「ゼロ」は小さな数字ではない

税関表の一つの欄が空白になった。中国が6月に日本へ輸出したガリウム、ジスプロシウム、テルビウム、イットリウムは、いずれも記録上ゼロ。5月にまとまった便が届いて一息ついたガリウムも、再び途切れた。イットリウムは日本だけでなく米国向けも2か月連続でゼロだった。一方、中国の希土類磁石輸出全体は5月の4,730トンから6月には5,649トンへ増えた。

この対照がニュースの核心である。世界の磁石取引が全面停止したのではない。完成品の磁石は動いているのに、日本のメーカーが自ら高性能磁石、耐熱コーティング、化合物半導体をつくるための特定原料は動かない。量の不足だけでなく、誰が加工し、誰が設計知識を持ち、どの国の工場に付加価値が残るかという産業構造の問題だ。

06月の対日ガリウム、ジスプロシウム、テルビウム、イットリウム輸出。
5,649トン6月の中国の希土類磁石輸出総量。前月は4,730トン。
91%2024年の磁石用希土類の世界精製量に占める中国の比率(IEA)。
94%2024年の焼結永久磁石生産に占める中国の比率(IEA)。
原料がゼロで完成磁石が動くとき、供給管理は数量の蛇口であると同時に、製造工程をどの国へ置くかを決める産業政策になる。

四つの物質、四つの急所

まず言葉を正確にしたい。ジスプロシウム、テルビウム、イットリウムは希土類元素である。ガリウムは希土類ではない。アルミナや亜鉛の生産に伴って回収されることが多い別の金属だ。ただし四つとも、使用量が少なく、代替が難しく、供給が一国へ集中しているため、同じ経済安全保障の画面に並ぶ。

物質工場での役割止まると何が難しくなるか
ジスプロシウム(Dy)ネオジム鉄ホウ素磁石の保磁力を高め、高温でも磁力を保ちやすくする。EV・ハイブリッド車の駆動モーター、産業ロボット、工作機械、航空・防衛用途の高耐熱磁石。
テルビウム(Tb)粒界拡散などで少量を使い、高性能磁石の耐熱性を引き上げる。蛍光体にも使う。材料使用量を抑えながら高温性能を出す磁石設計、精密モーター、センサー。
イットリウム(Y)耐熱セラミックス、蛍光体、レーザー、超合金やタービン翼の遮熱コーティング。航空エンジン、発電用ガスタービン、電子部品向けセラミックスの寿命と品質。
ガリウム(Ga)GaN・GaAsなどの化合物半導体。高周波、高出力、発光用途で重要。通信基地局、レーダー、衛星、LED、電力変換、先端チップ関連の材料供給。

これらは鉄鉱石や原油のように巨大な船団で運ぶ資源ではない。だから重要性が見えにくい。だが高性能磁石の価値は重量では測れない。IEAによれば永久磁石は希土類消費の金額ベースで約95%を占め、ネオジム、プラセオジムに少量のジスプロシウム、テルビウムを加えた磁石がEV、風力、産業モーター、AIデータセンター、医療、航空、防衛を支える。磁石用4元素の需要は2015年から倍増し、現行政策でも2030年までにさらに3分の1増える見通しだ。

鉱山より難しい「分ける工場」

希土類は地殻に極端に少ないから「レア」なのではない。17元素は化学的性質が似ており、経済的に掘れる濃度で集まる場所が限られ、混ざった元素を一つずつ分離する工程が難しい。鉱石を砕き、濃縮し、化学処理し、酸化物へ分離し、金属化し、合金粉末をつくり、磁場中で成形し、焼結し、表面処理する。どこか一段だけ国内にあっても、鎖は完成しない。

IEAの2026年報告では、中国は2024年に磁石用希土類の採掘で世界の60%、精製で91%、焼結永久磁石で94%を占めた。2005年には焼結磁石の約半分だった比率が、19年でほぼ全量へ近づいた。鉱山の地質だけでなく、巨大な国内需要、分離設備、熟練者、装置メーカー、安価な投入材、長年の量産経験が集積した結果である。代替鉱山を見つけても、分離と金属化と磁石製造がなければ、中国以外の供給網にはならない。

