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10月4日 千葉県版 | 科学・技術
NMR装置と脂質ナノ粒子を研究する千葉大学研究者の編集用イラスト
AI生成の編集用イラスト。浅井忠に着想を得た表現で、NMRによるLNP内部解析を象徴的に描いた。実際の研究室や装置写真ではない。
科学・技術
千葉大学 · siRNA · 脂質ナノ粒子 · NMR · RNA医薬 · DDS

同じ50ナノでも「中身」が違う――千葉大NMR研究がRNA医薬の容器を分子レベルで診断

siRNAを包む脂質ナノ粒子は、粒径や封入量が同じでも、混ぜ方によって内部のsiRNA分布と遺伝子抑制効果が変わる。千葉大学の製剤研究は、経験則で作られてきたナノ医薬の「ブラックボックス」をNMRで測り、製造工程そのものを薬の設計変数として捉え直す。

RNA医薬の難しさは、標的遺伝子を選ぶことだけではない。RNAは水に溶けやすく、分解されやすく、そのままでは細胞膜を通りにくい。薬として働かせるには、壊れやすい核酸を包み、体内を移動させ、細胞へ取り込ませ、細胞内で適切な場所に放出する「運び方」が必要になる。

その代表的な運搬体が脂質ナノ粒子(Lipid Nanoparticle: LNP)である。ところが、同じ脂質を使い、同じ量のsiRNAを封入し、粒径までほぼ同じに作っても、効き目が変わることがある。外から見えるサイズや封入率だけでは説明できない「内部の違い」が残っているからだ。

千葉大学大学院薬学研究院の植田圭祐(うえだ・けいすけ)助教、坂川結衣、齋藤智紀、佐久間文恵、東顕二郎教授、森部久仁一教授らと、東北大学の田中大樹、秋田英万教授らの研究チームは、溶液NMRと小角X線散乱(SAXS)を組み合わせ、siRNA-LNPの内部でsiRNAがどう分布するかを解析した。論文は2024年8月2日にJournal of Controlled Releaseでオンライン公開され、同年9月号に掲載。千葉大学は10月1日に研究紹介を発表した。

約50 nm各調製法で得たLNPの平均粒径
3方式プレミックス、ポストミックスA、ポストミックスB
¹H NMR内部の分子運動と不均一性を解析
2024論文発表年。本稿は2026年の解説特集

見た目が同じでも、中身は違った

研究チームはイオン化脂質としてDLin-MC3-DMA(MC3)を用い、siRNA-LNPを三つの方法で作った。

「プレミックス法」では、酸性条件のsiRNA溶液とエタノールに溶かした脂質をマイクロ流体ミキサーで混合し、その後PBSへ透析する。これに対し「ポストミックス法」では、まず空のLNPを作り、あとから酸性条件でsiRNAを混ぜる。さらにエタノールを加える条件をポストミックスA、加えない条件をポストミックスBとして比較した。

三者とも平均粒径は約50ナノメートルで、粒子内に封入されたsiRNA量と脂質量の比も、調製法にかかわらずほぼ一定だった。

ところがSAXSで内部構造を見ると、siRNAとMC3が作る積層二分子膜構造に違いが現れた。溶液¹H NMRでは、その差がさらに明瞭になった。

粒径も封入率も同じ。それでも薬効が違う。その差は、粒子の「中でsiRNAがどこにいるか」にあった。

プレミックスは均一、ポストミックスは「空白」と「集中」を作った

NMR解析から、プレミックスLNPではsiRNAが粒子コアへ比較的均一に取り込まれていると推定された。

一方、ポストミックスLNPでは、コア内部にsiRNAがほとんどない領域と、局所的にsiRNAが濃く集まる領域が共存した。つまり一つのナノ粒子の中が均一ではなく、分子的な「むら」を持っていた。

この不均一性は、エタノールを加えないポストミックスBで最も強かった。エタノールを加えたポストミックスAでは程度が小さく、エタノールがsiRNAと脂質の混ざりやすさを高めたと研究チームは解釈した。

遺伝子サイレンシング効果も同じ順序で落ちた

内部構造の違いは、細胞での遺伝子抑制効果と対応した。

サイレンシング効果は、プレミックスLNPが最も高く、次いでポストミックスA、ポストミックスBの順に低下した。つまり「均一にsiRNAが組み込まれた粒子ほど効き、内部にむらが大きい粒子ほど効きにくい」という相関が見えた。

研究は、内部不均一性がサイレンシング低下の原因候補であることを示した。ただし、細胞内取り込み、エンドソーム脱出、細胞内放出など全ての段階をNMRだけで直接証明したわけではない。

因果関係の読み方: 本研究はLNP内部のsiRNA分布の不均一性とサイレンシング効果低下が対応することを示した。どの細胞内過程がどの程度寄与したかを完全に分解した研究ではない。

