乳児期に始まる強いかゆみ、黄疸、眠れない夜。肝障害が進み、家族が肝移植を現実の選択肢として考えなければならない――進行性家族性肝内胆汁うっ滞症(PFIC)は、患者数が極めて少ない一方、一人ひとりの生活に重い負担を与える遺伝性肝疾患だ。2026年8月24日、厚生労働省はフェニル酪酸ナトリウム製剤「ブフェニール」の効能・効果にPFIC1型と2型を追加する製造販売承認事項一部変更を承認した。[3][4]

新薬を一から作った話ではない。ブフェニールは日本で2012年から尿素サイクル異常症に使われてきた既存薬である。転機は、東京大学大学院薬学系研究科の林久允准教授らが、この成分に本来の用途とは別の作用――肝細胞から胆汁へ胆汁酸を送り出す「BSEP(bile salt export pump)」を細胞表面に増やす作用――を見いだしたことだった。基礎研究、少数例の臨床研究、投与方法の検討、全国多施設の医師主導治験、規制当局の審査を積み重ね、最初の発見から承認まで約20年を要した。[1][2][6]

この承認は「PFICが治る薬ができた」という意味ではない。対象となるのはPFIC1型と2型であり、病型や遺伝子変異、肝障害の進行度によって治療反応は異なり得る。肝移植が不要になると保証するものでもない。むしろ重要なのは、患者が極端に少ない病気で、研究者と臨床医が既存薬の別の作用を拾い上げ、20年かけて薬事承認まで運んだことにある。

承認されたのは「新薬」ではなく「新しい使い方」
フェニル酪酸ナトリウムは尿素サイクル異常症の既承認薬。今回、効能・効果にPFIC1型・2型が追加された。オーファンパシフィックは承認発表時点で患者への供給開始に向けた準備を進めるとしており、承認日と実際の新適応での提供開始日は同義ではない。[3][4]
約20年BSEPへの作用発見からPFIC適応承認まで
6例PFIC2型の第II相医師主導治験
3例PFIC1型で用いられた探索的臨床研究
2012年日本で尿素サイクル異常症治療薬としてブフェニール承認

PFICは「胆汁が流れない」ことで肝臓を傷める

胆汁酸は脂肪の消化を助ける一方、肝細胞の中に過剰にたまれば毒性を示す。健康な肝臓では、肝細胞の毛細胆管側膜にある輸送体が胆汁酸を胆汁へ送り出す。PFICでは、この胆汁形成・輸送を担う遺伝子の異常によって流れが滞り、胆汁うっ滞が続く。厚生労働省はPFICを指定難病338としている。[12]

PFIC1型はATP8B1遺伝子の異常によってFIC1蛋白の機能が損なわれ、PFIC2型はABCB11遺伝子の異常によってBSEPの量や機能が低下する。いずれも乳児期から発症することが多く、強いそう痒、黄疸、睡眠障害、成長障害、肝線維化を経て肝不全に至ることがある。PFIC2型では進行が速い症例も多い。PMDAの審査資料は、日本で報告されるPFICの多くが1型と2型であると整理している。[3]

日本人PFIC2型14例を調べた自然歴研究では、発症月齢中央値は2.5カ月で、12例が生体部分肝移植を受け、移植時月齢中央値は9カ月だった。これは小規模な後ろ向き研究で、すべての患者の経過を代表する数字ではない。それでも「時間がある病気」とは限らないことを示す。[9]

2000年代半ば、問題は「壊れたポンプ」だけではないと分かった

研究の出発点は、BSEP変異を持つPFIC2型で、輸送体そのものの能力が完全に失われているとは限らず、細胞表面まで十分に届かないことが病態を悪化させる場合がある、という観察だった。林氏らは、変異型BSEPの細胞内輸送を調べ、既存化合物の中からフェニル酪酸がBSEPを細胞表面へ増やし、輸送能力を高め得ることを示した。2007年のHepatology論文は、その分子レベルの根拠を示す重要な節目になった。[6]

作用の考え方
PFIC2型では、BSEPが肝細胞表面に十分存在しないことが胆汁酸排泄低下の一因になる場合がある。フェニル酪酸ナトリウムはBSEPの細胞表面発現を増やし、残っている輸送機能を使って胆汁酸排泄を高めることが期待される。PFIC1型ではFIC1異常の結果としてBSEPの発現・機能が二次的に低下すると考えられ、この経路を支えることで症状改善を狙う。[2][3]

ここで重要なのは、薬の「再利用」である。フェニル酪酸ナトリウムは尿素サイクル異常症では、窒素を別経路で体外へ排出するために使われる。同じ分子が、PFICでは全く違う薬理作用――BSEPの表面発現を増やす作用――を利用する。創薬ではこれをドラッグ・リポジショニング、あるいはドラッグ・リパーパシングと呼ぶ。

