病院へ電話をかける。話し中で切る。時間を置いてかけ直す。診察券を探し、名前、生年月日、診療科、希望日を伝える。窓口の向こうでは、受付職員が画面と紙を見比べ、医師の予定を確認する。予約が取れれば、患者はようやく治療の入口に立つ。
この何気ない儀式を、過半数の人がスマートフォンへ移したいと考えている。医療DX企業APOSTROが8月5日に公表した調査では、「Web・アプリ予約を利用したい」が52.0%で、「電話予約」の19.0%を33ポイント上回った。セルフ受付を支持した人も46.7%で、スタッフ受付を望む22.7%のおよそ2倍だった。
だが、これは「無人病院」への投票ではない。同じ回答者に、人員が限られた場合でも最も人による対応を残してほしい業務を尋ねると、48.1%が「医師の診察」を選んだ。自動化してもよい業務の首位は予約で25.6%。患者が引こうとしている線は明快である。日程調整は機械へ、診断と対話は人へ。
この調査が本当に語ったこと
APOSTROは予約だけを聞いたわけではない。患者が医療機関でどのように時間を使い、どこで機械を受け入れ、どこで人を必要とするかを並べて尋ねた。「自由時間を過ごしたい」は39.0%、「後払いを利用したい」は37.0%、「効率性を重視したい」は36.9%。五つの比較項目すべてで、デジタル・効率側が最多だった。
しかし圧勝ではない。後払い37.0%と窓口会計34.2%はほぼ拮抗し、各設問では「どちらともいえない」が約3割を占めたという。Web予約52.0%と電話19.0%を合わせても71.0%で、残る人々を無視できない。具合が悪いときに何科を選ぶべきかわからない、症状を説明して緊急性を相談したい、文字入力が難しい――電話は単なる古い技術ではなく、判断を補助する人間の回線でもある。
自動化を許せる業務では「予約」25.6%、「受付」15.8%、「呼び出し確認」14.3%が上位。一方、「自動化してよいものはない」も17.8%いた。人に残してほしい業務は「医師の診察」48.1%に続き、「検査結果や治療方針の説明」12.5%。受付での相談5.4%、会計・支払いの説明3.9%は低かった。
| 場面 | 調査が示した方向 | 設計上の意味 |
|---|---|---|
| 予約 | Web・アプリ52.0%、電話19.0% | 24時間の自己予約を基本に、電話の例外経路を残す |
| 受付 | セルフ46.7%、スタッフ22.7% | 定型確認は機械化し、困った人へ職員を振り向ける |
| 待ち時間 | 改善要望59.1%で最多 | 予約導入だけでなく、遅延通知と順番の可視化が必要 |
| 診察 | 48.1%が人に残すことを最優先 | 省力化で生まれた時間を、診察と説明へ再配分する |
「待つのが病院」の長い歴史
日本の外来医療には、予約だけでは解けない歴史がある。1961年に国民皆保険が実現し、多くの人が比較的低い自己負担で医療へアクセスできるようになった。患者は一般に診療所や病院を自ら選べる。英国型の厳格な家庭医ゲートキーパーを通さず、大病院へ直接向かうことも長く可能だった。この自由度は日本医療の強みであると同時に、需要が特定の時間と施設へ集中する構造をつくった。
かつての診療所は、朝に診察券を出し、来た順に待つ場所だった。慢性疾患の再診は次回日を窓口で決め、初診や急な症状は予約なしで受ける。専門病院の予約や診療所からの紹介は電話とFAXが担った。紙の予約簿は、現場の経験と融通をそのまま表現できる反面、患者が空き枠を見ることはできず、変更のたびに人が介在した。
コンピューターが窓口へ入り、電子カルテや医事会計が普及しても、患者の入口は別系統のまま残りやすかった。予約、問診、診察券、保険資格、カルテ、処方、会計は、それぞれ異なるベンダーと識別子で動く。MM総研が2023年に行った受診時のデジタル活用調査も、データのひも付け先が異なり、複数のツールやアプリが乱立することを普及の障壁として挙げた。
予約は増えた。それでも、待つ
厚生労働省の2023年受療行動調査では、病院の外来患者の79.4%が予約をしていた。特定機能病院では94.0%、大病院90.5%、中病院81.5%に達する。つまり日本の病院は、すでに「予約のない世界」ではない。
それでも待ち時間は残る。同じ政府調査で診察まで15分未満だった人は27.8%、15~30分未満24.8%、30分~1時間未満20.6%。約7割は1時間未満だが、予約時刻が診察開始の保証にならない経験は珍しくない。救急対応、前の患者の複雑な説明、検査結果、急変、医師の病棟業務が予定を押すからだ。
診察時間は「5~10分未満」が40.9%で最多、「5分未満」が28.1%だった。患者の目には、予約や受付に時間を使い、長く待ち、医師とは短く話すという非対称が映る。APOSTRO調査で「待ち時間」が改善要望の59.1%、「会計待ち」が35.7%になったのは、予約ボタンの好み以上に、この時間配分への不満を示す。
コロナが予約を感染対策に変えた
Web予約は新型コロナ以前から、小児科、耳鼻咽喉科、皮膚科、歯科などで順番待ちを外へ逃がす仕組みとして広がっていた。だが2020年以降、待合室の密集を避け、発熱患者を時間で分ける必要が生まれ、予約は便利機能から感染対策へ変わった。医療情報サイト「ドクターズ・ファイル」の2020年調査では、感染対策をきっかけに予約制を導入した医療機関が50.4%だったとされる。