NMRで「ナノ粒子の中」をどう見るのか

NMR、核磁気共鳴は、強い磁場中で原子核が示す応答を読み、分子の周辺環境や動き方を解析する技術である。MRIと物理原理を共有するが、製剤研究では分子レベルの構造解析に使われる。

千葉大学チームが重視するのは、NMRが粒子全体の平均サイズだけではなく、脂質や核酸がどの程度動きやすいか、どの環境に存在するかを非破壊的に調べられる点だ。

植田助教は2026年の千葉大学研究者紹介で、LNP内部は専門家にも完全には分かっていない「ブラックボックス」だったと説明し、核酸をLNPへ閉じ込める手順を変えるだけで内部構造と薬効が変わることを、NMRを通じて可視化したと述べている。

2023年研究では「脂質組成」を見た

この研究は単発ではない。植田助教らは2023年、¹H NMR緩和測定を使って、LNP中の中性脂質DSPCとコレステロールが内部構造へどう影響するかを解析している。

その研究では、DSPCはイオン化脂質全体の分子運動性を下げ、コレステロールは主に疎水性鎖の動きを抑えることが示された。コレステロールが脂質尾部の隙間を埋めるように働く可能性が示され、適切なDSPC・コレステロール組成がsiRNAの封入とPEG鎖の柔軟性、粒子安定性に関わることが分かった。

つまり千葉大学のNMR研究は、「何を入れるか」と「どう混ぜるか」という二つの製剤設計問題を、分子運動から読み解こうとしている。

siRNAとは何か――遺伝子を「切る」のではなく、メッセージを止める

small interfering RNA(siRNA)は短い二本鎖RNAで、細胞内のRNA干渉(RNA interference: RNAi)機構を利用して特定のmRNAを分解へ導く。

DNAそのものを書き換えるのではなく、DNAからタンパク質へ情報を運ぶmRNAを標的にするため、標的タンパク質の生産を減らすことができる。

RNA干渉の原理は1998年、Andrew FireとCraig Melloが線虫C. elegansで、二本鎖RNAが対応する遺伝子の発現を強力に抑制することを報告した研究によって大きく開かれた。二人は2006年、「RNA interference—gene silencing by double-stranded RNA」の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞した。

「効くRNA」を作るより、「届ける」ほうが難しかった

siRNAは理論上、塩基配列を変えることで多くの遺伝子を選択的に狙える。しかしRNAは負に帯電し、水溶性が高く、細胞膜をそのまま通りにくい。血中ではヌクレアーゼによる分解も受ける。

そこで必要になったのがDDS、ドラッグデリバリーシステムである。

LNPは、イオン化脂質、リン脂質、コレステロール、PEG脂質などを組み合わせ、核酸を包み込む。酸性条件ではイオン化脂質が正に帯電して負に帯電したRNAと結合しやすく、体内の中性付近では電荷を弱めて毒性を下げるよう設計される。

2018年、LNPはsiRNA医薬を実際の薬にした

RNAi研究の医薬化で大きな節目となったのが、2018年に米FDAが承認したパチシラン(商品名Onpattro)である。遺伝性トランスサイレチン型アミロイドーシスの多発ニューロパチー治療薬で、TTR mRNAを標的とするsiRNAをLNPで肝臓へ届ける。

FDA資料では、パチシランは四つの脂質からなるイオン化LNPにsiRNAを封入し、静脈投与で肝細胞へ届ける。研究室のRNAi原理が、LNPによって臨床医薬へ到達した代表例である。

mRNAワクチンでLNPは一気に社会へ出た

その後、COVID-19 mRNAワクチンでLNPは世界的に知られるようになった。mRNAもsiRNA同様、そのままでは壊れやすく細胞へ入りにくい。LNPは核酸を守り、細胞への取り込みを助ける。

ただし、mRNAとsiRNAは役割が違う。mRNAワクチンは細胞にタンパク質を「作らせる」情報を届ける。一方siRNAは特定のmRNAを分解させ、タンパク質の生産を「止める」方向に働く。

同じLNP技術でも、中に入れるRNAの長さ、量、構造、放出タイミングによって最適な内部構造は変わり得る。

50ナノメートルという「サイズ」だけでは品質を語れない

医薬品製剤では粒径、表面電位、封入率などが基本的な品質指標になる。これらは重要だが、今回の研究はそれだけでは不十分な場合があることを示した。

三つのLNPはどれも約50nmで、siRNA対脂質量比も似ていた。それでも内部構造と薬効が違った。

将来、NMRで得られる分子運動や局所環境の情報が、LNPの品質管理指標へ発展すれば、「同じサイズにできたから同じ製品」という判断より深い評価が可能になる。

SAXS、cryo-TEM、NanoFCM――一つの測定だけでは足りない

論文のキーワードには¹H NMRのほか、SAXS、cryo-TEM、NanoFCMが並ぶ。

SAXSはナノスケールの規則構造を解析し、cryo-TEMは凍結状態で粒子形態を観察する。NanoFCMは個々のナノ粒子の特性を測る技術である。

NMRの強みは、その中で分子がどのような環境にあり、どの程度動いているかを見ることにある。複数の計測法を組み合わせて初めて、「外形」「内部秩序」「分子分布」を一つの製剤像として理解できる。

