日本食の海外展開というと、ニューヨーク、香港、シンガポール、パリのような成熟市場がまず思い浮かぶ。だが、日本政府と輸出企業が次の成長を探す場所は、必ずしも「日本食がすでに有名な都市」ではない。

日本貿易振興機構(ジェトロ)は9月15日、ポーランド・ワルシャワで「日本産農林水産物・食品輸出商談会 in ポーランド 2026」を開催すると発表している。日本から18社が参加し、酒類、茶、米、調味料、水産物、和牛などを出品。ポーランド、ウクライナ、エストニア、オーストリア、チェコ、ルーマニア、オランダの7カ国から23社のバイヤーが参加する予定だ。午前は100組以上の事前マッチング型商談、午後はレストランや小売関係者も加わる試食商談会が組まれている。[1]

本稿執筆時点で、9月15日の商談成果に関するジェトロの事後発表は確認できていない。このため、成約件数や当日の反応は推測せず、事前に公表された参加者、過去実績、政府統計をもとに、中・東欧がなぜ日本食輸出の「次の市場」として選ばれているのかを検証する。

狙いはワルシャワで売ることだけではない。ポーランドを入口に、チェコ、ルーマニア、バルト地域まで商流を伸ばせるかが試される。

18社と23社を、一日でつなぐ

ジェトロの9月9日発表によると、会場はワルシャワ中心部のMOXO Restaurant & Club。参加する日本企業は青森から福岡まで18社で、東北の食品会社や酒蔵、米関連企業、京都の茶メーカー、調味料、農水産品の輸出事業者などが並ぶ。[1]

ワルシャワ商談会2026の概要
項目公表内容
開催2026年9月15日、ワルシャワ
日本側食品関連18社
海外バイヤー7カ国23社
対象品目酒類、茶、米、調味料、水産物、和牛など農林水産物・食品全般
商談午前に100組以上の事前マッチング型商談、午後に試食・自由商談

参加企業には、太子食品工業、味の加久の屋、菊の司酒造、出羽鶴酒造、尾形米穀、伊賀越、共栄製茶、梅乃宿酒造、高橋商店などが含まれる。商品群の幅そのものが今回の特徴だ。水産物だけ、酒だけではなく、日本食の「棚」をまとめて現地バイヤーへ見せる構成になっている。[1]

なぜポーランドなのか

ジェトロは中・東欧を人口1億2,000万人超の市場と位置づけ、ポーランドでは日本食レストランが890店に達したとしている。別の2026年資料では、中・東欧全体で少なくとも3,000店の日本食レストランがあるとの推計も示した。これらはジェトロが引用する概数で、各国の行政統計ではないが、市場の厚みを見る一つの目安にはなる。[2][3]

ポーランドはEU域内で人口規模が大きく、道路・倉庫・卸売網を通じて周辺国へ商品を動かしやすい。ジェトロは中・東欧の物流・流通拠点としての役割を強調している。今回のバイヤーにもポーランド企業だけでなく、チェコ、ルーマニア、エストニア、オーストリア、ウクライナ、オランダの企業が含まれる。[1]

つまり、日本企業にとってのワルシャワは、一国の市場調査地点ではなく、複数市場へ入るための「面談ハブ」として設計されている。

始まりは水産物の輸出先多角化だった

この事業には明確な前史がある。2023年8月のALPS処理水海洋放出後、一部の国・地域で日本産水産物の輸入規制が強化され、特定市場への依存が輸出事業者のリスクとして浮かび上がった。ジェトロは2023年度と2024年度、ポーランドで日本産水産物の輸出促進事業を実施した。[1]

そこで集まった中・東欧のバイヤーから、水産物だけでなく日本産食品全般を扱いたいという関心が寄せられ、商談機会の拡大を求める声が出た。2025年度から対象は農林水産物・食品全般へ拡大された。2026年はポーランドでの同種商談会が4年連続となる。[1]

危機対応から始まった地域分散が、一般食品の新市場開拓へ変わったわけだ。これは日本の輸出政策全体にも重なる。

2025年、日本の食品輸出は1.7兆円を突破した

農林水産省によると、2025年の農林水産物・食品の輸出額は1兆7,005億円で、前年比12.8%増。13年連続で過去最高を更新した。米国向けは2,762億円、香港2,228億円、台湾1,812億円、中国1,799億円で、上位市場への集中は依然大きい。牛肉、米、緑茶など複数品目が過去最高を記録した。[4]

2026年上半期も勢いは続き、1~6月の輸出額は8,977億円。前年同期比10.9%増で、上半期として過去最高だった。[5]

政府の2030年目標

2025年4月に閣議決定された食料・農業・農村基本計画は、2030年の農林水産物・食品輸出額を5兆円とする目標を設定している。食品産業の海外展開による収益3兆円、インバウンドの食関連消費4.5兆円も同時に掲げる。[6]

ただし、1.7兆円から5兆円へは大きな距離がある。2025年実績を単純に3倍近くへ伸ばす必要があり、既存の上位市場だけでは達成しにくい。

政府自身が「集中」を弱点と認めている

2026年2月、鈴木憲和農林水産大臣は2025年の輸出額が当時の2兆円目標に届かなかった理由について、上位4カ国・地域で輸出額の半分を占めること、現地系商流への食い込みが不十分なこと、海外需要に供給力が追いつかないことなどを挙げた。[7]