ワクチン接種では、さらに大規模なWeb予約が全国へ一気に持ち込まれた。ところが開始時刻にアクセスが集中し、画面が開かない、枠が瞬時に埋まる、複数サイトの入口がわからないといった問題も露呈した。電話の行列がWebの行列に置き換わっただけなら、患者体験は改善しない。
本当の改革は、入口をオンラインにすることではなく、需要を平準化し、キャンセル枠を戻し、遅延を知らせ、問診とカルテをつなぎ、来院が必要な人を正しく振り分けることにある。予約システムが受付職員の二重入力を増やせば、便利な画面の裏で現場の負担はむしろ重くなる。
意外な主役は50代だった
年代別結果は「若者だけのDX」という思い込みを崩した。Web予約の支持は50代が63.2%で最高。後払い42.7%、セルフ受付51.4%、効率重視42.7%も50代が各年代の首位だった。60代以上でもWeb予約48.6%、セルフ受付47.4%だった。
理由は調査していないため断定できない。ただし50代は、仕事の責任、子や親の世話、自分の慢性疾患が重なりやすい。診療時間中に何度も電話する余裕が乏しく、インターネット利用歴は長い。「若いからデジタル」ではなく、「時間を取り戻す価値が大きい人ほど予約をデジタル化したい」という仮説の方が、数字に合う。
一方、60代以上の48.6%は過半数に少し届かない。デジタル経路だけにすれば、医療利用の多い層を排除しかねない。大きな文字、少ない入力項目、家族による代理予約、診察券番号を忘れた場合の回復、電話と窓口の併存が不可欠だ。全員をWebへ移す必要はない。半数がWebへ移れば、電話を必要とする人の回線もつながりやすくなる。
最大の不安は、機械ではなく「助けがいない」こと
デジタル化への不安で最多だったのは「トラブル時に相談できない」30.8%。次いで「高齢者が利用しづらい」28.3%、「個人情報漏えい」24.8%、「操作方法が分からない」23.5%だった。「人との会話が減る」は7.5%にすぎず、「特に不安はない」も29.0%いた。
ここにも境界線がある。患者は雑談のために有人受付を守りたいのではない。予約が消えた、違う診療科を選んだ、確認メールが届かない、緊急症状をどう伝えるかわからない――例外が起きた瞬間に、責任を持つ人へ到達できることを求めている。
優れたシステムは、人を隠すのではなく、必要な場面で人を見つけやすくする。「戻る」ボタンだけでなく「相談する」ボタンがある。緊急症状では予約画面を続けず、救急相談や119番など適切な経路を案内する。電話を廃止するのではなく、定型予約をWebへ移し、電話を相談と例外処理のために空ける。
- 24時間のWeb・アプリ予約と、電話・窓口の代替経路を併存させる
- 予約が「確定」か「希望受付」かを最初から明示する
- 初診、再診、検査、予防接種、緊急相談を混同させない
- 家族・介護者による代理予約と、わかりやすい本人同意を用意する
- 待ち時間と遅延理由を、個人情報を守りながら通知する
- 収集する健康情報、利用目的、保存期間、委託先を説明する
- 障害時に人へ切り替わる電話番号と院内手順を設ける
国の医療DXと、患者の入口のずれ
政府の医療DX工程表は、オンライン資格確認を基盤に、電子処方箋、電子カルテ情報共有、全国医療情報プラットフォームを整備する大きな構想である。検査、薬、診療情報を安全に共有できれば、重複投薬を減らし、転院や災害時の連携を改善できる。
しかし患者が毎回触れるのは、国家プラットフォームの奥ではなく、予約、受付、呼び出し、会計という入口と出口だ。そこが病院ごとに別アプリ、別ID、別画面なら、基盤が高度化しても「医療が便利になった」という実感は弱い。APOSTROの調査は、医療DXの評価が診療情報の共有だけでなく、一日の時間を何分返してくれるかで決まることを示唆する。
APOSTRO自身は2024年設立の未上場企業で、自動受付精算機「Clinic KIOSK」を軸に、会計と業務フローの再設計を手がける。2026年7月には同機の累計出荷4,000台を発表した。調査は同社の市場と重なるため、独立研究ではない。その利害を明記した上でも、予約の自動化と診察の人間性を同じ質問票で比べた点には価値がある。
「人かDXか」ではなく、人の時間をどこへ戻すか
医療の自動化は、職員を減らす話として語られがちだ。だが受付の電話が減った時間を、患者への説明、紹介状の確認、困っている高齢者の支援、医師との連携へ戻せるなら、デジタル化は人間的な医療を増やせる。反対に、省力化で人を減らし、例外時に誰も出ない仕組みにすれば、30.8%が恐れる未来を自らつくる。
52.0%という数字はゴールではない。それは入口の扉をどちらに開くかという信号だ。Web予約が標準になっても、電話は消さない。セルフ受付が増えても、助ける職員は見える位置に置く。会計を自動化しても、治療方針の説明は急がせない。
病院の一日は、予約を取る前から始まり、会計を終えるまで続く。患者が望んでいるのは、そのすべてを画面にすることではない。画面で済むことはすぐ終わらせ、不安、痛み、判断を伴うところで人に会うことだ。日本の医療DXが成功するかは、導入した端末の数ではなく、そこから生まれた時間を誰へ返したかで測るべきである。
取材メモ・出典
本稿は2026年8月5日午前9時41分(日本時間)までに確認した公開情報に基づく。APOSTRO調査は企業によるインターネット意識調査であり、政府統計や無作為抽出の全国推計とは性格が異なる。