製造工程そのものが薬の性能を決める

一般には「薬の成分」が薬効を決めると思われがちだ。しかしナノ製剤では、同じ成分を使っていても混合速度、溶媒、pH、流路、濃度、混合順序によって内部構造が変わる。

これは製造工程が単なる生産手段ではなく、薬の品質属性そのものになることを意味する。

千葉大学のプレミックス/ポストミックス比較は、その典型例である。原材料リストだけ見れば似た粒子でも、生成過程が違えばsiRNAの分布が違い、結果として機能も変わる。

2026年のLNP研究は「どこへ届けるか」へ進んでいる

LNP研究は肝臓送達だけにとどまらない。2026年のレビューでは、RNA-LNPの用途はワクチン、がん免疫療法、タンパク質補充、遺伝子治療へ広がり、脂質組成や化学構造を変えて組織標的性、細胞取り込み、エンドソーム脱出、体内クリアランスを制御する研究が進んでいる。

一方、最新研究ではLNPを構成するイオン化脂質自体が炎症反応の一因になり得ることも課題になっている。高い送達効率と低い毒性を両立する必要がある。

だからこそ、LNPを「黒い箱」として経験的に作るのではなく、内部構造と薬効の因果を測れる手段が重要になる。

今回の研究は動物や患者での治療効果を示したものではない

この研究は製剤構造と細胞での遺伝子サイレンシングを結びつけた基礎・製剤科学研究であり、新しいsiRNA治療薬の臨床試験ではない。

特定疾患の治療効果、安全性、臓器標的性を患者で示したものでもない。研究の価値は、LNPの内部品質を説明する新しい評価軸としてNMRを使える可能性を示した点にある。

臨床上の限界: 本研究はLNPの調製条件、内部構造、siRNA分布、サイレンシング効果の関係を調べた製剤科学研究。患者への有効性や安全性を直接検証した臨床研究ではない。

そして、これは2024年の研究である

本稿の中心となる論文は2024年8月2日にオンライン公開され、Journal of Controlled Release第373巻に掲載された。千葉大学の研究紹介は2024年10月1日。

2026年10月の千葉県版で取り上げる理由は、植田助教らがその後もNMRを使ったナノ製剤・医薬品物性研究を発展させており、2025年にはLNPのNMR分子解析に関する総説も発表、2026年にも「分子製剤学」として研究を紹介しているためだ。

したがって、これを2026年の新発見として報じるのではなく、千葉大学が継続する「薬の中身を分子レベルで診断する」研究の重要な基礎成果として位置づけるのが正確である。

次世代RNA医薬では「配列」と「容器」を同時に設計する

RNA医薬の初期には、どの遺伝子を狙い、どの配列を使えばよいかが大きな課題だった。今では、その配列をどう細胞へ届けるかが同じくらい重要になった。

さらに千葉大学の研究が示すのは、「どんな脂質を使うか」だけでも足りないということだ。同じ材料を使っても、混ぜ方によって内部でsiRNAが並ぶ場所が変わる。

薬の効き目は、化学式だけでは決まらない。数十ナノメートルの粒子内部で、分子がどの位置にあり、どの程度動けるかという物理構造までが薬の設計図になる。

NMRがその設計図を読めるなら、将来のRNA医薬開発は「作って試す」経験則から、「内部構造を測って直す」工学へ一歩近づく。

主な出典

  1. 千葉大学「NMR-Guided Optimization of Lipid Nanoparticles for Enhanced siRNA Delivery」
  2. Journal of Controlled Release, “NMR-based analysis of impact of siRNA mixing conditions on internal structure of siRNA-loaded LNP”
  3. Molecular Pharmaceutics, “Molecular-Level Structural Analysis of siRNA-Loaded Lipid Nanoparticles by 1H NMR Relaxometry”
  4. 千葉大学 CHIBADAI NEXT「薬は体にどう届く?~薬の効き目を分子のレベルで診断する『分子製剤学』」
  5. Nobel Prize 2006, RNA interference
  6. FDA, patisiran and RNA-based medicine
  7. Nature Reviews Bioengineering, “Design principles of lipid nanoparticles for RNA delivery”