浜岡原子力発電所の再稼働をめぐる時間が、また大きく巻き戻った。中部電力は9月14日、3号機と4号機について、新規制基準に基づく原子炉設置変更許可申請などを取り下げることを臨時取締役会で決めた。理由は、地震に対する安全設計の土台となる「基準地震動」の策定過程で不適切な行為が繰り返され、申請資料やその後の審査対応の信頼性に「重大な疑義」が生じたためだ。会社は準備が整い次第、原子力規制委員会に取り下げ手続きを提出するとしている。[2]

これは単なる審査の中断ではない。4号機は2014年、3号機は2015年に新規制基準の審査を申請し、10年以上にわたって地震、津波、重大事故対策などの確認を積み重ねてきた。その審査の中でも、敷地で想定する地震の揺れをどう定めるかは原子力安全の根幹に近い。そこに信頼性の問題が生じたことで、中部電自身が従来申請を維持できないと判断した。[2]

ただし「振り出し」という言葉は、規制上の正式用語ではない。これまで行ったすべての工学的検討が無価値になったと確定したわけでもない。何を再利用でき、何を再計算し、どの範囲まで申請書を作り直す必要があるかは今後の検証次第だ。それでも、会社が現行申請そのものを取り下げ、再申請を目指すと明言した以上、少なくとも審査の信用の土台は作り直しとなる。

重要:調査委員会は「データ不正」の一語で事件全体を断定していない
独立調査委員会は、問題となった行為を「問題がない適切な行為」とは認定していない一方、「改ざん」「ねつ造」「地震動の過小評価」「データ不正」などの言葉だけで単純化するのも妥当ではないと明記した。評価手法には、乱数や統計的グリーン関数法をめぐる学術的・技術的要素も含まれる。本稿はこの注意を踏まえ、具体的に何が説明と違ったのか、組織として何が機能しなかったのかを分けて記す。[1]
2011年福島第一事故後、4・5号機を停止し、3号機の再開を見送り
223.7万kW今回の申請取り下げ対象となる3・4号機の定格出力合計
225ケース中部電が代表波の選定状況を調べた対象数
2026年9月30日林欣吾社長と勝野哲会長が辞任予定

何が問題だったのか――「20波の平均に最も近い波」という説明

問題の中心は、断層モデルを使って地震動を計算する過程で、どの計算結果を「代表波」とするかだった。中部電は2019年1月の審査会合で、統計的グリーン関数法による評価について、条件の異なる20組の地震動を計算し、その平均に最も近い波を代表波として選ぶと説明していた。[4]

ところが2026年1月に会社が公表した内容では、実務はその説明と一致していなかった。方法①では、20組の地震動と代表波のセットを一つだけ作るのではなく、多数のセットを作り、その中から一つのセットの代表波を会社側が選んでいた。方法②では、平均に最も近い波ではないものを先に代表波として選び、その波が20組の平均に最も近くなるよう残り19組を組み合わせていた。[4]

3月時点の中部電の調査では、代表波225ケースのうち、方法①は遅くとも2012年ごろから2021年度までに少なくとも105ケースで確認された。方法②については、関係者の聞き取りでは2018~2019年ごろに80ケースで行われたとの説明があり、当時確認できた文書上は少なくとも3ケースだった。さらに77ケースは追加調査が必要とされていた。これは3月時点の中間的な整理であり、9月の独立調査報告書が最終的に認定した全行為をこの数字だけで表すことはできない。[5]

原子力審査で致命的なのは、「計算結果が小さかったか大きかったか」だけではない。規制当局に説明した方法と、実際の選定プロセスが一致しないまま審査が進んだこと自体が、検証可能性を壊す。

基準地震動は、なぜこれほど重いのか

基準地震動は、原子力発電所で耐震設計や安全評価の基礎となる揺れの想定である。建物、機器、配管、電源などが、どの程度の地震動に耐えるべきかを検討する際の土台になる。その策定には断層モデル、地盤、観測記録、ばらつきや不確かさをどう扱うかといった専門的判断が重なる。

だからこそ、独立調査委員会は技術的な評価を一語で単純化しないよう求めた。一方で中部電自身は、基準地震動を「安全性の根幹に関わる」と位置付け、その策定で不適切行為を繰り返したことを「原子力事業者として決してあってはならない」と認めた。技術の複雑さは、説明責任を軽くする理由ではない。むしろ、専門家以外が追跡できる記録、独立したレビュー、異論を止めない仕組みを強く求める理由になる。[3]

「専門家の問題」では終わらなかった

9月の調査報告を受けた林欣吾社長の説明で、最も重い部分は組織論だった。会社によれば、調査委員会は、社内の論理を社会や地域の視点より優先する「独自の正当化理論」が存在し、一部社員が不適切行為を確信や信念を持って行う状態にまでなっていたと指摘した。高度な専門性のため、組織内部からの監視・牽制が構造的に難しかったことも問題視された。[3]

監視の仕組みがなかったわけではない。ライン外の専門家や内部通報制度は存在していた。しかし会社は、独立性や客観性が足りず、実効的に機能しなかったと総括している。林社長は、社内から内部通報を含む指摘が幾度もあったのに、経営陣が問題を把握し是正できなかったことを、ガバナンスと組織風土の重大な課題と認めた。[3]

