7,172人2025年度の県集計移住者
55.9%20~30代の割合
7,887件年間の移住相談
1,139人減2026年9月1日推計の前月比

駅のホームで迷うのは、行き先だけではない

高校を卒業して県外の大学に向かう。就職で関西や首都圏を選ぶ。数年後、愛媛に帰りたいと思っても、職種と待遇が見合う仕事が見つからない。こうした選択は個人の問題に見えるが、積み重なれば地域の人口構造を変える。帰郷とは郷愁だけで決まるものではない。

愛媛県が2026年6月に公表した2025年度の移住実績は7,172人。前年度から262人増えた。さらに20~30代が4,008人で55.9%を占めた。移住の数字には明るさがある。それでも人口減少が止まったわけではない。この二つの事実を同時に見るところから議論を始めたい。

移住7,172人の意味と、その限界

県の数字は20市町の転入手続き時のアンケートを集計したもので、相談件数は7,887件、世帯数は5,487世帯。2024年度は移住者6,910人、相談7,432件だった。増加を確かめることはできるが、相談件数をそのまま移住者数とみなすことも、県全体の転入数と置き換えることもできない。

2025年度の地域別移住者は東予2,697人、中予3,616人、南予859人。大都市に近い生活圏と人口の少ない地域とでは、仕事、住まい、公共交通、医療へのアクセスが異なる。「愛媛に人が来た」という一行では、どこに定着できるかという問題は見えてこない。

自然減が示す、さらに大きな人口の流れ

2026年9月1日現在の県推計人口は1,243,643人。前月より1,139人減った。県の公表によると、その内訳は出生529人、死亡1,479人による自然減950人と、転入2,531人、転出2,720人による社会減189人だった。移住施策が一定の実績を上げても、出生と死亡の差という大きな要因が続く。

ただし県はこの月次推計が2020年国勢調査を基準とすることを明記している。2025年国勢調査の速報・確定数と単純に接続して最新総人口の優劣を論じるのは不適切だ。本稿では月次の増減要因を見るための数字として用いる。

外へ出て、戻る――戦後から続く労働移動

愛媛の近代産業は、今治の海運・造船、四国中央の紙産業、新居浜の鉱工業、松山の商業・サービスなど多様な柱を持つ。一方、高等教育や専門職の機会は県境を越えて集中しやすい。地方の若者が進学先でそのまま働く流れは、近年の移住ブームだけでは説明できない長期的な構造だ。

高度成長期の大都市への人口集中と、その後の地方の産業構造転換は、今も進路選択の背景にある。地域への愛着があっても、希望する研究職やIT職、専門サービス職が少なければ戻りにくい。郷土愛を求める前に、仕事の選択肢を広げられるかが問われる。

「帰りたい」を採用につなぐ三つの相談拠点

愛媛県は「ふるさと愛媛Uターンセンター」を通じて就職情報と相談を提供する。2026年4月、東京・大阪の相談窓口を移転し、中国地方の大学などに進学した県出身学生に対応する広島サテライトを新設した。県外で暮らす若者への接点を広げる具体策だ。

2026年度には県外学生の面接や職場見学などの交通費を1回最大2万円、1人2回まで補助する制度も案内している。ただし手続きには事前申請など条件がある。交通費の壁を低くすることは重要だが、採用後の賃金や昇進可能性を置き換えるものではない。

移住支援金は誰でも受け取れるわけではない

県の移住支援事業は、東京23区の居住者または通勤者が所定の条件を満たして、今治市、宇和島市、新居浜市、西条市、大洲市、四国中央市のいずれかへ移る場合などが対象だ。対象求人への就業やテレワーク、起業支援などの経路が定められている。

よくある「移住すると補助金がもらえる」という宣伝だけでは、条件が厳密であることが伝わらない。住宅、世帯構成、転入時期、就業要件などは自治体や制度によって異なる。支援を評価するには、交付人数と定着率、移住後の生活水準を検証する必要がある。

住宅は安ければよいのか

都市部より住居費が低い地域でも、職場までの移動手段や保育施設への距離、空き家の修繕費で負担は増える。古い住宅ストックを活用する政策には可能性がある一方、改修費や耐震性、所有権の整理といった現実的な壁がある。

県内を一枚の住宅市場として扱うこともできない。松山の住宅事情と、島しょ部や山間部の家探しは異なる。「安い家」だけでなく、安定した仕事、学校、医療、地域交通が組み合わさって初めて暮らしの選択肢になる。

女性や若年世帯の選択を政策の中心に

就業機会があっても、出産・育児期の働き方、共働きのキャリア、介護負担、職場の柔軟性が整わなければ定住は難しい。若者を呼び戻す政策は、人数を増やす宣伝ではなく、人生の選択肢を増やす取り組みであるべきだ。

特に「男性の仕事が決まれば家族が戻る」といった旧来型の発想では、女性本人の専門職キャリアや意思決定が置き去りになる。県の現行移住実績だけで女性の転出理由を断定することはできない。必要なのは年齢・性別・就業形態ごとの追跡調査だ。

東予、中予、南予で異なる処方箋

東予には製造業と港湾・物流の基盤があり、中予は松山を中心とする行政、教育、サービスが集まる。南予は農水産業や観光が地域を支える一方、移動距離と人口密度の課題が大きい。同じ「若者定着」でも効果的な施策は地域で異なる。

たとえば東予では製造業の専門人材育成、中予では大学卒業後の多様なキャリア、南予では地域交通と小規模起業の支援が重要になり得る。ただしこれは地域の構造から導く論点であり、施策の成功を示す実証結果ではない。

移住者数を成果指標の終点にしない

7,172人という2025年度の数字は、移住相談や地域の窓口運営が一定の利用につながっていることを示す。しかし新規移住者が5年後も住んでいるか、十分な所得を得ているか、地元企業の人材不足が緩和したかは別の問題だ。

次に必要なのは自治体別の定着率、就業状況、年齢別の純移動、住宅負担、転出理由を同じ基準で追うことである。人口減少局面の政策に求められるのは、単年度の成功物語を作ることではなく、住み続けられる条件を測ることだ。

若者に「戻れ」と言う前に

愛媛の海や山、祭り、家族との近さは大切な資産だ。しかし思い出だけで職業人生を設計することはできない。地元企業の採用力と働き方、大学・自治体の連携、子育て環境と公共サービスが、帰郷を現実的な選択に変える。

県外へ出る自由も、戻る自由も尊重されなければならない。愛媛が目指すべきなのは、若者を引き止める県ではなく、離れてもいつか戻れる県、そして初めて来た人も住み続けられる県だ。

出典・取材方法

  1. 愛媛県「令和7年度における移住者数・移住相談件数」
  2. 愛媛県「令和6年度における移住者数・移住相談件数」
  3. 愛媛県「愛媛県推計人口」2026年9月
  4. 愛媛県「Uターン就職支援について」
  5. 愛媛県「愛媛県移住支援事業の実施について」
  6. 愛媛県「経済労働施策の概要」
  7. 総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」
  8. 愛媛県「令和7年国勢調査地方集計結果」
  9. 愛媛県「県外学生Uターン就職等応援事業」

注:2025年度移住者数は県内市町の転入時アンケートによる集計。2026年9月推計人口は2020年国勢調査を基準としており、2025年国勢調査の人口と直結して比較しない。