10月3日愛媛展の開幕
11月8日愛媛展の最終日
1992年本格的な絵画制作の始まり
本館1階愛媛県美術館

故郷は、生まれた場所だけではない

人がある土地を「故郷」と呼ぶのは、そこで生まれたからだけだろうか。少しの間暮らし、言葉を交わし、風景を見つめ、別れを惜しんだ場所も、人生に根を張ることがある。愛媛県美術館で開催中のジミー大西「ホームタウン」愛媛展は、この身近で難しい問いを、絵画の側から投げかける。

大阪府出身のお笑い芸人として知られたジミー大西が、画家として各地を訪ね、土地との関わりを作品に変えていく。展覧会の主題は出身地の郷愁ではなく、新たな場所と出会い、心の中の地図を書き換える過程にある。

愛媛県美術館で11月8日まで

公式発表による会期は2026年10月3日から11月8日。会場は松山市堀之内の愛媛県美術館本館1階、企画展示室2。会館時間は9時40分から18時まで、入場は17時30分まで。10月13日、19日、26日、11月4日などに休館日がある。

一般の当日観覧料は1200円、高校生・大学生1000円、小学生・中学生800円。企画主催者と美術館の案内は、場所が制作に与えた影響を、原画と滞在経験を通じて紹介するとしている。記事は公式資料に基づくもので、会場を訪れて個々の展示状況を確認した実見記ではない。

テレビの企画から絵画へ――1992年の転機

企画展の公式紹介によると、ジミー大西が本格的に絵を描き始めたきっかけは1992年のテレビ番組だった。当時はテレビ出演で知られていたが、絵を人に見せる経験が、その後の仕事の軸を変えていく。テレビから美術へ移ったというより、大衆文化の中から別の表現方法を見つけたと言うほうが正確かもしれない。

公式紹介は、憧れていた岡本太郎との出会いが、枠にとらわれず制作する決意を後押ししたとも記す。広く流布する岡本の励ましの言葉は主催者が紹介する逸話であり、本稿では独立した録音や同時代資料で検証された直接発言としては扱わない。

スペインへの移住が変えたもの

画家への転身後、ジミー大西はスペインで生活した。公式サイトは、移住後に表現の仕方が大きく変わったと説明している。外国語の響き、建物の輪郭、人との距離、街の色彩。新しい環境を経験することは、既に持っている技法だけでなく、何を描きたいかという感覚にも変化を促しうる。

ただし、どの作品のどの色や形が、特定の町での体験に由来するのかは、作品解説や本人の言葉を照合せず断定できない。展覧会が見せようとするのは、旅先の風景をそのまま写す記録ではなく、その場所を通して作家の感覚が変わっていく過程だ。

「ホームタウン」という巡回展の歴史

「ホームタウン」は2024年に長崎から始まり、富山、大分、高知などを巡ってきた。2026年の愛媛展の後は、12月5日から京都文化博物館での開催が予定されている。開催地が変わるたびに、展覧会そのものが異なる地域文化と出会う仕組みになっている。

主催者は、開催地でジミー大西が滞在し、人々と関わり、その土地を自分なりの故郷として新作に結びつけると説明する。だから展覧会の名前は単なる全国巡回の看板ではない。土地を訪れることを制作方法の一部として提示している。

絵の「場所」は住所とは限らない

旅の記録としての絵画には、名所を忠実に描く方法がある。一方、「ホームタウン」の考え方は、場所に刻まれた記憶や経験を、作者の内側でいったん組み替えるものだ。作品を鑑賞するとき、風景の地名を探すだけでは見落とすものがある。

知らない土地が懐かしく感じられるのはなぜか。見慣れた道がある日違って見えるのはなぜか。展覧会の公式説明にある「場所」の影響は、単純な風景画という区分では収まらない。これは作品に対する本紙の読みであり、作家本人の発言を引用したものではない。

