正確な事案の範囲:鉄道・運輸機構が無効とし、2026年5月29日に落札決定を取り消したのは、小松駅と加賀温泉駅の追加騒音対策に関する二つの設計業務入札である。新幹線本体の建設契約ではない。小松駅案件では落札者が契約締結前に辞退しており、「締結済み契約の解除」より「入札無効・落札決定取消し」が正確である。

4月3日、金曜日。勤務時間が終わった後、北陸新幹線建設局の職員は自宅から私用電話をかけた。相手は、小松駅の設計に関心を示していた企業の担当者だった。連絡のテーマは、駅を通過する列車の音をどう抑えるか。だが会話の中で、音よりも守られるべき秘密が漏れた。発注者の予定価格、低価格入札を調べる基準、そして競争相手が誰かという情報である。

鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT、以下「機構」)が7月28日に公表した26ページの調査報告書は、公共調達の信頼が崩れる瞬間を日付と時刻に沿って再構成している。職員は、事業者に予定価格などを伝えた。さらに、企業Aへ企業Bの担当者の連絡先を送り、両社は参加意思や入札価格に関する情報を交換した。企業Aの説明によれば、企業Bの小松駅案件の入札額が予定価格に近いと知り、当初考えていた金額を約3%引き上げて提出した。

この3%は事件の核心である。秘密漏えいは、単に規則に触れた可能性があるという形式論ではない。競争相手の手札を知った企業が、もっと安くできたかもしれない金額を上げた。発注者が守るべき競争が、発注者側から与えられた情報によって変形したのである。

2件無効となり落札決定が取り消された設計業務入札
約3%企業Aが説明した小松駅案件の入札額引き上げ幅
停職3カ月情報を漏らしたと認定された職員への懲戒
12年ぶり2014年の北陸新幹線類似事件からの経過

開業後に見つかった「音」の仕事

今回の入札は、2024年3月16日に開業した金沢―敦賀間の延伸工事そのものではない。約125.1キロの区間はすでに営業している。機構が整備・保有し、西日本旅客鉄道(JR西日本)へ貸し付ける鉄道施設について、開業後に測った騒音を環境基準内へ収めるための追加設計だった。

列車が実際に走って初めて分かる音がある。機構は2025年9月から10月にかけて沿線騒音を測定し、小松駅と加賀温泉駅の周辺で環境基準を超える地点を確認した。同年10月、音源側の追加対策を決定。駅の柱の列車側に吸遮音板を取り付ける計画を立てた。

駅施設には、列車が高速で進入するときの空気圧を逃がす開口部が必要だ。単純に壁で塞げばよいわけではない。計画では、開口部を残しながら、多孔質の板に音を取り込み、細かな空隙の摩擦で音のエネルギーを熱へ変える。この技術的な調整を設計する業務が、小松駅と加賀温泉駅で別々に発注された。

認可上の事業完成予定は2027年度末。職員は調査に対し、入札不調で予定が遅れるのを避けたかった、極端な低価格入札になれば第三者の調査担当を置く必要が生じ、事業者が嫌がると考えた、小松駅の当初設計を知る企業Aが適任だと思った、と説明した。目的だけを見れば、現場を前へ進めたい技術者の焦りに見える。だが公共調達では、その「善意」こそが競争を歪める危険な近道になり得る。

一通の電話から落札決定まで

3月2日 小松駅・加賀温泉駅の二つの設計業務を公示。

3月16日 企業Aは小松駅に、企業Bは両案件に参加表明書を提出。

3月25日 小松駅はAとB、加賀温泉駅はBだけを見積り提出者に選定。

4月3日夜 職員が自宅から私用電話で企業A担当者へ連絡し、予定価格、調査基準価格、競合情報を伝達。

4月6日朝 企業Bが両案件の見積りを提出。職員はAへB担当者の連絡先をメールで送る。

4月6日午後 AとBの担当者が会話。Bの小松駅への意欲と価格水準などを交換。同日夕方、Aが小松駅の見積りを提出。

4月10日 開札。小松駅はA、加賀温泉駅はBが落札者に決定。

4月16~20日 Aが社内コンプライアンス違反を機構へ申告し、契約締結を辞退。

4月23日 機構が公正入札調査委員会を設置。

5月29日 二つの入札を無効とし、落札決定を取り消す。内部調査委員会を設置。

7月28日 調査報告、処分、再発防止策を公表。公正取引委員会と警察庁へ通報。

予定価格はなぜ秘密なのか

公共工事・業務の予定価格は、発注者が積算し、契約できる上限の基準とする金額だ。今回、積算に使う参考の技術者単価など一部の材料は公開されていた。経験のある事業者なら、かなり近い金額を自力で計算できた可能性がある。それでも、機構が算定した具体的な予定価格は公表されていなかった。「推計できる」と「発注者が答えを教える」の間には、制度上の決定的な違いがある。

調査基準価格は、見積額が低すぎて履行品質が損なわれないかを追加調査する目安である。これも事前に正確な値を知れば、事業者は最低限の調査リスクを避けながら価格を設定できる。さらに競合の数、名称、参加意思、価格の近さまで分かれば、値下げ競争をする必要がどこまであるかを計算できてしまう。