2010年――最初の警報

日本がこの脆弱性を骨身に染みて知ったのは2010年だった。9月、尖閣諸島(中国名・釣魚島)付近で中国漁船と海上保安庁巡視船が衝突し、船長の逮捕をめぐって日中関係が急速に悪化した。その後、中国から日本向けの希土類輸出が急減・停滞した。中国政府は政治的な禁輸を公式には認めなかったが、通関の遅れは日本企業の調達現場に現実の衝撃を与えた。

当時、日本は希土類輸入の約90%を中国に頼っていた。価格は跳ね上がった。米政府監査院の後年の整理では、ジスプロシウム価格は2010年4月の1キログラム250ドルから2011年7月には2,840ドルへ上昇した。短期的な混乱の先に、企業は材料節約、代替磁石、リサイクルを迫られ、政府は備蓄と海外鉱山への金融支援を本格化した。

2012年、日本は米国、欧州連合とともに、中国の希土類、タングステン、モリブデンに対する輸出税、割当、輸出企業制限をWTOへ提訴した。2014年、WTOは問題の輸出割当などが中国の義務に反し、資源保全を理由とする例外でも正当化されないと判断した。中国は割当を撤廃した。だがWTO判決は、15年後の安全保障法制に基づく個別許可制度まで消し去るものではなかった。

2010年は「一国依存を減らせ」という警報だった。2026年は、その後の対策が重希土類という最も代替しにくい部分で十分だったかを問う試験である。

日本の反撃――Lynas、節約、備蓄

対応の象徴が豪州Lynas Rare Earthsだった。2011年3月、双日とJOGMECは融資と出資で合計2億5,000万ドルを供給し、日本向けに年間8,500トン前後を10年間確保する契約を結んだ。当時の日本市場の約30%に当たる規模だった。豪州マウント・ウェルドで採掘し、マレーシアで分離する供給網は、中国以外で商業規模を持つ希少な柱へ育った。

次の課題は重希土類だった。2023年、JOGMECと双日はLynasへ2億豪ドルを追加投資し、マウント・ウェルド原料から生産するジスプロシウムとテルビウムの最大65%を日本向けにする枠を確保した。Lynasは2025年に中国外で初めて商業規模の分離ジスプロシウム、テルビウム生産を始めた。2026年5月の豪日共同声明では、Lynasに加え、西豪州のアルミナ製錬所でガリウムを回収するAlcoa計画も重点案件に掲げられた。

需要側でも成果は出た。日本企業は粒界拡散技術などで重希土類の使用量を減らし、磁石を回収し、モーター設計を見直した。IEAは、2010年後の政策と産業の協調によって、日本の希土類需要が2010年水準より30%低くなったと評価する。中国依存度も総量では約90%から60%へ下がった。だが「総量60%」は安心を保証しない。軽希土類は豪州から調達できても、特定の重希土類では中国依存がほぼ全面的に残るからだ。

2025年から、蛇口は「許可証」になった

現在の制度は、2010年当時の輸出割当と同じではない。中国は2023年8月、国家安全保障と不拡散を理由にガリウム、ゲルマニウム関連品を輸出許可制にした。中国商務省は、輸出を一律禁止する制度ではなく、要件を満たす申請は承認すると説明した。

2025年4月4日、中国商務省と税関総署は公告18号を出し、サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムの7元素と、金属、酸化物、合金、化合物、関連磁石を輸出管理の対象にした。輸出者には品目、最終需要者、最終用途を示す許可が必要となった。4月と5月には世界各地の自動車メーカーが磁石不足で稼働を落とし、一時停止する例も出た。

同年10月に発表された域外適用を含むさらに広い規制は、11月から1年間停止された。しかし4月の7元素規制は残った。2026年1月、中国は日本向けの軍民両用品管理を強め、2月には軍事供給に関わるとする日本の20組織への軍民両用品輸出を禁止し、別の20組織を監視対象に置いた。三菱重工業の造船・航空エンジン部門などが対象になり、日本政府は撤回を要求した。

ここで「ゼロ」の読み方が重要になる。法文上の許可制と、税関統計で実際に一粒も届かないことは同じではない。中国側は通常貿易を妨げないと説明し得る。輸出者は申請でき、特別事情の許可もあり得る。それでも、審査の速度、最終用途証明の負担、対象企業との距離、政策判断によって、合法的な商流は止まる。正式な禁輸宣言がなくても、予測不能性そのものが調達コストになる。