2012年から2014年、人で効く可能性が見え始めた

動物や細胞だけでは承認には届かない。研究グループは尿素サイクル異常症患者の肝組織を後ろ向きに調べ、フェニル酪酸ナトリウム投与後にBSEP発現が増えることを確認した。その後、PFIC2型患者への探索的投与で血液検査、黄疸、肝組織所見の改善を報告した。PFIC1型の小規模研究では、難治性のそう痒が投与中に軽くなり、中止後に再び悪化する傾向が観察された。[5][3]

しかし、希少疾患では「効きそうだ」と分かった時点からが難しい。患者数が少なければ、通常の数百人規模の無作為化比較試験は現実的でない。病気の自然歴が十分に分かっていなければ、何を主要評価項目にするかさえ決めにくい。さらに患者は全国に散らばり、小児であるため、肝生検を含む研究の負担も大きい。

2017年、6人を集める治験が始まった

2017年、東京大学、近畿大学、大阪大学、順天堂大学、宮城県立こども病院などの研究者はPFIC2型を対象とする第II相の医師主導治験を公表した。全国6施設で予定した参加者は、わずか6人。それがこの病気では「少なすぎる」のではなく、実施可能性を踏まえた現実的な全体像だった。[5]

PMDAの審査資料によると、実際に6例全員へ投与され、主要評価は24週後の肝生検による肝組織像の変化だった。3例は「改善」、2例は「悪化」、1例は主要評価前に効果不十分で中止されデータなしとなり、主要評価項目の有効割合は50.0%(3/6例)だった。PMDAは、症例数が限られ、判定基準設定にも評価上の制約があるとして、単一指標ではなく各症例の経過や副次評価項目を含め総合的に判断した。[3]

同資料では、52週まで投与を完了した5例のうち4例が2026年3月時点でも投与を継続し、自己肝で生存しており、その期間は6年6カ月から8年1カ月だったとされる。だがこれは対照群のない超少数例である。治療が肝移植回避を「証明した」と言うことはできない。PMDA自身も評価の限界を明記した上で、自然歴との比較、肝機能検査、そう痒の推移を合わせ「一定の有効性が期待できる」と判断した。[3][9]

PFIC1型はさらに少ないデータで判断された

PFIC1型については、審査の中心となった臨床研究は3例だった。2歳、6歳、16歳の患者で、従来の対症療法でも難治性そう痒が続いていた。フェニル酪酸ナトリウム投与中、そう痒スコアは改善し、投与終了後にベースライン近くまで再悪化した。一方、短期間では肝組織像の明確な改善は確認されなかった。[3]

PMDAは、3例の探索的研究だけで有効性を評価することには限界があると明記した。それでも、症状の改善と中止後の再増悪、自然経過なら進行すると考えられる肝組織像が悪化しなかったことなどから、PFIC1型でも一定の有効性が期待できるとの説明を受け入れた。これは希少疾患の承認判断が、巨大試験の統計だけではなく、病態生物学、自然歴、個別症例の整合性を組み合わせて行われる例でもある。[3]

安全性は「既存薬だから自動的に安心」ではない

既に使われている薬でも、病気が違い、用量・投与タイミングが変われば安全性は改めて見る必要がある。PFIC2型6例の52週評価では、有害事象は5例、副作用も5例に認められた。重篤な有害事象は2例にみられたが、審査上はいずれも薬との因果関係なしと判断された。死亡例はなかった。[3]

一方、フェニル酪酸ナトリウムの代謝物フェニル酢酸(PAA)は高濃度で神経症状に関係し得ること、製剤はナトリウムを含むためナトリウム貯留に注意が必要なことなど、既知のリスクは残る。PMDAは、適切な注意喚起を前提にPFIC1・2型での安全性を許容可能と判断した。これは「副作用がない」こととは違う。[3]

「食前」が治療開発の一部になった

同じ薬でも、いつ飲むかで血中濃度は変わる。2019年の多施設研究では、PFIC患者において食後投与より食前投与の方がフェニル酪酸の最高血中濃度と曝露量が大きくなった。こうした薬物動態の検討は、尿素サイクル異常症向けの既存用法をそのままPFICへ持ち込むのではなく、別の疾患に合わせて投与設計を作り直す必要があることを示した。[8]

今回承認されたPFIC向け用法では、体重または体表面積に応じた投与量を1日3回に分け、食前に投与し、一定期間後に増量する設計が採用された。具体的な用量調整は患者の状態に応じて行われるため、治療は承認された添付文書と専門医の管理に基づく必要がある。[3]

