秋場所は、誰か一人を追いかける展開にはまだなっていない。9月17日の五日目を終え、幕内は4勝1敗に9人。横綱から新入幕までが同じ数字で並び、最初の土曜日へ向かう優勝争いに幅を持たせている。日本相撲協会の成績優秀力士一覧で確認できる、序盤の構図だ。[1]

両国国技館での九月場所は9月13日に始まり、千秋楽は27日。19日の土曜日は七日目、翌20日が中日となる。本稿は五日目終了時の成績から週末の見どころを考える。15日間のうち5日を終えた段階であり、先頭集団にいることと、最後まで優勝を争えることの間には、まだ大きな距離がある。[2]

9人の1敗が映す、番付をまたぐ混戦

番付は場所前の序列を示す。一方、星取は、その場所で積み重ねた勝敗を示す。この二つを重ねると、同じ4勝1敗でも読みどころが変わってくる。五日目終了時の先頭集団を、番付順に整理した。[1]

五日目終了時の幕内首位(9月17日、日本相撲協会)
力士(読み)九月場所の番付/成績
大の里(おおのさと)東横綱/4勝1敗
霧島(きりしま)東大関/4勝1敗
琴櫻(ことざくら)西大関/4勝1敗
熱海富士(あたみふじ)東関脇/4勝1敗
美ノ海(ちゅらのうみ)西前頭三枚目/4勝1敗
狼雅(ろうが)東前頭五枚目/4勝1敗
朝乃山(あさのやま)東前頭六枚目/4勝1敗
宇良(うら)東前頭九枚目/4勝1敗
寿之富士(としのふじ)西前頭十六枚目/4勝1敗

横綱や大関が残っている一方で、平幕にも5人いる。上位陣の争いと片づけるには顔ぶれが広く、平幕中心の波乱と呼ぶにも早い。現時点で言えるのは、独走を許していないということだ。なお、同じ勝敗でも、そこに至るまでに対戦した相手は同一ではない。数字の横並びを、そのまま力量の横並びと受け取るべきではない。

大の里、霧島、琴櫻――得意な形に入れるか

大の里(おおのさと)は、協会のプロフィールで突き・押しに加え、右四つ・寄りを得意技に挙げている。2023年5月場所の初土俵から、2024年1月場所に新入幕、2025年7月場所には横綱として番付に載った。急速に階段を上った力士が、今場所では先頭集団の一角として週末を迎える。[4]

観戦の焦点は、勝ち方の派手さだけではない。立ち合いの後に前へ出られるか。相手に止められた場面で、姿勢を保ちながら次の攻めに移れるか。これは大の里の直近の取組を再現した描写ではなく、押しと四つの両方を持つ力士を見るための視点である。勝敗が同じでも、得意な形をどこまで作れているかを追うと、相撲の内容が見えてくる。

霧島(きりしま)の得意技は左四つ・寄り・投げ。琴櫻(ことざくら)は右四つ・寄り・押しを挙げる。協会が示すこうした特徴は、組んだ瞬間の攻防を読む手がかりになる。どちらの腕を内側へ差し、どこをつかみ、相手の上体をどう起こすか。土俵際での最後の一押しに至るまでには、まわしをめぐる小さな位置の取り合いがある。[5][6]

熱海富士の定着、新入幕・寿之富士の挑戦

熱海富士(あたみふじ)は3場所連続の関脇となった。協会の番付トピックスによると、三役は4場所連続。上位で取ることが一度きりの経験ではなくなった段階で、今場所の序盤を終えた。[3]

静岡県熱海市出身で、初土俵は2020年11月場所。協会プロフィールが挙げる得意技は右四つ・寄りだ。新しい地位へ駆け上がる時期と、その地位で勝ち続ける時期とでは、観客の期待の置き方も変わる。今後の一番一番で、組み止められた後も自分から攻めを作れるかが興味深い。[7]

