日本の食品メーカーにとって、米国はもはや「輸出先」ではない。しょうゆ、即席麺、豆腐といった日本発の食品を、米国内で生産し、現地の食生活に合わせて売る市場へ変わっている。2026年秋、その象徴となったのがキッコーマンのウィスコンシン州ジェファーソン工場だ。5月にしょうゆの仕込みを始め、10月の出荷開始を予定する。投資額は10年間で約5億6,000万ドル。同社にとって米国内3カ所目、海外では9カ所目のしょうゆ生産拠点となる。[1]

この動きはキッコーマンだけではない。日清食品ホールディングスは、米国日清の3番目の工場としてサウスカロライナ州グリーンビルに約2億2,800万ドルを投じる計画を進めてきた。ハウス食品グループは、1983年から続く米国の豆腐事業を拡大し、ロサンゼルス工場の増強や米系プラントベースフード企業の買収を通じて、米国市場での存在感を高めている。[2][3]

背景には、日本国内の人口減少という構造変化がある。総務省統計局の2025年国勢調査・人口速報集計によると、2025年10月1日時点の日本の人口は1億2,305万人。2020年から309万7,000人、率にして2.5%減少し、減少幅は拡大した。食品市場の規模は人口だけで決まるわけではないが、長期的な数量成長を国内だけに求めることは難しくなる。[4]

$560 millionキッコーマン・ジェファーソン工場の10年間の計画投資額
$228 million米国日清グリーンビル新工場の計画投資額
123.05 million2025年10月1日時点の日本の人口
−2.5%2020年から2025年の日本の人口減少率

キッコーマンの答えは「輸出」ではなく現地生産だった

日本企業の米国食品市場への進出を考えるうえで、キッコーマンの歴史は一つの原型になる。同社が米国で本格的な販売会社を設立したのは1957年。スーパーで試食販売を行い、「肉に合うしょうゆ」として訴求し、米国料理としょうゆを結び付けるレシピを提案した。需要が広がると、1973年にはウィスコンシン州ウォルワースで現地生産を開始した。1998年にはカリフォルニア州フォルサム工場が加わった。[5]

重要なのは、同社が日本の食べ方をそのまま持ち込んだのではないことだ。しょうゆをステーキ、バーベキュー、テリヤキと結び付け、米国の食卓の中で用途をつくった。その結果、北米の家庭用しょうゆ市場で首位を獲得したと同社は説明している。[6]

ジェファーソン工場は、その戦略の延長線上にある。立地は既存のウォルワース工場から約60km北。大豆と小麦へのアクセス、良質な水、物流、人材を選定理由として挙げる。米国の需要を米国内の原料・労働・物流網で支えるための工場であり、為替だけを見て輸出を増減するモデルとは性格が違う。[7]

日本食の海外展開は「日本でつくって売る」段階から、「現地でつくり、現地の食習慣の中に入り込む」段階へ移っている。

日清食品は米国で「高付加価値」へ

日清食品も、米国事業の歴史は長い。カリフォルニア州ガーデナ工場は1972年に稼働し、ペンシルベニア州ランカスター工場は1978年に続いた。グリーンビルの新工場は3番目の生産拠点で、袋麺とカップ麺を生産する。敷地面積は20万平方メートル超、延床面積は約5万9,500平方メートル。[2]

日清食品の狙いは、単に生産量を増やすことではない。同社は米国市場で「CUP NOODLES」や「Top Ramen」の普及価格帯を維持しながら、「CUP NOODLES Stir Fry」や「Hot & Spicy Fire Wok」など高付加価値商品の拡大を掲げた。新工場には先端設備を導入し、既存2工場との生産・配送効率も改善するとしている。[2]

ただし、米国市場が自動的に高成長を保証するわけではない。日清食品は統合報告書で、2025年3月期には米国の成長が一服し、倉庫費用の増加や韓国勢を含む競争激化が重荷になったと説明している。そのうえで、高価格・高付加価値商品の需要や、本格的な麺文化への理解の高まりを成長余地として挙げた。[8]

これは海外投資を見るうえで重要な点だ。人口が増える市場に工場を建てれば利益が出るわけではない。物流費、労働費、競争、製品構成、ブランド力が採算を左右する。新工場は成長の器であって、成長そのものではない。

豆腐は「日本食」から米国のプラントベース食品へ

ハウス食品グループの米国戦略は、さらに異なる。1983年に米国で豆腐事業を始め、1997年にロサンゼルス工場、2006年にニュージャージー工場を展開した。2020年、2023年にはロサンゼルス工場の生産設備を増強し、米国で好まれる硬めの食感を大量かつ省人化して製造する技術を磨いた。[3][9]

2022年にはKeystone Natural Holdings, LLCをグループに加えた。狙いは、アジア系消費者向けの豆腐市場だけではなく、米国の主流スーパーで売れるプラントベースフードへ広げることだ。現在のグループ会社にはNature SoyやEl Burrito Mexican Food Productsも含まれ、豆腐、肉代替食品、その他の大豆関連商品を扱う。[10]

2025年の統合報告書では、米国消費者の生活に合わせた真空タイプの豆腐やベイクド豆腐を投入し、オーブンやエアフライヤーで調理する食習慣まで商品設計に反映したと説明している。ここでは「日本の豆腐を米国で売る」という発想より、「大豆を使った食品を米国人がどう食べるか」を起点に事業をつくっている。[11]

