発見されたのは完成した燃料電池ではない。低温で酸素を運ぶ結晶の、新しい設計原理だ。
233度で動く「酸素の通り道」
高温を必要とする固体酸化物形燃料電池(SOFC)の常識を、材料の側から変える発見が報告された。東京科学大学などの国際共同研究グループは2026年10月14日、233℃という比較的低い温度で高い酸化物イオン伝導度を示す新しい固体材料を学術誌『Nature Communications』に発表した。温度は依然として家庭の暖房器具よりはるかに高い。それでも従来のSOFCが必要とする数百度以上の環境を思えば、材料科学にとって意味のある前進である。
研究の焦点は、燃料電池そのものの発電実証ではない。測定したのは固体の内部を酸化物イオンがどれだけ通りやすいかという物性だ。「233℃で発電できる新型電池が完成した」と受け取れば、今回の成果を誤解することになる。
新材料の正体――臭化物層が挟む結晶
研究チームが開発したのは、組成式Bi₁.₉Te₀.₁LaO₄.₀₅Brで表される「Sillén(シレン)オキシ臭化物」。ビスマス、テルル、ランタン、酸素、臭素からなる複合アニオン化合物で、酸化物イオンが動く三重の蛍石類似層を臭化物イオン層で挟む積層構造を持つ。大学はこの設計を、伝導層を臭化物層でサンドイッチする工夫として説明する。
従来、研究チームは塩化物層を持つ近縁のSillénオキシ塩化物を調べてきた。今回は塩化物イオンより大きく分極しやすい臭化物イオンに置き換え、結晶内部の酸素の動きと安定性がどう変わるかを追った。元素を一つ入れ替えるだけで、層の性質と移動経路を変えられる可能性が見えてきた。
数字の意味――10 mS/cmは発電効率ではない
論文によると、新材料のバルク酸化物イオン伝導度は乾燥した雰囲気で233℃において0.01 S/cm、すなわち10 mS/cmに達した。これは試料内部でイオンが運ぶ電荷の流れやすさを示す指標であり、発電効率10%を意味するものでも、完成したセルの出力を意味するものでもない。粒界を含む実際の電解質層全体でどれほど抵抗が生じるかは、別途評価する必要がある。
著者らは、既報の代表的なイットリア安定化ジルコニア(YSZ)やプロトン伝導体などとの比較で、200~400℃の低温域における非常に高い伝導性を示したと報告する。ただし「世界最高レベル」という評価は研究チームが比較対象と測定条件を定めて行ったもので、すべての電解質に対してあらゆる温度・環境で優れるという意味ではない。
酸素が余っているのに「空席」を伝って動く
この論文のもう一つの中心は、イオンが結晶内をどう移動するかの説明にある。酸素を過剰に含む固体では、追加の酸素が既存の酸素を押し出す「準格子間機構」が有力と考えられてきた。しかし新材料では、酸素イオンが抜けた位置、すなわち「酸素空孔」を利用する移動が主として働くと研究グループは結論づけた。
中性子回折による原子配置の解析に加え、第一原理計算、第一原理分子動力学シミュレーションで移動経路を検討した。結晶には過剰な酸素と酸素空孔が共存し、局所的な欠陥の生成と消滅がイオンの長距離拡散を助けると考えられる。材料設計では「酸素を増やす」と「空孔を作る」を対立した発想として扱う必要がなくなるかもしれない。
燃料電池はなぜ熱いのか
SOFCは酸素極で生じた酸化物イオンを固体電解質に通し、燃料極で水素などの燃料と反応させて発電する。固体内のイオンは一般に温度が下がると移動しにくくなるため、従来のYSZを用いるシステムでは700~1,000℃程度の高温が広く利用されてきた。高温は発電と排熱利用に利点をもたらす半面、起動時間、封止材、電極や配管の熱膨張、長期耐久性への負担を生む。
歴史をたどれば、19世紀末にワルター・ネルンストが固体酸化物のイオン伝導に着目し、20世紀前半にセラミックスを用いる燃料電池の実験が進んだ。戦後はジルコニア系電解質の研究が発展し、発電装置への応用が続いてきた。100年以上の探究に共通するのは、高いイオン伝導性と十分な化学的・機械的安定性を同時に実現する難しさである。
「ノルビーギャップ」を狙った
