競技会の日に最高の力を出すには、筋力や技術だけでなく、感染症、疲労、睡眠、栄養、移動の影響まで整える必要がある。日本陸上競技連盟(日本陸連)は8月28日、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで「免疫からみたアスリートのコンディショニング」と題するセミナーを開くと発表していた。
対象は、公認スポーツ栄養士、管理栄養士と、企業、大学、高校、中学校、クラブチームで栄養支援に携わる人。定員は先着100人、参加費は無料とされた。募集は7月17日から8月14日までで、予定時間は午後1時から4時までだった。
栄養支援者へ向けた三つの視点
予定表の最初は、ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)/国立スポーツ科学センター(JISS)の副主任研究員、清水和弘氏による40分の講演だった。題は「アスリートにおけるトータルコンディショニングとセルフコンディショニング」。清水氏は運動免疫学とコンディショニングを専門とし、日本陸連が2024年に開いた別の指導者セミナーでも、感染対策を含む包括的な体調管理を解説している。
続いて、大塚製薬ニュートラシューティカルズ事業グループのサイエンティフィックディレクター、甲田哲之氏が、乳酸菌株 Lactiplantibacillus pentosus ONRICb0240の研究を40分間報告する予定だった。日本陸連医事委員会スポーツ栄養部員でワコール女子陸上競技部を支援する澤野千春氏には、現場でのセルフコンディショニング支援を扱う20分が割り当てられた。
最後の45分間のパネルには、この3人と、七十七銀行所属の100メートル障害選手、青木益未(あおき・ますみ)選手が登壇する予定だった。進行役は日本陸連医事委員会スポーツ栄養部長の浜野純氏。日本陸連の最新選手ページによると、青木選手は2026年8月に12秒68の自己記録をマークしている。
| 13:05 | 「アスリートにおけるトータルコンディショニングとセルフコンディショニング」 清水和弘氏(HPSC/JISS)・40分 |
|---|---|
| 13:45 | 「Lactiplantibacillus pentosus ONRICb0240の研究報告」 甲田哲之氏(大塚製薬)・40分 |
| 14:25 | 「現場で実践するアスリートのセルフコンディショニング支援」 澤野千春氏(日本陸連スポーツ栄養部/ワコール女子陸上競技部)・20分 |
| 15:00 | パネルディスカッション 清水氏、澤野氏、甲田氏、青木益未選手・45分 |
| 15:50 | 大塚製薬による情報提供・10分 |
「トータル」は免疫だけを意味しない
HPSCはコンディショニングを、ハイパフォーマンスの発揮に必要な要因を、目的へ向けて望ましい状態に整えることと説明する。対象は体力だけではない。技術、医学、心理、用器具、日程などを含め、分野の専門家が協力し、選手自身も状態を把握して調整するという考え方だ。
この枠組みでは、免疫は重要な一部だが、単独のスコアではない。唾液中の分泌型免疫グロブリンA(SIgA)は、口や喉など粘膜面の防御に関わり、運動免疫研究で使われる指標の一つである。ただし、一度の測定値が選手の免疫全体や感染の有無を決めるわけではない。
日本陸連が2018年に公表した清水氏の講義記録では、手洗い、目・鼻・口に触れないこと、タオルや飲み物を共用しないこと、水分、保温、加湿、回復、栄養など複数の対策が挙げられた。古い講義記録は2026年の講演内容を示すものではないが、「免疫コンディショニング」を一食品の摂取へ縮めないための背景になる。
乳酸菌研究は何を示し、何を示さないか
2026年に学術誌で公表された研究では、競技経験のある男子大学柔道選手26人を無作為に二群へ割り付け、最終的に17人を解析した。9人がONRICb0240を含む食品を5週間摂り、8人の対照群は摂取しなかった。両群は通常練習の後、最後の1週間に各自の方法で急速減量を行った。
