19人・29匹飼い主とネコの参加数
24組尿試料がそろったホルモン解析
1か月家庭内の観察期間
10月14日iScienceオンライン掲載

相関があった。しかし、ネコが人を幸せにする原因だと証明したわけではない。

ネコと飼い主は「同じ気持ち」なのか

膝に飛び乗ったネコが目を細める。飼い主はその姿を眺め、いつの間にか肩の力が抜ける。日常のありふれた光景には、確かに何かが通い合っているように見える。では、その感覚を生理学の言葉で確かめられるのだろうか。京都大学と麻布大学の研究グループが10月15日に公表した研究は、家庭で暮らすネコと飼い主の尿中ホルモン濃度に統計的な関連があることを示した。気になるのは、その関連の中身である。愛情の量を測った研究でも、ネコに癒やし効果があると証明した研究でもない。小規模ながら、同居する二つの種の生理状態を同時に調べた試みだ。

29匹と19人、分析対象は24組

研究を進めたのは、京都大学白眉センター・人と社会の未来研究院の高木佐保特定助教(大学研究者情報では「髙木」の表記も使われる)と、麻布大学獣医学部の菊水健史教授ら。参加者は18~60歳の飼い主19人(女性16人、男性3人)と、月齢4か月から13歳までのネコ29匹だった。SNSやチラシを通じて募集し、それぞれの家庭で約1か月調査した。ただし、29匹すべてがホルモン解析に入ったわけではない。尿を採取できなかった5匹を除き、主な生理指標の分析は24匹のネコと飼い主の組み合わせで行われた。複数のネコを飼う家庭もあり、24組を互いに完全に独立した24世帯と読み替えてはいけない。

体の中をのぞくのは、一度の採血ではなく尿

研究者は飼い主とネコの尿をそれぞれ計3回採取し、オキシトシンとコルチゾールの濃度を測定した。オキシトシンは出産や授乳だけでなく、社会的な関係づくりにも関わるホルモンである。一方のコルチゾールはストレス反応や代謝に関係する。ただし、いずれも一つの感情に一対一で対応する指標ではない。尿中濃度は採取時刻、体調、生活習慣、測定法などの影響を受けうる。研究がとらえようとしたのは、日常生活のなかで変動する生理指標と、ネコと飼い主の関係にどのような並行性があるかという問いだった。

「近さ」を質問だけに頼らない工夫

本研究で興味深いのは、距離の測り方だ。ネコの首輪にBluetooth Low Energy(BLE)ビーコンを装着し、飼い主のスマートフォンが受信した電波の強さから、家庭内で両者が近くにいた程度を1か月にわたって推定した。飼い主には気分尺度POMS2への回答も求め、ネコについては「安全基地テスト」を応用した行動観察を実施した。ビーコンは親密さそのものを測る機械ではない。壁や室内配置、装着状態でも電波は変わる。それでも「いつも一緒にいるつもり」という記憶や印象だけに依存しない点に、この研究の方法論上の工夫がある。

二つのオキシトシンは同じ方向に動く

分析では、飼い主の尿中オキシトシン濃度が高い組み合わせほど、ネコ側の濃度も高い傾向が認められた。反対に、飼い主のコルチゾールが高い組み合わせでは、ネコのオキシトシンが低いという関連が見られた。一方、ネコと飼い主のコルチゾール同士には明確な関連が確認されなかった。すべてのホルモンが同じように「同期」するわけではないことが重要である。研究者はネコとヒトの関係ではオキシトシンを中心とした生理的な関連がある可能性を論じているが、それは両者が同時に同じ感情を抱いた証明ではない。

元気な飼い主、そしてネコの気分の手がかり

ネコのオキシトシンが高い組み合わせでは、飼い主が報告した「怒り−敵意」「混乱−当惑」「抑うつ−落込み」「緊張−不安」などの負の気分が低い傾向にあった。飼い主自身のコルチゾールが高い場合には、負の気分が高い関連も見られた。また、室内でネコと近くに過ごす程度が高い飼い主ほど、POMS2の「活気−活力」が高かった。ただし、何年間一緒に暮らしたかという同居期間の長さと活気には同様の関連がなかった。長い同居歴より日々の近さが手がかりになる可能性はあるが、近くで過ごすから元気になるのか、もともと活発な飼い主がネコに近づくのかは分からない。

