厚真町を見下ろす丘に立つと、この町が賭けているものの大きさが見える。水田とハスカップ畑が太平洋へ伸び、内陸には森が立ち上がる。道を走れば空港、フェリー港、札幌の市場は近い。だが、人口4,232人の町が本当に築こうとしているものは目に見えにくい。足りないサービス、眠っている資源、あるいは一人の切実な思いを、長く続く仕事へ変える「人のインフラ」である。
厚真町は7月23日、起業家育成プログラム「ローカルベンチャースクール(LVS)」第11期の募集を始めた。2016年、道央南部の農村を拠点に事業をつくる人を伴走支援するために始まった2泊3日のプログラムだ。町は、10年間で町内に50を超える事業が生まれ、そのうち20事業の輩出をLVSが支援したと説明する。これは主催者発表であり、数字の区別は重要だ。「50超」は町全体の起業環境の成果であって、LVSだけが50社を生んだという意味ではない。
今回は制度そのものが次の段階へ入る。LVSは当初、地域おこし協力隊制度を使って町外から移住し、起業する人材を主な対象としていた。現在は町民、厚真に第二の拠点を持つ二地域居住者、協力隊を利用しない挑戦者にも開かれている。協力隊を使う場合にも、ゼロから自分の事業をつくる「起業型」と、創業間もない企業や新規事業に取り組む町内企業の右腕になる「協働型」の2つの道を設けた。
見出しにある「次世代」は、若者だけを意味しない。LVSには原則として年齢、資格、経験の制限がない。ここでいう次世代とは、次の参加者であり、支援制度そのものの次の姿である。
第11期で実際に何をするのか
応募締め切りは10月31日。募集定員は設けず、参加費は無料だが、交通費、宿泊費、食事代は自己負担となる。書類選考後、11月27日から29日まで厚真町で合宿を行い、冬の間はオンラインなどで事業計画を磨く。地域おこし協力隊の起業型・協働型を希望する人は、2027年2月20日と21日の別選考に進む。選考会を経ず、独自に事業を始めることもできる。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 2026年7月~10月31日 | 募集、オンライン説明会、オンライン事前研修。特設サイト上の応募締め切りは10月31日。 |
| 11月上旬 | 書類選考。LVS自体は現在の居住地を問わないが、利用する公的支援制度には個別条件がある。 |
| 11月27~29日 | 厚真町で2泊3日の合宿。メンタリング、参加者同士の対話、地域理解、事業プランの設計。 |
| 12月~1月 | オンラインなどでフォローアップし、計画を改善。 |
| 2027年2月20~21日 | 地域おこし協力隊の起業型・協働型を希望する人・受け入れ事業者の別選考。 |
| その後 | 採択者は制度を活用して始動。制度を使わず独自に始める道もある。 |
プログラムは損益計算より一歩手前から始まる。参加者は、どのような生き方と働き方を本当に望むのか、なぜ厚真なのか、計画の内側に他人の期待や恐れが隠れていないかを問われる。町が示すメンタリングの4つの約束は、本人の幸せにつながる選択を大切にすること、次の一歩を一緒に考えること、外の正解ではなく「自分軸」につながっているか確かめること、そして成功しそうかだけでなく失敗を意味ある経験にできるかを見ることだ。
市場規模や成長率を語る一般的なアクセラレーターに比べれば、柔らかく聞こえる。しかし地方起業では現実的でもある。創業者が賭けるのは資金だけではない。住まい、配偶者の仕事、冬の移動、子育て、匿名ではいられない小さな共同体での人間関係も引き受ける。利益が出そうでも、本人が残り続ける理由を持てない事業は強くない。
「スタートアップ以前」から外とつながった土地
厚真の歴史は、孤立した辺境という単純なイメージを退ける。第5次総合計画は、厚真川流域の人の営みを約1万4,500年前の旧石器時代までさかのぼって記す。縄文期の出土品は富良野・十勝方面との往来を示し、10世紀頃からは、東北やサハリンを経てロシア極東、朝鮮半島、博多、京都、常滑、鎌倉などにつながる交易品が届いた。そうした広い交流の地で、先住民族アイヌの生活文化が育まれ、受け継がれた。
19世紀後半の和人移住は、土地と経済のあり方を大きく変えた。町史は、1870年に新潟県出身の青木与八が浜厚真へ定住し、1880年代後半以降、富山、石川、岩手などからの移住が本格化したとする。森林や原野は水田と畑へ変えられ、用水と土づくりが農業の基盤をつくった。森を背景に製材所と炭焼き窯が広がり、1897年、厚真村が苫小牧村から分離した。
