有機薄膜太陽電池の魅力は、シリコンとは違う場所にある。薄く、軽く、曲げられる。フィルム状にできれば、建物の壁、窓、車体、持ち運ぶ機器など、硬く重い太陽電池では使いにくかった面にも発電機能を持たせられる。
ただし、有機材料には有機材料の難しさがある。光を吸収しても、そのエネルギーがそのまま自由な電子と正孔になるわけではない。電子と正孔が互いに引き合う「励起子」がまず生まれ、それをドナー/アクセプター(D/A)界面で効率よく引き離し、しかも途中で再結合させず電極まで運ばなければならない。
千葉大学先進科学センターの深川弘彦(ふかがわ・ひろひこ)特任教授らの共同研究チームは、この電荷分離を助ける方法として、薄膜中の分子が自発的に並ぶことで生まれる「自発配向分極(spontaneous orientation polarization: SOP)」に着目した。9月30日に発表した研究では、SOPが作る内部電場には、電荷分離を助ける側面と、厚くしすぎると電荷をため込み性能を落とす側面の両方があることを、単純化したモデル素子で切り分けて示した。研究成果は9月17日、国際学術誌Advanced Optical Materialsに掲載された。
「強い電場を作ればいい」ではない
今回の研究が重要なのは、内部電場を強くすることそのものを目標にしていない点である。
研究チームは、分子骨格と電子親和力がほぼ同じでありながら、SOPの大きさが大きく異なる二つのアクセプター材料M2PTとM4PTを用意した。回転ケルビンプローブによる表面電位測定では、M2PTの電位勾配が−8.5mV/nmだったのに対し、M4PTは78.7mV/nm。材料のエネルギー準位や複雑な膜構造の差をできるだけ抑え、SOP由来の内部電場だけを比較できるようにした。
SOPをほとんど示さないM2PTだけをアクセプターに用いた基準素子では、フィルファクター(FF)は0.47、光電変換効率(PCE)は0.51%だった。大きなSOPを持つM4PT層をD/A界面へ配置すると、FFは0.63、PCEは0.69%へ上昇した。さらにM4PT層を5nmまで薄くすると、FFは最大0.77になった。
ところが同じM4PTを界面から離して置くと、FFは0.31、PCEは0.25%まで低下した。つまり「SOPがあるか」ではなく「どこにあるか」が効いた。
なぜ内部電場が電荷分離を助けるのか
OPVでは、光を吸収した有機半導体に励起子が生じる。励起子は電子と正孔がクーロン力で結びついた状態で、自由な電荷ではない。この励起子がドナーとアクセプターの界面へ到達すると、電子がアクセプター側へ移り、電子と正孔が別々の分子に存在する電荷移動(CT)状態ができる。
そこで十分に引き離せれば、電子と正孔はそれぞれの電極へ向かい、外部回路へ電流を流す。引き離せなければ、再結合してエネルギーを失う。
SOPは、極性を持つ有機分子が成膜時に同じ向きへ偏って並ぶことで生じる。膜厚方向に表面電位が変化し、その結果、外部電源や意図的なドーピングを使わなくても薄膜内部に電場ができる。この局所的な電場をD/A界面へ置けば、CT状態から電子と正孔が別れるのを後押しできる。
有機ELでは「厄介者」だったSOP
SOPが新発見というわけではない。むしろ有機EL(OLED)の研究では、分子配向が作る分極が界面へ電荷を蓄積させ、発光を担う励起子を失活させる原因になり得ることが以前から知られていた。
深川教授ら自身も、SOPに起因する電荷蓄積と励起子消光を有機ELで研究してきた。今回の発想は、その「損失原因」を太陽電池側から見直したものだ。電荷分離が必要な位置に限定すれば、同じ内部電場が有益に働く可能性がある。
一つの物理現象が、デバイスの役割によって損失にも機能にもなる。今回の研究の面白さはそこにある。
厚くすると、今度は正孔がたまる
M4PT層を厚くすると、局所的な電場強度そのものより、膜厚方向へ積み上がる電位差が大きくなる。