ネコ自身の行動にも違い

行動観察では、オキシトシン濃度が高いネコほど、飼い主か見知らぬ人かを問わず人に接近する傾向が見られた。高いコルチゾールと、知らない人の近くにとどまる時間の短さとの関係も示唆されたが、こちらは明確ではなかった。つまり、観察された生理指標は飼い主への特別な愛着だけを反映するとは限らない。人への一般的な接近傾向、性格や家庭環境が影響している可能性もある。ネコの個体差を含めて解釈する必要がある。

先に解かれた「犬のまなざし」の謎

人と動物のホルモンの関係には研究史がある。2015年、長澤美保氏、菊水健史氏らは科学誌Scienceで、イヌと飼い主が見つめ合うことに伴うオキシトシンの変化を報告した。イヌは人との協働や共同生活の歴史が長く、ネコとは家畜化の経緯が異なる。ネコの祖先は主として単独で狩りをする動物だった。イヌで報告された仕組みが、そのままネコにも当てはまるとは限らない。今回の研究の価値は、イヌの物語をネコに当てはめることではなく、ネコをネコとして、家庭内での生理と行動を同時に測った点にある。

「ネコは健康に良い」を急いで結論にしない

ネコを飼うことと人の心身の健康との関係は、先行研究でも一様ではない。飼育が孤独感を軽くする可能性を示す報告がある一方、心理的な便益がはっきりしない研究もある。今回の発表も、飼育を始めれば抑うつ症状が改善する、ネコに触ればオキシトシンが増える、という因果関係を検証したものではない。調査には対照群を置いた介入実験の性格もない。「幸福ホルモン」という通俗的な呼び名を説明の代わりに使えば、かえって重要な不確実性を見失うだろう。

885万匹の生活文化を考える

京都大学の詳細資料は、一般社団法人ペットフード協会の2025年全国犬猫飼育実態調査を引用し、日本の推計飼育頭数をネコ約885万匹、イヌ約682万匹としている。数字の対象や推計方法は調査に依存するが、ネコが日本の家庭に広く入り込んでいることは明らかだ。浮世絵や文学に登場するネコは、愛嬌だけでなく、距離を保ちながら人の生活空間を共にする動物として描かれてきた。現代のビーコンとホルモン分析は、その長い同居の歴史を新しい方法で問い直している。

小さな調査が投げかけた大きな問い

この研究の限界は参加者の少なさだけではない。募集方法は無作為抽出ではなく、女性参加者が多数を占める。家庭内の共有環境、生活リズム、世帯内に複数のネコがいることによる統計上の依存、採尿の難しさ、気分の自己申告なども結果に影響しうる。研究者自身も、飼い主とネコの間で何が原因となり何が結果となるかは分からないと明言する。将来は、多様な家庭を長期に追い、行動の時間的順序や環境要因を詳しく分析する研究が必要だ。

答えは、猫のそばで始まる

ネコがひざにやって来る時間の意味は、ホルモン一つで語り尽くせない。それでも、ネコと飼い主が全く無関係な生理状態で暮らしているわけではない可能性が見えてきた。重要なのは、人の気分とネコの状態を一方通行の「癒やし」として扱わないことだ。共に暮らすとは、双方に環境を分け合うことでもある。この研究が示したのは、その関係を科学的に問い続けるための入り口である。

出典・参考資料

  1. Kyoto University, research announcement, October 15, 2026
  2. Kyoto University, detailed Japanese research briefing (PDF)
  3. Takagi et al., iScience, DOI 10.1016/j.isci.2026.117934
  4. Nagasawa et al., Science (2015), human–dog oxytocin research
  5. Human–animal physiological co-modulation: systematic review (2026)
  6. Research review: gaze in dogs and cats (2020)