漏れた・交換された情報競争への影響報告書の認定・留保
予定価格と調査基準価格上限と低価格調査の境界を知り、価格を戦略的に置ける。職員が企業Aへ非公表情報を伝えたと機構が認定。
他の参加者が企業Bであること競争相手の数と正体が分かり、値下げ圧力を推測できる。職員が企業Aへ伝え、後にB担当者の連絡先も送った。
AとBの参加意思・重点案件どの案件で競争が強いかを両社が把握できる。両社担当者が4月6日に話したと報告書が認定。
Bの小松駅入札額が予定価格に近いことAがもっと高い額でも勝てる可能性を判断できる。Aは入札予定額を約3%引き上げたと説明。

企業Aは、職員から企業Bへ連絡するよう求められたと説明した。一方、職員は、その依頼をしたことを否定した。報告書は、この点について双方の説明が一致しないと明記している。ただし、職員がB担当者の連絡先をAへ送ったことと、その後に両社が入札情報を話したことは確認された。意見が食い違う部分を残しても、公正性が失われたという結論は変わらなかった。

「工程を守りたかった」は免罪符にならない

職員の説明で繰り返されるのは、工期への不安である。音対策を2027年度末までに終えるには、設計、製作、施工を連続して進めなければならない。応札が一社もなければ再公示が必要になる。低価格調査が入れば手続きも増える。担当者の目には、規則どおりの競争が工程を脅かす障害に見えたのかもしれない。

しかし調査報告書は、客観的に切迫した状況だったとは認めなかった。不調となった場合の再発注工程はすでに検討されていたからだ。小松駅の当初設計を企業Aが担当していたとしても、それはAが落札するよう情報を与えてよい理由にはならない。むしろ「この会社に任せるのが一番早い」という発注者の思い込みは、既存事業者を優遇し、新規参入を遠ざける典型的な入口になる。

職員は、他社の情報を伝えれば業者同士の調整につながる可能性を認識していたとされる。勤務時間外に自宅から私用電話を使ったのも、コンプライアンス上問題だと理解し、目立たない形で連絡するためだったと説明した。上司から連絡するよう指示されたとも述べたが、上司は否定し、裏付ける証拠は見つからなかった。

公共調達を壊すのは、必ずしも現金の入った封筒ではない。「遅らせたくない」「あの会社ならできる」という現場の確信が、手続きより上に置かれた瞬間にも壊れる。

発見したのは、発注者ではなく入札者だった

今回の不正の入口は機構職員だったが、停止ボタンを最初に押したのは企業Aの社内コンプライアンス機能だった。Aは4月16日、機構へ内部規則違反が判明したと連絡し、20日に契約締結辞退を書面で提出した。この申告がなければ、二つの落札決定がそのまま契約へ進んだ可能性は否定できない。

だからといって企業Aを単純な「告発者」として美化することもできない。報告書によれば、Aの担当者はBと参加意思や価格情報を話し、その情報を受けて見積額を上げた。企業Bも競争上機微な情報を交換した。機構は、両社が契約申込心得に違反したと判断し、指導するとした。公表資料では二社の名前を匿名のままにしている。

それでも、企業側の内部統制が発注者側の監視より先に機能したという事実は重要だ。機構は2014年の事件後、監査、研修、入札監視、業者との接触ルールを積み重ねていた。それにもかかわらず、今回の連絡は職員の自宅と私用電話を通り、公式記録の外へ出た。制度が紙の上にあっても、非公式の一本の電話に弱いままなら、統制は完成していない。

2014年――同じ新幹線、同じ秘密

今回を一人の職員の逸脱だけで終わらせられない理由がある。機構は2014年にも、北陸新幹線の長野―金沢間で、融雪・消雪基地の機械設備工事を巡る予定価格情報の漏えいを起こしている。

公正取引委員会は2014年3月、関係会社8社と従業員8人を検事総長へ刑事告発した。調査では、機構の設備部長ら職員が複数案件の入札前に特定事業者へ非公表の予定価格情報を教えていたと認定され、機構は官製談合防止法に基づく改善措置要求を受けた。その後の行政手続きでは、11社が2011年に受注順を決め、他社が予定者の落札に協力する合意をしていたとして、2015年に排除措置命令が出た。課徴金は7社で計10億3499万円だった。

機構は第三者委員会を設け、2014年9月に再発防止策を公表した。コンプライアンス研修、ガバナンスと監査、外部委員を含む入札監視、手続きの見直し、情報管理、処分の厳格化、機構OBと業者の関係適正化、毎年の検証――八つの柱である。後年の業務報告では、すべて実施し、形骸化させないよう継続すると記してきた。

2026年の報告書は、この過去を隠していない。資料の後半に2014年対策の概要を再掲している。だからこそ、今回の意味は重い。ルールがなかったのではない。ルール、研修、誓約、監視委員会、過去の刑事事件という強い警告があり、それでも秘密は漏れた。