愛媛という土地で見る意味

愛媛は一つの風景ではない。瀬戸内海の島々と港町、道後温泉の歴史、松山の市街地、東予の工業地帯、南予の入り江や段々畑が同じ県内にある。生まれた土地を離れ、仕事や進学で移り住み、再び戻る人もいる。場所との関係を描くこの企画は、地域の多様な生活を考える入口になる。

それでも、愛媛の具体的な土地がどの作品に描かれているかを確認せず、既存作品を「愛媛の風景」と断定すべきではない。展覧会が示す地域性は、名所の数を競うことより、外から来た人の視線と地域に暮らす人の経験が交わるところにある。

芸人と画家を二者択一にしない

ジミー大西を語るとき「芸人から画家へ」という転身物語は便利だ。しかし、笑いと絵画を別々の人格の営みのように切り分ければ、大衆文化の中で培った独特の感覚を過小評価してしまう。色彩、リズム、反復、予想を裏切る構成は、観客への働きかけという点で両方の表現と関わりうる。

もっとも、こうした共通点は批評的な解釈であって、作者が自ら創作原理として説明したものではない。作品そのものを前に、タレントとしての先入観を外せるかどうか。原画展の意義はそこにもある。

一枚の原画が教えること

印刷物やスマートフォンの画面では、作品の全体像を手軽に見ることができる。一方、原画には絵具が重なった跡や素材の厚み、筆の動き、画面の大きさという情報が残る。主催者が「大規模原画展」と位置づける理由も、完成した画像だけでは伝わりきらない制作の身体性にある。

公式サイトには《マルタ》(2012年)、《タンザニア・遠い夢》(2009年)、《情熱大陸》(1999年)、《バルサ》(1997年)などの作品紹介がある。ただし、ウェブ掲載作のすべてが松山で展示されているとは確認できないため、個別の展示を保証する記述は避けたい。

地方の美術館が「巡回」を受け入れる理由

全国を巡る展覧会は、東京や大阪に集中しがちな芸術鑑賞の機会を地方にも届ける。人々は作品だけでなく、作家の経歴や制作地を知ることで、遠い土地との接点を得る。愛媛展の共催形態は、地域の美術館と企画関係者が協働する一つの例だ。

ただし展覧会がもたらした観光消費や経済効果を語るには、来場者数、県外客の割合、関連支出などの検証が必要だ。公表されていない数字を想像で埋めることは、文化報道の価値を損なう。

鑑賞の手がかり――故郷を「発見する」

作品の前では、まず何が描かれているかを急いで説明しようとせず、目が戻ってくる色や形を探してみたい。そこから作品名や制作地、制作年を読み、作家がその時期にどこで暮らしていたかを重ねる。「なぜこの場所だったのか」と考えることが、鑑賞を深める。

会場での具体的な作品解説や配置は変更されうるため、来館時には館内表示と公式案内を優先してほしい。ここでの提案は鑑賞の方法であり、展覧会の展示順や学芸員の解説内容を記録したものではない。

一度きりの訪問から、続く関係へ

愛媛を旅した人が、後に柑橘の香りや港の夕暮れを思い出すことがある。土地の記憶は、観光地の写真だけではできていない。人と話した時間や、日常の小さな風景が長く残る。

「ホームタウン」は、故郷とは所有する場所でも、出生地という事実だけでもないと教えてくれる。ジミー大西が新しい土地と向き合う営みを通し、鑑賞者自身も、自分の人生に加わった場所を思い返す。松山での展覧会は、そのためのひとつの機会になる。

出典・参考資料

  1. 愛媛県美術館「ジミー大西『ホームタウン』愛媛展」
  2. テレビ愛媛「ジミー大西『ホームタウン』愛媛展」
  3. 「ジミー大西 展覧会『ホームタウン』」公式サイト
  4. 公式サイト「展覧会スケジュール」
  5. 愛媛県美術館・英語の展覧会案内
  6. 愛媛県美術館「展覧会一覧」
  7. チケットぴあ「ジミー大西 ホームタウン 愛媛展」

資料確認日:2026年10月8日。展示室の実見、出品作品の個別確認、来館者数、作家への直接取材は行っていません。