25nmのM4PT層を使った素子では、変位電流測定(DCM)で0.64V付近から電荷蓄積を示す応答が現れた。波形を積分すると、1.34mC/m²の電荷が蓄積していることが分かった。容量―電圧測定でも同じような注入・蓄積開始電圧が得られたため、単なる測定ノイズではなく実際の界面電荷を反映していると研究チームは判断した。
解析では、正孔がドナー/M4PT界面付近に蓄積すると考えられた。その蓄積正孔が励起子と相互作用し、非放射的にエネルギーを失わせる「励起子―ポーラロン消光(EPQ)」に似た過程を起こすと示唆された。
つまり、内部電場を作る層を厚くすれば良いわけではない。電荷分離には役立つが、電荷をため込み始めれば逆効果になる。
フィルファクター0.77とは何を意味するのか
太陽電池の性能は、光電変換効率だけでなく、開放電圧、短絡電流密度、フィルファクターなどで決まる。
フィルファクターは、電流―電圧特性の「四角さ」を示す指標である。内部抵抗や再結合が大きいと、取り出せる最大出力が理想値から落ち、FFは低くなる。今回、極薄のSOP層でFFが0.47から最大0.77まで上がったことは、界面で生まれた電荷を効率よく分離・回収できる方向へ素子特性が大きく変わったことを意味する。
ただし、ここで注意したい。今回の素子は、SOPの効果を切り分けるために作った「モデル系」であり、商用化を狙う高効率OPVではない。PCEが0.69%という数値を、現在の高性能OPVと競う世界記録のように読むのは誤りである。
有機太陽電池の原点――1986年の二層構造
有機材料で光電変換を起こす研究は古いが、現代OPVの基本構造につながる重要な転機は1986年だった。C. W. Tangがドナー材料とアクセプター材料を二層に積み重ねた有機太陽電池を報告し、約1%の変換効率を実現した。この「ドナーとアクセプターの界面で電荷を分ける」という考え方が、現在のOPVへつながった。
1995年には、ドナーとアクセプターを細かく混ぜ合わせ、界面面積を大幅に増やすバルクヘテロ接合(bulk heterojunction)の考え方が登場した。励起子が界面まで届きやすくなり、OPVの効率向上を大きく進めた。
現在の高性能OPVは、この複雑な混合構造を使うことが多い。しかし複雑であるほど、どの要因が性能へ効いているのかを物理的に切り分けにくい。今回の千葉大学チームはあえて1986年的な単純な平面接合へ戻り、内部電場という一つの因子を測れる実験系を作った。
2015年以降、非フラーレンアクセプターが流れを変えた
OPVは長く、フラーレン系材料を電子受容体として使ってきた。しかし2010年代後半から、分子構造を柔軟に設計できる非フラーレンアクセプター(NFA)が急速に発展した。
吸収波長、エネルギー準位、分子配列を調整しやすくなり、OPVの変換効率は大きく伸びた。2026年のNature Reviews Clean Technologyは、認証されたOPVの変換効率が21%を超える水準に達したと整理している。
この段階になると、材料そのものの改良だけでなく、「界面で電荷がどう生まれ、どう失われるか」の微視的理解がさらに重要になる。SOPの空間配置は、その次の設計変数の一つになり得る。
なぜ軽さと柔らかさに価値があるのか
結晶シリコン太陽電池は高効率で耐久性も高く、発電市場の主役である。OPVが同じ場所で同じ方法で置き換える必要はない。
有機薄膜は、軽く、薄く、柔軟な基板へ作れる。印刷や塗布プロセスとの相性も良く、半透明化もしやすい。建物の窓、曲面、耐荷重の小さい屋根、モビリティ、携帯機器、IoTセンサーのように、重量や形状が制約になる用途で価値が出る。
研究レビューでは、柔軟性、半透明性、大面積塗布への適性がOPVの主要な応用可能性として繰り返し挙げられている。
だが「軽い太陽電池」の商用化には別の壁がある
効率だけで市場投入できるわけではない。
有機材料は酸素、水分、熱、紫外線による劣化を受けやすい。封止材を含めた長期安定性、大面積で均一な塗布、ロール・ツー・ロール製造、溶媒の環境負荷、材料コスト、製造歩留まり、リサイクルなどを同時に解く必要がある。
