1兆39億円――初めて越えた線
財務省と日本銀行の国際収支統計によると、2025年度に日本から外国へ支払われた個人間移転は約1兆39億円。前年度から11.5%増え、2015年度の約4,700億円から2倍以上になった。7月15日の参考レート、1ドル=162.09円で機械的に換算すれば約61.9億ドルである。ただし、年度中の各送金は異なる日の為替レートで行われたため、これは規模感をつかむ比較にすぎない。
送金先はベトナムが2,887億円で全体の約28.8%。次いでインドネシア898億円、フィリピン671億円と報じられた。アジアが上位を占めるのは、日本で働く人の出身国構成、家族を母国に残す割合、在留資格、所得、滞在期間、金融サービスの利用方法が重なるためだ。
| 送金先 | 2025年度 | 全体に占める概算 | 7月15日レートでの参考ドル換算 |
|---|---|---|---|
| ベトナム | 2,887億円 | 28.8% | 約17.8億ドル |
| インドネシア | 898億円 | 8.9% | 約5.54億ドル |
| フィリピン | 671億円 | 6.7% | 約4.14億ドル |
| その他 | 約5,583億円 | 55.6% | 約34.4億ドル |
この統計は「外国人労働者の送金」そのものではない
ここが最も大切だ。公式項目名は国際収支の「個人間移転」であり、居住者家計と非居住者家計の間の対価を伴わない経常移転を記録する。外国で得た所得を家族へ送る労働者送金が中心だが、親族・知人への生活費、個人間の寄付・贈与、損害賠償なども入り得る。雇用所得だけ、外国人だけに限定された箱ではない。
逆に、すべての送金が完全に見えるわけでもない。統計は支払等報告書と、銀行・登録資金移動業者の「個人間移転に関する調査表」を基に日銀が集計・推計する。現金の持ち帰り、非公式な相殺、暗号資産など正規の報告網を通らない移転は捉えにくい。短期就労者の所得は居住性の判断により「雇用者報酬」へ分類される場合もある。
したがって、1兆39億円を外国人労働者257万1,037人で割ると年約39万円になるが、これを「一人当たり平均送金額」と呼んではいけない。対象時点が違い、送らない人もいれば、日本人の送金も、非労働所得の移転も含まれる。割り算は規模の粗い比較にしかならない。
一回の送金はどう旅をするか
送り手は日本円で銀行、資金移動業者、アプリや代理店へ払い込む。事業者は本人確認とマネーロンダリング対策を行い、国際ネットワークや提携先を通して受取国へ指図を送り、銀行口座、現金窓口、場合によってはモバイルウォレットへ現地通貨で届ける。実際のお金が同じ形で空を飛ぶのではなく、複数機関の帳簿上の債権・債務が精算される。
| 段階 | 見える費用 | 見えにくい費用・リスク |
|---|---|---|
| 日本で入金 | 送金手数料、入金手数料 | 現金取扱い、本人確認に要する時間 |
| 通貨交換 | 公示レート | 市場レートとの差である為替マージン |
| 国際移転 | 中継手数料 | 着金日、審査、送金限度 |
| 家族が受取 | 受取手数料 | 窓口への交通費、安全性、口座アクセス |
「手数料0円」でも安いとは限らない。為替レートに価格が埋め込まれるからだ。世界銀行は総費用を、送り手の手数料と市場基準レートからの為替マージンの合計で比べる。2024年第2四半期、日本から200ドル相当を送る平均費用は7.89%で、G20送金国の中で南アフリカに次いで高かった。日本→ベトナムの2025年第3四半期データでは、安いサービスで2%台の例もあり、事業者と受取方法で大差がある。
円安は誰にどう響くのか
送り手が毎月5万円を固定して送るとき、円が受取国通貨に対して弱くなれば、家族が受け取る現地通貨は減る。家族へ一定額の現地通貨を届けようとすれば、日本でより多くの円を稼ぎ、送らなければならない。食料や学費の値上がりが重なれば、負担はさらに大きい。
