農業の環境対策を海外に広げるとき、問われるのは技術の性能だけではない。水を抜く時期を変えられるか。新しい資材の費用を収穫で回収できるか。排出削減の効果を誰が測り、その利益を誰が受け取るか。現場のこうした条件まで整って、初めて技術は使い続けられる。

農林水産省は9月17日、海外展開を支援する「MIDORI∞INFINITY(ミドリ・インフィニティ)」を改訂した。正式名称を「農林水産分野GHG排出削減技術海外展開パッケージ」から「農林水産分野GX技術海外展開パッケージ」に変更。温室効果ガスの排出削減に加え、気候変動への適応、資源循環、生物多様性を含む取り組みへ対象を広げた。[1]

新たな射程は、排出量を減らしながら食料生産をどう守るかにある。日本企業の海外市場開拓を目指す政策だが、導入先の農業者が生産を続けられることも欠かせない。改訂版を研究資料と照らし合わせると、技術への期待と、事業化までに確かめるべき条件が見えてくる。

排出削減から、生産を守る技術まで

改訂で農水省が挙げたのは、バイオスティミュラント、植物工場、陸上養殖、森林を活用したEco-DRR(生態系を活用した防災・減災)、未利用資源や副産物の循環利用などだ。国・技術別の排出削減の可能性を分析し、予算事業や投融資などの支援情報も充実させた。[1]

気候変動の「緩和」は温室効果ガスの排出を抑えること、「適応」は高温や干ばつなどの影響に備えることだ。両者は関連するが、評価する成果は同じではない。収穫を安定させる設備について、そのことだけで排出量も減ると結論づけることはできない。

例えば植物工場や陸上養殖を評価するなら、生産量に加え、電力や水の使用量、運営費、供給の安定性を併せて見る必要がある。これは個別施設への評価ではなく、今回の対象拡大を読むうえでの分析上の視点だ。GXという共通の名称の下でも、環境効果の確認方法は技術ごとに異なる。

2021年の「みどり戦略」から続く政策

出発点は、2021年5月12日に決定した「みどりの食料システム戦略」だ。生産力の向上と持続性を両立させる方針を掲げた。翌2022年7月には、環境負荷低減の取り組みを後押しする「みどりの食料システム法」が施行された。現在の海外展開策は、こうした国内の政策と研究の蓄積につながっている。[2]

海外での利用を見据えた知識の整理も先行した。国際農林水産業研究センター(国際農研)は、関係機関とともにアジアモンスーン地域向けの技術カタログを作成してきた。高温多湿の気候、稲作、中小規模の農業者が多いという共通点を踏まえつつ、各地での調整や最適化を想定する資料だ。[3]

MIDORI∞INFINITYの初版は2025年5月30日。農水省は同年4月の基本的な考え方の公表後、企業や研究機関との意見交換を経て、食料安全保障と両立できる排出削減技術や支援策をまとめた。[4]

海外展開策の主な改訂
時期位置付け
2025年5月排出削減技術の海外展開パッケージを公表
2026年2月Version 1.1。技術や予算・金融支援情報を追加
2026年4月Version 1.2。成立した2026年度予算を反映
2026年9月17日Version 2.0。GX技術へ対象を拡大

農水省の改訂履歴によると、バイオスティミュラントは2月のVersion 1.1にも記載されていた。9月の発表で紹介された技術が、すべて今回初めて登場したわけではない。[5]

また、6月25日に決定された「みどり加速化GXプラン(MIDORI BOOST)」は、2030年までを目途に集中的に進める施策をまとめた、より広い計画だ。海外展開のMIDORI∞INFINITYとは別の政策文書として捉える必要がある。[6]

水田の水管理に見る、研究成果と現場の距離

具体例が、間断かんがい(AWD)だ。常に水を張る代わりに、田を乾かす期間と湛水する期間を設ける。国際稲研究所(IRRI)が節水を目的に開発した技術であり、日本独自の発明と説明するのは正確ではない。[7]

農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)などによる東南アジア4地点、3年間の圃場試験では、常時湛水と比べたメタン排出削減率は平均31%だった。一方、雨季には排水が難しい場合があり、研究資料は、実施できない条件では削減効果を見込まない扱いも示す。平均値は、どの田でも同じ効果が得られるという保証ではない。[7]

日本で行われてきた「中干し」の延長も関連する。国際農研のカタログに掲載された農研機構の研究では、国内9か所で、通常より1週間長く中干しする方法を検証。収量やタンパク含量に影響を及ぼさず、メタン発生量を平均約30%減らしたとしている。これはAWDの海外試験とは別の成果だ。[8]

農家にとって重要なのは、自分の田で同じ管理ができるかである。排水路や取水の都合を隣接する田と共有していれば、作業は一戸だけでは完結しない。技術導入の計画では、現地の水管理を誰が調整するのかまで確認したい。削減率を示す資料と、地域で使える営農計画の間を埋める仕事が必要になる。

肥料、土壌、作物の機能をどう生かすか

生物的硝化抑制(BNI)は、植物が放出する物質で土壌中の硝化を抑える働きを利用する。国際農研の技術資料では、BNIを強化したコムギについて、窒素施肥を6割減らしても比較対象との収量に有意差がなかった試験結果を紹介する。ただし、効果は土壌のpHなどの影響を受けるとも明記する。[9]

この結果から、農家が一律に肥料を6割減らせるとはいえない。地域の土壌、品種、栽培条件を確かめ、収量と品質を維持できるか検証する段階が要る。研究者には作用の解明だけでなく、どこまで条件が変わっても使えるかを示す役割がある。