今回の材料が注目される背景には、低温で高いイオン伝導性と安定性を両立する固体が不足してきた問題がある。学術文献では、この未開拓の性能領域を、研究者Truls Norbyにちなんで「Norby gap(ノルビーギャップ)」と呼ぶ。200~500℃ではプロトン伝導体も候補となるが、材料によっては吸水に伴う膨張や二酸化炭素への耐性などが課題になる。
研究チームは新材料について、200~300℃付近で酸化性・還元性雰囲気への耐性を調べ、二酸化炭素を含む条件でも化学的安定性を認めたとしている。また測定範囲では顕著な化学膨張を検出しなかった。これは重要な材料特性だが、長年の実運転での劣化速度や機械的破損に関する最終評価とは異なる。
日本の研究基盤と国際連携
研究は東京科学大学の八島正知(やしま・まさとも)教授、兼則祐輔、宇田川英寿、齊藤馨らを中心に、九州大学、英国インペリアル・カレッジ・ロンドン、高エネルギー加速器研究機構などの研究者が参加した。中性子を使う構造解析と計算科学を組み合わせた点は、元素の組み合わせを発見するだけでなく、その理由を検証する研究の特徴を表している。
東京科学大学は2024年に東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して誕生した。今回の材料開発は、長年蓄積されてきた無機化学、結晶学、固体イオニクスの研究基盤が支えている。日本のエネルギー技術を論じるとき、発電設備の完成品だけでなく、その内側で働く物質の研究にも目を向けたい。
社会実装までに越える壁
新電解質を燃料電池に組み込むには、薄く緻密な膜を安定して製造し、電極との接触抵抗を抑え、燃料や空気に長時間さらした場合の相変化・劣化を見極める必要がある。熱サイクルや量産時の品質、材料費、資源調達の検証も欠かせない。高いバルク伝導度が、そのまま完成セルの効率や寿命になるわけではない。
固体酸化物形電解セル(SOEC)や酸素分離膜への可能性も研究者は挙げる。ただし発電用SOFCと電解用SOECでは動作条件や電極側の反応が異なる。どの用途が先に実現するか、何年で製品化するかについて、論文は実証済みの工程表を提示していない。
一つの結晶が変える研究の問い
大きな発見は、必ずしもその日に動く装置として現れるわけではない。新しい結晶構造とイオンの通り道が示されることで、これまで難しいと見なされた温度域で、別の材料を設計する余地が広がる。今回の成果が即座に家庭や工場の燃料電池を置き換えるとは言えないが、低温作動を目指す研究者に新しい発想を与える。
233℃という数字を本当に社会的価値へ変えるには、独立した追試と実セル試験、製造技術の進展が必要だ。いま評価すべきなのは未来の売上予測ではなく、「過剰酸素と空孔の共存を利用する」という、新たな材料設計の原理が示されたことである。
取材と訂正について
本稿は東京科学大学の日本語原資料、査読論文、関連する技術史の文献に基づく。研究チームへの独自取材、試作品の検証、製品化に関する企業への照会は行っていない。訂正・追加情報はお問い合わせフォームで受け付ける。
出典・参考資料
- 東京科学大学、2026年10月14日(日本語) / Science Tokyo Japanese announcement
- Science Tokyo: Novel ultrafast solid oxide-ion conductors for low-temperature fuel cells
- Kanenori et al., Nature Communications (2026), DOI 10.1038/s41467-026-77848-8
- Smithsonian Institution: Solid Oxide Fuel Cell Technology and History
- Chemical Society Reviews: Solid oxide fuel cells (historical and technical review)
- US Department of Energy: Solid electrolyte and oxygen-vacancy transport
