生成AIが言葉や画像を扱う世界から、物をつかみ、回し、押し、差し込み、道具を使う現実世界へ出ようとするとき、最大の難所の一つが「手」になる。HumansX株式会社(ヒューマンズエックス)は2026年10月6日、中国Wuji Technologyの20自由度五指ロボットハンド「Wuji Hand 2」と、触覚付きデータグローブ「Wuji Glove」の日本正規販売を開始した。
重要なのは、ハンド単体の販売ではない。人間の指の動きと触覚をグローブで取り、ロボットハンドへリターゲティングし、そのデータを模倣学習やVLA(Vision-Language-Action)モデルの学習へ回す。つまり、ハードウェア、遠隔操作、データ収集、AI学習を一つの開発ループとして売ろうとしている。
「20自由度」は何を意味するのか
自由度(Degree of Freedom、DOF)は、独立して動かせる運動軸の数を示す。人間の手は単純な開閉機構ではない。指を曲げるだけでなく、親指を対向させ、指先の角度を変え、複数の接触点へ力を分配する。Wuji Hand 2は各指4自由度、計20自由度を直接駆動し、対向・側方運動にも対応するとされる。
従来の工場ロボットでは、対象物が決まっているなら二指グリッパーや吸着ハンドの方が速く、丈夫で、制御も簡単だ。高自由度ハンドが必要になるのは、対象物の形が毎回違う、複数の持ち替えが必要、道具を扱う、といった「人間なら簡単だが自動化しにくい仕事」である。
ハンドより難しい「学習データ」
フィジカルAIでは、器用な手を作るだけでは足りない。AIに「どう動かすか」を学ばせるデータが必要だ。Wuji Gloveは526点の触覚情報を120FPSで取得し、電磁式モーションキャプチャで位置精度2mm以内、遅延10ms以内をうたう。Python SDKとCLIに対応し、Wuji Hand 2のテレオペレーションにも使える。
人間がグローブを装着して作業し、その指関節、位置、接触、力覚を記録する。次に人間の手とロボットハンドの形状差を吸収する「リターゲティング」を行い、ロボットに同様の動作を再現させる。そこから集めたデータを模倣学習やVLAモデルへ渡す。この一連の工程が、いま世界のヒューマノイド開発で重要な競争領域になっている。
日本政府も「現場データ」を勝ち筋に置く
経済産業省は2026年、AIロボティクスの社会実装を政策の柱として明確に打ち出した。6月にはNEDOと「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」を開始し、日本の製造・物流などが持つ現場データを活用して国産基盤モデルを育てる方針を示した。
GENIACのロボット基盤モデル事業でも、五指ハンドを備えたヒューマノイド、テレオペレーションによる手指接触データ、ねじ締めや部品はめ込みといったロングテール作業が明示されている。つまりWuji Hand 2の日本投入は、単なる輸入部品の販売ではなく、日本政府が「データを持つ製造現場」を競争力へ変えようとしているタイミングと重なる。
日本はロボット大国だが、競争の軸は変わった
日本は長く産業用ロボットの強国だった。国際ロボット連盟(IFR)によれば、2024年時点で日本は世界のロボット生産の38%を占め、国内では約44,500台の産業用ロボットが新規導入された。稼働台数は約45万500台に達した。
しかし、従来の強みは溶接、塗装、搬送など、環境と工程が高度に設計された工場自動化にある。フィジカルAIが狙うのは、部品の位置が毎回少し違う、柔らかい物を扱う、人と同じ空間で作業する、といった変動の多い現場だ。そこでは「同じ動きを百万回正確に繰り返す」性能だけでなく、見て、判断し、触って修正する能力が必要になる。
Wuji Hand 2は研究開発用の“道具”
HumansXの公表仕様では、Wuji Hand 2は約180×80×40mm、約800g。Python/C SDK、ROS 2、MuJoCo、NVIDIA Isaac Sim向けのシミュレーションモデルに対応する。これは完成品ロボットではなく、大学、研究機関、ロボットメーカー、AI開発会社が自分たちのアームやヒューマノイドへ組み込む研究開発部品として設計されている。
用途として同社が挙げるのは、デクストラスマニピュレーション、模倣学習、VLA向けデータ収集、Sim-to-Real検証、ヒューマノイド搭載など。逆に、食品工場や物流倉庫にそのまま設置して翌日から稼働する製品ではない。制御、視覚認識、安全設計、作業計画、把持戦略を含むシステム統合が必要になる。
| 項目 | 公表仕様 |
|---|---|
| Wuji Hand 2 | 五指、20自由度、直接駆動 |
| 制御 | 1,000Hz |
| 力・精度 | 指先ピーク力12N以上、関節バックラッシ1度未満、多軸力覚センサー |
| サイズ | 約180×80×40mm、約800g |
| Wuji Glove | 触覚526点・120FPS、位置精度2mm以内、遅延10ms以内、本体67.5g |
