日本のインフルエンザは、冬を待たなかった。国立健康危機管理研究機構(JIHS)によると、2026年第34週(8月17~23日)の全国の定点当たり報告数は1.11となり、感染症法が施行された1999年以来、2009年に次いで2番目に早い「流行入り」となった。翌第35週には1.76へ上昇した。[1]
最新の第39週(9月21~27日)は7.17、患者報告数2万6678人。前週の8.48からは減った。だが「ピークを越えた」と読むには早い。同じ週、基幹定点から報告されたインフルエンザ入院患者は859人で、前週752人から増えた。80歳以上が273人、70代が150人と、高齢層の負担が目立つ。[2]
「全国流行」の正体
日本では長年、1医療機関当たりの週報告数が全国で1.00を超えることが、季節性インフルエンザの流行開始を示す実務上の目安として使われてきた。2025/26シーズンも例年より早い第39週に1.00を超えたが、今季はそれより5週早い第34週だった。JIHSは「2009年に次いで二番目に早い」と明記している。[1]
2009年が特別なのは、現在も季節性インフルエンザに含まれるA(H1N1)pdm09が、その年に新型ウイルスとして世界的パンデミックを起こしたからだ。厚生労働省によれば、日本では1年余りで約2000万人が罹患したと推計され、入院約1万8000人、死亡203人が報告された。2011年からは季節性インフルエンザとして扱われている。[3]
沖縄42.50、首都圏と東海にも高い値
第39週の都道府県別では沖縄県が42.50と突出し、埼玉県14.17、茨城県12.50、愛知県12.33、岐阜県10.18、千葉県9.76、東京都9.51、神奈川県8.59と続いた。47都道府県のうち19都道府県で前週より増え、28都道府県で減った。全国平均が下がっても、地域ごとの波は同時には動いていない。[2]
直近5週間に国内で検出されたウイルスは、AH1pdm09が110件で98%、AH3亜型が2件で2%。少なくとも確認された検体では、2009年パンデミックに由来するH1N1系統が圧倒的多数を占める。[2]
学校はすでに「冬モード」に入っている
厚生労働省の学校サーベイランスでは、第39週に休校・学年閉鎖・学級閉鎖のいずれかを実施した施設が157施設あった。内訳は休校3校、学年閉鎖34校、学級閉鎖120校。8月31日から9月27日までの累計では2119施設に達している。措置直前の患者数は第39週だけで2493人だった。[4]
東京都は同週23施設、茨城県13施設、千葉県11施設、兵庫県9施設。指定都市では名古屋市が11施設だった。学校は子どもが密集し、家庭との往来も多い。学級閉鎖の増加は教育の問題だけでなく、保護者の仕事、地域の医療受診、きょうだいへの感染まで波及する。
なぜ8月に始まったのか――まだ断定できない
早期流行の原因をひとつに決めることはできない。JIHSは第35週の解説で、北半球の一部地域で陽性率上昇がみられ、シンガポールでも症例数と陽性率の増加が報告されたことを紹介している。一方、日本での流行が旅行、人の移動、気候、免疫状況、学校再開など、どの要因にどれだけ左右されたかを確定するデータは示されていない。[1]
特に注意すべきなのは、「暑い夏ならインフルエンザは流行しない」という思い込みだ。季節性の強さは確かにあるが、ウイルスは年間を通じてゼロになるわけではない。国際移動が大きく、学校や職場の接触が戻った社会では、季節の境界が従来より曖昧に見えることがある。
サーベイランスが変わった年
今季の数字には、制度変更というもう一つの重要な背景がある。2025年4月、急性呼吸器感染症(ARI)サーベイランスが始まり、インフルエンザの報告は従来のインフルエンザ/COVID-19定点約5000カ所から、内科約1000、小児科約2000のARI定点約3000カ所を使う方式へ移行した。[1]
JIHSは、保健所ごとのデータ連続性が担保されないとして、インフルエンザ流行レベルマップ、警報・注意報システム、罹患数推計の情報提供を当面停止した。したがって、例えば2024年第39週の0.63と2026年第39週の7.17をそのまま倍率比較するのは適切ではない。定点の構成自体が違うからだ。[5]
それでも同じ新制度の中で第34週から第39週へ急増したこと、入院報告や学校閉鎖が並行して増えていることは、早い時期から実際の社会負担が出ていることを示す。
病院では「数が減ったのに入院が増えた」
第39週は外来定点の報告率が8.48から7.17へ下がった一方、入院報告は752人から859人へ増えた。これは矛盾ではない。感染から重症化・入院までには時間差があり、地域ごとの流行位相も異なる。また外来定点と基幹定点は別の監視系で、同じ患者集団を単純に割り算しているわけではない。