この発言は、ワルシャワ商談会の位置づけを理解するうえで重要だ。中・東欧の各市場は、米国や香港と比べれば現時点の輸出額は小さい。しかし、政府の問題意識が「一部市場への依存を下げる」ことであるなら、小さな市場を複数育てることには安全保障上の価値がある。

輸出先の多角化は、売上を増やす施策であると同時に、一国の規制変更、景気悪化、為替、外交関係による打撃を分散する施策でもある。

2025年のワルシャワ商談は、試食会で終わらなかった

ジェトロの2026年募集資料によると、前年の商談会では90件を超える商談が行われ、50件以上について成約または成約可能性が見込まれる案件が出たとしている。資料によって前年の参加バイヤー数の表記に差があるため、本稿では人数の比較は行わない。[2]

それでも、商談会が単なる文化紹介イベントではないことは分かる。午前の事前マッチングは、輸入・仕入れ権限を持つバイヤーと日本企業を個別に組み合わせる。午後の試食はレストラン、小売、卸の現場へ商品を広げる。味を知ってもらう場と、商流を作る場を分けている。

中小の食品メーカーにとって、最大の壁は海外で「好きと言ってくれる人」を見つけることではない。輸入手続きができ、一定量を買い、倉庫へ入れ、営業し、代金を払う相手を見つけることである。

和牛は「高級」で売れるが、輸出できる施設が必要だ

和牛は日本食輸出の象徴的な商品だ。農林水産省は、海外での評価上昇を背景に牛肉輸出が伸びてきたとしている。だがEU市場では、牛肉であれば何でも輸出できるわけではない。衛生要件を満たした認定施設での処理や証明など、EUの動物衛生・食品安全規則への対応が必要になる。[8][9]

こうした規制は、市場参入のハードルである一方、いったん対応した供給者にとっては競争上の障壁にもなる。現地バイヤーが欲しいのは「和牛」という名前だけではなく、継続供給、規格、冷蔵・冷凍管理、証明書、価格を含めて商売になる商品だ。

茶は世界的な抹茶人気の追い風を受ける

緑茶は2025年に過去最高の輸出額を記録した主要品目の一つで、農林水産省は世界的な抹茶ブームを背景に、2019年以降、緑茶輸出額が毎年過去最高を更新しているとしている。2026年7月には「日本茶」が国全体を生産地とする地理的表示(GI)として登録された。[4][10]

GI登録は、すぐにEUで自動的な保護が始まることを意味しない。日本の国内登録と、日EU・EPAに基づくEU域内での相互保護は別の手続きである。2026年3月時点でEUでは日本側107の農産品GIが保護されているが、新たな「日本茶」のEU保護については、農林水産省が公表する相互保護リストで確認する必要がある。[11]

それでも、茶には強い利点がある。冷凍物流を必要とせず、賞味期限が比較的長く、飲料だけでなく菓子、カフェ、デザートへ用途を広げやすい。新市場で小さく始める商品として扱いやすい。

米は商品だけでなく「食べ方」を輸出する

今回のプログラムは9月15日で終わらない。翌16日には、認定農林水産物・食品輸出促進団体である一般社団法人全日本コメ・コメ関連食品輸出促進協議会とジェトロの共催商談会が予定され、会員16社と7カ国約35社のバイヤーが参加するとされる。日本産米の炊飯実演を行い、おにぎりとして試食してもらう計画だ。[1]

ここには輸出の難しさが表れている。米は袋を売れば終わりではない。水加減、炊飯器、保存、料理との組み合わせまで品質体験に影響する。日本側が「おいしい」と考える条件を、現地の厨房で再現できなければ、ブランドの価値は伝わりにくい。

2025年の米・米加工品輸出は688億円、うち米は139億円だった。政府は2030年に米・パックご飯・米粉・米粉製品の輸出量35.3万トンを目標としている。[12]

日本酒には日EU・EPAという追い風がある

日本とEUの経済連携協定は2019年2月に発効した。EU側は日本から輸出される酒類の関税を即時撤廃し、酒類GI「日本酒」などの相互保護も盛り込まれた。[13]

関税がなくなれば、自動的に棚が取れるわけではない。アルコール流通には各国の税制、免許、卸、小売、レストランとの関係があり、現地の飲み方や価格帯も異なる。それでも、日本酒や梅酒を出品する蔵元にとって、EU域内で関税面の障壁が軽減されたことは、ポーランドを入口に複数国へ展開する土台になる。

EUは一つの市場だが、食品輸出は一枚岩ではない

EU単一市場には大きな利点がある。ポーランドで正式に輸入され、EU規則に適合した商品は、域内流通の可能性が広がる。一方で、日本の食品メーカーが「EUだから一つの規則」と簡単に考えるのも危険だ。

動物性原料を含む混合食品、生鮮・加工畜産物、水産物などには、第三国リスト、認定施設、衛生証明、国境管理など複数の要件が関わる。商品構成によって必要手続きは大きく違う。[9]