2026年のレビューでも、認証効率が21%を超えた一方、実用化には長期安定性、スケールアップ、厚膜許容性、環境負荷の小さいプロセス、モジュール化が残る課題として挙げられている。
したがって今回のSOP研究も、「これで軽量太陽電池がすぐ普及する」という話ではない。材料・界面設計の一つの原理を明確にした基礎的成果である。
なぜ一般的なOPVでまだ検証していないのか
研究チーム自身が、次の課題として「一般的なOPV同様の複雑な混合型光電変換層で本指針の汎用性を検証する」と明記している。
高効率OPVのバルクヘテロ接合では、ドナーとアクセプターがナノスケールで複雑に混ざる。SOPの向きや大きさが場所ごとに揺らぐ可能性があり、内部電場の向きを思い通りに配置することは平面接合より難しい。
さらに、実用セルでは電荷輸送層、電極、添加剤、結晶性、膜厚、界面修飾など多くの要因が同時に働く。モデル系で有効だった5nmの極薄層を、そのまま実用素子へ移植すれば良いとは限らない。
それでも設計原理として価値がある
材料研究では、「もっと高い効率が出た」結果だけでなく、「なぜ上がったか」を制御可能な形で説明できることが重要である。
今回の研究では、M2PTとM4PTという似た材料を使い、SOPの有無、配置、膜厚を変え、表面電位、変位電流、容量―電圧、光電流を組み合わせて調べた。
その結果、「SOP由来の局所電場はD/A界面でCT状態の解離を助ける」「厚すぎるSOP層は電位差を増やし正孔を蓄積させる」「その電荷蓄積は励起子失活と対応する」という因果関係を一つの設計図として整理した。
材料名が将来変わっても、この原理は他の有機光電デバイスへ応用できる可能性がある。
太陽電池だけではなく、有機光検出器へ
研究チームは、応用先として有機光検出器も挙げている。
光検出器も、光を吸収して生まれた励起状態を電荷へ変換し、電極へ取り出す。内部電場の空間配置を制御できれば、感度、応答速度、低電圧動作などの改善につながる可能性がある。
一方、SOPが電荷蓄積を引き起こすことは、OLEDのような発光デバイスでは依然として損失要因になり得る。同じ分子配向を、デバイス目的に応じて「抑える」のか「利用する」のかという設計思想へ広がる。
千葉発の研究が示す、太陽電池のもう一つの進化
太陽電池の進歩というと、新しい材料を発見し、最高変換効率を更新する競争が目立つ。しかし、すでにある材料の「並び方」と「置き場所」を使って、内部の電場を設計するという道もある。
今回の成果は、モデル素子の効率そのものでは世界記録ではない。むしろ価値は、分子が自然に作る電場を、どこへ置けば有益になり、どこまで厚くすると害になるかを分離して示した点にある。
薄く軽い有機太陽電池が建築、車両、センサーへ広がる未来が来るとしても、その性能を決めるのは目に見えるフィルムの薄さだけではない。数ナノメートルの中で分子がどちらを向き、どこに電場を作るかという、さらに小さな設計になる。
主な出典
- 千葉大学「有機太陽電池内部の電場を活かす新たな設計指針」
- 千葉大学 News Release PDF(2026年9月30日)
- Advanced Optical Materials, “Spatial Control of Spontaneous Orientation Polarization for Efficient Charge Separation in Organic Photovoltaics”
- Nature Materials, “The role of non-fullerene acceptors continues”
- Nature Reviews Clean Technology, “Efficiency, stability and scalable deployment of organic photovoltaics”
- Nature Reviews Materials, “Charge-transfer electronic states in organic solar cells”