ここでは言葉を慎重に選ぶ必要がある。和人が「開拓」する前の土地は空白ではなかった。町の公式年表自身が、農業開発の前にアイヌ文化を位置づけている。森、食、文化を経済資源として扱う現代の起業支援には、採取できるものだけでなく、土地の記憶、管理責任、すでにそこに関わる人々へ価値を還元する責任がある。
次の大きな転機は苫小牧東部開発だった。1980年、苫東厚真火力発電所1号機が運転を始め、石油備蓄基地やフェリー航路とともに、厚真は北海道のエネルギー・物流拠点の一部になった。現在の町域は404.61平方キロメートル。新千歳空港まで車で約35分、苫小牧東港まで約25分、札幌まで約90分である。
農村の土地と、都市・空路・海路への近さ。この組み合わせは、真に遠隔な自治体にはない優位性だ。顧客と人材の範囲を広げる一方、町内市場そのものが小さいという制約は消えない。
人口問題は抽象論ではない
2026年5月末、厚真町は2,163世帯、4,232人だった。第5次総合計画は2050年人口を2,931人と推計する。2016~18年、2022~23年には転入超過を実現した時期もあり、人の流れが一方向ではないことも示している。しかし計画は、人口増加そのものだけを目的にしない。日本全体の人口が減る中でも、住民が幸福を実感できる町を目指すという。
人口4,000人台の町で「スタートアップ・エコシステム」という言葉の意味は東京と異なる。中心はベンチャーキャピタル、高速成長、IPOではない。パン屋は日常の集いを取り戻し、製材所は地域材と技術を循環させ、移動サービスは免許返納後の高齢者をつなぐ。レストランは、異なる育て方をした卵や牛肉に市場をつくる。
小さな一社が、生計手段であると同時に生活インフラになる。それが可能性であり、同時に危うさでもある。創業者が燃え尽きたり町を離れたりすれば、住民が頼り始めたサービスも失われる。
国の移住制度は、どう起業家の入口になったか
地域おこし協力隊は2009年度に総務省が始めた制度だ。都市部から人口減少地域へ移り、通常1~3年、地域課題に関わり、任期後に起業や就職、定住へ進む。通常の地方創業では得にくい時間と公的資金を提供する。
厚真町のモデルは岡山県西粟倉村から着想を得た。2015年、西粟倉でLVSを運営していた当時のエーゼロ代表を町が招き、翌2016年、ローカルベンチャー協議会の発足と同時に厚真も参加した。自治体と民間の中間支援組織を組み合わせ、創業者への伴走と外部専門家との接続を両立させる仕組みだった。
第1期は6人が参加し、起業型協力隊2人の採択につながった。2017年はローカルライフラボを合わせて24人が参加し、起業型5人を採択。一方で2019年は6人が参加したが、協力隊などの採択にはつながらなかった。ゼロという年は貴重な記録だ。毎年の発表会が予定調和の合格式ではなかったことを示す。
国の交付金を活用したローカルベンチャー推進事業は、2026年3月で10年間の事業期間を終えた。厚真はLVSを閉じず、第11期を始める。次に問われるのは、支援が町の能力になったかどうかだ。役場職員、メンター、既存企業、金融機関、卒業生が知識と関係を引き継ぐのか。それとも、最初に組み立てた制度と予算がなければ弱まるのか。
公的な助走路は大切だが、弱点を隠すこともある。3年間の支援期間は、顧客が本当にいることを証明しない。最も重要な試験は、報酬、委託費、特別予算が終わった後に始まる。売上と現金が残り、創業者がこの地に残りたいと思えるか。
震災はLVSの後に来た
2018年9月6日午前3時7分、胆振東部をマグニチュード6.7の地震が襲い、厚真町は北海道で初めて震度7を記録した。土砂災害で36人が亡くなり、その後、災害関連死1人を合わせて死者は37人となった。住宅、農地、道路、森林が壊れ、苫東厚真火力発電所の停止は道内全域のブラックアウトにつながった。
順序が重要である。LVSは震災の2年前に始まっていた。地震が起業戦略を生んだのではない。すでに町にいた起業家も、無傷の救援者ではなかった。養鶏事業者は家と鶏舎を失い、旧保育所を使う予定だった事業者は拠点を失い、ハスカップ畑も被害を受けた。
