出発点は、トマトの根などから単離される細菌だった。国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)、TOPPANホールディングス株式会社、株式会社インプランタイノベーションズの研究チームは、Agrobacterium salinitoleransが持つ小型のRNA誘導型DNA切断酵素を発見し、ゲノム編集に使えるよう改良した。名はAsaTnpB-L。タンパク質一分子と、切る位置を指定するガイドRNA一分子で働く。
公表資料によれば、改良型はヒト培養細胞のAAVS1遺伝子座で約60%の編集効率を示し、植物にも適用できることを確認した。最大の売りは約600アミノ酸という小ささだ。標準的なCRISPR-Cas9で使われるSpCas9は1368アミノ酸。タンパク質部分だけを比べれば半分以下になる。
未知遺伝子を「形」で探した
通常の探索は、既知のDNA切断酵素とアミノ酸配列が似ている候補を拾う。今回のチームは違う入口を選んだ。植物感染性細菌のゲノムデータベースにある機能未知遺伝子を、AIを利用する立体構造予測プログラムでタンパク質モデルへ変換し、既知のRNA誘導型ヌクレアーゼTnpBに似た立体的な形を持つ候補を選別した。
これは「AIがゲノム編集酵素を発明した」という話ではない。計算は候補を狭める探索装置であり、研究者は対応するガイドRNAを調製し、DNAを切れるかを実験で確かめ、認識配列を解析した。その結果、新たな一群をTnpB-L(TnpB様RNA誘導型ヌクレアーゼ)とし、その中からAsaTnpB-Lを選んだ。
TnpBは、ゲノム内を移動する転移因子にコードされた小型ヌクレアーゼで、RNAを手掛かりに標的DNAへ向かう。2021年にはTnpBがプログラム可能なRNA誘導型切断酵素として働くことが原著論文で示され、Cas12系の進化的祖先と考えられるようになった。今回の成果はCRISPR-Cas9を小さく削ったものではなく、別系統の天然分子を発掘し直したものだ。
はさみ、案内役、そしてTAMという標識
AsaTnpB-Lは、ガイドRNAと相補的なDNA配列へ結合して切断する。ただし、ガイドRNAが合うだけでは足りない。標的の隣にTAM(標的隣接モチーフ)と呼ぶ短い目印が必要だ。チームは元のAsaTnpB-Lが5′-TTCAT-3′を認識することを突き止めた。
TAMは標的選びの門番になる。長く厳しい認識配列は誤った場所を切る可能性を抑える方向に働き得る一方、その並びが存在する場所しか狙えない。研究チームはタンパク質のアミノ酸を置き換え、認識を5′-TBAT-3′へ変更することにも成功した。ここでBはT、C、Gのいずれかを示す。候補となる標的位置を増やすための改変である。
さらに、予測立体構造を手掛かりに、AsaTnpB-LとガイドRNAが触れ合う部分を中心として複数のアミノ酸変異を導入した。ヒト培養細胞のAAVS1遺伝子座で約60%に達したという数字は、この構造誘導型改良の結果だ。ただし一遺伝子座の値は、別の遺伝子、細胞種、生物種でも同じ効率になることを意味しない。
| 公表で確認できたこと | まだ判断できないこと |
|---|---|
| 約600アミノ酸のTnpB-L系切断タンパク質 | 核酸・制御配列を含む送達物全体のサイズと最適な送達法 |
| AAVS1を標的にヒト培養細胞で約60% | 他の遺伝子座・細胞種での再現性、既存酵素との同条件比較 |
| 植物でゲノム編集に使用可能と実証 | 植物種、効率、再生個体、遺伝性、農業形質の詳細 |
| TAMをTTCATからTBATへ変更 | 標的範囲全体、特異性、ゲノム全体のオフターゲット |
小さいことが解く「配送」の問題
ゲノム編集では、はさみの性能と同じほど、細胞へどう届けるかが難しい。タンパク質、RNA、あるいはそれらを作らせる遺伝情報を細胞内へ運び、さらに核へ到達させる必要がある。搭載量に限界がある運搬手段では、切断酵素が小さいほど、調節配列や追加機能を組み合わせる設計余地が生まれる。
植物にも別の壁がある。広く使われる編集酵素の多くは37度以上で活性が高くなる一方、植物の生育温度は20〜30度程度が多いと研究チームは説明する。植物と同じ環境にいる細菌から酵素を探したのは、比較的低温で働く候補を見つける合理的な戦略だった。
しかし、公表資料は特定のウイルスベクターでの搭載、動物体内への送達、低温条件ごとの活性曲線を示していない。「小型だから送達しやすい」「植物に向く」は有望な設計上の仮説であって、目的組織への治療用送達や圃場での優位性が実証されたという意味ではない。
「純国産」が指すもの、指さないもの