2026年6月――2010年の再演ではない

今回の流れは2025年11月の台湾をめぐる高市早苗首相の発言と、その後の日中外交対立の直後に細った。中国税関データでは、ジスプロシウム、テルビウム、イットリウム酸化物、ガリウムの対日出荷は2025年12月以降、わずかな例外を除いてほぼ止まった。6月のゼロは一か月の偶然ではなく、数か月の抑制が続いていることを確認する数字である。

一方で完成磁石は通常量が動き、6月には中国の磁石輸出総量が増えた。2010年のように「希土類全体」の供給が一様に細るというより、元素、製品、最終需要者を分ける細密な統制である。中国の国内磁石メーカーは原料へアクセスでき、海外の完成品顧客には磁石を売れる。原料や中間材を必要とする日本の競合メーカーには、許可の壁が立つ。この非対称性が長引けば、価格ショックだけでなく市場シェアの移動を生む。

日本企業へ広がる静かな警報

危機はまだ全国の工場停止という形では表れていない。備蓄の厚さ、材料仕様、直接輸入か部品経由かによって影響が異なる。しかし開示書類には変化がある。ロイターの集計では、2026年5~6月に希土類へ言及した企業開示は約200件あり、その3分の2超が輸出管理による悪影響、または将来の影響可能性を示した。従来は月40件未満が普通だった。

シチズン時計は長期化すれば生産と業績に影響し得ると開示しつつ、現時点の生産・利益への影響はないと説明した。オムロンは希土類を直接購入しないが、購入部品に含まれるとして地政学リスクに加えた。TDKは供給源分散を進め、三菱自動車は少なくとも年央までの必要分を確保していた。最大手磁石メーカーの信越化学工業がジスプロシウム含有磁石の新規注文を止めたとの顧客証言も報じられたが、同社はコメントしていない。

この差は、危機の時間軸を示す。最初に動くのは価格と納期、次に新規受注、最後に生産量である。大企業が半年分の在庫を持っていても、二次、三次の中小サプライヤーが同じ備えを持つとは限らない。完成品メーカーは自社が希土類を買っていなくても、モーター、センサー、ポンプ、サーボ、電源装置の中に依存を抱える。BOM(部品表)の奥に隠れた数グラムを可視化できるかが、経営の問題になる。

代替供給はある。しかし、まだ細い

Lynasの重希土類生産は歴史的な前進だが、規模の差は大きい。2026年第1四半期に同社が生産したジスプロシウムとテルビウムは合計8トン。中国から日本への2024年の輸出は二つを合わせて月平均約14トンだった。Lynasの生産がすべて日本へ来るわけでもない。立ち上げ品質、顧客認証、契約配分、増産には時間がかかる。

IEAは、中国以外の需要を2035年に満たすには、発表済み計画に加えて採掘能力を2倍、精製を4倍、磁石製造を6倍へ広げる必要があるとみる。必要投資は今後10年で約600億ドル。大きな額だが、規制が全面実施された場合に危険へさらされる中国外の年間下流生産6.5兆ドルと比べれば小さい。問題は金額だけではない。認可、廃液と放射性残渣の管理、熟練者、分離セル、金属化設備、長期購入契約、価格の透明性を同時に整える必要がある。

ガリウムは別の鎖で詰まる

ガリウムの供給問題を希土類の脚注にしてはいけない。ガリウムは主にボーキサイトからアルミナをつくる工程や亜鉛精錬の副産物として得られる。単独鉱山を開けばよい資源ではなく、母体となる大規模産業と回収設備が必要だ。USGSによれば2014年以降、一次ガリウムの90%以上を中国が生産してきた。2023年には中国の比率が推計98%に達した。

日本は高純度精製とリサイクルの技術を持つが、低純度原料の入口が細れば強みを生かせない。GaNは高速スイッチングや高周波で、GaAsは無線、光、宇宙用途で重要だ。シリコンやSiCで置き換えられる用途もあるが、性能、設計変更、認証、歩留まりの代償がある。豪州Alcoaの製錬所からガリウムを回収する豪日米支援計画は、この「副産物ゆえの難しさ」に正面から答えるものだが、商業供給が今日のゼロをすぐ埋めるわけではない。