森林被害は途方もなかった。北海道の対応方針は、道内約4,300ヘクタールで林地崩壊が起き、林業被害額は511億円とした。厚真町だけで3,236ヘクタール、365億4,000万円に及んだ。森の回復は年度予算ではなく、数十年で測る仕事である。
厚真町は2018年のLVSを一度中止し、その後、時期を延期して募集を再開した。町の担当者は「被災地を助けに来てほしい」という募集はしなかったと振り返る。震災の年も、自分の夢をかなえるために厚真へ来てほしいという姿勢を崩さなかった。この区別は、災害をブランド化し、住民を外部者の道徳物語の背景にする「復興演出」を避ける。
それでも震災は町のネットワークを広げた。東日本大震災を経験した地域の人々は、外部の力を受け入れてよい時だと厚真を励ました。被災木は後にATSUMA96プロジェクトで新たな材料と意味を得た。正確な教訓は「起業が震災を癒やした」ではない。すでに存在した支援ネットワークが、事業者自身も被災した危機の中で、仕事を続ける道を一つ増やしたということだ。
一角獣ではなく、事業の森を育てる
厚真の事業群は意図的にばらばらだ。西埜馬搬は馬で木を運び、森への負荷を抑える。木の種社は地域材、製材、暮らしの提案をつなぐ。10aは平飼い卵と飲食を組み合わせる。GOODGOODは放牧和牛の生産から加工・販売までを構想する。ミーツは公共交通を補う移動サービスに取り組み、アヨンガはモンゴルの遊牧文化を体験する場をつくる。
ほかにも、フランス人パン職人、ハスカップ酢、コーヒー焙煎、木工、燻製、フライフィッシングガイド、サラブレッド販売情報、アート、映像、貿易、ドローン森林管理がある。町の担当者によれば、LVS開始後に森林関連企業10社が生まれた。商店街で目に見える事業もあれば、供給網の奥で動く企業もある。
戦略はここに表れる。厚真は、一社で町全体を雇う急成長企業を待っているのではない。異なる事業が、金、技能、関係を循環させるポートフォリオをつくる。畜産業者が地域のサービスを買い、デザイナーが被災木の価値を高め、カフェが出会いを生み、移動事業者が顧客をそこへ運ぶ。
ポートフォリオとして考えるなら、撤退も隠してはならない。閉じる会社、方向転換する会社、町を離れる人は必ず出る。成熟した仕組みは、失敗から何が残ったかを記録する。人材、設備、関係、顧客理解が地域に残ったのか。それとも公金を使っただけだったのか。
「自分軸」は必要だが、それだけでは足りない
個人の動機を掘り下げる手法はLVSの最も特徴的な部分だ。参加者が望んでいるのは一般的な林業会社ではなく「馬と暮らしながら森で働く生活」かもしれない。欲しいのは拡大可能な飲食チェーンではなく、特定の方法で育てた食材を人に届ける場かもしれない。その固有性から、コンサルタントが机上で設計できない事業が生まれる。
しかし、誠実さは需要ではない。顧客、原価、価格、許認可、資金、冬の物流、住宅、通信、保育、配偶者の仕事が必要だ。土地や森、文化を商品にするなら、誰がリスクを負い、誰に利益が戻るかも定義しなければならない。創業者の幸福を大切にするメンターは、愛着のある計画でも採算が合わないと伝える責任を持つ。
本当に強い「応援文化」は、無条件の励ましではない。価格テスト、予約販売、資金繰り、安全基準を示し、やめることが責任ある次の一歩なら、それも一緒に決められる関係である。
2026年、誰を「起業家」と数えるかが変わる
2024年までは、LVSと地域おこし協力隊の選考が大きく重なっていた。2025年から両者を分離し、LVSは公的採用のゲートだけでなく、計画を磨く場になった。2026年はさらに、町民がIPPOカフェなどから参加し、二地域居住者も第二拠点から事業をつくり、既存企業は単独創業者ではなく協働者を探せるようになる。
協働型は地方企業の承継問題に直接向き合う。小さな企業が必要としているのは、隣にもう一社できることではなく、既存資産から新事業をつくる商品責任者、運営者、将来の経営者であることが多い。「右腕」という言葉は、起業家精神が新会社の設立だけでなく、企業の中でも発揮されることを認める。
二地域居住も大きな変化だ。2024年施行の改正法で、主たる住所の外に定期的な第二拠点を持つ生活を政策的に支える枠組みが明確になった。厚真町は、地域で労働、消費、投資を行う人を「活躍人口」と呼ぶ。宿泊者数だけで数える観光客ではなく、価値を共につくる人である。
