だしを取る小魚の向こうには、海で次の世代を生む親魚と、その魚を追う浜の仕事がある。水産庁が9月15日に公表した2026年度の資源評価は、同じ「イワシ」の名で扱われがちな二つの魚について、異なる現在地を示した。カタクチイワシは親魚量が管理目標を大幅に下回る。ウルメイワシは目標を上回るが、若い魚の加入に陰りが見える。[1][2][3]
対象は、いずれも対馬暖流系群(つしまだんりゅうけいぐん)。日本海・東シナ海側の資源を扱った評価であり、太平洋側や瀬戸内海も含めた日本全国のイワシの診断ではない。2026年度の報告という名称も、2026年の海の実測値だけをまとめたという意味ではない。判断の中心にあるのは2025年までの資料で、2026年以降の数値には将来予測が含まれる。[2][3]
まず「海にいる量」と「水揚げした量」を分ける
資源量は、対象となる魚全体の重さを推定したもの。親魚量は、そのうち繁殖を担う魚の重さである。漁獲量は一定期間に漁業で取り上げた量を指す。水揚げが少なかったからといって、その減少率がそのまま海の魚の減少率になるわけではない。操業回数、狙う魚、漁場への来遊にも左右される。
| 項目 | カタクチイワシ | ウルメイワシ |
|---|---|---|
| 資源量 | 2万2,000トン | 11万2,000トン |
| 親魚量 | 1万4,000トン | 9万5,000トン |
| 目標とする親魚量 | 6万8,000トン | 5万4,000トン |
| 漁獲量 | 8,000トン※ | 3万7,000トン |
| 親魚量の5年間の動向 | 減少 | 横ばい |
| 2027年のABC | 2,200トン | 1万9,000トン |
水産研究・教育機構の詳細版(速報版)による丸め値。※カタクチイワシの漁獲量はシラスを除く。両魚種の目標には異なる基準が使われている。ABCは漁獲に関する科学的助言であり、確定した漁獲可能量や将来の水揚げ実績ではない。[2][3]
カタクチイワシ——親魚は目標の約5分の1
カタクチイワシ対馬暖流系群の2025年の資源量は2万2,000トン。今回の評価で推定された2021年の9万3,000トンから大きく減った。親魚量も同じ期間に4万7,000トンから1万4,000トンへ低下した。2024年から2025年だけを見ると親魚量の丸め値は同じだが、5年間の動向は「減少」と判断されている。[2]
この系群の目標管理基準値は、親魚量6万8,000トンである。主な漁獲対象である0歳・1歳魚の最大持続生産量を実現する水準を採っており、資料では「SB97%msy」と表記される。通常のMSY基準に対応する8万4,000トンとは区別が必要だ。2025年の親魚量は、採用されている6万8,000トンの目標に対して約0.21倍。繁殖の土台がかなり小さくなっていることを示す。[2]
漁獲量が減っていることも、直ちに漁獲圧が十分に低いことを意味しない。今回の評価では、2025年の漁獲圧は採用目標に対応する基準の1.06倍だった。残っている資源にどれほどの負荷がかかるかを見る必要がある。この「1.06倍」は魚の106%を取ったという意味ではない。[2]
ウルメイワシ——親魚の厚みと、次世代の細さ
ウルメイワシの姿は異なる。2025年の親魚量9万5,000トンは、MSYに対応する目標5万4,000トンの1.75倍と評価された。資源量は2023年に13万6,000トン、2024年に10万4,000トン、2025年に11万2,000トン。一直線に増え続けているわけではないが、親魚量の直近5年間の動向は「横ばい」である。[3]
ただし、2025年には加入量が前年から大幅に減った。「加入」は、若い魚が資源に加わることをいう。今いる親魚が多くても、それを引き継ぐ世代が細れば先行きは変わる。報告が示す寿命はおよそ3年。こうした短命の魚では、年ごとの加入を追うことが欠かせない。[3]
さらに漁獲圧はMSYを維持する基準の1.01倍で、わずかに上回った。目標を超える親魚量だけを見て、カタクチイワシの代わりにいくらでも漁獲できると読むのは早計だ。魚種が違えば資源の状態も、適切な取り方も異なる。
数字は、魚と漁業の両方を映している