機構は今回、同じ職員らが関係した別の8件、過去2年度の28件を含む調達を点検し、最大52人への聴取などを行った。ほかの漏えい、金品の授受、機構OBとの過度に密接な関係は確認できなかったとしている。企業Bの担当者の一人が機構OBだったが、報告書は不適切な関係を認定していない。事実のない「天下り」の物語へ広げるべきではない。一方で、担当組織が技術系二人を中心とする小さな体制だったことは、牽制と相談の余地が細かったという組織上の論点を残す。

法律が問うのは「談合が完成したか」だけではない

入札談合等関与行為防止法、いわゆる官製談合防止法は、発注機関の職員が談合へ関与した事件を受け、2002年に制定され、2003年に施行された。2006年改正で、職員自身による入札妨害を処罰する第8条が加わり、2007年に施行された。職務に反して談合をそそのかす、予定価格などの秘密を教える、その他の方法で入札の公正を害する行為には、5年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金が定められている。

重要なのは、第8条が、事業者同士の独占禁止法違反が最終的に成立した場合だけの付属罪ではないことだ。発注者の職員が秘密を教え、公正を害する行為自体を捉える。機構の報告書は、今回の職員行為が第8条に違反する可能性があるとし、公正取引委員会と警察庁へ通報した。

法的な留保:機構の内部調査は、刑事裁判の有罪認定ではない。7月29日午前10時32分現在、公表資料で職員や二社の刑事責任が確定したわけではない。本稿では「認定」「疑い」「可能性」を区別し、企業名や個人名を推測しない。

機構は職員を停職3カ月とし、監督者らを厳重注意とした。理事長、副理事長、理事長代理、担当理事はそれぞれ月額報酬の10%を1カ月、自主返納する。処分は責任の所在を示すが、競争が受けた損害を自動的に回復するわけではない。入札額が約3%上がったという説明がある以上、再発注でどの価格になったか、工程や設計品質にどの影響が出たかも、今後の検証対象になる。

再発防止に必要なのは「もっと研修」だけではない

機構が発表した新たな対策には、理事長から全職員への指示、コンプライアンス誓約、全職員向けeラーニング、事例研修、業者との面談を複数職員・開放空間で行う原則、例外時の事前承認と記録、執務室の扉を開けることを促すポスター、監査と入札監視の見直しが含まれる。必要な対策ではある。しかし、その多くは2014年後にも掲げられた種類のものだ。

信頼回復へ、今回の事案が示す五つの実務課題
  • 連絡の記録:公告から契約まで、応札予定者との電話・メール・面談を案件台帳へ自動的に残す。
  • 私用端末の遮断:事業者連絡を業務端末に限定し、例外は事前承認と事後監査の対象にする。
  • 職務の分離:予定価格を知る担当者と、参加者へ連絡する担当者を可能な限り分ける。
  • 「工程圧力」の申告:不調や遅延を恐れた時こそ、担当者が秘密の近道ではなく独立した調達相談へ上げられる仕組みを作る。
  • 結果の公開:再入札の競争参加数、落札率、工程への影響を公表し、対策が価格と参加を改善したか測る。

研修は、知らなかった人には効く。今回の職員は、秘密漏えいと業者同士の接触が問題だと知っていたと報告書は認定した。知識不足ではなく、工程と技術判断を規則より優先したことが問題なら、知識をもう一度与えるだけでは足りない。職員が「間に合わせるにはこれしかない」と考えた瞬間に、別の判断者が介入できる設計が必要だ。

また、入札不調を職員個人の失敗として扱う文化も見直す必要がある。競争が成立しない可能性を正直に報告した担当者が責められ、裏で業者を確保した担当者が「仕事を進めた」と評価されるなら、秘密の調整を誘う。工程管理と調達公正は対立する目標ではない。最初から再公示の余裕、代替設計、段階発注を工程に組み込むことで、両方を守らなければならない。

吸音板が吸収できないもの

北陸新幹線の追加対策は、音を小さな孔へ導き、摩擦で熱に変える。工学としては、目に見えないエネルギーを安全に逃がす仕組みである。公共調達にも、現場の焦りや業者との親しさが秘密の連絡へ変わる前に、その圧力を逃がす仕組みが必要だった。

2014年の事件後、機構は再発防止の壁を何重にも築いた。2026年、その壁には私用電話一本が通る開口部が残っていた。今回、企業Aの社内点検が異常を見つけ、契約締結前に止めたことは被害拡大を防いだ。それでも、競争相手の情報によって見積額が動いた時点で、入札の静けさは破られていた。

機構が問われるのは、停職や報酬返納を発表したかだけではない。なぜ過去の対策が、知識を持つ職員の意図的な迂回を止められなかったのか。再入札が本当に競争を取り戻したのか。二つの駅の騒音対策を遅らせず、納税者へ価格の妥当性を示せるのか。吸音板は列車の音を熱へ変えられる。しかし、公的機関への不信は、壁の中へ吸い込んで消すことができない。

取材ノート・出典

本稿は2026年7月29日午前10時32分(日本時間)までに確認できた公的資料と報道に基づく。企業名・個人名は、機構の公表資料に従い匿名とした。為替レートは同日午前9時59分の参考値。