これにより、完全移住のリスクは下がり、都市の顧客を保ちながら厚真で事業を試せる。一方で責任の定義が難しくなる。年間何日いればよいのか。冬の緊急時に誰が対応するのか。売上は地域で循環するのか、それとも厚真の名前だけを使うのか。「二地域」という魅力的なラベルではなく、行動と成果で貢献を示す必要がある。
厚真が次に公開すべき成績表
第5次総合計画は、事業、直接の成果、その先の社会的インパクトをつなぐロジックモデルを採用した。同じ規律をLVSにも適用できる。「50事業」「20事業支援」は有用だが、活動量を示す数字にすぎない。生存率、家計所得、補助金依存、住民が価値を感じるサービスが生まれたかは分からない。
| 問い | 公表する価値のある証拠 |
|---|---|
| 事業は続いたか | 12、36、60か月時点の継続・責任ある撤退、売上規模、公的支援外の収入比率、賃金と納税。 |
| 厚真に価値が残ったか | 地元調達、雇用、回復したサービス、住民利用、域外売上、土地・森・文化の責任ある利用。 |
| 創業者は幸せになったか | 世帯所得、住居の安定、心身の状態、燃え尽き、転換・廃業時の支援。 |
| 参加機会は本当に広いか | 町民と移住者、完全移住と二地域居住、分野、ライフステージ、旅費・宿泊費が壁になった応募者。 |
| 交付金後も仕組みが残ったか | 町内財源、卒業生メンター、民間資金、企業との連携、2026年3月以後も残った職員・組織能力。 |
企業の秘密をさらす必要はない。匿名化した期別データや売上帯でも、宣伝の成功談から学習へ進める。応募後に離れた人、副業がなければ続かない事業、廃業した事業も含めるべきだ。
正直な成績表は、LVSを神話から守る。行列のできるパン屋も、久しぶりに人の手で担がれた神輿も、小さな町の日常を変える大切な出来事だ。しかし、それだけで人口減少を逆転したと語る必要はない。LVSは、人口曲線を一人で変えなくても、住民と移住者の選択肢を増やせる。
「次世代」とは、学び続ける制度である
厚真が生んだ最も重要な成果は、特定の一社ではないかもしれない。未完成の構想を受け止め、現実の土地で試し、地形と人間関係を知る人につなぎ、選考後も応援し、ときには厳しく問い直す能力そのものかもしれない。
その能力は、震災、コロナ禍、役場担当者の交代、10年間の国の交付金事業終了を越えてきた。新しいLVSは、次の有用な起業家がすでに町内にいるかもしれないこと、二つの地域で暮らすかもしれないこと、新会社をつくるより既存企業を強くする方が向いているかもしれないことを認める。
丘の下の田畑が必要としているのは、英雄的な外部者の行列ではない。買い、売り、雇い、直し、教え、残ることのできる粘り強い事業だ。第11期が「自分軸」の文化に、商業と地域への成果を示す公開記録を組み合わせられれば、厚真は地方の成功物語より希少なものを日本に示す。学ぶことのできる地方制度である。
町が次世代を育てるとは、誰が町を救うかを当てることではない。何をつくる価値があるのか、そこに残るには何が必要なのかを、多くの人と年々うまく発見できる町になることである。
主な資料・参考文献
2026年度の募集条件、町内で生まれた事業数、LVSが支援した事業数は厚真町の発表に基づく。歴史、人口、震災、制度については町・北海道・国の資料で確認した。第三者監査が確認できない成果は、その旨が分かるように記述した。
- 厚真町:2026年7月23日 ローカルベンチャースクール募集発表
- 厚真町チャレンジ応援通信:2026年度日程、応募条件、仕組み、沿革
- 厚真町:第5次厚真町総合計画(2026~2035年度)
- 厚真町:第5次総合計画全文(町の歴史・人口見通しを含む)
- 厚真町:第3期厚真町地方創生総合戦略
- 厚真町:位置・面積・交通アクセス
- 全国町村会:厚真町のローカルベンチャー、メンタリング、二地域居住
- ETIC. DRIVE:厚真町役場が振り返るローカルベンチャー10年
- ETIC. DRIVE:中間支援組織から見た厚真町の変化
- ETIC. DRIVE:森林ローカルベンチャー10社とATSUMA96のネットワーク
- ETIC. DRIVE:2018年地震で被災した起業家・農業者
- 厚真町:北海道胆振東部地震 災害対応・復旧復興報告書
- 厚真町:土砂災害36人・災害関連死1人を伝える追悼式式辞
- 北海道:胆振東部地震による被災森林の再生に向けた対応方針
- JOIN:地域おこし協力隊制度の概要
- 国土交通省:二地域居住と2024年施行の制度