また、福島第一原発事故後にEUが求めていた日本産食品の放射性物質検査証明書や産地証明書は、2023年8月に撤廃された。これは重要な規制緩和だが、通常の食品衛生、表示、動物衛生などの規則までなくなったわけではない。[14]

「日本食レストランが増えた」は入口でしかない

日本食レストランが890店あるという数字は魅力的だが、輸出を考える企業が見るべきなのは店舗数だけではない。寿司店が増えても、現地の卸が中国、韓国、EU域内で製造された調味料や米を使っていれば、日本からの輸出額は増えない。

現地製造品より高い輸送費を負担し、それでも「日本産」を選んでもらう理由が必要になる。産地、品質、GI、製法、希少性、味、健康イメージ、ストーリー。そのどれが価格差を支えられるかは商品によって違う。

一方、すでに日本料理を知る消費者が増えれば、次に「日本風」から「日本産」へ進む余地が生まれる。ワルシャワでの商談会は、その段階を探る場でもある。

輸出は円安だけでは作れない

円安は海外から見た日本商品の価格競争力を高める場合がある。だが、食品輸出では為替だけでなく、原料価格、国内の人件費、国際運賃、冷凍・冷蔵費、輸入者のマージン、現地税、規制対応費が最終価格を決める。

さらに、輸出が伸びるほど「供給できるか」という国内側の問題が大きくなる。農林水産大臣が2025年の2兆円目標未達について供給力不足を挙げたのは、このためだ。海外で注文を取っても、必要な規格を必要な量で継続出荷できなければ商流は定着しない。[7]

5兆円目標に必要なのは「二番手市場」の厚み

Japan.co.jpの分析では、ポーランド事業の意味は、2026年の売上額そのものより「二番手市場」を育てる仕組みにある。輸出額の上位国だけを伸ばせば、短期の数字は作りやすい。しかし、2030年に5兆円規模を目指すなら、欧州、中東、中南米、アフリカなどで、現在は小さい市場を同時に育てる必要がある。

中・東欧は、西欧に比べて日本食市場の成熟度が低い場所もある。その分、輸入者、卸、レストランと早い段階で関係を作れれば、商流の標準を日本側が一緒に形成できる可能性がある。

ただし、成功の判定は一日の商談件数ではできない。半年後に継続発注があるか。現地卸が別の都市へ広げたか。レストランだけでなく小売へ入ったか。取扱商品が一品から複数へ増えたか。そうした積み重ねが輸出先多角化の実体になる。

ワルシャワで問われるのは「何を売るか」より「商流を残せるか」

和牛、茶、米、日本酒、水産物。日本を代表する食品を一室に集めれば、試食会としては華やかだ。しかし、輸出政策として重要なのは、イベントが終わった後に誰が注文を取り、誰が輸入し、誰が倉庫へ運び、誰がレストランや店へ売るのかである。

2023年に水産物の出口を増やす必要から始まったポーランドでの取り組みは、2026年には日本食品全体の販路を作る事業へ変わった。危機への対応が、新市場開拓の仕組みへ変わったこと自体が一つの成果だ。

東京から見れば、ワルシャワは大市場の中心ではないかもしれない。だが、チェコ、ルーマニア、バルト地域へ続く物流と商流の結節点として考えれば、意味は変わる。日本の5兆円輸出目標を支えるのは、一つの巨大市場ではなく、こうした「次の市場」をいくつ作れるかだ。

出典・参考資料

  1. ジェトロ「日本産農林水産物・食品の中・東欧における輸出先多角化・販路開拓を支援」2026年9月9日
  2. ジェトロ「日本産農林水産物・食品輸出商談会 inポーランド」2026年
  3. ジェトロ「ポーランドにおける日本食品市場の現状と輸出のポイント」2026年8月13日
  4. 農林水産省「2025年の農林水産物・食品の輸出実績」2026年2月3日
  5. 農林水産省「2026年1-6月(上半期)の農林水産物・食品の輸出実績」2026年8月4日
  6. 農林水産省「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」
  7. 農林水産省「鈴木農林水産大臣記者会見概要」2026年2月3日
  8. 農林水産省「第7節 グローバルマーケットの戦略的な開拓」牛肉・緑茶の輸出
  9. ジェトロ「混合食品の輸入規制、輸入手続き(EU)」
  10. 農林水産省「『日本茶』をはじめとする3産品を、地理的表示(GI)として登録」2026年7月10日
  11. 農林水産省「海外における日本のGI保護」2026年3月時点
  12. 農林水産省「米に関するメールマガジン 第144号」2026年2月20日
  13. 外務省・財務省「日EU・EPA 市場アクセス交渉等の最終結果」
  14. 農林水産省「欧州における規制措置の変遷」

資料確認の基準時点:2026年9月15日未明(日本時間)。9月15日の商談会について、当日実績・成約件数の事後公表は確認できていないため、事前発表を実績として扱っていない。ジェトロ資料間で前年参加バイヤー数の表記に差があるため、前年人数の比較は本文から除外した。分析部分はJapan.co.jpによる。