一方、円建ての統計額が増えたからといって、受取家計の購買力が同じ割合で増えたとは限らない。送金者数、賃金、労働時間、送金頻度、為替、手数料が同時に動くからだ。円安で日本の職が他国に比べ魅力を失えば、長期的には人材獲得にも響く。送金統計は為替市場の結果であると同時に、労働市場の競争力を映す鏡でもある。
1990年から2027年へ――「移民」と呼ばず増えた労働力
戦後日本は長く、専門・技術職は受け入れるが、単純労働者の受入れには慎重という建前を保った。ところが高齢化と人手不足のなか、制度は別々の入口を広げてきた。1990年の改正入管法は日系人と家族に「定住者」などの資格を広げ、ブラジルやペルーから製造現場への就労を増やした。
1993年に始まった技能実習制度は、技能移転による国際貢献を目的に掲げながら、実際には中小製造、農業、建設、食品加工などを支えた。2010年には実習1年目から雇用関係を明確化し、2017年には技能実習法と外国人技能実習機構による監督が始まった。それでも転職制限、低賃金、失踪、送り出し費用をめぐる批判は続いた。
2019年には人手不足分野で働く「特定技能」が創設された。2024年の法改正は技能実習を発展的に解消し、人材育成と確保を明記する「育成就労」へ置き換える。運用開始は2027年4月予定で、一定条件下の転籍を認め、特定技能への道をつなぐ。制度の言葉が「研修」から「労働力の育成・確保」へ現実に近づいた。
| 年 | 制度の節目 | 送金との関係 |
|---|---|---|
| 1990 | 改正入管法。日系人らの就労が拡大。 | 製造業を中心に新しい家族間送金の回廊。 |
| 1993 | 技能実習制度開始。 | 家族を母国に残す期間就労が増える。 |
| 2010 | 資金決済法施行、登録資金移動業者が参入。 | 銀行以外の比較的安い送金手段が広がる。 |
| 2019 | 特定技能制度開始。 | 人手不足分野で就労者と滞在経路が拡大。 |
| 2027予定 | 育成就労制度開始。 | 転籍、賃金、定着、家族形成が送金行動を変え得る。 |
外国人労働者257万人の内側
厚生労働省の2025年10月末集計では、外国人労働者は257万1,037人、雇用事業所は37万1,215所で、いずれも過去最多。10年前の労働者約91万人から約2.8倍になった。国籍別はベトナム60万5,906人、中国43万1,949人、フィリピン26万869人。在留資格では専門的・技術的分野が86万5,588人で最大、身分に基づく資格64万5,590人、技能実習49万9,394人、留学生のアルバイトなど資格外活動44万9,324人と続く。
国籍別労働者数と送金額の順位は一致しない。中国は労働者数で2位だが、送金上位2か国には出ない。所得水準、家族が日本に同居している割合、定住意向、留学生比率、母国口座への資産移動が統計上の個人間移転に当たるかなどが違うからだ。国籍を一枚岩とみなすと、数字を読み誤る。
家族にとって、送金は「生活の保険」
送金は政府援助ではなく、個人が働いて得た所得の配分だ。受取家計は食料、住居、医療、教育、借金返済、農機具や小商い、災害時の修理に使う。定期的な少額送金は消費を平準化し、失業、病気、不作のショックを吸収する私的な保険として働く。
世界全体でも、送金は低・中所得国にとって直接投資や政府開発援助を上回るほど安定した外部資金になる。資本市場の投資と違って、家族関係に基づく送金は景気が悪いときにも続きやすい。しかし依存が大きくなれば、送金者の失職、為替急変、在留制度変更が家計全体を揺らす。家族が離れて暮らす心理的費用も統計には表れない。
日本経済にとって「流出」なのか
国際収支では海外向け個人間移転は第二次所得の支払、つまり経常収支のマイナス項目になる。だが、これをそのまま国の損失と呼ぶのは誤りだ。送金は税金の流出でも援助予算でもなく、労働の対価として支払われた私有所得である。外国人労働者は送金する前に、日本で家賃、食費、交通費を払い、所得税、住民税、社会保険料を負担し、生産とサービスを支えている。
仮に全額が国内消費されれば短期の需要は増えるかもしれない。しかし、送金できること自体が日本で働く動機であり、人手不足部門の供給を支える。経済効果を測るなら、送金額だけでなく、生産、税・保険料、企業の存続、国内消費、教育費、受入れコストを合わせて見る必要がある。