発表はAsaTnpB-Lを「純国産」と表現する。核心は知的財産だ。ゲノム編集の主要基盤技術は海外発が多く、日本企業が商用化する際にライセンス交渉や権利処理が参入障壁となり得る。三者は特許調査を踏まえ、日本国内の既存他者特許に抵触しないよう独自設計したと説明する。
研究成果は国内で出願済みで、一部は特許第7821459号「TnpB様RNAガイドヌクレアーゼ複合体」として登録された。発明者には、産総研の中村彰良(なかむら・あきよし)主任研究員、菅野茂夫(すがの・しげお)上級主任研究員、山本宏(やまもと・ひろし)招聘研究員、光田展隆(みつだ・のぶたか)研究センター付ら三者のメンバーが並ぶ。
ただし「純国産」は、細菌の原産地、使用したデータベースや計算手法、試薬、装置まで全て日本由来という意味ではない。また、日本での特許調査に基づく説明は、海外を含む全市場での自由実施を保証しない。特許の有効範囲、周辺技術、将来のライセンス条件は、製品化の段階で別途精査が必要になる。
三者が積み上げた日本発ツール
CRISPR-Cas9は、細菌の免疫機構をプログラム可能な遺伝子編集法へ変えた研究により広がり、2020年にエマニュエル・シャルパンティエ、ジェニファー・ダウドナがノーベル化学賞を受賞した。だが世界で一つの万能はさみが生まれたわけではない。認識できる配列、温度、細胞への運びやすさ、特許条件が違うため、研究者は今も道具箱を増やしている。
産総研、TOPPAN、インプランタの協業も段階を踏んだ。2023年には、針状のウイスカーと超音波を使ってCas9タンパク質とガイドRNAの複合体をイネ細胞へ導入する「ウイスカー超音波RNP法」を発表。同年、深海堆積物由来の微生物から、独特のPAM配列を認識するAalCas9を開発した。AalCas9の成果は2024年に査読誌で報告された。
2012〜13年 — CRISPR-Cas9がプログラム可能なゲノム編集法として確立。
2020年 — CRISPR-Cas9の開発がノーベル化学賞の対象に。
2021年 — TnpBのRNA誘導型DNA切断機能が原著論文で報告。
2023年 — 三者がウイスカー超音波RNP法とAalCas9を発表。
2026年9月 — 小型AsaTnpB-Lを公表し、鳥取の学会で発表。
60%の先にある検証
次に必要なのは、発表資料の数字を広い条件で試すことだ。複数の標的と細胞での編集効率、既存Cas9・Cas12・TnpB系との同条件比較、意図しない切断をゲノム全体で調べる解析、切断後に生じる変異の種類、細胞毒性、免疫反応、長期安定性。医療を語るなら動物での送達と安全性が必要になり、農業を語るなら再生個体、次世代への遺伝、形質、環境影響まで続く。
研究チームは医薬品開発、品種改良、バイオものづくり、環境・素材分野の基盤として利用できる体制を整える方針だ。技術は10月のBioJapan 2026、12月のBMB2026合同大会でも紹介される予定である。だが現時点では、提供時期、利用料、共同研究条件、海外特許戦略は公表されていない。
- 複数標的・複数細胞種での効率と独立再現。
- ゲノム全体のオフターゲット解析と切断後変異の内訳。
- 植物種、温度条件、再生個体、遺伝性の定量結果。
- 実際の送達方式、毒性、免疫原性、長期安定性。
- 査読論文、試薬提供条件、国内外の知財・ライセンス方針。
AsaTnpB-Lの価値は、Cas9をただ置き換えることではない。これまで入りにくかった運搬容器、働きにくかった温度、狙いにくかった配列へ、別の選択肢を差し出せるかにある。約600アミノ酸という短さは答えではなく、より多くの実験を可能にする余白だ。
- 産業技術総合研究所「新しい小型ゲノム編集ツールを純国産で開発」(2026年9月3日)— 研究体制、探索、サイズ、効率、TAM、特許、学会情報。
- TOPPANホールディングス 同時発表 — 企業側の知財・事業化説明。
- 産総研「特徴的な配列を認識してゲノムを切断!」(2023年11月30日)— AalCas9の開発史。
- 産総研「植物における新しいゲノム編集技術の開発に成功」(2023年9月7日)— ウイスカー超音波RNP法。
- Nakamuraほか、Scientific Reports(2023年)— イネへのRNP導入法の原著論文。
- Nakamuraほか、The CRISPR Journal(2024年)— AalCas9の査読論文と著者表記。
- Karvelisほか、Nature(2021年)— TnpBのプログラム可能なRNA誘導型切断機能。
- ノーベル財団「2020年ノーベル化学賞」 — CRISPR-Cas9受賞の公式記録。