バイオ炭では、資源を炭化して土壌に施した後、炭素がどれだけ残るかが評価の要点となる。立命館大学などの技術を紹介するカタログは、竹や未利用木質バイオマスを例に、工業分析から貯留量を推定する手法を示す。投入した炭の重量が、そのまま二酸化炭素の削減量になるわけではない。[10]

一方、バイオスティミュラントは、作物や土壌がもともと持つ機能を補助し、高温・乾燥への耐性や養分利用の改善を目指す資材だ。パッケージ本文は、効果の表示に試験結果や査読付き学術文献などの裏付けが必要だとする農水省のガイドラインを紹介している。[11]

こうした技術の商機を判断するときも、名称の新しさより比較条件が重要だ。何をどれだけ使い、何と比べ、どの期間で結果を確かめたのか。現地試験の説明が具体的であるほど、農業者も取引先も導入後の姿を考えやすくなる。

排出削減を収入につなぐには、測る仕組みが要る

海外展開の手段の一つが、二国間クレジット制度(JCM)である。日本と相手国が技術や資金面で協力し、得られた温室効果ガスの削減・吸収量を貢献に応じて配分する。農水省の説明では、量を保守的に算定し、両国政府が承認する。日本へ移転した分を相手国が重ねて計上しない仕組みも組み込まれる。[12]

水田分野では2025年2月3日、フィリピンとのJCM合同委員会がAWDの方法論「PH_AM0042」を承認した。削減量を算定するルールが整ったという制度上の前進であり、承認そのものが個別農家の収入やクレジットの発行を証明するわけではない。[13]

改訂版は測定・報告・検証(MRV)も基盤に位置付ける。水管理などの記録を、第三者が確かめられる成果へつなぐ作業だ。[11] ここでは、機器を提供する企業だけでなく、記録の仕組みを整える事業者や現地で指導する人材にも役割が生まれると考えられる。

ただし、記録や確認にも費用がかかる。農家が作業を増やすなら、得られる便益と負担の配分を最初に詰める必要がある。クレジットの販売収入だけで採算を説明せず、通常の生産で得られる収入、節水などによる経費の変化、追加の労力を分けて示す方が、事業の継続性を判断しやすい。

企業と研究機関を結ぶ支援の意味

政策概要には、現地実証、研究開発、相手国との調整、事業者のマッチング、投融資など、導入に至る複数の手段が並ぶ。[14] 支援策をまとめて参照できることには意味があるが、一覧への掲載は個別案件への資金提供を確約するものではない。

「みどりGX海外展開コンソーシアム」は、旧「みどり脱炭素海外展開コンソーシアム」から名称を変えた。9月7日の開催案内は、同月17日の会合に技術紹介、事業化・海外展開を支える金融に関する議論、交流を予定していた。政策が技術の紹介から案件形成へ進もうとしていることを示す議題である。[15]

企業に必要なのは、現地の販売先を探すことだけではない。保守を担う人材、消耗品の供給、農繁期の故障への対応などを含めて、継続利用の条件を設計することだ。研究機関との協力も、販売を飾る実績ではなく、効果が出なかった理由まで調べられる関係として機能してこそ価値がある。

次に見るべきは、導入後も続く成果

改訂版の成否を見るには、紹介された技術の数とは別の指標が要る。現地で何作期にわたり使われたか。収量や品質は維持されたか。農業者の手取りはどう変わったか。環境効果を第三者が確認できるか。そして、実証の支援が終わった後も続いているか。これらは本誌が重視する検証の視点である。

日本の食料安全保障との関係も、具体的に考える必要がある。海外で生産が安定することは供給網の強靱化につながり得るが、それが直ちに国内の店頭価格を下げるとはいえない。技術を販売した企業の売上、導入した農家の所得、消費者の利益は、それぞれ確かめるべき成果だ。

MIDORI∞INFINITYは、環境対策と食料生産を一緒に考える対象を広げた。その意義を現実のものにするのは、現地の条件に合った技術、確かな測定、続けられる採算である。海外展開の先にいる農業者が、次の作期にも自ら使いたいと思えるか。改訂後の歩みを測る基準は、そこにある。

出典・資料

農林水産省・研究機関の日本語一次資料を基に作成。研究条件、制度上の進展、政策目標と本誌の分析を区別した。

  1. 農林水産省:GX技術海外展開パッケージへの改訂、2026年9月17日
  2. 農林水産省:みどりの食料システム戦略・策定経緯と関連法
  3. 国際農研:アジアモンスーン地域の生産力向上と持続性の両立に資する技術カタログ
  4. 農林水産省:MIDORI∞INFINITY初版の公表、2025年5月30日
  5. 農林水産省:MIDORI∞INFINITY、Version 1.1・1.2・2.0の改訂履歴
  6. 農林水産省:みどり加速化GXプラン(MIDORI BOOST)、2026年6月25日
  7. 農研機構:東南アジアの潅漑水田における節水型水管理AWDによるメタン排出削減
  8. 農研機構・技術カタログ:水田の中干し延長(PDF、1ページ)
  9. 国際農研・技術カタログ:生物的硝化抑制(BNI)強化コムギ(PDF、1ページ)
  10. 技術カタログ:工業分析に基づくバイオ炭の農地土壌炭素貯留量推定(PDF、1ページ)
  11. 農林水産分野GX技術海外展開パッケージ Version 2.0、本体(特に19・23ページ)
  12. 農林水産省:二国間クレジット制度(JCM)の仕組み
  13. 農林水産省:AWDによる水田メタン削減のJCM化、フィリピン方法論の承認日
  14. 農林水産分野GX技術海外展開パッケージ Version 2.0、概要(PDF、1ページ)
  15. 農林水産省:みどりGX海外展開コンソーシアム会合の開催案内、2026年9月7日