また1兆円は大きいが、日本の国際収支全体では一項目にすぎない。日本は海外投資から巨額の配当・利子を得る第一次所得黒字を持つ。家計送金を貿易赤字や資本逃避と混同してはいけない。
送金の前にある「採用の借金」
送金額が大きいことは、労働者が豊かだという証拠ではない。ILOのベトナム―日本回廊プロジェクトは、ベトナム人移住労働者が日本で最初の仕事を得るため平均1億9,200万ドン、約8,000ドルの採用費用を払うと報告する。借金で渡航すれば、最初の送金は家族の生活より先に債務返済へ向かい、悪い職場から離れにくくなる。
日本で働く外国人にも最低賃金、労働基準法、労災保険などが国籍にかかわらず適用される。しかし言語、在留資格と雇用の結びつき、転職制限、情報格差が権利行使を難しくする。公平な送金政策は、安いアプリを増やすだけでなく、採用費を労働者へ負わせない、同一価値労働へ公平に払う、給与明細を理解できる言語で示すことから始まる。
送金サービスを比べる五つの数字
| 確認項目 | 質問 |
|---|---|
| 受取額 | 家族の手元に現地通貨で正確にいくら届くか。 |
| 総費用 | 送金・入金・中継・受取手数料と為替マージンを全て含むか。 |
| 速度 | 「最短」ではなく通常の着金日。週末・祝日はどうなるか。 |
| 受取方法 | 口座、現金、ウォレット。受取人の交通費と安全性はどうか。 |
| 登録と救済 | 金融庁登録業者か。誤送金、遅延、倒産時の連絡先と資金保全は。 |
金融庁は、銀行または登録資金移動業者以外が行う送金サービスは違法だと注意する。2026年6月末時点で登録資金移動業者は84社。安さだけで非公式業者を選べば、資金を失うだけでなく、マネーロンダリングに巻き込まれる危険もある。
1兆円の次に問うべきこと
より良い政策の目標は、送金を止めて国内にお金を囲い込むことではない。手数料と不透明な為替差を下げ、正規サービスへアクセスしやすくし、送り出し国の採用費を減らす。年金の脱退一時金や社会保障協定を分かりやすくし、長く住む人には家族帯同、教育、日本語、住宅、転職の道を整える。定住すれば国内消費が増える一方、送金が減るとは限らず、家族が複数国にまたがる生活は続く。
統計も改善できる。国籍、在留資格、所得階層、送金経路、手数料を個人が特定されない形で組み合わせれば、なぜ金額が増えたのかをより正確に説明できる。現状の総額だけでは、人数増、賃金、円安、家族構成の効果を分けられない。
1兆39億円は、日本がすでに国境を越える労働と家族のネットワークに組み込まれた証拠だ。一件の送金の向こうには、夜勤を終えた介護職、工場の交代勤務、収穫を担う実習生、学費を待つ子ども、薬代を払う親がいる。日本が次に選ぶべきなのは、その流れを疑うことではなく、働く人が借金や搾取を受けず、稼いだお金を安全かつ安く使える社会を作ることである。
資料・さらに読む
- 財務省・日本銀行:2025年度 国際収支状況(速報) — 集計方法と公式枠組み。
- 日本銀行:国際収支関連統計 項目別の計上方法 — 個人間移転の定義と資料。
- 日本銀行:個人間移転に関する調査表 — 含まれる取引と除外例。
- ANN/メ~テレ:海外送金1兆円超 — 総額、10年比較、主要送金先。
- 厚生労働省:外国人雇用状況(2025年10月末) — 257万人、国籍・在留資格別。
- 厚生労働省検討会:当面の外国人雇用対策 — 10年間の増加と政策課題。
- 出入国在留管理庁:育成就労制度の概要。
- 出入国在留管理庁:主要施策 — 2027年4月の運用開始予定。
- ILO:ベトナム―日本回廊の公正な採用 — 採用費用。
- 世界銀行:Remittance Prices Worldwide — 総費用の定義と国際比較。
- 世界銀行:日本からベトナムへの送金費用。
- 金融庁:登録資金移動業者一覧。
- 金融庁:外国人の預貯金口座・送金利用 — 正規業者利用の注意。
- IMF BPM6:第二次所得と個人間移転 — 国際比較の定義。