年齢別では80歳以上273人、70代150人、60代82人。1~4歳と5~9歳も各102人だった。高齢者と小児が同時に医療需要を作ることは、救急、病床、介護施設、家族の付き添いに広い影響を及ぼす。[2]
ワクチンは「流行してからでは遅い」のか
2026/27シーズンは、A型2亜型とB型ビクトリア系統を含む3価インフルエンザワクチンが製造される。厚生労働省はシーズン全体で約5190万回分の供給を見込んでいる。65歳以上と、一定の基礎疾患がある60~64歳は予防接種法上の定期接種対象だ。[6]
今季には別の問題も起きた。高齢者向け高用量不活化ワクチン「エフルエルダ」は、2026年10月から定期接種に使う計画だったが、製造販売企業から供給困難が示され、国は今季の定期接種での使用を見送った。日本感染症学会は、国内での発売時期は未定としている。[7]
これは「ワクチンが足りない」という意味ではない。通常の2026/27シーズンワクチンは別に供給計画がある。ただ、高齢者向け選択肢を増やすはずだった新製品が使えなくなったことは、入院患者で高齢層が目立つ今季には無視できない。
職場が準備すべきこと
企業にとって、早い流行は人事の問題でもある。病欠だけでなく、子どもの学級閉鎖で保護者が休む可能性もある。全員出社を前提にした業務、少人数しか扱えないシステム、代替要員のいない現場ほど影響を受けやすい。
必要なのは「感染者を出さない」という非現実的な目標ではなく、感染者が出ても止まらない運用だ。発熱・咳がある職員が無理に出勤しないルール、在宅勤務への切り替え、重要業務の複数担当化、換気、混雑時のマスク使用、手指衛生を組み合わせる。JIHSも咳エチケット、手指衛生、適切な換気、必要に応じたマスク着用、医療・福祉施設へのウイルス持ち込み防止、ワクチン検討を推奨している。[1]
「インフルエンザらしい症状」だけでは診断できない
発熱、頭痛、倦怠感、筋肉痛・関節痛、咳、鼻汁は典型的だが、JIHSは症状だけでCOVID-19と区別することは困難としている。今季も第35週時点ではCOVID-19の定点当たり報告数が前週から上昇しており、呼吸器感染症を一つの病名だけで考えないことが必要だ。[1]
高齢者、乳幼児、基礎疾患を持つ人、妊娠中の人などは重症化リスクを踏まえて早めに医療機関へ相談する判断が重要になる。個別の診断や抗ウイルス薬の適否は医療者が判断すべきであり、統計上の流行情報だけで自己診断するべきではない。
2009年から学ぶべきこと、学びすぎてはいけないこと
今季が「2009年以来の早さ」と聞けば、パンデミックを連想する。しかし2026年の季節性流行と2009年の新型インフルエンザは同じ出来事ではない。2009年は多くの人が免疫を持たない新しいH1N1ウイルスが世界的に拡大した。2026年に検出されているAH1pdm09は、その子孫が季節性ウイルスとして循環しているものだ。[3]
比較の意味は恐怖ではなく、時期だ。通常なら秋から冬に向けて準備する学校、企業、自治体、医療機関が、今年は8月から対応を迫られた。その「時間の前倒し」こそが、今季の最大の特徴である。
これから冬が来る
第39週の全国値が下がったことは良い兆候かもしれない。しかし季節性インフルエンザは一度の波で終わるとは限らない。実際、2025/26シーズンは第47週の51.12と2026年第6週の43.34という二峰性の流行を示した。[1]
今年は本格的な冬が来る前に、すでに学校閉鎖と入院増加が起きている。だから問われるのは「今週、数字が下がったか」だけではない。次の波が来たときに、学校、職場、病院、介護施設がどれだけ余裕を残しているかである。
出典・参考資料
- 国立健康危機管理研究機構「IDWR 2026年第35号<注目すべき感染症> インフルエンザ」2026年9月11日。
- 国立健康危機管理研究機構「インフルエンザ(2026年第39週)疫学情報」2026年10月2日。
- 厚生労働省「インフルエンザQ&A」—2009年A(H1N1)pdm2009流行の記録。
- 厚生労働省「インフルエンザ様疾患発生報告(第4報)」2026年10月2日。
- 国立健康危機管理研究機構「インフルエンザ」サーベイランス情報—定点変更とレベルマップ等の停止。
- JIHS、2026/27シーズンの3価ワクチン、定期接種対象、約5190万回分の供給見込み。
- 日本感染症学会「高用量不活化インフルエンザワクチンについて」2026年8月。
取材・確認期限:2026年10月4日。第39週の患者報告数は定点サーベイランス値であり、日本全体の実患者数そのものではありません。2025年4月の定点変更により、旧制度との単純比較には制約があります。