同じ伊勢ヶ濱部屋の寿之富士(としのふじ)は、今場所が新入幕。協会の記録では2024年3月場所に初土俵を踏み、2026年3月場所に新十両、同年9月場所に幕内へ進んだ。しこ名は聖白鵬から寿之富士へ変わっている。右四つ・寄り・上手投げを得意とする新顔が、序盤の注目を集める位置につけた。[8]

新入幕の好発進には、初めて見る観客の関心を引きつける力がある。ただし、ここで優勝候補の本命と決めつける必要はない。相手に研究され、思うように組めない一番が来た時にどう対応するか。今場所を通じて確かめたいのは、初速だけでなく、苦しい形から立て直す力である。

平幕の顔ぶれにある、異なる経験

朝乃山(あさのやま)は最高位が大関。現在の前頭という地位だけでは、その経験は読み切れない。協会が挙げる得意技は押し・右四つ・寄りで、まわしを取って前に運ぶ攻めが観戦の手がかりになる。[9]

美ノ海(ちゅらのうみ)は沖縄県うるま市出身で、左四つ・寄りを得意とする。狼雅(ろうが)は右四つ・寄り。宇良(うら)は押し・足取りを挙げる。同じ平幕というくくりの中にも、組み方、攻めの選択、相手との間合いに違いがある。[10][11][12]

こうした違いは、勝ち星の数だけを見ているとこぼれ落ちる。得意な形で押し切った勝ちと、得意な形を封じられてなお拾った勝ち。どちらも白星だが、次の対戦を考える材料は異なる。先頭に人数が多い時ほど、一人ずつの内容を見分ける楽しみが増す。

七日目を見るために――勝敗と決まり手の間

週末の取組は、日本相撲協会の当日分の取組表と合わせて見たい。注目したいのは、先頭集団同士の対戦が組まれるか、追う側が1敗力士に土をつけるか、そして上位陣が自分の形で白星を重ねられるかだ。ここで挙げたのは観戦上の論点であり、特定の組み合わせの予告ではない。[16]

決まり手も、取組を読み返す入り口になる。協会は「決まり手八十二手」を公開しており、押し出し、寄り切り、上手投げなどを区別している。ただ、決まり手が記録するのは勝負を決めた技だ。同じ寄り切りでも、立ち合いから一気に前へ出たのか、長い攻防の末に腰を寄せたのかで、相撲の過程は違う。技名を確認したうえで、そこに至る動きを見ることが大切になる。[15]

七日目を終えても、場所はまだ半分を残す。早い段階の1敗を決定的な後退と読むのも、序盤の好成績を優勝への保証と読むのも性急だ。白星を一つ加えることの重みは同じでも、優勝争いに与える意味は、周囲の勝敗によって変わっていく。

伝統の土俵は、変化も重ねてきた

秋場所の魅力は、勝敗の新しさと、儀礼や装いの連続性が同じ空間にあることにもある。協会の歴史解説によれば、江戸時代に職業として相撲を取る人々が現れ、勧進相撲が各地に広がり、江戸中期には定期的な興行が行われるようになった。土俵入りや番付を伴う現代の興行を、その長い流れの中に見ることができる。[13]

一方で、現在の姿が昔からそのまま続いているわけではない。協会史には、1931年に土俵の直径を13尺から15尺、約4.55メートルへ広げたこと、1952年に四本柱を撤去し、吊り屋根と四色の房に改めたことが記されている。蔵前国技館の開館は1954年9月、現在の両国の新国技館は1985年1月だった。[14]

伝統を守りながら、競技を行い、観客に見せる仕組みを変えてきた歴史である。その土俵に、上位で地位を固めようとする力士も、初めて幕内を経験する力士も上がる。五日目までの成績が示すのは、まだ一人の物語に収まらない秋場所だ。週末には、その多くの可能性のうち、誰が次の白星を自分のものにするかが問われる。