論文は、対照群で減量後に唾液SIgA分泌量が低下した一方、摂取群では有意な変化がなかったと報告した。上気道症状を申告した日の割合と、腹部の状態を「良好」とした日の割合にも群間差があったとしている。ただし、これは感染症の診断数や競技成績を評価した研究ではない。
限界は大きい。試験は無作為化されていたが非盲検で、プラセボ群がなく、解析対象は17人にとどまった。減量方法、練習量、脱水方法にも個人差があった。論文自体が、二重盲検プラセボ対照試験と、より大きな標本による確認が必要だと記す。著者のうち2人は大塚製薬の社員で、利益相反として明示されている。
大塚製薬は東京科学大学との別の臨床研究で、ONRICb0240を含む食品を6週間摂った群では、歯肉出血率がプラセボ群より有意に低下したと発表した。一方、歯肉炎指数は群間で有意差がなかった。この結果は口腔領域の研究であり、アスリートの感染予防や競技力を証明するものではない。
研究を読むときの四つの線引き
- 唾液SIgAは粘膜免疫の指標の一つで、免疫機能全体の代理ではない
- 自己申告の上気道症状は、医師が診断した感染症と同じではない
- 男子大学柔道選手17人の結果を、女性選手や他競技へそのまま一般化できない
- 企業の研究者、協力、情報提供枠があるため、製品・菌株の主張は出所と利益相反を併記する
支援現場で問われるのは、組み合わせ方
セミナーの構成には、研究者、企業科学者、スポーツ栄養士、現役選手を同じ場へ置く狙いが見える。これは予定表から読み取れる編集上の分析であり、当日の議論を確認したものではない。青木選手の経験がどのように共有されたか、参加者がどんな質問をしたかは、公表資料が出るまで分からない。
協力企業の大塚製薬は日本陸連のオフィシャルメジャーパートナーで、プログラムには同社研究者の講演に加え、同社による10分の情報提供枠が明記された。産学連携を一律に否定する理由はないが、競技団体の教育、独立した科学的評価、企業の製品情報を読者が区別できる表示は不可欠だ。
現場での結論は、特定の食品を全員に勧めることではない。練習量、睡眠、食事、回復、既往歴、遠征環境を把握し、栄養士、指導者、医師、トレーナーが役割を分け、選手が自分の変化を早く見つけられる仕組みをつくることだ。免疫という入口が有効かどうかは、セミナー後に資料と実践例が公開され、再検証できるかにかかっている。
- 日本陸上競技連盟「日本陸連セミナー『免疫からみたアスリートのコンディショニング』参加者募集」(日時、会場、対象、定員、登壇者、予定プログラム)
- HPSC「アスリートのためのトータルコンディショニングガイドライン」(包括的なコンディショニングの公式説明)
- 日本陸上競技連盟「指導者セミナーレポート」(清水和弘氏の専門と2024年講演。2026年セミナーとは別の催し)
- 日本陸上競技連盟「ジャカルタの環境に特化したコンディショニングに関する勉強会」(2018年の感染対策講義。歴史的文脈)
- Shimizu et al., Journal of Physical Fitness and Sports Medicine, 2026(男子大学柔道選手17人を解析したONRICb0240研究、方法、限界、利益相反)
- 大塚製薬「乳酸菌ONRICb0240の歯肉炎への効果を確認」(企業発表。歯肉出血率と歯肉炎指数の結果を区別)
- 日本陸上競技連盟・青木益未選手プロフィール(氏名、所属、種目、自己記録)
本稿は2026年8月30日までに公開された日本陸連、HPSC、大塚製薬、査読論文の一次資料を照合した。8月28日のセミナーについて確認できた日本陸連資料は募集告知であり、開催後の出席者数、講演資料、発言、成果は未確認である。このため予定と実績を区別し、登壇者の直接発言は引用していない。ONRICb0240の研究は試験設計、標本数、評価項目、著者の利益相反を併記し、企業発表を独立した医学的合意として扱っていない。本稿は医療助言または製品推奨ではない。