10月31日、萩で二つの異なる「陶の現在」が出会う
器の内側に、どれほどの歴史が入るのか。山口県萩市の山口県立萩美術館・浦上記念館で10月31日に始まる二つの特別展は、その問いを異なる角度から投げかける。一つは現代の萩焼に挑む作家5人を紹介する「萩焼 New Age」。もう一つは、世界的なファッションデザイナーNIGO®と、近代の数寄者で陶芸家でもあった川喜田半泥子(かわきた・はんでいし、1878~1963年)の関係をたどる「NIGO®と半泥子」だ。会期はいずれも12月20日まで。
山口県が10月14日に発表した展覧会資料によると、後者ではNIGO®が収集した半泥子の茶碗など55点と、NIGO®自身が作った茶碗25点を紹介する。名高いデザイナーの所蔵品を見るだけの催しではない。現代の創り手としてのNIGO®と、敬愛する先達との対話を、実物の茶碗で見せる構成となる。
萩焼は、外から来た技術で始まった
萩焼の起点は17世紀初頭にさかのぼる。毛利輝元が萩に城を築いた後、朝鮮半島から渡ってきた陶工の技術を背景に御用窯が営まれた。萩・長門の土地と茶の湯文化の中で育まれた焼き物は、やがて茶陶の名産となる。起源の説明では、朝鮮陶工の移動と当時の政治・戦争の歴史を切り離して美談化しない視点も必要だ。
茶人に愛される萩の器は、柔らかな土味、釉薬の表情、使い続けることで生じる変化などで知られる。しかし「萩焼」は一種類の色や器形を指す言葉ではない。窯ごとの土の配合や釉薬、登り窯の条件、作家の選択によって姿は変わる。伝統とは完成した型ではなく、継承しながら変える技術の集合なのである。
藩の保護を失い、茶陶としてよみがえる
明治維新後、萩焼は藩の御用という基盤を失い、苦難の時代を迎えた。県立美術館の解説は、十二代坂倉新兵衛(1881~1960年)が「茶陶萩」の復興に果たした役割を強調する。近代の茶の湯の需要と作家の創意が、産地の再出発を促した。
さらに十代三輪休雪(休和、1895~1981年)と十一代三輪休雪(壽雪、1910~2012年)が半泥子との交流を深め、独自の白い釉調「休雪白(きゅうせつじろ)」へと展開した。近代萩焼を「昔のまま残った工芸」と見るだけでは、この技術と美意識の更新を取りこぼしてしまう。
半泥子――銀行家が茶碗に求めた自由
川喜田半泥子は大阪生まれ、三重県津市育ちの実業家だった。百五銀行の頭取を務める一方、茶の湯、書画、俳句に親しみ、40代から陶芸を始め、50代半ばから本格的に制作した。美術館は、後年には若手の育成にも力を注いだと紹介している。
半泥子が残したのは、単なる名品の数ではない。道具が持つ不均衡や偶然性に美を見いだし、手の動きと窯の変化を受け入れる態度は、整いすぎた工業製品とは違う価値を示す。伝統に身を置きながら形式から自由になろうとする姿勢は、現代のデザイナーにも刺激を与える。
NIGO®が萩の土に引き寄せられた理由
美術館の公式紹介によると、1970年生まれのNIGO®は、1990年代の裏原宿発のファッション文化を世界に広げ、HUMAN MADEを2010年に立ち上げた。KENZOのアーティスティックディレクターなどを務め、活動領域は衣服を超える。茶の湯の世界では茶名「宗号」を持つ。
NIGO®が半泥子の陶芸に関心を深めたきっかけは、萩での作陶だったという。以来、半泥子ゆかりの三重県津市・廣永窯(現・仙鶴窯)や萩、長門などの窯を訪れ、自身でも茶碗を作るようになった。ブランドの商業的成功と、一碗を手で作る時間との間にどんな共通点があるのか。展示はその問いを、本人制作の25点で検証する機会になる。
「New Age」の5人は誰か
もう一方の展覧会「萩焼 New Age」では、岡田泰(おかだ・やすし)、渋谷英一(しぶや・えいいち)、田原崇雄(たはら・たかお)、十六代坂倉新兵衛(さかくら・しんべえ)、三輪太郎(みわ・たろう)の5人を紹介する。山口県の発表は40~50代の作家たちが、伝統の素材・技法と緊張関係を保ちながら創造性を発揮すると位置付ける。
それぞれの制作の中心となる技法や具体的な出品作は、公式の詳細資料と現物で見極める必要がある。展示前の記事として、作品の形や効果を見たように描写することはできない。ただ、伝統ある窯元の当代と新しい表現を切り開く陶芸家が同じ場に集まる意義は大きい。
茶碗は展示ケースの中だけにあるのではない
山口県は関連行事として、11月14日にNIGO®制作の茶碗で抹茶を味わう茶会、15日にはNew Age展出品作家5人の茶碗を用いる茶会を予定している。料金はそれぞれ1000円、700円。いずれも定員があり、予約開始は10月25日午前9時と案内されている。詳細は主催者の最新情報で確認したい。
この企画の重要さは、陶器を美術品として眺めるだけでなく、飲み物を入れ、手に取って重さや口当たりを確かめる道具として理解する点にある。茶碗の評価は見た目の写真だけでは完結しない。
地域の窯元にとって、注目の先に何があるか
世界的なファッションの名前が萩の陶芸と結びつくことで、普段は陶芸に触れない人が産地に関心を持つ可能性はある。だが、著名人を呼ぶこと自体が工芸の未来を保証するわけではない。窯の維持、原料調達、後継者の育成、価格と販売経路、作品を長く使う文化が伴わなければ、話題は一過性で終わる。
今回の2展を読み解く鍵は「誰が伝統を守るか」ではなく、「何を受け継ぎ、何を変え、誰に手渡すか」である。朝鮮陶工から近代の茶陶、半泥子を経て、現代の5人とNIGO®へ。萩焼は外からの出会いによって何度も姿を変えてきた。
開催情報と取材上の留保
会場は山口県立萩美術館・浦上記念館本館2階。会期は2026年10月31日~12月20日、開館は午前9時~午後5時(入場は午後4時30分まで)。一般1500円、18歳以下無料。会期中の休館日は11月9日、16日、24日、30日、12月14日。関連する「現在形の陶芸 萩大賞展Ⅶ」も同時開催される。
本記事は10月14日付の県発表と美術館の公式資料に基づく事前報道であり、展示会場での実見や作家への独自取材を行ったものではない。まだ見ぬ作品について評価を断言せず、展覧会が提示する歴史と問いを紹介した。
出典・参考資料
- 山口県:特別展「萩焼New Age」「NIGO®と半泥子」の開催について(2026年10月14日)
- 山口県立萩美術館・浦上記念館:特別展と出品作家
- 山口県:ミュージアムタウン萩と茶会案内
- 山口県立萩美術館・浦上記念館:茶会イベント
- 十六代坂倉新兵衛窯:公式サイト
- 山口県立萩美術館・浦上記念館:公式サイト
資料確認:2026年10月15日。10月31日開幕前の事前記事であり、現地取材・作品実見は行っていません。
