。接触位置、強さ、硬さ、形状、滑りをどこまで区別できるのか。未知の物体や別個体のセンサーへモデルがどの程度一般化するのかも重要になる。

さらに、長期安定性。素子の「個性」として利用するばらつきが、温度や経年変化で動けば、AIにとって入力分布が変わる。交換部品でも同じモデルを使えるのか、個体ごとに学習が必要なのかで事業性は大きく変わる。

9月14日の発表だけでは、これらへの答えはまだない。10月の説明で実験条件と定量結果が公開されれば、技術の成熟度をより正確に判断できる。

ロボットが人のそばで働く時代、「見る」だけでは足りない

工場の産業用ロボットは長く、安全柵の中で決まった軌道を動いてきた。これから期待されるサービスロボット、介護ロボット、ヒューマノイドは、人と同じ空間へ出てくる。

人の腕に触れたのか、服を挟んだのか、物が滑り始めたのか。カメラだけでは見えない状態を知るには、身体そのものが感覚器になる必要がある。

20年前、日本の研究者は柔らかい電子皮膚に数千個の圧力センサーを載せるため、柔軟なスイッチング回路が必要だと書いた。2026年の問いは、そのさらに先へ進んでいる。数千の信号をどう人間向けの数字に変換するかではなく、AIが行動するのに十分な触覚情報を、どれだけ少ない配線で身体全体から取り出せるか。

産総研の高次元センシングが本当にロボットスキンを薄く、軽く、壊れにくくできるかは、これから公開される定量結果を待つ必要がある。それでも発想は明確だ。未来のロボットの皮膚は、センサーを増やす競争だけではなく、増えた感覚をどう“束ねて知能へ渡すか”の競争になる。

出典・参考資料

  1. AIST Solutions「ロボットスキンを実装する高次元センシング」2026年9月14日
  2. 産業技術総合研究所 センシング技術研究部門「センサインテグレーション研究グループ」
  3. Someya et al., “A large-area, flexible pressure sensor matrix with organic field-effect transistors for artificial skin applications,” PNAS, 2004
  4. 栗原一徳「Novel IoT Security Utilizing Variation of Flexible Organic Circuits」日本印刷学会誌、2023年
  5. Xue et al., “Integrated biosensor platform based on graphene transistor arrays for real-time high-accuracy ion sensing,” Nature Communications, 2022
  6. Someya Group, University of Tokyo — selected publications including pressure/thermal artificial skin, 2005
  7. 東京大学「体に直接貼る生体情報センサーの開発に成功」2014年12月19日
  8. Hao et al., “TLA: tactile-language-action model for contact-rich manipulation,” Robot Learning, 2026
  9. Zhang et al., “VTLA: Vision-Tactile-Language-Action model with preference learning for insertion manipulation,” Biomimetic Intelligence and Robotics, 2026
  10. 北陸先端科学技術大学院大学「近接覚と触覚を切り替える柔軟ロボットスキン」関連研究紹介
  11. APCOT 2026, MEMS×AI×Robotics invited talk by Isao Shimoyama
  12. 経済産業省「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」2026年6月30日
  13. 経済産業省「赤澤経済産業大臣の閣議後記者会見の概要」AIロボティクス戦略、2026年6月30日
  14. 産業技術総合研究所「『センシング×パッケージング』で切り拓く半導体製造の未来」2025年11月5日

資料確認の基準日:2026年9月14日。9月14日のAIST Solutions発表は10月開催ウェビナーの予告であり、高次元センシング技術の完全な技術論文ではない。センサー数、配線削減率、認識精度、回路構成、長期耐久性、量産コストは公表資料で確認できないため本文で数値を補っていない。栗原一徳氏の読みは産総研表記「KURIBARA Kazunori」およびJ-GLOBAL「クリバラ カズノリ」に基づく。分析部分はJapan.co.jpによる。