米国を引き付けるのは人口だけではない

日本と米国を単純に「人口減少国」と「人口増加国」と対比するだけでは、食品メーカーの投資判断は説明しきれない。米国には巨大な小売市場、多様な食文化、地域ごとに異なる消費者層、そして新しい食品カテゴリーが広がる余地がある。日本食がレストランだけでなく家庭の調味料、冷凍食品、即席麺、プラントベース食品として定着してきたことも大きい。

Jiji Pressは9月24日、米商務省統計に基づき、米国の食品製造業に対する日本からの直接投資残高が2025年末に81億9,500万ドルとなり、10年前の約2.5倍に拡大したと報じた。また、2025年に日本を訪れた米国人旅行者が前年比22.9%増の約311万人となり、日本で経験した食品を帰国後も求める循環が生まれているとのJETRO担当者の見方を伝えている。これは二次情報であり、Japan.co.jpは個別企業の投資額については各社の一次資料を優先した。[12]

円安は追い風にも逆風にもなる

為替も現地生産を考える理由の一つだ。円安になれば日本からの輸出品はドル建てで価格競争力を持ちやすい半面、日本企業が米国で工場を建てる費用を円換算すると膨らむ。現地生産なら、原材料、物流、人件費、売上の多くを同じ通貨圏に置けるため、輸出モデルより為替変動の影響を抑えられる部分がある。

一方で、現地生産には米国固有のコストがある。賃金、保険、エネルギー、建設費、物流費は地域によって大きく違い、食品工場では水、衛生、品質管理、原料調達も重要になる。キッコーマンがウィスコンシンを選び続けてきた理由に、水、大豆、小麦、物流、人材を挙げるのは偶然ではない。[7]

国内市場は「消える」のではなく、成熟する

人口減少を理由に、日本の食品市場が不要になるわけではない。高齢化、少人数世帯、健康志向、簡便調理、インバウンド需要など、国内でも需要の形は変わる。食品企業は国内で価格改定、高付加価値化、省人化、新カテゴリー開発を進めながら、数量成長を海外で取りにいく二正面作戦を迫られている。

日清食品は国内工場にも投資しながら、米国、ブラジル、メキシコなどで生産拡大を計画している。ハウス食品グループも国内のカレーや健康関連事業を抱えながら、米国の豆腐・プラントベース食品を国際食品事業の柱として育てている。海外投資は国内撤退ではなく、成長投資の地域配分を変える動きと見る方が実態に近い。[13][14]

次の競争は「日本らしさ」だけでは勝てない

米国で日本食への関心が高まることは、日本企業に有利だ。しかし、その優位は永続的ではない。しょうゆ、麺、豆腐、冷凍アジア食品の各市場には、日本企業だけでなく韓国、中国、台湾、米国のブランドも参入する。日本で生まれた商品であることは入り口にはなっても、価格、味、流通、供給力、商品開発で負ければ棚は維持できない。

キッコーマンが1950年代に米国料理としょうゆを結び付けたように、成功した企業は「日本の味を説明する」だけでなく、「現地の食事の中で使われる理由」をつくってきた。日清食品は即席麺をプレミアム化し、ハウス食品は豆腐をオーブンやエアフライヤーで使える商品へ変える。現地化とは、日本らしさを捨てることではなく、日本で培った技術を別の食文化の中で再設計することだ。

食品産業の海外投資が示す、日本企業の次の50年

1970年代にキッコーマンや日清食品が米国で工場を動かし始めた時代、日本の人口は増え、国内市場にも大きな成長余地があった。それでも両社は海外に生産拠点を置いた。半世紀後、日本の人口は明確な減少局面に入り、海外投資の意味はさらに大きくなった。

今回の投資波を「人口減だから海外へ」という一文だけで説明すると、本質を見落とす。北米で需要をつくり、現地に工場を建て、現地の原料と人材を使い、米国人向けの商品を開発し、そこから利益を上げる。これは輸出の延長ではなく、食品会社そのものの国際化だ。

キッコーマンのジェファーソン工場が10月に出荷を始めれば、1973年のウォルワース工場から53年を経た新しい節目になる。日本の人口が縮む時代に、日本の食品企業が成長できるか。その答えの一部は、日本国内ではなく、ウィスコンシン、サウスカロライナ、カリフォルニア、ニュージャージーの工場でつくられている。

出典

  1. キッコーマン:米国第3工場グランドオープニングセレモニーを実施(2026年9月18日)
  2. 日清食品ホールディングス:米国日清 新工場建設に関するお知らせ(2023年11月9日)
  3. ハウス食品グループ本社:アメリカ市場向けのTOFU製法研究
  4. 総務省統計局:令和7年国勢調査 人口速報集計 結果の要約(2026年5月29日)
  5. キッコーマン:Soy Sauce Business(米国進出の歴史、1957年・1973年・1998年)
  6. キッコーマン:米国第3工場建設発表(北米家庭用しょうゆ市場とGlobal Vision 2030)
  7. キッコーマン:米国第3工場の建設地をウィスコンシン州ジェファーソンに決定
  8. 日清食品グループ:CFO MESSAGE(米国市場の競争、物流費、高付加価値商品の成長余地)
  9. ハウス食品グループ:Integrated Report 2025(米国豆腐事業の沿革・大豆バリューチェーン)
  10. ハウス食品グループ本社:グループ会社一覧(北米事業)
  11. House Foods Group Integrated Report 2025(米国消費者向け新商品と現地化)
  12. 時事通信(Nippon.com掲載):Japanese Food Makers Accelerating U.S. Investment(2026年9月24日)
  13. 日清食品グループ:CEO MESSAGE(国内外の設備投資と米国・ブラジル・メキシコ新工場)
  14. ハウス食品グループ:事業紹介(海外食品事業)