| 開発環境 | Python / C SDK、ROS 2、MuJoCo、Isaac Sim |
「世界トップクラス」は検証が必要
HumansXはWujiを「世界トップクラスの五指デクストラスハンドメーカー」と表現し、中国のLightwheelとの提携、Genesis AIのGenesis Hand 1.0での製造パートナー、清華大学などの研究での採用を挙げる。これらは同社の実績説明として意味がある。
ただし、他社のDexterous Handと同一条件で比較した独立ベンチマークは、今回確認できた公開資料にはない。20自由度という数字だけでも優劣は決まらない。把持力、繰り返し精度、衝撃耐性、熱、通信遅延、モーター寿命、保守性、価格、手首との統合、そして実タスクの成功率が実用性を決める。
データグローブが商品以上に重要な理由
HumansXは国内販売だけでなく、Wuji Gloveを使ったデータ収集受託、データセット構築、SDK・ROS 2・シミュレーション、テレオペレーション、リターゲティングの指導まで提供する。これは利益源をハード販売から「学習データを作る工程」へ広げるモデルだ。
AIモデルは更新される。ロボット本体も世代交代する。しかし、よく設計された手作業データは別のモデルや機体でも再利用できる可能性がある。将来、ロボットメーカー同士の競争がモデル性能へ移るほど、誰が良質な実世界データを大量に持つかが重要になる。
中国製ハードウェアを日本語サポートで売る意味
HumansXは2025年6月設立の東京都港区の企業で、代表取締役は易峰(イ・ホウ、Xavi Yi)。同社は、海外製の先端製品を日本語サポート付きで調達しにくいことや、グローブ導入後の二次開発に時間がかかることを国内側の課題として挙げる。
この立ち位置は、日本のロボット産業の変化も映す。日本企業がすべてのハードウェアを国内開発するのではなく、中国などで急速に進む部品技術を取り込み、日本企業の研究開発、品質要求、現場データへつなぐインテグレーターの役割が広がる可能性がある。
価格が公開されていない
今回の発表では、Wuji Hand 2、Wuji Gloveとも日本での販売価格、標準納期、年間供給可能数、保証条件は公開されていない。HumansXは価格・納期・デモについて問い合わせ対応としている。導入判断には、同等製品との総コスト比較が不可欠だ。
また、「国内大手企業でも採用が進む」とするが、採用企業名や数量、用途は今回の公開資料では示されていない。したがって、日本市場で既に大規模導入が進んでいるとまでは確認できない。
- 日本販売価格、標準納期、保証・修理体制
- 繰り返し把持や衝撃を含む耐久寿命
- 実タスク別の成功率と他社ハンドとの独立比較
- Wuji Gloveで収集したデータの権利帰属と再利用条件
- 国内採用企業・研究機関での具体的成果
- 中国製ハードウェアを研究・製造現場で使う際のサイバーセキュリティと調達要件
「手」がAIを現実へ連れ出す
工場ロボットは長年、機械に合わせて現場を整えることで高い生産性を実現してきた。フィジカルAIは逆の方向を目指す。人間向けに作られた環境へロボットを送り込み、ばらつきのある物体や作業へ適応させる。
そのとき、手は末端部品ではない。視覚で見たものをどう触り、どの力でつかみ、滑ったらどう持ち直すかという「知能と世界の接点」になる。
Wuji Hand 2が日本でどこまで採用されるかはまだ分からない。だが20自由度のハンドと526点の触覚グローブをセットで売るという商品設計は、ロボット産業の競争が「機械を作ること」から「人間の技能をデータに変え、AIへ教えること」へ移っていることを鮮明に示している。
出典・参考資料
- HumansX株式会社「20自由度ロボットハンド『Wuji Hand 2』とデータグローブ『Wuji Glove』の日本正規販売を開始」2026年10月6日。
- 経済産業省「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業を開始」2026年6月30日。
- 経済産業省 GENIAC「ロボット基盤モデル研究開発事業者のご紹介」—五指ハンド、テレオペレーション、VLA学習データの政策・研究開発動向。
- 経済産業省「ロボット」—2026年AIロボティクス戦略と社会実装ロードマップ。
- International Federation of Robotics, Japan robotics production and automotive installations, July 15, 2025.
- International Federation of Robotics, World Robotics 2025 Industrial Robots Executive Summary.
取材・確認期限:2026年10月6日午後1時21分(日本時間)。日本販売価格、標準納期、保証条件、年間供給量、耐久寿命、国内採用企業名、独立比較ベンチマークは確認できた公開資料では確定していない。