備蓄は橋であって、岸ではない

日本政府と企業は2010年以降、希土類の備蓄を積んできた。2026年には必要に応じ政府備蓄を放出していると経済産業省関係者が説明したが、保有量、品目、利用企業は安全保障上の理由もあり公表されない。秘匿は投機を抑える一方、市場が残り時間を見積もりにくくする。

在庫は数か月を買う。しかし許可停止が一年続けば、在庫だけでは生産構造を変えられない。効果的な備えには、原料だけでなく酸化物、金属、合金、磁石という複数段階の在庫、企業間で融通する規則、緊急時の品質認証、同盟国との共同放出が必要になる。IEAは、中国外が露出する磁石用希土類の輸入一年分を備蓄する純運営費を約2億ドルと試算する。経済全体の停止コストに比べれば小さいが、何を、誰のために、いつ放出するかという設計が難しい。

南鳥島――6,000メートル下の希望と現実

2026年1月、地球深部探査船「ちきゅう」は東京から約1,900キロ南東の南鳥島沖へ向かい、水深約6,000メートルの海底から希土類を含む泥を連続的に引き上げる世界初の試験に挑んだ。政府は2018年以降約400億円を投じ、2027年2月にはより大規模な採鉱試験を計画する。日本の排他的経済水域内で国内資源を得るという象徴性は大きい。

ただし、海底に資源があることと、工場へ安定供給できることは違う。6キロの揚泥、船上処理、輸送、分離、精製、廃棄物管理、海洋生態系への影響、台風と設備保守、商業コストを一つの事業として成立させる必要がある。深海泥は長期の選択肢であり、6月のゼロを埋める短期の代替便ではない。

これから何を見ればよいか

最も分かりやすい指標は7月以降の中国税関統計だ。しかしトン数だけでは足りない。日本向け許可の発給期間、酸化物と金属の内訳、完成磁石の流れ、欧州・米国との価格差、磁石メーカーが新規注文を再開するか、企業開示で「可能性」が「生産影響」へ変わるかを追う必要がある。

観測点改善の兆候悪化の兆候
中国税関Dy、Tb、Y、Gaの対日出荷が複数月続けて回復。ゼロまたは微量が続き、品目が広がる。
許可・通関民生用途の一般・長期許可、審査期間の短縮。最終用途確認が長期化、対象外企業にも萎縮効果。
日本企業新規受注再開、代替材の顧客認証、在庫正常化。受注制限、納期延長、ライン停止、利益予想修正。
中国外供給Lynas増産、豪州ガリウム回収、仏・米・日で分離設備稼働。認可遅延、価格下落で投資停止、顧客の長期契約不足。
外交日中輸出管理対話、透明な民生ライセンス運用。台湾・防衛をめぐる追加の企業指定、報復の連鎖。

教訓は「自給」ではなく、止まっても選べること

資源安全保障の目標を完全自給と置けば、答えは現実離れする。日本には鉱山、豪州には鉱床、マレーシアには分離設備、米国と欧州には需要と資本、中国には圧倒的な規模と技術集積がある。必要なのは中国との貿易を消すことではなく、一つの政治判断や一つの許可窓口が日本の工場の唯一の答えにならない構造をつくることだ。

2010年の危機は日本を動かした。Lynasを救い、需要を減らし、備蓄を積み、リサイクルを進めた。その成果があるから、2026年の衝撃は即日の全面停止にはなっていない。しかし6月の四つのゼロは、成功物語の続きを要求している。軽希土類で築いた分散を重希土類へ、鉱山から分離・金属化・磁石へ、国の備蓄から中小企業の部品表へ広げる必要がある。

ゼロが本当に示しているのは、希少な元素の不足だけではない。製造業の自由は、必要な材料を複数の道から入手できるかによって決まるという現実である。

主な出典・調査方法

編集部注:2026年7月21日までに公表された中国税関データ、政府発表、国際機関資料、企業関連報道を突き合わせた。「輸出ゼロ」は対象月の税関記録を指し、中国が日本向けの全ガリウム・全希土類を法令上全面禁止したとの意味ではない。ガリウムは希土類元素ではない。為替欄は指定値「1 US Dollar = 162.49 Japanese Yen」をそのまま使用し、指定された2026年7月21日1時27分UTCを日本時間の同日10時27分へ変換した。メイン画像は現代の編集イラストで、歴史的な北斎作品ではない。