報道では、2019年と2021年に内部から問題を指摘する通報があり、適切に是正につながらなかったとされる。時事通信は、2019年の内部通報への対応方針が当時社長だった勝野哲会長にも報告されていたと調査委が認定したと伝えた。ただし、勝野氏が不適切行為を直接指示したと認定されたわけではない。[15][16]

早期再稼働への「圧力」が、組織の弱点を増幅した

調査委が原因の一つとしたのが、審査の遅れをめぐる経営側の叱責だった。林社長の9月14日の説明によると、審査には会社の努力だけでは解消できない遅延要因もあったが、経営層が実情を十分理解しないまま原子力土建部を叱責し、それが「圧力」として作用して不適切行為の要因の一つになった。[3]

ここは因果関係を乱暴に描くべきではない。経営が「小さい地震動を選べ」と直接命じた、と公式発表が認定しているわけではない。より重要なのは、スケジュールへの強い期待、高度に専門化された部署、弱い牽制、社内の異論を拾い切れない仕組みが重なったとき、担当者が「会社のため」「審査を進めるため」という論理で手続きの逸脱を正当化し得る環境が生まれたという点だ。

規制当局の調査が始まった後も問題が続いた

中部電は2025年5月から、原子力規制庁による基準地震動策定の調査に対応していた。2026年1月5日に問題を公表し、同月14日には原子力規制委員会が原子炉等規制法67条1項に基づく報告徴収命令を発出した。中部電は3月31日に報告書を提出し、規制委はこれを受理している。[7][8]

さらに7月、赤澤亮正経済産業相は、原子力規制庁の調査が始まった2025年5月以降にも不適切なデータの組み替えが行われていたとの規制委報告について、「安全性に対する国民の信頼を大きく損なう」として厳しく受け止める考えを示した。[10]

これは、過去の記録を後から見つけたというだけの問題ではない。外部から疑問を突き付けられた後にも、組織が自力で直ちに止まれなかったことを意味する。原子力のように低頻度・高影響のリスクを扱う事業では、問題が起きないことだけでなく、疑問が出たときに組織がどれだけ早く立ち止まれるかが安全文化の尺度になる。

2011年から止まったまま――浜岡の長い再稼働史

浜岡原発の再稼働問題が特別に重いのは、停止からすでに15年近くが経つためでもある。2011年5月、福島第一原発事故を受け、当時の菅直人首相は浜岡の全号機の運転停止を要請した。中部電は5月9日の取締役会で、運転中だった4号機と5号機を停止し、停止中だった3号機の運転再開を見送ると決めた。[12]

その後、2013年に新規制基準が施行され、中部電は4号機について2014年2月、3号機について2015年6月に適合性審査を申請した。浜岡では1、2号機は2009年に運転終了。現在残る3号機は110万kW、4号機は113.7万kW、5号機は138万kWで、今回取り下げ対象となる3・4号機だけで計223.7万kWになる。[13]

2009年1月 1、2号機が運転終了。

2011年5月 首相の要請を受け、4、5号機を停止。3号機の再開を見送り。

2014年2月 4号機の新規制基準審査を申請。

2015年6月 3号機の審査を申請。

2019年1月 審査会合で「20組の平均に最も近い波を代表波」と説明。

2025年5月 原子力規制庁の調査への対応開始。

2026年1月5日 中部電が代表波選定の不適切事案を公表。

2026年1月14日 原子力規制委員会が報告徴収命令。

2026年9月11日 独立調査委員会の報告書を受領。

2026年9月14日 報告書公表、3・4号機申請取り下げを決定、経営トップ辞任を発表。

今後 組織改革、技術再検証、信頼回復を経て再申請を目指す。時期は未定。

社長と会長が辞任、次の経営陣に残る宿題

林社長は9月30日付で辞任すると表明した。勝野哲会長も辞任する。後任社長には専務の安井稔氏が選定され、10月1日に新体制へ移る。林氏は本件を一部部門や従業員だけの問題ではなく、経営陣を含む組織全体の問題だと位置付けた。[3]

トップ交代だけで信頼が戻るわけではない。新経営陣が示さなければならないのは、再発防止策が「資料を増やす」「研修を増やす」で終わらず、実務の意思決定を変えることだ。専門部署の計算に異論を言える人は誰か。内部通報が部署内の論理で潰されない仕組みになっているか。審査日程が遅れたとき、管理職は原因を理解せずに圧力だけを下へ流していないか。そこまで変わらなければ、申請書を作り直しても同じ組織が作る文書にすぎない。

中部電が掲げる「解体的再構築」

中部電は改革の柱として、「意識・行動の変革」「組織風土の変革」「ガバナンス・牽制機能の変革・強化」を掲げた。原子力本部のミッションを見直し、名称を「原子力安全推進本部」に改めるほか、原子力ガバナンス推進部や品質保証の組織を新設し、外部・他部門人材の登用、人材交流、内部監査への外部アドバイザー活用などを進めるとしている。[3][11]