2025年に登場したIBAT阻害薬とは、狙う場所が違う

2026年のPFIC治療は、20年前とは違う。日本では2025年3月にマラリキシバット、同年9月にオデビキシバットというIBAT阻害薬が承認された。これらは腸管で胆汁酸の再吸収を抑え、胆汁酸の腸肝循環を減らすことで血清胆汁酸やそう痒を改善する。[10][11]

フェニル酪酸ナトリウムは、腸から戻ってくる胆汁酸を減らすのではなく、肝細胞側でBSEPの発現を増やし、胆汁へ送り出す機構を支える。したがって今回の意義は「PFICに初めて薬ができた」という単純な物語ではない。2025年に治療選択肢が広がった流れの中で、別の作用点を持つ薬がPFIC1・2型に加わった、と理解する方が正確だ。

研究グループは今回の成果を、PFIC1・2型で病態機序に基づく薬物治療が臨床現場で使えるようになった節目と位置付けている。[1][2] ただし、個々の遺伝子変異でBSEPがどこまで残っているか、どの段階で治療を始めるか、IBAT阻害薬などとどう使い分けるかは、今後の実臨床と製造販売後データでさらに見えてくる課題である。

希少疾患の創薬で足りなかったのは「患者数」だけではない

この20年間で研究者が直面したのは、薬候補の問題だけではなかった。患者がどこにいて、どの速度で病気が進み、どの検査値や症状を追えば治療効果を比較できるのか。基礎研究を臨床へつなぐための「病気の地図」が不足していた。

林氏らはこの経験から、小児肝疾患の患者登録研究CIRCLeを構築し、診断支援、自然歴、臨床研究、治験、承認後調査までをつなぐ基盤へ発展させていると東京大学は説明する。[1] 超希少疾患では、一つの薬の承認と、次の薬を作るためのインフラ整備が同時進行する。

20年を「遅かった」とだけ見るべきではない

2007年に細胞で見つかった作用が、2026年に患者へ届けられる適応として承認された。患者や家族にとって20年は長い。しかし、6人の治験さえ全国連携なしでは成立しない病気で、既存薬の新しい作用を確かめ、用法を作り直し、自然歴を集め、規制当局が評価できる形に整えるには、多くの工程が必要だった。

この承認の価値は「肝移植が不要になった」という断定ではない。移植しか残らない前に、医師と家族が検討できる選択肢が一つ増えたことにある。

次に問われるのは、承認後の現実だ。どの患者が最も反応するのか。幼い時期から始めることで肝障害の進行をどこまで抑えられるのか。既存のIBAT阻害薬とどう組み合わせるのか。長期の自己肝生存や生活の質を本当に改善できるのか。20年の研究は、承認で終わるのではなく、そこからようやく大きな答えを集め始める。

出典・参考資料

  1. 東京大学大学院薬学系研究科・薬学部:PFIC1・PFIC2へのフェニル酪酸ナトリウム適応追加(2026年9月2日)
  2. 順天堂大学:希少難病PFIC1・2型への適応追加承認―基礎研究から社会実装へ(2026年9月2日)
  3. PMDA:ブフェニール錠500mg・顆粒94% 審査報告書/審議結果報告書(2026年)
  4. オーファンパシフィック:フェニル酪酸ナトリウムのPFIC1・2型への一部変更承認(2026年8月24日)
  5. 近畿大学:PFIC2を対象としたフェニル酪酸ナトリウム第II相医師主導治験開始(2017年2月1日)
  6. Hayashi H, Sugiyama Y. Hepatology 2007: 4-phenylbutyrate enhances cell-surface expression and transport capacity of BSEP
  7. AMED:フェニル酪酸ナトリウムの利胆作用に関する創薬基盤推進研究事業 事後報告書
  8. Scientific Reports 2019:PFICにおける4-phenylbutyrateの薬物動態と食事タイミング
  9. Orphanet Journal of Rare Diseases 2024:日本人PFIC2の自然歴と自己肝期の転帰
  10. PMDA:リブマーリ(マラリキシバット)審査報告書
  11. PMDA:ビルベイ(オデビキシバット)審査報告書
  12. 厚生労働省:指定難病一覧(進行性家族性肝内胆汁うっ滞症=告示番号338)
  13. 東京大学:New treatment for rare genetic liver disorder approved in Japan(2026年9月15日)

資料確認:2026年9月16日(日本時間)。承認内容と臨床評価はPMDA、研究の経緯は東京大学・順天堂大学・近畿大学・AMED、承認取得はオーファンパシフィック、自然歴と基礎・臨床研究は査読論文を参照した。本文中の「期待できる」「示唆する」等は原資料の証拠強度に合わせて用い、肝移植回避の因果効果を断定していない。分析は特記のない限りJapan.co.jpによる。