資源評価は海中の魚を一尾ずつ数えた結果ではない。年齢別の漁獲データから世代ごとの資源をたどるコホート解析に、調査で得た産卵量や漁業から得た資源量指標を組み合わせている。カタクチイワシでは長崎県の中・小型まき網の標準化CPUEなどを使い、今回は東シナ海の仔魚密度も指標に加えた。CPUEは単位努力量当たり漁獲量で、標準化は操業条件などの違いを調整するための処理である。[2]
ウルメイワシの報告は、漁業側の変化にも注意を促す。マイワシやマサバの増加、カタクチイワシの減少に伴い、漁船の狙う魚が変わっている。加工向け小型魚を対象とする漁業の操業が減れば、一緒に取られる小さなウルメイワシの記録にも影響しうる。若魚の減少を軽視してよいという話ではない。魚の変化と、魚を観測する漁業の変化を分けて検討しなければならないということだ。[3]
カタクチイワシ減少の原因についても、単独の説明に飛びつくことはできない。詳細報告の補足資料は、漁獲圧、加入の低下、分布や産卵場の変化、他魚種の動向などを関連づけて考察しているが、そこには検証を要する仮説が含まれる。この評価だけから「温暖化が原因」「漁業だけが原因」と断定することはできない。[2]
漁獲助言が、浜のルールになるまで
報告に示された2027年のABCは、カタクチイワシ2,200トン、ウルメイワシ1万9,000トン。資源の予測と、定められた漁獲シナリオを基に計算した値である。この数値をそのまま、行政が確定した2027年のTAC(漁獲可能量)と紹介することはできない。[2][3]
制度の来歴を振り返ると、この区別はわかりやすい。日本の資源管理は、漁業許可や漁具・漁期の規制に加え、漁業者による休漁などの自主的な取り組みを積み重ねてきた。1997年1月にはTAC制度が始まり、2020年12月1日に施行された改正漁業法では、MSYを軸とする目標や資源水準に応じた管理が位置づけられた。科学的な評価を、実際の漁獲量や操業のルールへ結びつける仕組みが整えられてきたのである。[5]
今回の両系群の漁獲シナリオも、2023年の資源管理方針に関する検討会と水産政策審議会を経て定められたものだ。[2][3] 問われるのは助言の数字だけではない。どの海域で、どの大きさの魚を、どの漁法で取り、誰が調整を担うのか。資源の回復と経営の継続を両立させる議論には、この具体性が必要になる。
浜の仕事は、一つの魚種では完結しない
評価資料によると、カタクチイワシは日本海北部では主に定置網、日本海西部ではまき網や定置網、九州側では中・小型まき網などで漁獲される。ウルメイワシの主な漁場は九州西岸から山陰にかけて広がる。同じ「漁獲を減らす」という課題でも、漁法や地域によって対応の条件は変わる。[2][3]
ここから先は、評価表だけでは答えの出ない生活と経営の問題である。複数の魚種を取る漁業では、ある魚を避けながら別の魚を取れるのか。加工場は原料のサイズや入荷時期の変化に対応できるのか。漁獲量が減ったとき、価格や費用はどう動くのか。今回の資料は地域の所得や雇用を測った調査ではなく、損失額を算出することはできない。しかし、管理を浜で実行するには、こうした情報も科学的な資源評価と並べて考える必要がある。
いりこ飯が伝える、小魚の価値
食文化の側から見ると、小魚の価値は重さだけでは測れない。農林水産省の郷土料理資料は、香川県西部に伝わる「いりこ飯(いりこめし)」を紹介している。煮干しにしたカタクチイワシは、だしになるだけでなく、身も米とともに炊き込まれる。伊吹島周辺では漁獲から加工までの速さや、魚体を傷めない扱いが品質を支えてきた。[6]
この香川の例は瀬戸内海の食文化であり、今回評価された対馬暖流系群の漁況を示すものではない。それでも、資源管理で守ろうとしているものを考える手がかりにはなる。海の小魚は、水揚げされて終わりではない。漁師の扱い、加工の技術、家庭の調理を通じて、地域の食になる。
次に確認したいのは、カタクチイワシの親魚と加入が持ち直すか、ウルメイワシの若魚の少なさが続くか、そしてその結果が実際の管理にどう反映されるかである。二つの魚をひとまとめにせず、海域も年次も見失わずに追う。その地道な読み方が、将来も小魚を取り、加工し、食べ続けるための議論を支える。
出典・資料
2026年9月15日公表の詳細版(速報版)を中心に、2025年の評価値と将来予測を区別して記述した。会議日程と公表状況は機構の会議ページで確認した。[4] 食文化の例は別海域であり、資源の状態を推測する根拠には用いていない。