内部通報制度も組み替える。会社は、不正調査を専門とする外部弁護士・専門業者を相談窓口に活用し、監査等委員会にも執行側から独立したヘルプライン窓口を設ける方針だ。これは今回の問題が「技術計算のミス」だけではなく、異論を受け止める会社の能力そのものに関わると認めた措置である。[3]

何が「リセット」され、何がまだ決まっていないか
項目2026年9月16日時点
3・4号機の現行申請中部電取締役会が取り下げを決定。会社は準備が整い次第、原子力規制委員会へ手続きを提出するとしている。
再申請中部電は目指す方針を維持。ただし時期は未公表。
基準地震動代表波選定を含む信頼性の再検証が必要。どこまで再計算・再提出となるかは未確定。
規制上の評価原子力規制委員会による規制検査・判断が別途進む。事業者としての適格性や今後の扱いをJapan.co.jpが予断すべき段階ではない。
経営林社長・勝野会長が9月30日辞任予定。安井稔氏が10月1日から社長就任予定。
費用・再稼働時期今回の取り下げによる総追加費用、再審査に必要な年数、再稼働時期について会社の確定値はない。

国の原子力回帰と、浜岡で突き付けられた条件

日本政府は2025年2月に第7次エネルギー基本計画を閣議決定し、電力需要の増加や脱炭素、エネルギー安全保障を背景に、再生可能エネルギーと原子力など脱炭素電源を最大限活用する方向へ政策を切った。だが政策上の「活用」と、個別発電所の「再稼働」は同義ではない。原子力規制委員会による安全確認、地元との信頼、事業者の安全文化が前提になる。[14]

浜岡はまさにその接点にある。中部電は9月14日、電力需要増、脱炭素、エネルギー安全保障を挙げ、浜岡の重要性は変わらないとして「決してあきらめることなく」再申請を目指す考えを示した。[3] しかし、再稼働を必要だと説明することと、再稼働を任せられる会社だと社会に認めてもらうことは別の仕事である。

次に見るべきものは「新しい日程」ではない

原発をめぐるニュースでは、次の申請はいつか、再稼働は何年か、という日付に目が向きやすい。だが今回の問題は、日程を急ぐ文化そのものが原因の一つとして問われた。ここで再び「最短でいつ」を最優先すれば、改革の意味を自ら薄めることになる。

Japan.co.jpが今後確認すべきだと考えるのは、第一に、代表波選定を含む技術評価が第三者にも追跡可能な記録として再構築されるか。第二に、異論や通報が、担当部署や経営の都合とは独立して検証されるか。第三に、規制当局や地域に対して、都合の悪い情報も早く、同じ精度で開示するか。そして第四に、再申請の判断を「スケジュール達成」ではなく、改革の実効性を示せたかで決めるかである。

浜岡3、4号機は、止まった原子炉を動かす前に、止まれなかった組織を直さなければならない。申請を一度取り下げるという決断は、その入口にすぎない。再稼働への本当の審査は、次の申請書が提出される前から始まっている。

出典・参考資料

  1. 中部電力:浜岡原子力発電所の基準地震動策定に係る不適切事案に関する調査報告書の公表(2026年9月14日)
  2. 中部電力:浜岡原子力発電所3号機・4号機の設置変更許可申請などの取り下げ(2026年9月14日)
  3. 中部電力:調査報告書に関する記者会見(2026年9月14日)
  4. 中部電力:基準地震動策定に係る不適切事案について(2026年1月5日)
  5. 中部電力:2026年3月度定例記者会見 林社長挨拶(代表波225ケースの調査状況)
  6. 経済産業省:中部電力から報告徴収命令への回答を受領し追加報告を要求(2026年3月31日)
  7. 原子力規制委員会:中部電力に原子炉等規制法に基づく報告徴収命令(2026年1月14日)
  8. 原子力規制委員会:中部電力から報告書を受理(2026年3月31日)
  9. 経済産業省:赤澤経済産業大臣会見、浜岡の安全審査問題(2026年1月9日)
  10. 経済産業省:赤澤経済産業大臣会見、調査開始後も不適切な組換え(2026年7月3日)
  11. 中部電力:浜岡原子力発電所に関する不適切事案・再発防止策
  12. 中部電力:2011年の浜岡原子力発電所運転停止要請への対応
  13. 中部電力:浜岡原子力発電所 設備データ
  14. 経済産業省:第7次エネルギー基本計画の閣議決定(2025年2月18日)
  15. 時事通信/nippon.com:経営層の叱責と2019年内部通報への対応(2026年9月14日)
  16. 共同通信系報道:2019年・2021年の内部通報と調査委報告(2026年9月14日)

資料確認:2026年9月16日未明(日本時間)。調査委員会は本件を「改ざん・ねつ造・過小評価・データ不正」といった単一の語で単純化することに懸念を示している。本稿は、会社公表の事実、規制当局・経産省資料、報道で確認できる事項を区別し、評価・分析は特記のない限りJapan.co.jpによる。為替表示は編集部指定値(1米ドル=155.08円、2026年9月16日6:00 JST更新)。